大変な改変は異変!? 39『王の専念』
全力で斬り上げたガンブレイズに宿っていた光が消えるのとタイミングを同じくしてリーリスが仰向けに倒れる。天を見上げ動かないその体には紅く発光している大きな傷痕が刻まれている。
深く息を吸い込み、晴れ渡る空を見上げて淡々とただ事実だけを受け入れるかのように呟いた。
「まさか、私が倒されるとは……」
深い傷痕に指を沿わせるも血は付かず、脱力したみたいに両手を投げ出す。
頭を動かして近くに立つ俺に視線を向けてきた。
「その姿…オルヴァスに与えていたキューブの力を完全に我が物へと変えたようだな」
まるで称賛するかのような口振りに驚きを感じながらも無言のまま微かに頷きを返した。
既にこの時リーリスの足先は崩壊を始めていて、このまま時間が経てば全身が崩壊して消えてしまうのはリーリスにとって抗うことのできない未来となっていた。
崩壊が膝下まで広がっていき、これ以上は戦闘を続けることができないと思うと自分でも気付かぬうちに自ずと竜化が解かれていた。
「ヒトに戻れるのか」
リーリスが小さく呟いた声に秘められているのはどういう感情か。
羨望なのか。
それともただの感傷か。
表情を見ることのできないリーリスの心の内を知ることはできそうもない。
「アンタたちなら、元の姿に戻る事ができるんじゃなかったのか?」
他のフェイスレスとは違うのだとジルバが言っていた。それは人の姿とフェイスレスの姿を切り替えることができるからだと思っていた。そういう意味では変身能力を持つプレイヤーに近しいのだと。
だが、今のリーリスの口振りではそうではないと言っているかのようだ。
「フェイスレスになるということはヒトであることを棄てること」
まるで独白するかのように、俺の質問に対する返答代わりに語り出した。
「強い力は理性を弱め内に秘めた暴力性を剥き出しにする。人ならざる姿は最後に残っていた心までも変貌させる」
俺が知るはずもない過去に誰かに言われたことを復唱するみたいに言葉が紡がれる。
「人はいとも容易く変わってしまうのだ。フェイスレスという魔物に」
仮面に隠されたリーリスの瞳が俺を正確に捉えた。少なくとも俺にはそう見えた。
「アンタでもか」
「例外はない……」
崩壊が腰まで及ぶ。
不思議と崩壊が進むごとにリーリスの声色が穏やかなものへと変わっていた。
「――っ」
「どうしてなどとは聞いてくれるなよ」
息を呑んだその瞬間、俺の発言を遮るようにリーリスが言い放った。
「誰にも理解されない、される必要のない理由があった。それだけだ」
リーリスが見せた明確な拒絶。俺はそれ以上何も言うことができなくなってしまった。
「お前も、また戦うのだろう」
「ああ。俺はこの世界をアンタたちの好きにさせるつもりはない」
「大袈裟なこと言う。ただ、私は自分の手の届く範囲だけ、平穏に、望み通りにしようとしただけだというのに」
「アンタたちの場合、その手が広すぎるのが、そこで大勢の人を傷付けることが問題なんだ」
「だとしても無視することはできない」
「かもな」
決して相容れない立場、主張、信条。であるからこそ俺はリーリスたちと戦うことを選んだのだ。
多分、リーリスたちに共感して同じ立場にたったとしてもこのクエストは進んだことだろう。異なるストーリーを辿り、異なる結末へと向かって。
いつしかリーリスの体の大半が崩壊してしまっていた。残っているのは首から上だけ。こうなるともはや言葉を交わすことさえも叶わない。
静寂が辺り一面を支配する。
この場にはもう、俺以外誰も残ってはいなかった。
「あと一人」
思い浮かべた最後の一人の姿。太古の王と呼ばれていた人物。しかしそれは自分が考えていた以上にぼんやりとしたものでしかなった。
「にしても、これからどうすれば――って、えっ!?」
不意に世界が歪む。
単純な地震などではない。それは文字通り世界そのものが揺れてしまっているかのようで。
ぐるりと視界が回る。
天と地が入れ替わり、昼と夜が入れ替わった。
「なんだ、この臭い」
思わず顔を顰めて鼻を手で覆う。
足元に広がっているのは荒廃した地面。土は乾き、生えている雑草さえも見渡す限り全て枯れ果ててしまっている。
