迷宮突破 ♯.28
「ムラマサはサイクロプスを一人で倒したのか?」
PKが去り、二人きりになったことでふと気になったことを尋ねてみる。
二つのパーティがかりで倒した俺たちとは違いたった一人で倒したのだとすれば、ムラマサの強さは一人のプレイヤーの域を凌駕しているように思えた。
「そりゃそうさ。オレはソロだからな」
ムラマサがどうして当たり前のことを聞くのだという顔で俺を見てくる。
「……信じられない」
「嘘じゃないぞ。現にこうしてここにいるじゃないか」
俺が疑っていると思ったのか、若干砕けた態度で頬を膨らませる。
「あ、いや、そうなんだけどさ。だってサイクロプスはレイドボスだろ」
「レイドボスだからって、やってやれないことはないさ」
「回復アイテムはどうしてるんだ?」
「買ってるだけだよ。この町にも探せばいるものさ、アイテムを売りたいっていう生産職のプレイヤーはね」
ムラマサの台詞は初耳だったがあり得ないことではないとも思った。俺がリタとマオの二人だけでパーティを組んでいた場合、今以上に素材と時間を余らせることになっていただろうと想像出来たからだ。時間と素材があればそれを知り合いのために使うことも、なんだったら普段のリタ達のように臨時で店を開いていたかもしれない。ムラマサが利用しているのはそう考えたプレイヤー達が開いた店なのだろう。
「ユウ。また勝手に飛び出して――」
ようやく追い付いてきたハルが怒ったように告げる。
「遅かったじゃないか」
どれだけ俺が先に行ったとしてもここまで遅れることはなかったはずだ。俺が離れてから何か起こったのかと心配になった俺にリタがそうではないことを教えてくれた。
「ユウくんが戦闘に参加した途端、扉が閉まっちゃって入れなかったのよ」
PKたちが逃げ出したこともあって扉は常に開いたままになっているものだと思っていた。しかし実際はPKたちが逃げ出したその時まで固く閉ざされていたのだという。入れ替わるように走り去ったPKが傷だらけなのを目の当たりにして、先に進んだ俺の身に何かあったのではないかと心配になったということらしい。
「それで、なにがあったんだ?」
「実は――」
簡単にここで起きたことを説明する。
三人はすれ違ったプレイヤーがPKだったことに驚きを隠せずにいるが、それよりもPKを追い払った俺とムラマサに感心しているようだった。
「全く、無茶ばかりするなよな」
「――悪い」
「ムラマサも無事か?」
「ああ。怪我一つしていないぞ」
PKという言葉に一番過敏に反応を見せているのはマオで、今も言葉一つ発せずに俯いたまま。
心配するように顔を覗き込んだリタがそっと肩に触れると一瞬ビクッと体を震わせた。
「今日はもう戻る?」
優しく出来るだけ怯えさせないようにリタが問い掛けるとマオは首を横に振ってみせた。
迷宮から町に戻るには転送ポータルを使うしか方法はない。けれど第十一階層の転送ポータルは未だ発見されておらず、直ちに町に戻るには第十階層と第十一階層を繋ぐ階段にある転送ポータルを使うしかない。
せめて次のポータルを見つけるまでは進みたいというのがマオの意思だった。
「それじゃ、次のポータルに着くまで、またオレも同行させて貰ってもいいかい?」
ここで別れても結局進む道は同じ。何より強い仲間が増えたと考えたのかマオが力強く頷いている。俺たちと雑魚モンスターとの戦いにムラマサが参戦することは出来ないが、それでもいざという時は交代することもできるはずだ。
「行こう」
総勢五人になった俺たちは固まって歩いていく。
殆ど一本道の迷宮第十一階層を進み、道中襲いかかってきた雑魚モンスターはみなムラマサが一人で倒していってしまっていた。
戦闘が出来る精神状態ではないマオのことを考慮してのことだったが、まるで最初のエリアで出会うモンスターを最強レベルのプレイヤーが駆逐していくみたいに戦うその姿は頼もしくもあり、底知れぬ強さに震撼させられもした。
程なくして階段を見つけることが出来た俺たちはポータルの前で立ち止まった。
「これからムラマサはどうするの?」
「もう少し進むつもりだよ。時間もまだ少しあるからね」
