円卓の生存者篇 09『セカンドセクション―⑤―』
「今ある材料で作れるのはこれが限界だ」
完成した拠点を見上げて突貫が不満気に呟く。
集めた素材を用いて作られた拠点はなんとも簡素なものだった。比較的損傷が少なく使われていない建物をそのまま流用しているのだから仕方がないが、それにしても頼りなく感じてしまっているのは自分だけではないようで拠点を見つめ微妙な顔を浮かべていた。
「次は俺の出番ですね」
拠点をセーフティエリアにするためのやり方というものはメニュー画面で確認することができた。それによれば何かしらの道具を用いて拠点の回りをぐるっと地面に子供が描く落書きのように線で囲めばいい。
セーフティエリアには効果範囲というか効果耐久力というものが存在し、それは作成者のセカンドセクションの状況に依存するらしい。拠点が攻撃を受け続けることで効果耐久力が減少し、効果が切れると拠点そのものがダメージを受ける。ダメージを受け続ければ拠点は破壊されてしまい参加者の安全地帯がなくなりモンスターから逃れることができなくなるということらしい。
手近な枝を拾い拠点をぐるっと一周して戻ってきた時にセーフティエリアについてのことを説明して相談した結果、襲い来るモンスターから逃れるために拠点隠れ続けることはできないと迎撃に向かうことを決めた。
どこまで拠点から離れて大丈夫なのか。誰がどういう位置で戦うのか。それぞれの役職と個人の技能を考慮して拠点の四方に散ることになった。
「そして孤軍奮闘っと」
剣形態のガンブレイズを握りながら独り言ちる。
およそ数十メートル先から迫ってくる砂埃の下には無数のモンスター。
視界の先の至る所で白煙が立ち込め、断続する小規模な爆発が聞こえてくる。加えて聞こえる微かな戦いの音。どうやら他の参加者も迫る大群のモンスターとの戦闘を始めたらしい。
「…来る」
背の低い建物が崩れる。
舞い広がる砂埃を貫いて姿を現わしたのはそれが苦手な人にはかなりの嫌悪感を抱かせるビジュアルをしていた。
この距離ならば剣で斬り掛かるよりも狙い撃つ方がいい。ガンブレイズを銃形態に変えて適当な個体に銃口を向ける。
撃ち出された弾丸がモンスターの額を撃ち抜く。だらりと上半身を垂らして動かなくなったはずなのに、その下半身は変わらず突進を続けている。
「うっわ、こうなると結構キツいな」
襲い迫るモンスターは一種類。上半身にマネキンのような人型が備わる蜘蛛。名を“アラクネ”。通常のプレイでも同名同種のモンスターは存在しているが、ここに出てくるそれは多少ビジュアルに変更が加えられていた。まず、通常のアラクネの上半身は髪の長い女性の姿をしている。それは元ネタとなっている神話寓話の類から参照した為で、曲がりなくとも顔も髪も何もないマネキンのような姿はしていない。下半身の蜘蛛もそうだ。通常のアラクネは言うなればタランチュラを模した、いわゆる大きな蜘蛛をイメージさせるような見た目をしている。が、襲い掛かってくるアラクネの蜘蛛は一昔前のブリキ細工のように生物感がない。
上半身も下半身も生物ではないというようになっているのかと思いながらも続けて下半身にある蜘蛛の頭を狙って引き金を引く。
耐久力、あるいは体力そのものは低くなっているのか二度のヘッドショットでアラクネはその身を光の粒子へと変えていた。
だが、一体を倒したとて戦局に変化は起こらない。それ以外にも無数のアラクネが迫っているのだから。
「ん?」
ふと空を見上げるとそれまでなかったものが目に飛び込んできた。
シンプルなデジタル時計。『4:39』と記されているそれはじっと見つめている今も刻一刻と減少を続けている。
「タイムリミットってわけか。つまりそれがゼロになるまで生き残ればいいってことだよな」
見えてきた終わりに気持ちを引き締めて改めて遅い掛かってくるアラクネと対峙する。
左側からアラクネの蜘蛛の腕が伸びる。
左記が鋭く尖った腕はそれ自体がまるで槍のよう。とはいえ刺突は攻撃範囲が限定されていて避けるのも容易い。問題はその数。最初の一発を安全に避けられたとしても次々と同じ攻撃が繰り出されれば無数の突きに晒されているも同然。息を止めて回避だけに集中することでは間に合わず、左腕のガントレットを盾代わりにすることでどうにか突きのラッシュを凌ぎ切ることができた。
「ぷはっ。危なかったっと」
安心したのも束の間。アラクネという形状の異なる胴体を持つモンスターの本領が発揮される。マネキンのような上半身が手を前に伸ばして、掌から光を反射してはっきり見える糸状の何かを撃ち出した。
「糸といえば切断系が定番だと思ってたけど、これはまるでレーザーだな」
