大変な改変は異変!? 33『ゴスペル・マンティコア』
翼を広げたゴスペル・マンティコアがその巨体からは想像もできないほどの速度で地上を駆け巡り向かってきた。
ドスンドスンッと重厚な足音に混じり聞こえてくるのは子供が乱暴に乱雑に叩いた鉄琴のような音。
耳障りな音に集中を乱されながらも体勢が崩れることも厭わずに横に大きく飛び退くことでゴスペル・マンティコアの初撃となる突進攻撃をどうにか回避してみせる。
地面を転がり起き上がり通り過ぎたゴスペル・マンティコアへと銃口を向ける。
指を掛けた引き金を無言のまま一瞬にして二度引く。
ダダンッと僅かにズレた銃声が轟き、ガンブレイズの銃口から二発の弾丸が撃ち出された。
勢いを弱めることなく走っているゴスペル・マンティコアの背中に弾丸が命中する。小規模な爆発が巻き起こりそのHPゲージをほんの僅かに削り取る。
「レベルが上がったってのにこれか。ったく、自信なくすぞ」
思っていたよりもダメージが少ない。
しかしゴスペル・マンティコアがこのノレア坑道に出現するボスモンスターであることを考慮するのならば然もありなんと思うだけだ。
突進攻撃を行い走りきったフロアの中程を超えた辺りで立ち止まり蠍の尾を振り回す。
近くには誰もいないことで尻尾の一撃は空を切っただけだが、もし追撃しようと駆け寄っていたらどうなっていただろう。
やはり無策に接近して攻撃するのは無謀かもしれない。
僅かでもダメージを与えられるのならばこうして距離を保って射撃していた方が安全なはず。
動きを止めたゴスペル・マンティコアに向けて連続して射撃を行う。
「嘘…だろ……」
硬い灰色の体表に弾かれて与えられたダメージは少ないが与え続ける事でいつかは倒せると考えていた俺を嘲笑うようにゴスペル・マンティコアの頭上に浮かぶHPゲージに変化が現われた。
それは≪自動回復≫系のスキルを持つプレイヤーのように、時間と共に少しずつではあるが回復していたのだ。
小さなダメージを積み重ねて倒そうとするのならば回復の速度を上回る必要がある。しかし、巨体を生かして攻撃してくるゴスペル・マンティコアに絶え間ない攻撃を与え続けることは困難を極める。少なくとも相手の攻撃を避ける時間は攻撃の手が止まってしまう。その間の回復量がこちらの攻撃によって与えられるダメージ量を上回る可能性が高い。
もし、ここにいるのが自分一人ではなかったら。
せめてもう一人仲間がいればどちらかが囮となって攻撃を引き付けている間にも攻撃を続けることができる。交互に役割を変えることで絶え間ない攻撃というものを実践できていたはずだ。
ともすればこのゴスペル・マンティコアは複数人で戦うことを前提にしているボスモンスターなのだろう。ソロで挑むこと自体が無謀。もしくはソロで挑んでも問題の無いほどの強者が相手となる程のモンスターか。
「だったら弱点を探してみるか」
がむしゃらに攻撃を命中させても与えられるダメージは少ない。となれば大型のモンスターにありがちな“弱点部位”というものを見つけ出すことが先だ。
経験上、獣系のモンスターの弱点は顔や尾であることが多い。しかしそれはプレイヤーが使っている武器の系譜によっても異なる。例を挙げるのならばハンマーのような打撃武器は顔、延いては頭部を攻撃するのが最も効果的であるといえる。現実的に考えるのならば脳のある頭に強烈な打撃を与えることは確かに有効な攻撃た。反面、全身に繋がっている神経が集まっているとされている尾には打撃武器の攻撃は通りにくい。叩きつけるのであれば別だが、普通に殴打するのでは軽い尾では衝撃が逃されるという解釈になるらしい。故に尾のような部位に対する効果的な武器は切断することが可能な剣のような斬撃武器。
魔法攻撃に関しては相手の弱点属性を突くことが効果的とされているが、一つの属性を極めたようなプレイヤーにとっては属性の有利不利を無視して圧倒的な威力の攻撃でどうにかすると聞いたことがある。
