円卓の生存者篇 02『ファーストセクション―①―』
いつもの転移の光とは異なる光に包まれた俺が目を開けたその瞬間に景色は一変してしまっていた。
それまでいた洋館の一室ではなく、人気が無い都会の街並みが目の前に広がっている。
灯りの付いていない信号機や何も映し出していない大型モニター。ついさっきまで走っていたと思わんばかりに中途半端な位置で止まってしまっている車等々。まるで日常が切り取られた一瞬の空白に足を踏み入れてしまったと言わんばかりだ。
ふと自身の左手を見るとそれまで装備されていなかったガントレットがある。他にも腰のいつもの位置にガンブレイズが収まったホルダーが出現していた。
「ん? 何か届いている」
コンソールにはメッセージの着信を表わすアイコンが表示されている。しかもフレンドや運営からのお知らせなどではなく、その時その時に受けているクエストに関係するメッセージが纏められている項目にそれは届いていた。
「ここにあるってことは今回のクエストに関係している内容ってことだよな」
などと独り言ちながらメッセージを開くとそこにあったのは極々短い一文『あなたは“生き残る者”』とだけ表示されていた。
「“生き残る者”ってことは“裏切り者”じゃなかったってことか。とりあえずは安心できたけど、このメッセージを他の人に見せればすぐに裏切り者が誰かってことはわかるんじゃないのか?」
人狼ゲーム等における根本的なルール破り行為であることを承知の上でそう考えているとまるで俺の考えなど想定済みであるというように続けて送られてきたルールの説明メッセージには『送られてきたメッセージを他人に見せるなどゲームの進行を阻害する行動を取ったプレイヤーには重大なペナルティが与えられる場合があります。なお、自身の役職を口頭で他人に教える行為は問題ありません』と記されていた。
「実際にメッセージを見せられないのなら誰かが自分は違うって言っても真実かどうか判断することができないことだよな。つまりは自分が生き残ることだけを考えて動いたほうが効率的…か」
まじめにクエストを進行することが一番まともな攻略手段であることは疑いようがないらしい。
近くに人の気配はない。足音一つ聞こえてこない。風も無く都会の中にある限られた緑である街路樹もその枝葉を震わせることはなさそうだ。
周囲に警戒を向けつつゆっくりと移動を始める。
途中近くの建物の大きな窓ガラスに自身の姿を映した。
いつもと変わらない装備を纏った自分がそこにいた。
「さて、他に現状を把握できそうな手掛かりは、と」
辺りをグルリと見回してみる。
真っ先に目に飛び込んでくるの灰色の建造物。都会的な建物といえばその通りだが、人気が全くない状況ではその佇まいは不気味の一言に尽きる。
「これで夜だったら真っ暗闇のなかだったってことか。ぞっとしないな」
再び歩き出して他の人を探す。
「とはいえ今のうちに決めておかないといけないよな。戦うか、それとも……」
本人の認知しないままに集められたのではなく、それぞれが自らの意思で集まった。だからこそ戦い合うことに異議はないだろうが、顔を鉢合わせた瞬間に会話を交わすこともなく切っ先を向けるのはどうにもバツが悪い。かといって「戦いましょう」「はい、わかりました」なんてことにならないのは解りきっている事柄だ。
躊躇してしまう気持ちを表わしたかのように無意識のうちに腰のガンブレイズに指先が触れた。硬く冷たい感触が迷いを抱く自分の心を僅かなにも落ち着かせてくれる。
「ん?」
目的地を定めることもなく歩き回って暫くした時ドォンと大きな爆発音が聞こえてきた。次いで赤い光が建物の合間から明滅し、空には黒々とした煙が立ち上っている。
「あそこに誰かいるのか」
咄嗟に走り出した。
そこにいるのが敵か否かは定かではないが、そこに誰かがいることだけは間違いない。すぐに戦闘に移行できるようにとガンブレイズを抜いて備える。
どこかのサバイバルゲームよろしく建物の陰に身を隠して移動しながら、爆発があった場所へと慎重に近付いていく。
爆発の熱を感じられるだけの距離になった瞬間思わずしゃがみ、近くの建物の陰に身を隠した。