真横を通り過ぎた糸が近くの建物の壁にいくつもの穴を開けたのを目の当たりにして頬を引き攣らせながらいった。
「連射はしてこないか。それなら」
だっと駆け出してアラクネの一体に近付いていく。
蜘蛛の突きは身を翻して回避してその後に繰り出されるマネキンの糸を事前に避けるべくその腕を切り上げる。
斬り飛ばすことは叶わなかったが掌は空を向いている。狙い通り撃ち出された糸は誰もいない空の彼方へと消えていった。
「<セイヴァー>」
使用可能にしてある斬撃アーツを発動させる。
通常の攻撃でも倒せるアラクネだ。威力が桁違いとなるアーツ攻撃ならば上半身を倒した上での余剰分だけで蜘蛛の方にもダメージが通るはず。
念の為追撃に備えていると、自分の狙い通りに目の前のアラクネは消滅した。
「アーツなら一撃ってことね」
ちらりと空中に浮かぶタイマーを見る。
「っても、アーツを使い続けるわけにもいかないか」
アーツにはリキャストタイムが存在する。通常のプレイならばスキルレベルが上がるごとにリキャストタイムも軽減されていくが、今回は初期値で固定されるらしい。つまり<セイヴァー>の場合は再び使うまで三十秒のタイムラグが発生する。一体ずつ相手取るにはまだ管理しやすい時間でも複数体に囲まれた場合はそうではない。やはり通常攻撃を基本に適宜アーツを使うのが安定ということらしい。
囲まれてしまうことに一際気を付けながらアラクネの間を縫って移動と攻撃を繰り返す。
アラクネ単体の強さがそれほどでもないことから結構余裕を持って戦うことができていた。
「あと二分」
視界の端でタイマーを常に捉えつつ目の前のアラクネを葬っていく。
自身の戦闘に集中し続けていたことで思っていたよりも時間の経過が速く感じられていた。
「せいやっ」
脚を斬り裂いて体勢を崩したアラクネを足場に駆け上がり、すれ違い様に斬り捨てる。
止まることなく走り続けて振り返る。次の瞬間、消えるアラクネの粒子を貫いて別のアラクネが鋭い脚を振り上げて飛び掛かってきた。
「見えているさ」
既に銃形態になっているガンブレイズを正面に向けて待ち構える。
「<カノン>」
強い光線が飛び掛かるアラクネを呑み込んでいく。
砲撃の残滓が掻き消えると共にアラクネの遺骸とでもいうべき光の粒子も消えた。
相手は感情があるのすら不確かなモンスター。同族が倒されたとしても微塵も動揺を見せることなく攻撃の手を止めたりしない。
まるでタイミングを見計らったかのように左右から別のアラクネがその鋭い腕を伸ばしてくる。
身を屈め、後ろに跳び、さらにもう一度バックステップ。
俺が回避したことで空振ったアラクネの横っ腹に弾丸を叩き込む。
ヘッドショットでもアーツでもないその射撃では倒しきるまでに二度三度と攻撃を繰り返す必要があるのだが、それでも間隔を開けない追撃のためには連射するだけで構わないのは銃形態であるからこその利点だろう。
そうして一体のアラクネが消滅した後に続けて別の個体にも攻撃を加える。
消えるアラクネを一瞥して立ち上がり次の相手に目星を付けるとそのまま一気に近付くべく駆け出した。
「アーツ発動まで後十秒!」
視界に映る斬撃アーツを表わしたアイコンが明るくなれば発動可能となる。現状八割程度明るくなり、暗い色をしているのは残る二割。これまでに培った感覚からだいたいの時間を想像して、自分に言い聞かすように叫ぶとすかさず近くのアラクネに斬り掛かった。
狙いは敢えての鋭い腕。腕のサイドに叩きつけるようにしてガンブレイズを振り下ろす。
斬り裂くことは叶わないものの、ガンブレイズによって叩きつけられたアラクネの腕が勢いよく激突してその先が地面にめり込んでいる。
一瞬動きを止めたアラクネにすかさず返す刀で斬り上げた。
マネキンの上半身に大きな切り傷が刻まれる。
「はあっ」
ガントレットを装備した左腕でアラクネの体に爪を立てて体勢を崩さないように支えると、そのまま勢いを付けてガンブレイズを振り下ろした。
通算三連撃。
攻撃の威力が銃形態よりも高い剣形態から繰り出される連続斬りはアラクネを倒すに至る威力は十分にあったようで、足場となっていたアラクネが消えた。
すっと着地して顔を上げて他のアラクネに睨みを利かせる。
しかしプレイヤーの睨みなどモンスターには通用しない。まるで意に介さずに近付いてくる一体のアラクネを視界に捉え、俺はガンブレイズを握り直した。
「<セイヴァー>」
斬撃アーツを発動させてすれ違い様に斬り飛ばす。
これでまた使えるようになるまで約三十秒必要となる。しかし宙に浮かぶタイマーがゼロになるまでならば戦いの構成に組み込むのもまた簡単なことだった。
近くにいる別のアラクネを斬り付けて倒したことを確認したことで一度距離を取ろうと移動する。
