円卓の生存者篇 14『サードセクション―③―』
階段を上った先に広がっていたのは無数の蔵書と無数の骨董品が納められている部屋だった。
ワンフロアをぶち抜いてひとつの部屋としているそこはこの洋館のなかでも群を抜いて大きい。誰にも使われていないはずの部屋であるにも関わらず、蔵書が収められている棚や骨董品が並べられている台には埃一つ積もっていない。
性格の悪い人のように手近な棚に指を這わせるも指先は綺麗なまま。
ふと気になって適当な本に手を伸してみたが固定されて引き抜くことはできなかった。
「これは本と本棚ではなく、本が収められた本棚というオブジェクトなんでしょうね」
「ったく、つまんねぇ場所だな」
自分と同じように本棚を見ていたえんぺえが感想を述べると別の場所を見ていた突貫が不満気な顔をして現われた。
「つまんないって。アンタを楽しませるために作られてるわけないでしょ」
「ああ!?」
「何よ。今となったらアンタに凄まれてもゼンゼン怖くないんだからね」
憮然とした態度と口調で言い放ったラーザに驚いたのは実際に言い争っている突貫ではなく、二人の話を傍から聞いていた俺やえんぺえだった。
「んだと!」
苛立ちを露わにした突貫が近くにある骨董品が乗せられている台を強く蹴り飛ばした。いや、本人からすれば思い切り蹴り飛ばしたつもりなのだろう。だというのに台は微動だにせず、その上に乗っている骨董品――柄も見慣れない形も実用に耐えない壺ですら一ミリたりとも動きはしなかった。
「ああ?!」
自慢の蹴りが全く無意味だったことにより強い苛立ちを抱いてもう一度強く蹴り付けた。
今度は骨董品はおろか台すらも破壊しかねない威力を込めたというのに今度もまたそれに傷一つ付けられていない。
「破壊不能オブジェクト」
小さく呟かれたその言葉を耳にして俺は一人納得していた。
「どうやらここにあるものは全てどんなに小さな傷であっても付けることができないみたいです」
簡単に敗れてしまいそうな絵画に爪を立てながらえんぺえがいった。
「それは別にどうでもいいんだけど」
そっぽを向いて窓の外を眺めながらラーザが言い放つ。
「まだ先があるっぽいよ」
ラーザが指をさしたその先は果てが見通せないほどに暗くなっている。洋館の三階を探索するつもりならばまだ残っているということだ。
言われればその通りだと俺たちは探索を続けることにした。
見落としがないように慎重に、それでいて時間を掛けすぎないように大胆に歩を進めていく。
BGMはなく無音の階層。
そこにあるだけで手に取ることはできない蔵書の数々。
出自、云われ、何もかもがわからない無数の骨董品。
せめてもう少し興味を引く展示物だったのなら楽しめていたのだろうか。大半の展示を一瞥するだけで終えて、どちらかといえば棚の陰や台の陰など、人が隠れられそうな場所を念入りに確認していく。
代わり映えしない光景に辟易しながらも進んでいると既に三階にまで上ってきた階段は見えなくなっていた。
「半分くらいは来られたのかな?」
想像していたよりも遙かに広い三階の一室で振り返る。
来た道もこれから行く道も果ては見えない。
合流することもなくバラバラに行動しているから今は一人。とはいえ探せばすぐに見つけられるはず。だからだろうか、さほど心配はしていない。
それよりもこの階層に来た目的を果たす方が大事だ。
探索も程々に歩く速度が増していく。
もはやこれから先向かう距離よりもここまできた距離の方が長くなったのではないだろうか。
少しの精神的疲労が溜まってきたと自覚し始めた頃のこと、微かに自分たちの足音以外の音が聞こえてきた。
はっと顔を上げて音の出所を探す。
目を閉じ耳を澄ますと少し先、右の方向からしていることに気がつけた。
「ユウさん!」
最初にえんぺえが駆け寄ってきた。
「いまの音って何?」
ラーザがその後から合流してくる。
「わかりません。ただ、誰かが、何かかも知れませんけど、この先に居るのは間違いなさそうです」
えんぺえが神妙な面持ちで答える。
「行きましょう」
暫しの間三人で固まったまま突貫が現われるのを待っていたのだが、残念なことに突貫が現われることはなかった。
仕方が無いと待つことを止めてえんぺえの一言を合図に俺たちは駆け足気味に音がした方を目指して移動を始めた。