そっと首を伸ばして様子を窺う。
「あれは――」
轟々と燃えさかる炎の前に立つ人影。それは恰幅の良い胴着を着たダムルという名の男だった。その手にあるのは二振りの大鉈。道着の上には新たに装着された鎧のようなものも。
あれが彼の戦闘体勢だというのか。その立ち姿から伝わってくる雰囲気に先程見た柔和な印象とは百八十度違っているかのように見えた。
「出て来ないのか!!」
ダムルが空を見上げながら叫んだ。
「そこにいるのはわかっているんだ」
視線はこちらに向けられていない。しかしその言葉は間違い無く自分に向けられているものであることは明らか。
ガンブレイズを強く握り絞めて建物の陰から飛び出そうとした矢先、ドンッと先程とは異なる大きな音が聞こえてきた。
「君は!?」
「あなたは“裏切り者”?」
大鉈を構えてそれを受け止めているダムルは驚きの表情を隠せない。
目深に被ったフードとその手の中にある獲物が相まってまたしてもその人物の印象を先程までと一変させている。
「違います。そういうあなたはどうなのですか? ラーザさん」
激突の衝撃によってフードがふわりと浮いた。露わになった彼女の顔はどこか険しく目の前のダムルの言葉の真偽を疑っているようだった。
「違う、と言って信じる?」
「僕は信じたいと思っています。甘っちょろいと思いますか?」
「わからない。けど、悪くない」
「だったら一度離れてくれると嬉しいのですが」
「それは無理。後ろから攻撃されるのは嫌だから」
「うーん、困りましたね」
ラーザの武器は逆手に持った大型のナイフ。太陽光を反射する角度によって透明にも見えるそれは素材が異なり重く頑丈そうな大鉈とぶつかり合っていながらも刃毀れ一つ起こしていない。
困り顔で対処を迷っているダムルは片手でナイフを受け止めているのではない。もう一方の大鉈を咄嗟に手放して地面に突き立てると残る一振りを両手で支え防御しているのだ。それでいて二者の力は拮抗している。つまりラーザの小柄な体でも体格の良いダムルと同等の筋力を有しているということだ。
押し返すことが難しいのなら別の攻撃を加えればいい。たったそれだけのことで状況は一変する。熟練のプレイヤーであるはずのダムルがそれをしないということはそこに何かしらの目的意思があるということになるが。
二人の激突を目の当たりにして、俺は動き出すことができずにいた。
ここで飛び出して行ったりもすれば俺は漁夫の利を狙っているようにも見えるだろう。実際俺はそう思うだろうし、必要以上にそうして現われた人を警戒する。不用意な戦闘を避けるつもりがあるのならば、飛び出して行くことは愚策中の愚策だ。
「嘘だろ……」
やむを得ず二人の戦いを観察していた俺の目にそれが映った。
「くっ、気付いていないのか」
言葉を交わさずに視線を交わしている二人はお互いから目を離すことはない。それはつまり俺が見つけたそれに気付くことができないということと同義だった。
ここで俺が動かなければそれはあの二人に大なり小なりダメージを与えることができただろう。しかしそれは自分が懸念した漁夫の利を狙った行為と何も変わらない。誰に責められるわけでもないだろうがそれでは自分で自分を許せない。
照準をそれに合わせて駆け出す。
建物の陰から飛び出した俺をダムルとラーザが見たその瞬間、ガンブレイズの銃口から一発の弾丸が放たれた。
響き渡る銃声と突然の乱入者に戸惑う二人の視線を一身に受けながら続け様にもう何度か引き金を引いた。
「あ、あんたは――」
「何?」
組み合った格好のまま動きを止めた二人がそれぞれ飛び出してきた俺に疑問を口にした。
「あー、申し訳ないけど、これ以上二人で戦うつもりがないのなら手伝ってもらってもいいですか?」
ちょいちょいと左手の人差し指でそれを指し示す。
四肢を投げ出して今にも崩壊を起こしそうになっているそれを見て二人は俺を見た時以上に驚いた顔を浮かべた。
「ほんもの?」
「モンスター? まさかプレイヤー同士のサバイバルじゃなかったというのですか」
「戦いを避けるプレイヤーばかりが集まることもあるかもしれない。そこで半ば強制的に戦闘に突入させるための舞台装置なのかもしれませんね。倒される瞬間を目の当たりにでもしない限りプレイヤーに倒されたのかモンスターに倒されたのかは判別することができませんから」
