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迷宮突破 ♯.27

「お疲れー」


 静けさを取り戻した第十階層でフーカがひらひらと手を振りながら告げる。


「思ってたよりも楽に勝てたね」


 そう言うのは俺の隣で消費したMPを回復させようとポーションの瓶に口を付けているライラだった。


「そう……だな」


 確かにトロルとの戦いに比べてサイクロプスとの戦いは幾許か楽に感じていた。それは単純に巨人型のモンスターとの戦闘に俺たちが慣れたのか、それともここに来るまでの間にレベルアップを果たし、パラメータが上昇したおかげか。


 どちらにしても誰一人掛けることなくこの階層を抜けることが出来たのは良かった。


「あの……扉が……」


 俺たちが入って来た扉のちょうど対角線上にもう一つ似たようなデザインの扉が出現した。


 いち早くそれを見つけたのはアカネで、この扉がこの先に続く門であることはここにいる皆が気付いていた。


 誰からというわけでもなく一人また一人とその扉を目指して歩き出し、一番最初に着いたアオイが手を翳すと扉は重厚感のある音を出して独りでに開い始める。


 第九階層から第十階層に着くのに三十分。その前に一人でアラドを追うことに使った時間も三十分。レイドボスであるサイクロプスを倒すのにかかった時間は一時間。俺たちがこの日、迷宮に挑める時間はまだ三時間近く残っていた。


「どうする? ここで解散するか?」


 第十一階層に続く階段にある転送ポータルを有効化させてハルがライラ達に尋ねていた。


 二つ以上のパーティが共闘することによって発生するペナルティはレイドボスとの戦いに限り解除される。それはつまりこの先にいるであろう雑魚モンスターとの戦闘はライラ達と一緒に戦うわけにはいかないのだ。共に進んでいたとしても戦いは常に別。助け合うことは基本的には出来ない。基本的というのは回復行為、戦っている別のパーティの仲間にポーションを使用したり回復魔法を使用したりするのはペナルティ対象外になっているからだ。


 それだけでも十分力になるともいえるのだが、雑魚モンスターとの戦闘でHPを全損させるような危機に陥ることはパーティを組んでいる以上、MPの枯渇か回復アイテムの枯渇でもない限りあり得ない。


 現状、レイドボスとの戦闘以外は複数のパーティで迷宮を進むことに何のメリットもないのだ。


「それじゃ、私たちはこっちに行こうかな?」


 都合のいいことに第十一階層の入り口は別れ道になっていた。


 どちらが正解の道に続いているのかは解らない。二手に分かれることでどちらかが必ず外れの道を進むことになる。


「いいのか?」


 正解の確信が無い以上、俺たちが進むことになる道が外れでライラ達が進もうとしている道が正解なのかもしれない。残り物を押しつけられるよりは自分たちで選んだ道の方が後悔が無くていいのかもしれないが、それでもやはり外れを引いたら悔しく思うことだろう。


「いいのかって、私たちが先に選んだんだよ? ハルたちこそいいの?」

「ああ。どっちにしても確率は二分の一だろ」


 ハルの代わりに俺が答える。


 正解が二つに一つなのだとしたらもはやくじ引きとなんら変わらない。


「それじゃ、先に行くね」

「……失礼します」


 ライラたちのパーティで先陣を切るのはアオイとアカネだった。彼女らが使う武器の特性上、背後からの奇襲は対処し難いだろう。魔法職であるライラも攻撃に若干のタイムラグがあることから一番後ろから警戒をしながら進むのはフーカの役割になっているようだ。


「私たちも行こう!」


 よくよく考えれば俺たちのパーティに決まった隊列のようなものは存在しなかった。それはそれぞれの武器が近接戦に重きを置いていて大概の奇襲には自分で対処出来ているからだ。


 ライラ達の進んだ道が左の道で、俺たちが進むことになる道が右の道。


 共に壁に掛けられた松明が辺りを照らしているが、迷宮が醸し出す雰囲気が三度一変していた。


「これは……」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 最初のレイドボスであるトロルがいる階層までは剥き出しの土壁。先程倒したサイクロプスがいる十階層までが石造りの迷宮壁。そしてこれから進むであろう第十一階層以降は同じ石造りでも豪華な作りになっているように思えた。


 まるで資料にある建設当初のピラミッドの内装を彷彿とさせる。


 所々壁画が描かれてそれは一枚の大規模な絵巻を見ているかのよう。


「何かどんどん豪華になってくねー」


 横並びに進むなか、壁画を見て歩くマオが言った。


「それにしても何が書かれているんだろ」

「これのことか?」


 壁画の内容はいまいち掴みどころのないものだった。


 ある箇所では人と何かが戦っている様子を描いていて、また別の箇所では平和な集落の様子が、そして別の場所ではまるで神仏画のように後光を纏った人という何かを象徴としたものが描かれている。