星明かりはなく、月も闇に隠れている。それでもはっきりと自分の姿が把握できているのは、遠くの方で煌々と激しく燃えている炎が空高く立ち上っているためだった。
不快な臭いの正体は様々な物が一度に焼かれていることによって生じた複数の臭いが混ざったもの。金属、木材、土、草花、そして……。
混ざる臭いの正体を掴もうとして途中で止めた。解ったところで何一つ良いことになりそうないと直感したからだ。
かなり離れているはずなのにここからでも身を焦がすような熱を感じる。炎の傍へと近付くことが憚られて躊躇してしまうが、炎の元へ向かわなければ事態は進まないことはわかる。
体力の回復を所持している回復アイテムを使うことで瞬時に行い次の戦いに向けた準備を終えた。十分な回復アイテムが残っていたはずだというのに、いまや心許ない数となってしまっていた。
「補給できそうな場所は……近くにはなさそうだな」
辺りを見渡すも轟々と燃え盛っている炎以外なにもない。
ジルバに続いてリーリス、そしてこれから始まるであろう戦闘と、知らぬ間に三連戦となってしまっていた。
体力的な懸念はないが、アイテムの数には不安が残る。準備するタイミングさえも与えられないことを思えば、いよいよこのクエストが佳境に入ったのだと感じられた。
「無駄な回り道をする余裕はないってことか」
向かうべきは炎の中の一点だけ。
狙いを定めて足を向けて踏み出そうとしたその瞬間、目の前に空間の歪みを見た。
思わず足を止めて身構える。
無意識のうちに掴むガンブレイズのグリップ。ホルダーから抜いたガンブレイズの銃口を歪みに向けると同時に歪みの中から何者かが落ちてきた。
ドサッと大きな音を立てて蹲るその何者かは人の姿をしていない。
「アンタは、まさか……」
起き上がろうともがくそれを見て絶句してしまう。
ローブを纏っているかのような装甲。
冠みたいな頭。
他のフェイスレスと一線を画しているのはその顔に微かながら目や鼻、口といった意匠があったこと。これもまた仮面の一種であることは疑いようもない。
「“太古の王”などと大仰な字だとは思わないか?」
自分でもない誰かの声がする。
声のした方を見ると目の前で蹲っている太古の王と瓜二つの姿をしたもう一人のフェイスレスが虚空から悠然と降り立った。
「王と言っても所詮は過去の紛い物。これがお前が出しゃばってきた結果さ」
「我と同じ姿をしていながら、そのような戯れ言を――」
「外れも外れ、大外れ。大間違いだ。この俺がお前に似ているのではなく、お前がこの“俺”に似ているのさ」
「訳も分からぬことを!」
訝しむ太古の王にもう一人のフェイスレスが態とらしい溜め息を吐いた。
「フェイスレスなどというものは所詮、俺の模造品でしかないということだ。それが王を名乗るようになるとはな。滑稽すぎて笑えてくるよ」
もう一人のフェイスレスが腹を抱えて笑う。それと同時にその姿に波紋のような歪みが広がった。歪みの中から現われたのは赤い髪を逆立てた男。体格を見れば太古の王の方が遙かに勝っている。が男が纏う異質な空気はその何千倍も脅威に感じられた。
男の装いはプレイヤーが装備している防具とは異なる意匠の鎧。各所に刻まれている紋様も今までに見たこともないような図形を象っている。
「お前は誰だ?」
同じ場所に立っているというのに一人除け者であるかのように扱われていた俺が問い掛けた。
正体不明の男の深淵さえも超えるほどに暗い瞳がすっと向けられた。
「っ!?」
ビクッと反射的に身構えた俺の目の前に男が突然にして現われた。
「我が名は“フェレス”」
咄嗟に銃口も向けるも既にその場にフェレスの姿はない。
「原点にして頂点」
今度は背後からフェレスの声がした。
瞬時に振り返るも微かに見えたのはフェレスの姿が蜃気楼のように消える瞬間だった。
「唯一にして絶対の存在である」
最初に立っていた場所に戻ったフェレスが躊躇いなく言い放った。
その瞬間、フェレスを中心にして衝撃波が広がった。
近くに立っていた俺や太古の王はそれに飲み込まれ吹き飛ばされそうになってしまう。それでも何とか吹き飛ばされずに居られたのは俺や太古の王の膂力が優れていたからなどではないのだろう。この衝撃波は何らかの弾みで漏れ出ただけのフェレスが秘めた力の一端でしかなかっただけだ。
「意味が分からないな」