程なくして射撃アーツが使用可能となった。が、それでも自分が思っていたよりも多くのアラクネに接近を許してしまっていたようで銃形態よりも剣形態で戦う方が良いとガンブレイズを変形させることはしなかった。
使えるが使わないアーツも手札の一つと念頭に置いたまま戦っていると程なくして三度斬撃アーツが発動可能になった。
目線を動かして頭上のタイマーを見る。
残り時間は一分を切っていた。
「今使えばもう一発は使えるってわけか」
攻撃を加えていないアラクネに当たりを付けて目の前のアラクネを放っておいたまま駆け寄るとすかさず、
「<セイヴァー>」
斬撃アーツを発動させて一刀のもとに斬り伏せた。
そのまま攻撃直後にガンブレイズを銃形態に変えて直線上の個体に狙いを定める。
「<カノン>」
放たれる光線に飲み込まれてアラクネが消えた。
二つの攻撃用アーツが使用不可となったことを示す暗くなったアイコンが視界の端に浮かんでいる。
「にしても、全然数が減っているようには見えないな」
幸いにも自分が戦っているアラクネのなかに抜けて拠点に向かった個体はいない。
どうやら戦闘を行っているプレイヤーが一定の距離内にいればそちらに向かうようになっているらしく、拠点防衛という観点から見れば随分とプレイヤー有利な設定だと思えた。
そこまで考えて仮にプレイヤーを無視して拠点を狙ってくる挙動しかしないアラクネばかりだったらと想像するとゾッとしないと体を震わせた。
自身を無視して突き進むモンスターの群勢を引き止める方法など俺には思い浮かばなかったからだ。
「よーし。おい、アラクネ。このまま俺を狙って来いよ」
自分の呟きに反応したのか偶然か、こちらを狙うアラクネが一斉に攻撃を開始した。
繰り出すのは脚の突きではなく、上半身から放たれるレーザーの如き糸の噴出。
集中することでどうにか視認できる程度の隠匿性の高い攻撃は俺の背後に同族がいることなど微塵も構わずに四方八方から放たれていた。
「マジかよ!?」
こうなると自分にできることなど避けの一手のみ。
攻撃も反撃も意識しないで回避だけに集中する。紙一重で回避するようなことはできるだけ避けて、余裕を持ってアラクネの攻撃を避け続けた。
想定したよりも疲弊したのか、あるいはアラクネが俺の動きを学習したのか、時折放たれた糸が体を掠め始めた。それでも直撃は免れて大きくHPが減らされることはないまま時間だけが過ぎていく。
程なくして俺の耳にゴーン、ゴーンっと鐘の音が聞こえてきた。
音がした直後アラクネが動きを止めて、放たれていたレーザーの如き糸は全て文字通りただの糸になっている。
「ん?」
今ならば攻撃し放題だと近くの一体をガントレットを装備した左手で殴り付けるとそれまでとは異なる感触が返ってきた。
まるで金属の塊。
拳が激突した時の音も甲高い金属同士がぶつかり合うときのそれに良く似ている。
「なるほど。ダメージ判定すらないってことか」
一度殴り付けたことで攻撃しても意味がないと割り切って、俺は息を深く吸って吐き出した。
動かないアラクネのなかにはバランスがどうなっているのか解らない体勢で静止しているのもいるが、不思議と倒れるような気配はない。
頭上のタイマーもまた『0:00』で明滅したまま停止している。
これで終わったのかと思い拠点に戻ろうとその場所を探していると不意にピコンっとメッセージが届けられた。
「嘘、だろ…」
どうしたのだろうとメッセージを開くとそこには『脱落者が出ました。脱落者“主智”。残り参加者12名』と記されていた。
驚愕する俺の耳に更にカチッという音が聞こえてきた。
音がした方を見てみると頭上のタイマーが『3:00』に変化している。
「また減り始めたっ!?」
即座に思い浮かぶのはアラクネの再起動。しかし警戒して身構えるもアラクネは変わらずに動かないままだ。
「この三分は一体何の時間だ?」
訝しむように頭上のタイマーを睨み付けたまま独り言ちた。
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レベル【24】ランク【3】
HP【10140】(+320)
MP【9050】(+770)
ATK【296】(+1810)
DEF【258】(+1880)
INT【282】(+900)
MND【209】(+1110)
AGI【336】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv2】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【1】
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