円卓の生存者篇 10『セカンドセクション―⑥―』
与えられた三分という時間の意味を謀りつつ、俺は一度拠点に戻るか、それともこの場で何かが起こるのを待つのかという選択を迫られていた。
仮に前者を選ぶのならば迷っている時間が無駄になる。
後者ならば少なくともアラクネの群勢の真っ只中にいるのは自身を危険に晒すだけ。
どちらにしても移動するのが是だと拠点の方向へ歩き出した。
一分が経った頃、俺は拠点とアラクネの大群の狭間に位置する場所に立っていた。
ここならば拠点で何か起こっても察することができるだろうし、アラクネが動き出した時には即座に対応することもできる。
問題は同じ拠点を守っている参加者と話をすることができないことだが、自分と同じように安全圏までの移動だけに済ませた場合は拠点に戻っても合えるとは限らない。
それならばと俺はアラクネを倒し続けたことで更なるアーツの解放を目論んだ。
開放できるアーツは一つ。普段自分が使っているなかでまだ開放できていないのは<竜化>と<アクセルブースト>の二つだけ。斬撃アーツである<セイヴァー>と射撃アーツである<カノン>、そして拳打のアーツ<ブロウ>は開放済み。
しかしファーストセクションで開放したのはそれだけじゃない。このクエストに限り≪自動回復・HP≫と≪自動回復・MP≫はアーツ扱いとなっており、有効にするためには開放する必要があったのだ。それらと同様なのが各種耐性スキルもそう。現状どこまで必要なのか解らないために後回しにしていたそれも開放の候補となるのは間違いない。
「あー、そういえばモンスターを更に倒したってことは役職の技能ってやつも強化されているはずだけど」
確認してみるとセーフティエリアの効果範囲が拡大されているようだ。とはいえ再発動するにはもう一度拠点の周りを線で囲む必要があるらしく、今はまだすることはできないだろう。
「とりあえずはスキルの有効化じゃなくてこのアーツのどっちかを開放した方がいいかな」
思い浮かべるのはそれを使う自分の姿。
そして現状どちらが本当に必要なのか。
短い時間の間に必死に考えて<アクセルブースト>を開放することを決めた。
空に浮かぶデジタルクロックの残り時間が一分を切った。それと同時に空気が変わったような気がする。
静止していた緊張感が広がっていくとでもいうのだろうか。動かず銅像のようになっていたアラクネの群勢から背筋を凍らせるプレッシャーを感じたのだ。
拠点まで戻ることはできない。
自分と同じように継戦することを他の参加者たちも選んだのだと信じて振り返りアラクネの群勢と向かい合う。
無意識にガンブレイズを握る手に力が入る。
一度経験しているはずなのに意外にも緊張してしまっているのだろうか。漠然とそのようなことを考えつつ、デジタルクロックの残り時間がゼロになるのを待っていた。
カチッと大きな音を立ててまたしてもデジタルクロックの表示が切り替わる。今度は『5:00』とある。つまり次の制限時間は五分ということらしい。
「さて、拠点に近付かせるわけにはいかないからね。戦線を上げさせてもらおうか!」
徒競走の始まりを告げる号砲のようにガンブレイズの銃声が轟く。
ドサッと一体のアラクネの上半身がだらりと力なく項垂れて、続け様に放たれた二発目の銃弾が下半身の蜘蛛の頭部を貫いた。
消えるアラクネの向こうにもまだ無数のアラクネがいる。
僅かにできた戦線の乱れを的確に突いて群勢の只中へと身を投じる。
剣形態に変えたガンブレイズで近くのアラクネを斬り伏せていく度に俺の活動範囲が広がっていくのが感じられた。
動ける距離が広がればその分だけ自由に動くこともできる。それはそのまま被弾の可能性を減らし、自身の勝利の可能性を高めていく。
およそ一分。戦い続けてふと疑問を抱いた。あからさまに先程戦ったアラクネの方が動きがいいのだ。レベルが上がったわけでも、装備を更新したわけでもないのだから自分が速くなったなどということはないはず。であればこの手応えは腑に落ちない。だからといって攻撃の手を止めるわけにもいかないと半ば単純作業の繰り返しのようにアラクネを一体一体倒していくのだった。