虚勢を張るように笑みを浮かべて立ち、ガンブレイズを向ける。既に引き金に指は掛かっている。後は少しばかり力を指に込めればいい。それだけで攻撃となる。だというのに俺の指はまるで見えないセメントで固められてしまったかのように自分の意思に反して動かすことができなかった。
「解っているではないか。俺はお前達の上位存在。どれほど手を伸ばしても決して届くことのない存在だということを」
違う。そんなことあり得るはずがない。どんなに心の中で否定しても事実として指先一つ動かせない現実は変えられない。
「そうか貴様がリーリスらを倒した者か」
太古の王が不意に俺の方へと視線を向けて独り言ちる。
「だとしたら何だ?」
フェレスが立ち塞がる敵だとしても、太古の王もまた敵。突然話しかけられたことで警戒心がそちらの方にも向けられた。
「貴様も変われるのだろう? ならば変われ。そのままでは戦うことさえも叶わないはずだ」
「……は?」
まさか太古の王が助言めいたことを言ってくるとは思っていなかったために反応が遅れてしまった。言うだけ言い切ると太古の王の顔がまた正面を向きフェレスを見た。
フェレスは俺たちが話をしていることなどどうでも良いことのようにこちらを見下ろしてくるだけで動かない。
「早くしろ!」
俺は太古の王の怒号に引き攣られて思わず<竜化>を発動させていた。
波紋のようなエフェクトが俺の体を包み込む。次に現われたのは先程キューブを吸収して強化された時と同じ新しい竜化したユウだった。
フェイスレスのように姿を変えた俺に興味を抱いたのかどこを見るでもなく俯瞰で全体を見下ろしていたフェレスの視線が俺にだけ集中される。
「何だ“ソレ”は?」
とんっと軽い足音と共にフェレスが俺の正面に現われた。
手を伸ばして俺の体に触れると全身を静電気みたいな衝撃が駆け巡った。
「くっ」
慌てて目の前のフェレスを払い退けると既にその場からフェレスは消えている。
「ふむ。俺の力とは別みたいだな」
俺に触れた掌を見つめながらフェレスが言った。
「だがその中に微かに俺の力も混ざっている、か。ならば――」
と手を翳すと俺の体から赤いスパークが放出される。
それと同時に全身から力が抜け落ちるような感覚があった。
がくりと崩れ膝を付く。
シューと湯気がポットの口から噴き出すときに似た音が聞こえてくる。まさかと思い見てみると俺の体の表面から白い煙のようなものが噴き出していた。
全身の鎧の色から鮮やかさが消えていく。
光沢のある黒銀の装甲は若干くすんだ黒へ。
鎧に刻まれた紋様に宿っていた光は弱くか細いものへと。
「何をした?」
「気にするな。俺の力を消しただけに過ぎないのだからな」
「消しただと!?」
フェレスの言葉に驚き、ハッとしたように太古の王を見る。すると太古の王は表情の隠された顔で動揺
を露わにしていた。
「驚くことではあるまい。俺が与えた力だ。消すのもまた俺の意思次第。当然のことであろう」
「我の力も自在に消せるということか」
言い切るフェレスに太古の王は苦々しげに呟く。
「残念ながら。お前ほど同化していられると消すのも苦労するだろうな。それならばただ命を刈り取ったほうが何倍も簡単そうだ」
「簡単、だと?」
「ああ。簡単さ」
ふっとフェレスの姿が掻き消える。
「くおっ!?」
突然太古の王が叫んだ。
何事かと目をやるとその胸が大きく抉られていた。
「ほらな」
手を強く握り、その内のものを握り潰す。
再び手を開くとパラパラと砂のような、灰のようなものが溢れ落ちた。
「まさか素手で抉り取ったっていうのか」
曲がりなりにもフェイスレスの体は頑丈だ。まるで砂山を掴むように抉り取ることなど普通はできるはずもない。
信じられないと凝視していると太古の王の胸にできた傷は瞬く間に修復されていった。どうやら多少の傷くらいは即座に回復されてしまうらしい。
自分が戦っていたのならばその回復力に苦労していたと思うと、それすらも平然と見ているフェレスのことが殊更恐ろしく思えた。
「アンタの目的は何なんだ?」
「ん?」
「どうしてフェイスレスなんてものを作り出した? どうしてそれをばら撒いた?」
思わずにも問わずにはいられなかった。