 これらの壁画がなにかを意味していると考えてしまうのは、これらの壁画がただの背景とは思えないからだろう。モニターの画面で見ていたならそれほど気にも留めなかったかもしれないが、直接自分の目で見ているような感覚を持つこのゲームではその背景一つをとっても何かの意味が隠されていると考えてしまう。


「ただの壁画じゃないの?」

「どうだろうな。……意味の無いものを作るとは思えないけど」


 答えが出かねているのはハルも同じようだ。


 その場で立ち止まり壁画を正面から見てなにかを思案している。


「リタはどう思う?」


 俺が問いかけたリタはハルの隣で同じように壁画を見ている。


「うーん。ただの背景にしてはメッセージ性が強い気もするけど――」

「けど?」

「サッパリ、解かんない」


 お手上げだという風に両手を掲げる。


「俺もだ」


 とハルがそれに同調して肩を窄めてみせた。


「分からないものはしょうがない。この先に行けばもっと別のヒントがあるかもしれないから先に進もう」


 何に対してのヒントなのか、壁画の謎を解くためのものか、それともその謎自体を見つけ出すためのヒントなのか。


 最初の別れ道を右に進んでからというもの、俺たちが進んで来た道は殆ど一本道で、途中いくつかの脇道があったもののその先にあったのは木で出来た宝箱と、何も無い行き止まりだけだった。


 宝箱から取れるのはどれも雑魚モンスターからドロップするアイテムで、中にはレアドロップも含まれていたがそれもそれなりの数を倒すことで手に入らないというわけでもない。手に入れられてラッキー程度に考えておけばいいだろう。


「っと、この先だな」


 戦闘でも変わった壁画があるわけでもないのにハルが立ち止まったのは薄らと壁に亀裂が入っているのを見つけたから。


 宝箱があった脇道はどれも同じように隠し扉の向こう。ほんの僅かな亀裂に触れることで自動ドアのようにして扉が開きその奥の道が姿を現した。


「ん? なんか音が聞こえないか?」


 石造りの扉は思ったよりも薄くできているのか、その奥から聞き慣れた音が聞こえてくる。


「誰かが戦っている?」


 扉を開くでもなく耳をピタッとくっつけて聞き耳を立てる。


 金属剣同士がぶつかり合う音はプレイヤーとモンスターが戦う時には決して聞こえてはこない音。モンスターが振るう武器は石や木で出来ているものばかりなのは金属を武器に加工出来るのは今の所プレイヤーだけなのが理由だろう。モンスターがプレイヤーと同じ金属製の武器を持つこともあるのだろうが、それは今ではないような気がする。


 つまり金属武器同士の戦闘音が示すのはプレイヤー同士の戦いだということ。


「なんでっ!? あんなことがあったばかりなのにっ」


 悔しさ、だろうか。声を荒げて叫ぶマオは目に涙を滲ませ憤りをあらわにしている。


 この先でPKが繰り広げられている。そんな不安と予感に苛まれ俺は有無を言わさずに走り出していた。


 自動で開く扉すら煩わしく感じるほど焦ってしまっているようで、扉に手をかけ力付くで押し広げていた。


 誰と誰が戦っている? 願わくばこの戦いが悪質なPKではないように。


 おそるおそる視線を向けた先で巻き起こっている戦いは一対多の対人戦闘だった。


 一人のプレイヤーが一つのパーティを倒していく。その光景は昨日アラドが生み出していたものに酷似している。ただ一つの違いはそのプレイヤーたちの立場が逆だということ。


 あの時はアラドがPKでパーティが襲われる立場だった。けれど、目の前の戦闘ではたった一人のプレイヤーをPKのパーティが襲っている図式になっている。


「あれは……ムラマサか!?」


 その襲われている一人のプレイヤーが知り合いで無ければここまで取り乱すことも無かっただろう。


 腰の剣銃に手をかけ、襲いかかっているPKを狙い撃ち出していた。


「何だぁ」

「誰だっ」

「ぐあっ」


 三人組のPKが口々に新たなプレイヤーの襲来に驚きを見せていた。まあ、最後の一人は俺の撃ち出した弾丸が当たり悲鳴を上げているだけだったが。


「ユウ?」


 俺の存在に気付いたムラマサがPKと同じように驚いている。


 たった一人で戦闘に参加したことが良かったのか、それともプレイヤー同士の戦闘は対モンスターとの戦闘とは違うようになっているのか、俺に共闘ペナルティが課せられることはなかった。