ここで問題となるのが弓や銃のような遠距離武器の扱いだ。遠距離からでも狙った場所を攻撃できる武器種であるそれらが効果的な部位はより狭い範囲とされている。例えを上げるのならば“瞳”。例えばモンスターの身体のどこかにあるとされている急所というように。
銃形態のガンブレイズで弱点を狙うということは即ちゴスペル・マンティコアの体のどこかに隠され急所を見つけ出すのと同義だった。
ともあれ多くのモンスターの例にもあるように弱点の可能性が高いだろうと最初に狙ったのは六つあるその瞳。六つもあることから比較的狙いを外すことはなく命中させられたはずだが、思ったほどの効果はなかった。
「くそっ、あからさまだって言うのに、瞳はハズレか」
小さく呟きながら別の場所に狙いを変える。
ゴスペル・マンティコアにゴーレム系の弱点にあたる核のような部位はない。それならばと合成獣系統のモンスターにありがちな他の種のモンスターの部位との複合部を狙った。
遠くから見て明確なのは獅子の身体から生えた蝙蝠の翼の付け根と蠍の尾の付け根。その巨体のせいで同じ位置に立っている状態では翼の付け根は狙いにくい。まだ比較的狙えそうなのは蠍の尾の付け根だが正面から相対していては難しい。
先程の突進攻撃をしてきれくれれば回避と同時に背後に回り込めるのに。
攻撃を誘うように効果が薄いと理解しながらも敢えてその顔を撃った。
「……来た!」
数回射撃を繰り返していると狙い通りにゴスペル・マンティコアが俺の立っている場所に目掛けて突進を仕掛けてきた。
微妙に位置をずらしながら突進を待ち構える。
大きく木霊する獣の足音。
揺れる地面。
しっかりタイミングを見極めて俺も前に駆け出した。
「ここ!」
眼前にゴスペル・マンティコアが迫ったその一瞬、ガントレットを突き出して【アンカーショット】を発射して壁に打ち付けることで急激な方向転換を伴う回避を行った。
収縮する【アンカーショット】を掴み、地面を滑るようにゴスペル・マンティコアの後方へと回り込む。
「<カノン>!」
普通の攻撃よりも威力のあるアーツを発動させた。
撃ち出された弾丸は一発になったが、この位置から狙いを外すことはない。
蠍の尾の付け根に命中した光弾は通常の弾丸よりも大きな爆発を起こしながら弾けた。
「どうだ!?」
ゴスペル・マンティコアの後ろ姿を見つめながらその頭上のHPゲージに目を凝らす。
「さっきよりもダメージが多いのはアーツの攻撃だからって感じか」
つまりは弱点ではない。
見た目的に似ていると考えた合成獣の弱点の予想が通用しないことに内心舌打ちをしつつも、立ち止まり誰もいない近くを攻撃するために蠍の尾を振り回す様を眺めていた。
「まだ翼の付け根っていう可能性はあるけど……この感じだとそれも正解かどうかは怪しくなったな」
動きを止めたゴスペル・マンティコアに向けてもう一度<カノン>を発動させる。
今度は付け根ではなくどこかにでも当たりさえすれば良いと考えた雑な攻撃となってしまった。
「となれば、アイツは獣系でも合成獣系とも違うと考えた方が良さそうだ」
別のモンスターであるのだから当然と言えば当然だが、ゴスペル・マンティコアを既存のモンスター種に分類することを諦めて今一度まっさらな気持ちで向かい合う。
現状ゴスペル・マンティコアの攻撃は単純なものばかり。突進や尻尾の振り回し、近くのものに対する引っ掻きくらいだ。それだけを見れば獰猛で巨大な動物。自動回復がゴスペル・マンティコアの持つ強大な生命力からくるものであるとさえ考えられる。
が、そんなわけがないと自分の考えを否定する。
単純な攻撃手段しか持たないようなモンスターがこの場所に出てくるわけがないのだ。
まだ本気を出していないだけ。