このクエスト。俺が、プレイヤーが戦う相手というのは“フェイスレス”であるはずだった。フェイスレスの首魁が国を手中に収めて、世界を脅かす。プレイヤーはそれを防ぐために立ち上がる。単純ながらも解りやすい、それがざっくりとしたシナリオだと思っていた。だが俺の予想を嘲笑うようにそれすらも操っていたと断言する存在が現れた。
ならば俺はその理由が知りたい。意味もなく混乱を撒き散らしていただけとは思えないし、思いたくはない。
「必要だったのさ」
表情を変えることもなく淡々と告げる。
「必要だって?」
「言うなればこれは種子」
フェレスの手の中に既視感のあるキューブが出現した。
「種子が芽吹かせるのは力という名の花。苗床は人。そして花が枯れてできる果実は俺の元へと返ってくる」
「苗床だと…?」
不満そうに呟く太古の王の声を無視して紡がれたフェレスの言葉に合わせて次々とキューブの形状が変化していく。リコリスみたいな一輪の花、そして雫のような形をした果実へと。
「それが何だって言うんだ?」
「この世界に散った俺の力を集めるにはこの方法が最も適しているというわけさ。苗床共の代償は命。だが、それも本望だろう。一時だとしてもこの俺の力を使うことができたのだからな」
「馬鹿な。それでは、我は、我の理想は……」
「ああ。そういえば、お前は俺の力を以てして国を支配しようとしたのであったな。全く愚かで、嘆かわしいことだ。己がどのような場所に立っているかも理解していなかったとは。つくづくそれで“王”を名乗るなど、まさに愚王そのものだとは思わないか」
嘲笑うかのような物言いを受けて太古の王はわなわなと全身を震わせている。そして太古の王にも変化が現われた。抉り取られて回復した胸に花のような模様が浮かび上がったのだ。
「リコリスの花」
特徴的な花弁の形を見間違うはずがない。それはすなわちフェレスが語ることが事実であることを裏付けているも同然だった。
「果実を集めてどうするつもりだ?」
これまでに明確な答えがなくはぐらかされている部分こそ重要だと考えて再度訊ねてみることにした。
「俺の力を取り戻す。いや、もう十分に取り戻せたのだったな。では後始末をするとしようか」
ドクンと太古の王の胸に浮かび上がったリコリスの花が脈動する。模様であるはずの花弁が枯れ落ちて茎の先に雫の形をした果実ができた。果実が体から溢れ落ちそうになると慌てて太古の王はそれを手で押さえ付けて忌々しげに叫ぶ。
「させん!」
ぐっと手を押し込むと果実はまだ模様として太古の王の胸に残っている。
「奪わせるものか。これは我の力、我の悲願……!」
胸を張り立ち上がる太古の王がこちらを見る。
「丁度良い。貴様も手を貸せ。奴を放っておいてはこの世が沈む」
「ふざけるな! 俺からしたらアンタもアイツと同じだ! 無意味に人を傷付ける、そんなヤツに――」
「ならば問い掛けるといい。奴の真の目的は何なのかとな」
視線をフェレスに向ける。少しばかり考え込むような素振りを見せて感情も無く告げられた。「目的などない」と。愕然と言葉を失い見つめているとフェレスは「ああ」と何か思い浮かんだように空を見上げて言った。
「折角だ。お前の代わりに俺がやってやるよ。世界の支配ってやつをな」
「ありえん!」
まるで何気ない子供の遊びであるかのように告げるフェレスにまたしても太古の王が激高した。
「この世を治めるのは我だ! 貴様のような理念なき者になど」
「そのようなもの必要ない。世界は常に強者のものだ。力で支配しようとしていたお前と俺、どんな違いがあるというのだ」
「我には信念がある。我こそが世を正しく導けるのだ」
「死人には無理だ」
フェレスがはっきりと言った。
すると一歩二歩と太古の王が後ずさった。
「気付いていないわけではないだろう。いや、気付けないようになっているのか。ならば教えてやろう。お前は死人だ。何千年と前に世を去った存在だ。今はただ俺の力の影響で存在を保っているだけに過ぎない過去の遺物なのだよ」
「ありえん! ありえん!! ありえん!!!」
「さて、お前を蘇らせたのは誰だ? 興味が出た。最後の役目をくれてやろう。果実を寄越せ。お前だけはその記憶ごと俺が貰ってやるよ」
またしても太古の王の無柄にある果実が鼓動する。
右手で強く自身の胸を握り締めて再び「させん!」と叫んだ。