そう告げる俺に二人は息を呑んで地面に寝そべり消えかかっているモンスターを見た。
モンスターは黒い硬質の皮膚を持つ人型。既存のモンスターの区分を当て嵌めるならば子鬼型とでもいうべきか。しかしただのゴブリンであると言い切るには明らかに差異が大きすぎる。
まず一般的なゴブリンはこのような皮膚を持っていない。痩せ細って骨と皮だけになっているかのようなものが大半だ。中には鎧を纏った種もいるが、皮膚が鎧のようになっているものは存在しない。体躯も一般的なゴブリンよりも大きい。少なくとも背の低いプレイヤーと同等かそれ以上はあるように見える。
武装は無し。
ゴブリンにありがちな腰蓑もまたそれには装備されていない。
「でも、気付けなかった。警戒してたのに」
「ああ、それは――」
と今度は別の場所を指し示す。
「なるほど」
鏡のように周囲の景色を反射している大きな窓ガラス。その表面に水面に広がるのと同じ波紋が広がっていた。波紋の中から音もなくぬっと身を乗り出して現われるモンスター。洋館の一室から都会的な街並みに場所が切り替わった理由の一端がこれならば納得してしまいそうにもなる。
「初めてみる」
「確かに。僕もこんなモンスター見たことないです」
「今回のクエスト専用のモンスターなのかもしれませんね」
「ということは君も?」
「ええ。初見です」
「せめて名称くらい解れば良いのですけど」
新たな一体が出現した途端、すでに倒されていた一体が消えた。
生きているモンスターに視線を向けるもその頭上に浮かんでいるのは満タンのHPゲージだけ。残念な事にその名称までは表示されていなかった。
「仕方ありません。いまは便宜上“ゴブリン”と呼ぶことにしましょう」
「わかりました」
「異議無し」
ダムルの提案を受け入れて俺たちは出現したばかりのゴブリンと向かい合う。
「とりあえずですがラーザさん。一時休戦といきませんか?」
「わかった」
「はぁ、どうやら一体だけってわけじゃないみたいですね」
何故思い当たらなかったのか不思議に思えるほど、今自分たちが立っている場所が先程ゴブリンが出現した窓ガラスと同じ物がいくつも取り付けられている建物に囲まれているということを失念してしまっていた。その窓ガラス全てとまではいわないが、その大半から目の前のゴブリンと同じモンスターがわらわらと飛び出してくるのが見えた。
「アレみたい」
「あれ?」
「一匹見つけたら三十匹はいるっていう」
「ああ。ゴ――」
「言わないでください! 苦手なんです。僕」
「ゴブリン」
「それならなんとか」
ほっと胸を撫下ろすダムルを一瞥して俺たちは背中合わせに身構える。
「あっ」
とラーザがたったいま思い出したと言わんばかりに声を上げた。
「新手!?」
「どうしました?」
俺とダムルがさっと周囲を見回すも、迫っているゴブリンの大群以外際立った変化は見つけられない。
「聞くの忘れてた」
まっすぐなラーザの瞳が俺を映す。
「どっち?」
「ああ、俺は“裏切り者”じゃないですよ」
大群のなか、最初に出現したゴブリンが襲い掛かる。
すかさずに向けたガンブレイズの銃口から弾丸が放たれ、一発の銃声が響き渡る。
これが俺たち対ゴブリンの大群の戦いの始まりを告げる号砲だった。
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レベル【24】ランク【3】
HP【10140】(+320)
MP【9050】(+770)
ATK【296】(+1810)
DEF【258】(+1880)
INT【282】(+900)
MND【209】(+1110)
AGI【336】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv2】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【1】
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