「驚いた。どうして来たんだい?」

「驚いたのは俺の方だ。ムラマサこそなんでPKと戦っているんだよ」

「んー、成り行き?」

「……なんだそれ」


 背中合わせに会話する俺たちを囲むように三人組のPKが各々の武器を構えた。


「とりあえず、奴らをどうにかしてしまおう。それでいいかな?」

「ああ」


 剣形態へと変形させた剣銃を構え、ムラマサとは反対の方向へ駆け出した。


 突如戦闘に介入した俺もPKからすれば倒す対象であることは変わらない。はっきりと伝わってくる敵意を受けながらも俺は冷静でいることを勤めていた。


「PKなんて止めたらどうだ?」

「なんだテメェ! 説教するつもりか!」

「そうじゃないけどさ。今引くのなら見逃してやるって言ってるんだよ」


 PKの振るう剣は見るからに手入れが行き届いていない。刃こぼれこそ無いものの、このまま使い続けていればいつかはぽっきり折れてしまうことは明白だ。


 そうなった場合、俺がフーカの剣を直したように一から作り直す必要がある。元の形に戻すことが出来たとしても同じ性能になるかどうかは鍛冶師の腕次第。あの騒ぎを知るプレイヤーがこのプレイヤーがPKだと知ってなお普段と同じように鍛冶をするかどうかは解らない。


「ナマイキだっ、テメェ!」


 俺の一言がこのPKの怒りの火に油を注いでしまったのか、激昂して剣を振り回してきた。


 剣銃の刃で軽くいなしながら考える。


 俺はこのPKをどうするべきなのだろう。倒してしまうことがベストなのか、それともここから引かせることがベストなのか。


「ムラマサは――」


 一人で二人のPKを相手取るムラマサからは俺以上に余裕が感じられた。


「……凄い」


 襲いくる剣を打ち払う俺とは違い、ムラマサは紙一重で回避を繰りかえしている。しかも紙一重でしか避けられないのではなく、あえてギリギリまで引き付けて最小限の移動で回避しているといった感じだ。しかも反撃は刀で斬り付けるではなくその柄で小突くだけ。


 PKのHPは確実に減らされているが、それも刀で斬りつけられた時とは雲泥の差がある。


「他所見してんじゃねえよ」

「――くっ」


 あまりにも見事なムラマサの立ち振る舞いに見惚れてしまい、PKが振り降ろす剣の対処が遅れてしまった。


 咄嗟に剣銃の刀身の腹で受け止める。


 抑え込もうとするPKとそれに反抗する俺。均衡を崩すのはどちからの根気が尽きた時。おそらくPKはそう考えているのだろう。だからこそ顔を真っ赤にしてまで決して逃がすものかと俺を抑え込んでいるのだ。


「そろそろか……炎よっ!」


 ジリジリと鍔迫り合いをする俺の向こうでムラマサが刀を構えたままその場で一回転すると、その刀身が描いた軌跡を辿り炎が走る。


 大気を、周囲を、そして同時に攻撃を加えてくる二人のPKをも焦がす赤い炎が放たれた。


「ATKブースト!」


 炎の如く赤い光が俺の身体を包み込む。


 急激に上昇する俺の攻撃力はそのまま剣銃を伝わり、押し付けてくるPKの剣を軽く押し返した。


「――ああっ」


 悲痛なPKの声が聞こえてくる。


 剣銃の刃を受け真っ二つに折れる剣を胸の前で抱え、立ち尽くすPKは普通のプレイヤーとなんら変わらないようにすら思える。


「PK共! よく聞け! 次はあてる」


 凄みを利かせた睨みでムラマサと戦っていた二人のPKは蜘蛛の子を散らすようにこの場から逃げていく。呆然と剣を見つめるPKが一人残されているが、逃げていく二人のPKが視界の端に入ったのか慌てて二人の後を追うように駆け出した。


「ユウ、助かったよ」

「そうか? 一人でも平気そうに見えたけど」

「ん? まあ、そうだな」


 刀を鞘に納め話しかけてきたムラマサに俺は肩を窄めて答えていた。


「一人でもなんとかなったとは思うが、ユウが来てくれたおかげで彼らを倒さずにすんだ」

「倒さずに?」

「ああ。PKを行ったとはいえ彼らもイベントを途中退場するのは嫌だろうからな」

「……かもな」


 PKにやられていったプレイヤー達のことを考えるとムラマサの態度は甘いようにも思えた。けれど、結局のとこ倒すという気持ちになれなかったのだから俺も同じか。


「強いんだな。ムラマサは」


 迷わずに考えを行動に移すことが出来る。そんなムラマサの強さが羨ましく思う。


「君も中々じゃないか」

「え?」

「オレを助けるためにPKに挑んだんだ。なかなかできる事じゃないぞ」


 ムラマサが微笑みを向けてくる。


 俺のことを気遣って告げた言葉ではないのはその表情からも伝わってくる。だからこそ強く思う、彼女の強さは本物なのだと。


 そして俺はその強さを手に入れたい。


 その強さこそアラドと戦う時に必要になると思えたから。




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