いくつもの本棚を横切り、骨董品が乗った台を避けて進むこと暫く。ようやく俺たちは音の正体を確かめることができた。
「二人が戦っています!」
一人は短剣を逆手に携えて駆け回っているタビー。そしてもう一人が直剣を握り締めているミスト。探していた二人を見つけられたのは良かったというのに、今まさに戦闘中とはどういうことだろうか。
「止めますか?」
えんぺえがこちらに問い掛けてくる。
先程ラーザと突貫の戦闘を止める決断を下したのは俺だ。それならばこの戦闘も止めるのではないかと考えたようだ。
実際俺はこの時、二人の戦いを止めることを考え始めてた。なによりも終わらせないことそれが大事だと考えていたからだ。
こくりと頷きガンブレイズを抜く。
俺の行動で意図が伝えられたのか二人も声は出さずに同じように頷き返してそれぞれの武器を手に取った。
「今です!」
直剣と短剣が激突し、反動で二人が離れた瞬間にえんぺえが叫んだ。
真っ先に飛び出したのは槍を構えたラーザ。文字通り一番槍となった彼女が二人の間に飛び込み、困惑の表情を浮かべて動きを止めた瞬間を縫って俺がタビーの前に、えんぺえがミストの前に立ち塞がった。
「どういうつもりですか?」
「何なの!?」
突然の乱入者に戸惑う二人がそれぞれに正面の相手に声を掛けてきた。
「少しだけ戦うのを止めてくれませんか?」
代表して俺が二人に聞こえる声で告げる。
「なんで?」
無言のままのタビーに反してミストはあからさまに不満そうな顔をして聞き返してきた。
「それは――」
俺は自分の考えを述べた。
まずここで誰かが倒された場合“裏切り者”側の勝利となる可能性があること。それを避けるべく今は“裏切り者”を炙り出すことのほうが重要であること。謎の人物が混ざっている可能性があることを告げた。
それらのことを話している途中でタビーに、
「“裏切り者”を見つけ出す方法はあるのですか?」
と訊ねられたが、生憎と俺は首を横に振るしかできなかった。
「はっきりとした手段が確立できているわけでないんです。いえ、だからこそ二人にも協力してほしいんです」
思いの丈をぶつける。
有効な手段を提示できないいま俺にできることは素直な思いを言葉にすることだけ。
「わかりました」
俺の思いが伝わったのか、先にタビーが短剣を下げた。
そうなるとミストも戦うわけにはいかない。誰かが倒された場合に有利となるは“裏切り者”であると言われているも同然の状況、ここで頑なに戦闘を継続させようとするのならば自身が“裏切り者”であると告白しているようなものだ。
例外は対峙している相手が排除すべき“裏切り者”であると確信している場合だけ。しかし当人の確信を確証立てて実証することなど現状では無理な話だった。
「いいわ。一時休戦ということね」
直剣を鞘に収めて戦闘体勢を解いたミストにその正面に立つえんぺえも自身の武器を納めている。
「あんたも武器を下げたらどうなの?」
二人の返答を受けてすぐにガンブレイズをホルダーに戻していた俺ではなく、その後ろに立つラーザに向けてミストがいった。
「そうね」
一瞬ピリッと空気が張りつめたが、すぐにラーザが槍を下げたことで難なく終ることができた。
武装を解除した参加者が五人集まった。
「ところで、残っている参加者には確かもう一人いたと思うのですが」
「ああ。突貫ね」
集まった全員の顔を見回しながら呆れたようにラーザがその名前を口に出した。
「さっきまで一緒に居たけどどっか行っちゃったみたいよ」
「みたいって…」
どういうことだと困惑した表情を向けてくるミストにラーザはバツが悪そうに視線を逸らす。
「仕方ないじゃない。ここを探索してたらあんたたちが戦っている音が聞こえてきて、待ってても突貫は来ないし、こっちを放っておくわけにもいかなかったしさ」
半ば言い訳のように呟くラーザに俺とえんぺえは同意を示し、
「さっきも言いましたけど、今は誰かが倒されてしまうことを何よりも避けたかったんですよ」
「そういえば、どうして二人は戦っていたんです?」
ラーザの言葉を細くするように理由をもう一度述べている俺に替わってえんぺえが問い掛けた。
「それは…」
「生き残りを賭けた勝負なのですから、戦うこと自体はおかしな話ではないと思いますよ」