気持ちを引き締めて立つ俺にゴスペル・マンティコアが大きな跳躍で接近し、すかさずにその鋭い爪を立てて斬り裂いてきた。
「くっ」
回避は間に合わず防御のために【フォースシールド】を発生させる。
一度は防いだ攻撃も続け様に繰り出された二度目の攻撃によって砕かれてしまった。
ここまで簡単に壊されたことに戸惑いながらも、破壊されながらもしっかりと防御できていたお陰でダメージはゼロ。
「三連撃!? いや、もっとか!」
三度振り上げられた前腕を目の当たりにして思わず顔を引き攣らせた。
咄嗟にもう一度【フォースシールド】を発動させようとしても壊されたばかりということでできなかった。
迎撃か回避か。
一瞬の間に迫られた選択を間違うわけにはいかない。
「<カノン>!」
選んだのは迎撃。
振り下ろされようとしている前足を狙って射撃アーツを放つ。
鋭く尖った爪を伸ばした獅子の腕を爆発が弾き返す。
それで攻撃が終わるのならばよかった。
だが三連撃と読んだ俺の読みを嘲笑うように体勢を崩したことで僅かにタイムラグのある四連撃目が繰り出されたのだ。
ぐっと身体を縮めてから放つ飛び込みの一撃。
威力は先の三連撃とは比べるまでもない。
「それでも!」
今度は迎撃するという考えすら浮かばなかった。
後ろに下がっても追撃されるだけだと俺は敢えて前に飛び込んだ。
ゴスペル・マンティコアの身体の下に転がるように潜り込み、そのまま駆け抜ける。
ちらりと振り返るとゴスペル・マンティコアは俺の方を見ることもなく全身を独楽のように回転させてきた。
「まずい――ッ」
ぐっと急旋回してガントレットを装備した左手を体の前で構えた。
直後襲い掛かるとてつもない衝撃。
それが蠍の尾による回転攻撃だということを知ったのは大きくフロアの端まで吹き飛ばされた後のことだった。
「痛ったいな。にしても、マジか。予想以上だ。まさか五連撃とは」
ストレージから回復ポーションを取り出して使いつつ身を起こす。
一気にHPの三分の一が持っていかれた。
しかしアイテムを使用することで瞬時に回復させることができる。
「とはいえアイツも俺を一撃で倒すほどの攻撃はないってことか」
冷静に分析しつつ内心で“今は”と付け加える。
五連撃を繰り出したとしてさほど変わらぬ様子のゴスペル・マンティコアが身体の向きをこちらに変えてもう何度目になるかわからない突進攻撃を行った。
それならもう慣れた。
今の自分との距離を思えば余裕を持って回避できると考えて走り出す。
先んじて移動してしまえば直線的な攻撃である突進は誰もいない場所を襲うはず。視線をゴスペル・マンティコアから外さずに走っていると微妙にまだその射線上から逃れられていないように思えた。
「なっ、追尾型の突進だったってのかよ!?」
これまではそんな挙動は見せなかった。否、見せる必要がなかったのかもしれない。予期せずしてできた二人の距離が突進攻撃の持つ特性を浮き彫りになったというだけという可能性もあるのだ。
足を止めるわけにはいかず迫ってくるゴスペル・マンティコアを睨み付けたまま結局これ以上は軌道変更できないという距離にまで引き付けてから回避することになってしまった。
幸いにも回避は成功してダメージは受けていない。
が、全ての突進攻撃が今と同様ならば常にギリギリの駆け引きを繰り広げる必要が出てきてしまう。
考えていたよりも疲弊しそうだと思いながら引き金を引く。
攻撃を与えない時間が延びるのはそれだけゴスペル・マンティコアのHPを回復させることになるからだ。
無意味ではないが効果的でもない攻撃を強いられる状況に思わず顔を顰めていた。
「拙いな」
明らかに不利なのは自分だと理解してしまった。
突進が止まり動きが止まったゴスペル・マンティコアであっても近付くことができない。
むしろ近付いてこないことを理解したのかゴスペル・マンティコアがまたしても大きな跳躍を以てこちらに急接近してきて、先程見せた五連撃を繰り出してきた。