「もう一度言う。手を貸せ! 奴はここで葬らねばならん!」
仮面の奥に太古の王の感情を垣間見た気がした。
明確な怒り。
それはフェレスに対する怒りであり、自身に対する怒りでもあるようだ。
「来い。回収してやるよ」
フェレスの姿が変わる。
太古の王と良く似た姿に。だが灰色に近しい黒色の太古の王に対してフェレスの体は穢れ一つない白。そこに竜化した俺が立ち向かう。
三竦みとなっている状況で、二人を一度に相手取ることは難しい。それならばと俺は無言のまま太古の王を攻撃の相手から外してフェレスのみに意識を向けた。
銃口を向けて引き金に指を掛ける。
先程動かなかった人差し指も今度は問題なく動かせる。
特徴的な銃声と共に放たれた弾丸がフェレスに向かって飛んでいく。
戦闘開始を告げる号砲代わりの一発はいつのまにかフェレスの手に握られていた二振りの大剣によっていとも容易く切り払われてしまった。
「おおっ」
太古の王は武器を持たない。必要が無いのか、あるいはそれを作り出すことさえできないほどに疲弊してしまっているのか。どちらにしても無手のまま拳を作り殴り掛かった太古の王をフェレスは一瞥して振り抜いた右の大剣で斬り飛ばした。
ドンッと後ろで何かが落ちた音がした。
何気なく振り返り見ると斬り飛ばされた太古の王の右腕が地面に横たわっていた。
「フンっ」
息を吐き力を込める。すると斬り飛ばされた太古の王の右腕が崩れて消失し、残っている肘から新しい腕が生えてきた。
「再生!? 早すぎるだろ」
まさに瞬間再生と呼べるべき能力を発揮させた太古の王はそのまま勢いを殺さずにフェレスへと接近していく。
そしてもう一度両手で拳を作り殴り掛かろうとして構えると左右の大剣で迎撃しようとしたフェレスを背後から突然の衝撃が襲った。
打撃を与えたのは拳ではない。それは太古の王の装甲として一体化していたローブの先が形を変えて形成した尾だった。
「<カノン>」
打撃を受けたにも関わらずよろめく素振りもないフェレスに俺はまたしても射撃を行う。アーツを発動させたのはもはや通常攻撃ではまともにダメージを与えられないと判断したからだ。
しかし撃ち出された弾丸はフェレスが振るう二振りの大剣によって阻まれてしまう。その際、右の大剣は青く、左の大剣は赤く刀身の外周が発光しているように見えた。
「ハッ。似ているのは見た目だけか」
太古の王が繰り出す拳と尾が攻撃を行う度に斬り飛ばされては再生を繰り返している。そこまでしても未だ先程の尾による不意打ち以外まともに命中していない。
それだけではなく、攻撃を受ける度に再生しているということは一度はダメージを受けていることになる。見てわかる外傷は再生されていても受けたダメージの回復という意味では瞬時に完全回復することはできないようだ。
自分が太古の王と戦っているのならばそれが突破口となり得たはずだ。しかし現状ではダメージの蓄積は純粋に太古の王が敗れ消えるまでのカウントダウンでしかない。
後ろから撃っているだけでは埒が明かないとガンブレイズを剣形態に変えて前に出た。
何度目かになる両腕を斬り飛ばされた太古の王に代わりガンブレイズを振り上げて斬り掛かる。
垂直に振り下ろされた刃をフェレスは青い光を纏っている片方の大剣で軽く受け止めてみせた。
「<ブロウ>」
俺の武器はガンブレイズだけじゃない。左腕に装備したガントレットもまた立派な武器だ。
拳にライトエフェクトが宿ったその瞬間、敢えてフェレスの大剣を殴り付ける。
ガンっと大きな音が響き、フェレスは青い光を宿した大剣を後ろに跳ね上げた。
「今だ! <セイヴァー>」
ガンブレイズを握り締めて斬撃アーツを発動させて斬り付ける。
防御に使える大剣は残り一つ。しかし両腕を広げている今のフェレスの体勢からでは防御が間に合わないはず。
しかし俺の予想は大きく外れる。
そうだ。忘れてはならなかったのだ。フェレスの姿は太古の王と瓜二つだということを。
純白の鱗を持つ細く長い尾が俺が振り抜いたガンブレイズを受け止めていた。
「悪くはない、が、まだまだだな」
ぶわっと突然の旋風がフェレスを中心に巻き起こる。
風に押し退けられて下がった俺と吹き飛ばされてしまった太古の王が見つめる先で、フェレスはガラスのような透明な翼膜を持つコウモリのような翼を広げていた。