時間がさらに進みデジタルクロックの残り時間が『3:00』を切り、文字の色が危険を示す黄色に切り替わった。
「三分…か」
先程与えられた休憩時間と同じ時間が殊更強調されていることが気に掛かる。
手近なアラクネを斬り飛ばして倒した後、俺はあえて追撃の手を止めた。
こちらが攻撃の手を緩めたからだろうか。アラクネたちも俺を襲ってくることはなかった。それどころか人の形をした上半身が役目を終えて枯れる草木のように萎んでいき、ダメージを与えていないというのに蜘蛛の下半身に倒れ込んだ。
「何だ?」
初めて見るアラクネの挙動に否応もなく警戒心が高まっていく。
「ひっ」
思わず悲鳴が漏れた。
一部のアラクネの蜘蛛の下半身にその体の形状に合っていない巨大な口が現われて隣にいる別のアラクネを捕食し始めたのだ。
「気色悪ぅ」
文字通り共食いの光景。
捕食する側とされる側の違いは蜘蛛に大きな口が現われているか否か。
眉間に皺をよせつつも観察していると綺麗に半数で別たれているのではなく、口が現われた個体は全体のおよそ三分の一程度に留まっているようだ。
数の上では勝っていてもアラクネの捕食から逃れられた個体はいないようで、生き残っているのは捕食者側のアラクネだけみたいだ。
「ん?」
注意深く様子を窺っていると同族の捕食を終わらせたアラクネに変化が起こる。大きな口をガバッと開き天を見上げるとそのまま口の両端に亀裂が入ったのだ。まるで種が発芽する時のような光景が繰り返し起こり、アラクネの新たな姿が現われた。
「アラクネ、じゃなくて“アルケニー”か。確か登場する媒体で名称が違うだけだった気がするけど…違ったっけ?」
姿を一新したアルケニーにも人の上半身は存在する。異なるのはアラクネのそれがシンプルなマネキンのようであったのに対して、今度はあからさまに女性的な上半身が一糸纏わずにそこにあった。
「まあ、思わず目を伏せたくなるっていう狙いがあるのなら解らなくもないけどさ」
とはいえそれ自体が性的には見えないようにあくまでも服屋にあるような女性のマネキンというイメージから脱してはいないようだ。
下半身の蜘蛛も一回りほど大きくなっている。
数を減らしたにもかかわらず、未だ健在なアルケニーの群れからは変わらない、もしくはそれ以上の脅威を感じる。
「<カノン>!!」
リキャストタイムが存在する以上、アーツの使い渋りをするのは悪手だとアルケニーが動き出すよりも先んじて攻撃を行った。
銃口から放たれた光線がアルケニーの一体に命中した。
アラクネならばそれで倒せていた。しかし、アルケニーは人型の上半身に焼け焦げた後が付いただけで倒すまでには至っていない。
与えられたダメージも自分が想定していたよりも少ない。
「一気に硬くなったってことか?」
倒すペースが遅くなればその分だけ追い詰められる危険が高まる。
射撃アーツを命中させた個体に目掛けて駆け寄り、
「<セイヴァー>」
斬撃アーツを繰り出した。
反撃のチャンスを与えずに斬り裂いたことでアルケニーが全身を痙攣させて消滅した。
「ん?」
倒せたことは喜ばしいのだが、どうにも自分の予想したそれとは展開が異なる。
アルケニー自体の防御能力が高まったというのならば斬撃アーツをクリティカルヒットさせたとはいえ、倒しきるまでには至らないはずだが。
剣形態のガンブレイズに視線を落とし、続けて消えたアルケニーがいた場所を睨み付ける。続けて別の個体に視線を移して身構える。
アーツは既に使用済み。であれば通常攻撃でHPを削るしかない。距離を詰めていく最中には銃形態で射撃を、接近できた暁には剣形態で斬り伏せる。
自ら組み立てて実行した戦い方であっても効果があるとは限らない。
撃ち出した弾丸はアルケニーの体に弾かれて、軽く斬り付けたつもりの刃は自分が想定したよりも深く食い込んでしまう。
想定外の感触に攻撃の感覚が狂う。
こちらの攻撃に合わせて蜘蛛の脚の先を鋭い鎌のように変形させて遅い掛かってくる。
その攻撃もさっきまでのアラクネとの戦いの感覚で避けると被弾してしまう。アルケニーの脚はさながら硬く長い槍でなく柔軟な鞭の先に曲線を描く刃が取り付けられている鎖鎌。挙動が読み辛く、それでいて遠心力を利用して高い攻撃力を誇る武器だ。