「くっ、この――」
とりあえず俺が行うことは先程と同じだ。【フォースシールド】を発動させて二撃目までは耐える。次に迎撃、そして回避。問題はその次。最後の五撃目である回転攻撃をどう凌ぐのか。
さらなる回避で避けることができるだろうか。
できなければまたダメージを受けるだけだ。
いや、回復可能な量のダメージで済ませられるのならばそれでいいと考えるべきか。一瞬楽な方に考えが行きそうになり“違う”と強く否定した。同じ事の繰り返しでは勝つことなどできるはずがない。
視線を忙しなく周囲に巡らせて活路を探す。
ぐっとゴスペル・マンティコアが身を屈めた。回転攻撃の前兆だ。
時間は無い。
防御してもその上から吹き飛ばされるのならばやはりどうにか回避するかないみたいだ。
一所に留まり回る独楽のような攻撃は通り抜けることはできない。横に跳んだとしてもその範囲から完全に逃れられるかどうかわからない。
前も駄目。横も、当然後ろも駄目。だとすれば、残るは、
「“上”だ!」
天井に届くかどうかだけが不安で若干斜めに【アンカーショット】を撃ち出した。
斜め上の壁に突き刺さった瞬間、一気に収縮させる。
速度が乗るように跳び【アンカーショット】の収縮を利用した移動を加速させた。
ぐんっとゴスペル・マンティコアから離れて行く。
自分の体が宙に浮き、足元で回転するゴスペル・マンティコアを見下ろしながら、弧を描くように離れた場所に着地する。
「<アクセルブースト>」
ガンブレイズを剣形態に変えて覚えたばかりの威力増加の補助アーツを発動させる。瞬間、刀身に重なるように赤い光で形成された一回りほど大きなもう一つの刀身が現われた。
この補助アーツの効果対象は物理攻撃系のみ。俺が使う銃形態による射撃アーツは魔法攻撃系に分類されるから対象外。この先アーツの性能を向上させることで射撃アーツも対象内となる可能性はあるが、今は違う。
「今!」
ゴスペル・マンティコアの動きが停止した瞬間を見計らって【アンカーショット】を放つ。
瞬間的な回避に使うことが多いために忘れがちになるが、【アンカーショット】の本来の使い方は使用者の行動を立体的にするものだ。
近くの壁や天井に打ち込んだ後に収縮や遠心力を利用して自由自在に動き回る。閉鎖空間こそ真価を発揮するが、このノレア坑道のフロアのようにある程度開けた空間でも使い用によっては十分な機動性をもたらしてくれるのだ。
狙いは右の壁。
五連撃を避けた時のように少しだけ上方に打ち込むことで平面的ではなく立体的な挙動を描く高速移動することができる。
「もう一度」
破壊されたことで連続発動できなかった【フォースシールド】とは違って移動に使っているだけの【アンカーショット】は連続して発動させることができる。使用回数的な限界は存在しているが、過去に試した時には六回までは安定して発動させることができていた。七回を超えると失敗することがあったのを思えばガントレットのレベルが【10】上がるごとに一回安定して発動させられる回数が増えるのだろう。
途中で【アンカーショット】が切られたりした場合は連続発動できなくなるが、撃ち出せる【アンカーショット】自体にもある程度の耐久度があるらしく弱い攻撃程度ならば切られることはなかった。
手放した【アンカーショット】はすうっと消えていく。そして新しい【アンカーショット】を掴み、また別の方向へと移動する。
二度目に撃ち出した時にはゴスペル・マンティコアの斜め後ろの壁を狙った。
空中をスライドするように方向転換して後方に回り込む。
「次!」
狙うのはゴスペル・マンティコアの足元。
地面に突き刺さった【アンカーショット】の勢いを利用して自身を弾丸のように急接近させた。
「ここだ。<セイヴァー>」
威力が増加された斬撃アーツを発動させるとガンブレイズの刀身をライトエフェクトが包み込んだ。