と見せてきた砂時計の砂は大体一時間分くらい残っている。
騒動の後に迷宮に入ったのならば俺たちのようにまだ半分以上時間が残されているはずだが、そうではないということはムラマサは騒動が起こる前にも迷宮に挑んでいたということか。
「時間が勿体ないからね。そろそろ行くよ。また会えたらその時はまた一緒に戦おうじゃないか。な!」
片目を瞑り俺に向かってウインクをしてきた。
「あ、ああ。みんな一緒に戦えるといいな」
たじろぐ俺を見て楽しそうに笑いながら、ムラマサは下の階層に進んでいった。
「先に戻ってるね」
転送ポータルが発光し、手を翳したリタとマオを迷宮の外へと送り出していた。
「俺達も行こうぜ」
「そうだな」
ハルに続いて俺も町に戻っていった。
残された時間を持ったいなく思うのは俺も同じだったが、実際にこのまま迷宮をするもうとする気力は残されていなかった。
疲れた。拠点に戻ってきて俺が思ったことはそれに尽きる。
サイクロプスとのレイド戦がこの日のメインイベントになるはずだったがどういう因果かこの日起こったことはそれだけですまなかった。
ポータル前の占拠に始まり、アラドとの邂逅、そしてムラマサとの共闘。
自分から飛び込んでいったとはいえ、出来事の中心に自分も立ち会うことになろうとは、朝目覚めたときには想像もしていなかったことだ。
マオとリタは拠点に帰ることなくログアウトして、ハルは俺とムラマサがした会話を伝えたところ自分もこの町で他のプレイヤーが開いている店を探すと言って出て行ってしまった。
一人拠点に残った俺は椅子に浅く腰かけ脱力し、居眠りをするかの如く目を閉じている。
ログアウトして現実で体と心を休ませればいいとも思うが今はこの世界の空気を感じていたい。騒がしくも楽しげで、活気とやる気に溢れた世界。それが昨日まで俺が見聞きしてきたこのゲームの印象だった。それがごく一部のPKの手によってここまで印象を変えてしまうものか。
システムとして認められているのだから全面的に否定するつもりはないが、それでもこうして関係の無いプレイヤーに少なからず影響を及ぼす行為を嬉々として行うのはどういう心理なのだろう。
PKと聞いて俺が最初に思い浮かべた顔はアラド。
確かにアラドの戦闘スタイルは荒々しく、お世辞にも感じのいいプレイヤーだという印象は持てなかった。けれど、不思議と嫌悪感も抱かなかった。それに比べてムラマサと共に戦ったPK三人組は見るからに学校にいるいじめっ子、自分より弱い相手を多人数で囲み攻撃する、そんな印象だ。
さっきは運悪くムラマサという強者を襲ったことで返り討ちにあった。あれでPKから足を洗ってくれればいいが、そうでないならまた同じことを繰り返す可能性が高い。そうなれば見逃したことが悔やまれるが、実際その現場を目撃するまではなんともいえない。
「PK、か」
仮に俺がPKを倒したとすれば俺もまたPKと呼ばれるのだろうか。そうなった場合、俺はどのように感じるのだろう。
アラドのように全く気にしないでいるのか、自分がしたことを悔やみ工房に引き籠ったりするのか。
どちらにしてもあまりいい想像ではないな。
自嘲気味の笑みをこぼし、俺は目を開き天井を見つめた。
炉から出る炎が、調薬の際に立ち込める湯気が天井にこびり付き沁みを作っている。それはこの拠点の工房で俺やリタが生産作業に勤しんだ結果だ。仲間の、そして友人の為に装備を鍛え、アイテムを作る。それが健全なゲームプレイというものなのだろう。
合意の試合ではない悪質なPKはどう考えても認められない。返り討ちにしなければならなくなった状況で迷うことは自分以外も危機に追い込むことになる。その時に自分の振るう刃が何を狙うか、間違わないようにしようと強く心に刻み込んだ。
残る階層は四つ。その内最後のボスモンスターがいる階層を除けば俺たちだけで突破しなければならない階層は三つ。
イベントの開催期間はちょうど折り返しを迎えた。
このまま順調に迷宮を攻略出来るのならばあと一日もあれば最後のボスを倒すことも可能だろう。
明日の攻略に向けた調薬を終えて、俺はログアウトすることにした。




