円卓の生存者篇 18『サードセクション―⑦―』
狙った場所を的確に突いた流星の残滓が彼方へと消えていく。
光が後方へと流れたのはイグルーの体を貫いたからではなく、ギリギリの距離でロングソードによる防御を間に合わせ、僅かながらもその軌道を外に逸らされたからだった。
つまり、俺が放った一撃はイグルーを直撃したのではなく、与えられたダメージも想定したものには遠く及ばない。
「嘘、だろ…」
信じられないものを見るような眼差しでイグルーを見る。
薄ら寒い笑みを浮かべていたイグルーが得意気に口元を歪めた。
「残念だったな」
「まだだ!」
アーツの連続使用はできない。だからこれは普通の斬撃にしかならない。
片手を伸ばして突き出していたガンブレイズの柄を咄嗟に両手で掴み腰を捻って強引な横薙ぎの切り払いを繰り出した。
が、その刃は防御に合わせたロングソードから外れることはなく、振り抜かれたガンブレイズはロングソードの上から押し退ける格好となってしまっていた。
イグルーの足が地面を滑って後退する。
けれど、ある程度後ろに下がった段階で止まってしまった。
ぐっと体を入れて押し込もうとするも、まるで地面から伸びる棒か何かで体が固定されてしまっているかのようにイルグーの姿勢を崩すこともできずにいた。
「惜しい。いや、そうでもないか」
自分を嘲笑するかのような物言いに眉間に皺を寄せるも、一向にイグルーの優位を崩すことができていない現状に小さく舌打ちをしていた。
「そろそろ離れて貰おうか」
淡々と告げて繰り出されるのはイグルーの長い足。
腹に感じる鈍い衝撃に呻き、押し込まれるように今度は俺が後ろに追いやられた。
ガンブレイズが離れたことで自由になったロングソードの鋭い切っ先が眼前に迫る。
これまでの斬り合いで感じたことだがイグルーの攻撃、強いて言うのならば反撃の多くはこちらの攻撃の意趣返しだというように繰り出した攻撃と同種の攻撃である場合が多い。
斬撃アーツ<セイヴァー>を合わせた突きの反撃はロングソードによる鋭い連続突きということらしい。
「くぅ」
ガンブレイズでの防御は間に合わない。それならばと左腕を構えた【フォースシールド】による防御を選択した。
ガンガンガンっと大きな音を立てて跳ね返されるロングソード。一見すると防御は成功しているようにも感じられるが、実際はそうではない。繰り返される突きが確実に【フォースシールド】を破壊しようとしているのだ。
数秒堪えていると案の定【フォースシールド】が不安定になり歪み始めた。このままでは破壊されると解除しようと考えるも変わらずに繰り出されている連続突きを前にして防御姿勢を解くことはかなり困難であると言わざるを得ない。
「はあっ!」
別の防御手段を模索して狙いを定めてガンブレイズでロングソードを打ち付けた。
凄まじい衝撃を伴ってガンブレイズを持つ右手が跳ね上がる。
睨み付けるその先では幸いにもイグルーのロングソードを持つ手を浮かすことに成功していた。
「はいぃぃ」
奇声を上げてイグルーの背中をえんぺえががむしゃらに斬り付けた。
痛みではなく衝撃を受けてよろめくイグルーの頭上に浮かぶHPゲージがガクッと減った。
「チィ、うざったい!」
口調を荒くロングソードで後ろを払ったが、すでにそこにえんぺえはいない。
元より一撃離脱を決め込んでいたのかえんぺえは真剣な面持ちでロングソードの切っ先が届かない距離に立っていた。
「今なら当てられる」
そう言いながら槍を構えて突進を仕掛けたラーザの一撃は意外なことにすんなりとイグルーの横腹を抉っていた。
一度崩れた調子を元に戻すにはそれこそ一呼吸入れる必要があるのだと解らされる光景だ。
駆け抜けたラーザに間に合うはずがないというのにイグルーは攻撃を行った。しかしそれも当然なことながら振り上げられたロングソードは空を切り、誰もいない虚空を斬り付けていた。
「どうやらダメージは普通に受けるみたいだな」
ガンブレイズを持ち対峙する俺の一言にイグルーは返答することもなくただただ表情を歪めていた。
攻撃力は確かに高い。それはミストを容易く葬って見せたことからも明らかだ。しかしこちらの攻撃が全く通用しないわけではないらしい。思えばイグルーはこちらの攻撃を的確に防いでみせていた。仮に“裏切り者”だからという理由で攻撃力だけではなく防御力も高いのだとすればあそこまで完璧に防ぐ必要がなかったはず。
「つまり、俺たちを倒すことに長けてはいるけど、俺たちが倒せない相手だというわけじゃないってことだ」
勝てない相手ではなく勝てる相手であると確信することができたのだ。それだけで希望を見つけた気持ちになれる。
活路を見出したことで目に活力が戻ったように見えたのだろう。イグルーが浮かべていた笑みが消え、代わりにどことなく不機嫌そうな色が現われた。
「だからなんだ? そんなことを知っただけでお前達が私を倒せるようになったとでも言うつもりか!」
「どうかな。さっきよりは何とかなるような気がするけど」