何かを言おうとしたミストを遮ってタビーが当然のことだといった。
「おかしくはないですが、変だとは思います」
きっぱりと断言したえんぺえにタビーは驚いたような顔を浮かべる。
「どうしてですか?」
黙ってなどいられないと食い気味に聞き返す。
「もし君がミストさんを倒した場合、どうなるか想像できていなかったとは言いませんよね」
ゆっくりと諭すような声色でえんぺえが言葉を投げかけた。
「ですが、何もしないわけにはいきません。違いますか?」
まっすぐえんぺえの顔を見て言い返したタビーに俺たちの視線が集まる。
「だって! 皆さんだって見たはずです。このセクションになって次々と脱落者が出ていることを。何もしないでいたらいつ自分がやられるかわからないじゃないですか!」
「そうですね」
「でしたら尚のこと“戦わない”という選択肢を選ぶ事もできたのではないのですか?」
語気を強めるタビーの言葉を聞いて首肯するラーザ。えんぺえはなおも考え込む素振りを見せて、一瞬の逡巡の後に口を開いていた。
「そうすれば少なくとも現状維持にはなっていたはずです」
「現状維持をしてどんな意味があるというんですか?」
「意味…」
こちらの方針を訝しむ目で問うたタビーの言葉を小さく繰り返す。
「それは…」
口を開きかけた俺を遮るように突然ドォンと耳を劈く轟音が鳴り響いた。
「何?」
「なにが起きたのですか?」
轟音が聞こえてきた方へミストとえんぺえが振り返る。
即座下げていた槍を構え直してラーザは音がした方へと穂先を向けて睨み付けた。
「――っ、また」
再度聞こえてくる爆発音。
今度はその音に続いて足元に大量の煙が充満してきた。
「この煙って、まさか」
「火事ですか?」
「いいえ、炎は見えませんが」
驚くミスト。煙りの原因を探ろうと目を凝らすえんぺえ。タビーも同じように注意深く周囲を窺っていながら即座にえんぺえの言葉を否定していた。
爆発音が続く。
しかも徐々に近付いてきているように大きく聞こえてきた。音に合わせて爆発で生じる衝撃波が空気を振るわせ、動かないはずの無数の本棚を揺らした。
「全員、警戒を!」
武器と取ろうともしないで呆然とする参加者たちに向けて叫ぶ。
銃形態のガンブレイズを向けて待ち構えていると一際大きな爆風が白煙を巻き起こす先で一つの人影を見た。
「誰ですか!」
「突貫じゃないの?」
声を荒らげるえんぺえの近くでラーザがいった。
徐々に爆風が弱まり、充満していた白煙が晴れていく。
そうして見えてくる人影の正体。それはラーザが言うようにいつの間にかはぐれてしまっていた突貫だった。
「あんた一体どこで何をしてたのよ?」
ラーザが無言の背中に問い掛ける。
「どうしたんですか?」
無言を貫く突貫にえんぺえがおそるおそる声を掛けた。
しかし二人から声を掛けられたというのに突貫は反応一つ見せない。
困惑顔で全員がじりじりと詰め寄り突貫の様子を窺っていると、ピシッと何かに亀裂が入るような音が聞こえた。
全員が動きを止める。
息を呑んで見つめる先で突貫の背中に一筋の赤いラインが現われた。
次の瞬間、突貫の体が赤いラインでズレた。ズルッと上半新が滑り落ちる刹那、突貫の全身が砕け散った。
消える突貫の向こう側に見つけた異物。
目深に灰色のフードを被り俯き佇む人影。その手には一般的なロングソードに比べても異様に長い刀身を持つ剣。
警戒心が高まる最中全員の元へと届けられる知らせ。
『脱落者が出ました。脱落者“突貫”。残り参加者06名』
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レベル【24】ランク【3】
HP【10140】(+320)
MP【9050】(+770)
ATK【296】(+1810)
DEF【258】(+1880)
INT【282】(+900)
MND【209】(+1110)
AGI【336】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv2】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【1】
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