「おっと」
身を屈めた瞬間にブンッと頭の上をアルケニーの脚が通り抜ける。
複数ある蜘蛛の脚の全てが刃に変化したわけではないが、変わらずに数が多い相手だ。間を開けずに追撃が押し寄せる。
回避一辺倒ではいずれ追い込まれてしまうと繰り出された攻撃を捌きながらアルケニーの脚を斬り飛ばす。
こちらがダメージを受ける可能性は高まるが効率的にアルケニーを倒すには接近戦が有効となっているようだ。
「<ブロウ>」
振り抜いたガンブレイズを引き戻すことが間に合わずにそれならばとアーツを発動させて左の拳を突き出す。
まるで生き物ではなく押し固めた土の塊を殴り付けたような感触だ。
斬撃だけでなく打撃も有効となっているらしくアルケニーは大きく怯む。
蜘蛛の下半身かた伸びる脚を斬り飛ばして、殴打を受けてよろめいている上半身に向けて腰を入れた切り上げを放つ。
殴打アーツで大きくHPを減らしていたアルケニーはガンブレイズの一撃で葬られる。
消えるアルケニーを横目に体の向きを変えて次の個体に狙いを定める。
「あと一分!!」
余程集中してアルケニーと戦っていたのか。アラクネと対峙していたときよりも時間の流れが速く感じられる。
時間が無くなったことでアルケニーの攻撃が頻度を増した。
「これを凌ぎ切れれば――」
回避、防御、反撃。
その三つを巧妙に組み替えながら黙々とアルケニーを倒していく。
制限時間がゼロになってもなお、アルケニーはまだ多く残っている。
「いつまでこれが続くんだ?」
三分という休憩時間が始まる。
そして三分間という僅かな時間に特定のアルケニーの蜘蛛の下半身に巨大な口が出現し、またしても共食いを始めた。
アラクネがアルケニーになる時は二体が一体に捕食されて結果としてより強力な一体だけとなっていた。だが今回はざっと見ただけでも四体のアルケニーが一体のアルケニーに捕食されている。
バリバリバリバリと硬いものを砕く咀嚼音が聞こえてくるかのよう。
不気味な光景に顔を顰めていながらも目を奪われているだけで瞬く間に休憩時間が終わってしまう。
元々回復するアイテムもなく、スキルによる自動回復によってHPとMPを回復させている自分にとってはこの三分というのは存外重要な時間なのだ。
何もしないで呆然と立っているだけで叶う回復を待つ。手出しができない状態ではアルケニーの捕食を止める方法などなく、休憩時間が終わると同時にアルケニーに起こる変化もまた収まった。
「随分と人っぽくなったじゃないか」
腕や脚などに球体関節が目立つ人型のモンスター。
モンスターの時の意匠が残っているのは腰から伸びる蜘蛛の脚とその間を張り巡らされている糸によって作られたドレスのような見た目。これもまた蜘蛛の糸をイメージしているのだろう。腰まで伸びた白い髪がキラキラと日の光を反射して輝いている。
対峙して初めて見る人型の上半身にある瞳がゆっくり開かれた。
ガラス玉が埋め込まれているかのように透き通った白い瞳。
感情もなくただ目の前を見ているだけで何も映していない瞳が動く。
「意外だな。これだけ変貌してもアルケニーはアルケニーのままってわけか」
同じ見た目をしたアルケニーが一斉に手を伸ばす。
思い出されるのはアラクネのときに放たれたレーザーのような糸の放射。
四方八方、自分を取り囲むように立つアルケニーの手がキラリと瞬いた。
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レベル【24】ランク【3】
HP【10140】(+320)
MP【9050】(+770)
ATK【296】(+1810)
DEF【258】(+1880)
INT【282】(+900)
MND【209】(+1110)
AGI【336】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv2】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【1】
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