「安心するといい。気のせいだ」
「そうでもないかもよ」
軽口を叩く余裕が出てきた。
焦って勝ち筋を探す必要が無くなったからだろうか。先程までイグルーから感じていたプレッシャーが消えた。
「せいやっ」
強く地面を蹴って踏み込む。
ロングソードの重量を活かすのならば振り下ろしが一番。であるならば先にこちらの攻撃範囲に相手を入れて反対に自分が振り下ろしの攻撃を行えば。
「くっ」
必然的にイグルーはそれに合わせてロングソードを下から上へ、あるいは横から横へ振って合わせるしかない。
今更武器の自重に振り回されるようなことにはならないだろう。とはいえ自分の攻撃を受けた状態であればその武器の大きさと長さが邪魔をしてすぐに反撃に移ることはできないはずだ。
狙い通りイグルーは防御だけに集中している。イグルーの意識から残る二人が微かに薄まっているように思えた。
「何が可笑しい!」
ふっと堪えきれない笑みを漏らす俺を見て激高するイグルー。
無言を貫き鍔迫り合いを繰り広げる俺とは対称的にイグルーはどんどん不機嫌そうな表情になっていった。
「ぐっ」
突然イグルーが苦痛に表情を歪めた。そして強引にガンブレイズを払い退けて自身の後方へ向けてロングソードを振り抜く。
振り返ったイグルーが見つめる先にいたのはえんぺえ。剣を持つ彼はイグルーの背後から斬り付けたのだろう。
イグルーの背中にはたった今えんぺえが斬り付けた跡がはっきりと残っている。彼のHPゲージも一度の攻撃の分だけ着実に減っている。
「余所見してていいのか?」
「なにっ!?」
敢えて声を掛けてから斬り掛かる。
焦った顔をしてこちらの攻撃に合わせて防御。だが、自分と対峙して動きを止めたのならばその後に待つのは残る二人の攻撃。
案の定というべきか、それとも狙い通りというべきか、完全に自分たちとイグルーの攻防は攻守が逆転した。
誰かが攻撃を仕掛けてイグルーを引き付け、生じた隙に他の誰かが攻撃を与える。三人の連携に翻弄されるイグルーは次第に体力を減らしていつしか満身創痍と呼べる状態へとなっていた。
プレイヤーの装備は戦闘が始まったときと変わることはない。傷が付くこともどこかが欠けるようなことにもならない。今では部位欠損にあたる状態異常は廃止されたおかげで体に傷も残らず、それこそ体は綺麗な状態を維持しているというのに、疲弊した表情を浮かべているせいで他人の目にはイグルーが追い詰められているように映ってしまう。
たとえどんなに小さなダメージでも積み重ねられれば勝利に近付く。そのことを理解しているのかダメージを受ける度、イグルーの顔に焦りの色が濃く見えるようになっていった。
「ぐあっ」
突然短い悲鳴を漏らしてイグルーが仰け反る。
腰から背中に掛けて斜めに刻まれた傷痕を庇い手をやるイグルーのすぐ傍を駆け抜けていくえんぺえ。忌々しげに去って行くその背中を睨み付けているイグルーの左腕をラーザの槍が貫いた。
「動きが止まった。今です!」
ラーザの声に反応してえんぺえが、俺がそれぞれの武器に光を宿らせる。
全てのアーツのリキャストタイムは終わっている。つまりどんなアーツでも使用可能となっているのだ。
「貴様等ぁ……」
憤りを隠そうともしない般若のような顔で睨むイグルーが腹の底から絞り出したような声を発する。
「はあっ」
最初に光を刀身に宿した剣を構えるえんぺえが気合いを入れて斬り掛かる。
どんなに攻撃を受けて追い詰められる格好になったとしてもそう易々と解りきっている攻撃を受けるわけがないと言わんばかりにロングソードにも光が灯った。
すかさず振り下ろされるえんぺえの刃に同じように光を宿したロングソードで打ち合う。
凄まじい轟音と衝撃を伴ってぶつかり合う二つの武器はそれぞれの持ち主を大きく仰け反らせていた。
切っ先が天を向き、跳ね上がる格好になったイグルーとえんぺえの二人。槍を突き立てていたラーザはこの激突の衝撃を受けて吹き飛ばされてしまっている。
「<カノン>」
俺も近付いてればこの衝撃波に巻き込まれていただろう。しかしこのえんぺえとタイミングを合わせた攻撃で選んだのがガンブレイズを銃形態に変えた射撃だったからこそ難を逃れることができていた。
銃口から放たれる極大の光線が無防備な格好を晒しているイグルーを飲み込んでいく。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
防御が間に合わず一身に光線を受け止めているイグルーが叫び声を上げた。
みるみるうちに減っていくイグルーのHPゲージを視界から外さず、ガンブレイズのグリップを握る両手から伝わってくる反動に負けないように腰を落としてしっかりと狙い続ける。
さながら射撃アーツの攻撃持続時間とイグルーの体力の残量の減少度合いのチキンレース。
体力に補正がないのならば勝ちに近しいのは自分の方のはずが、驚いたことにイグルーは俺が放った射撃アーツを受けきってみせたのだ。
全身から煙を漂わせ、虫の息になりながらも消えない闘志を漲らせた瞳でこちらを見てくる。
「信じられないみたいだな」
ぜぇぜぇと息を切らしながらも余裕を見せつけてくるイグルー。
虚栄なのか、それとも意地か。
鬼気迫る表情に気圧されて動きを止めてしまった俺の視界の端で小さな煌めきが瞬く。
音もなく、そしてアーツの光もない純粋な一撃がイグルーの胸を貫いた。
「な、なん…だと……」
驚愕に満ちた表情を浮かべて振り返るその視線の先で必死の形相を浮かべているえんぺえ。
震える手で突き立てた剣を握り閉めているえんぺえと驚きから明らかな敵意へと変わったイグルーの視線が交差する。
「こ、これで、終わりです」
剣を抜き去って数歩後ろに下がったえんぺえが告げる。
どうにか残すことができていた僅かな残るHPがこの一撃で奪われてしまった。
よろよろとその場でよろめき片膝を付くイグルーの目からふっと敵意が消えた。そしてどこか諦めたような微笑を浮かべ、小さくこちらには聞こえない声で何かを呟いていた。
「な、なにを……ッ!?」
聞き取れなかった言葉を聞き返したえんぺえの声が不意に途切れる。
イグルーが行ったロングソードの投擲という最後の抵抗が不運なことにクリティカルしてしまったようだ。
心臓の位置にロングソードが突き立てられた格好で仰向けに倒れるえんぺえ。死に際としてもイグルーの高められた攻撃力は変わらないらしい。
二人が消えたのはほぼ同時。
静かになったこの場所に残されたのは自分とラーザだけとなった。
「終わったの?」
おそるおそるといった様子で近付いてきて話しかけてきた。
「いや、おそらくは――」
まだだと答えようとした直後二通のメッセージが続け様に送られて来た。
『脱落者が出ました。脱落者“イグルー”。残り参加者04名』
『脱落者が出ました。脱落者“えんぺえ”。残り参加者03名』
確認したメッセージを見てまだ終わっていないことを確信した。
「そうだよな。アンタが倒されたっていうメッセージは送られて来ていない。ってことは当然無事ってことだ。そうだろ?」
近くの物陰から自分とラーザ以外に残っている最後の一人が顔を出した。
「タビー」
これが普通の人狼ゲームと違うのは人狼を見つけ出せたとしてもそこで吊って終わりにならないこと。このゲームにおける吊る行為というのはまさに自らの手で引導を渡さすことに他ならない。
「イグルーさんが生き残ってくれればそれで終わりだったんですけどね」
苦笑交じりに告げる様子は先程まで自分たちの側で洋館を探索していた時と変わらない。
「巧く隠したもんだ」
「隠し通せば“勝ち”ですから」
「そうだな」
「しかし、こうなった以上、実力で勝利を手に入れさせて貰います」
短剣を構えてこちらを向いたタビーを前にすさかずラーザと俺はそれぞれの武器を構えた。
「とはいえ、このままではこちらが不利ですからね。奥の手を使うこととします」
「奥の手?」
タビーの言葉を復唱するラーザの頭の上には大きな疑問符が浮かんでいる。
「ええ。参加者が持つ自身のスキルの解放。まあ、解放できない人は新しく取得するようなものですが、それは全てのスキルが対象となります」
穏やかに人当たりの良さそうな笑みを浮かべるタビー。その様子に自身の圧倒的な有利を確信しているように見えた。
「例えば、こういうスキルであっても――≪獣化変身≫」
タビーの体が光に包まれる。
一瞬の閃光の果て現われたのは純粋な獣と呼ぶにはあまりにも人に近く、それでいてこの世界に生きる獣人族とはまったく異なる黒色の異形。
大鷲の頭部。
鎧のような甲殻を纏った体。
鋭い爪の意匠が込められた腕。
大地を駆ける獅子の強靱な足を模した脚部。
背中に広がっているのは巨大な翼。
キメラという言葉が脳裏を過ぎる。だが、それ以上に変身したタビーの姿のモチーフとして明確な存在がいることを思い出した。
「グリフォン」
伝承に存在する化生の名。
数多のゲームに登場するそれが今、人の身を借りて現われたのだ。
「どうですか? このスキルを解放するためには普通のスキル三つ分のリソースが必要だったんですよ」
若干くぐもった声で嬉々として告げるタビー。
「僕か、貴方達のどちらかが倒されたら終わりのシンプルなゲームです。さあ、愉しみましょう」
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レベル【24】ランク【3】
HP【10140】(+320)
MP【9050】(+770)
ATK【296】(+1810)
DEF【258】(+1880)
INT【282】(+900)
MND【209】(+1110)
AGI【336】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv2】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【1】
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