ゴスペル・マンティコアに比べると体の小さな俺による連続した空中移動から繰り出される攻撃は瞬時には捉えられなかったのか迎撃のために腕を振り回すも既に誰もいない場所を薙ぎ払っている。
ガラ空きになったゴスペル・マンティコアを上から下へ。斜めに斬り裂く。
灰色の体に一筋の傷を刻みつけた。
先程<カノン>を命中させたときよりも大きくゴスペル・マンティコアのHPゲージが削られる。
補助アーツである<アクセルブースト>の効果も合わせて放った攻撃の威力は普段の<セイヴァー>を優に超えていた。
「さすがに追撃はできないか」
ちらりとゴスペル・マンティコアを見ると俺に対する怒りが増したといように低く唸りを上げて振り上げた足とは反対方向の足を叩きつけてきた。
【アンカーショット】を使い前方に避ける。
誰もいない場所が強く叩きつけられて、空気が震え、地面が揺れる。だがそれだけではないと言わんばかりに爪を立てて地面を抉るように引き裂いていた。
「残念。そこには俺はいない」
銃形態に変えたガンブレイズを構えて立つとゴスペル・マンティコアと目が合った。
六つの瞳に映る俺の姿。
俺の目に映るゴスペル・マンティコア。
「<カノン>」
一瞬の静寂を斬り裂いたのはガンブレイズから放たれた一発の銃声だった。
咆吼を上げたゴスペル・マンティコアの口に吸い込まれていく光弾。
口腔内で起こった爆発によって白煙を吐き続けているゴスペル・マンティコアがよろめきその巨体を前のめりに沈めた。
起き上がろうとするも四肢に力が入らないのか僅かに身を起こすもまたすぐに倒れ込んでしまう。
体勢を整えるまで与えられたプレイヤーが圧倒的に有利となる時間にすかさず剣形態に変えて前に出た。
連続して攻撃するだけの時間があるかは不明となれば強力な一撃を叩き込むのが一番。そして俺ができる最も威力の高い攻撃は二つのアーツを連続発動させて放つ攻撃だ。
「<アクセルブースト>」
走る速度を上げて起き上がれていないゴスペル・マンティコアに近付ていく。
手元のガンブレイズに赤い刀身が現われて重なる。
鬣のある首を狙っても斬撃が通らないことは容易に想像できた。他に生物の急所たり得るのは心臓のある胸か重要な血管が通っている場所か。しかし伏せられた体勢のままでは直接胸を狙うことはできない。結局、最適な場所に当たりを付けることができないまま、俺が足を止めたのは敢えてのゴスペル・マンティコアの顔の正面だった。
「<セイヴァー>」
ガンブレイズを振り上げて勢いよく振り下ろす。
ライトエフェクトの軌跡が描かれ、ゴスペル・マンティコアの顔が眉間から顎にかけて縦一閃に斬り裂かれた。
『ゴガアアアアアアア』
ゴスペル・マンティコアのHPゲージがくんっと削られていく。
これでも全損させるに至らなかったのは流石にボスモンスターの耐久力といったところか。
「ここで決めるつもりなら一気に仕掛けるべきだ」
わざわざ補助アーツを発動させて攻撃する必要はない。通常攻撃とまではいかなくとも普通にアーツを発動させた攻撃でもトドメを刺すことができるはずだ。
最後の一撃を与えるためにとガンブレイズを握り締めた俺の前でゴスペル・マンティコアが身を起こした。
「想定よりも早い!?」
瀕死に追い込むほどのダメージを与えられた状態で早々に回復されることなどなかったはず。だというのにゴスペル・マンティコアは顔から粘り気のある黒い液体を滴らせた状態で起き上がり、翼を広げ、強靱な四肢で地面を強く踏み締めた。
「馬鹿な。急速に回復している!?」
みるみるうちにゴスペル・マンティコアの頭上に浮かぶHPゲージがデッドラインから万全の状態へと回復していく。
ぶわりと旋風が巻き起こり、体を宙に浮かしたゴスペル・マンティコアの引き裂かれた頭部がゆっくりと元の状態へと復元していった。二対三つの瞳がそれぞれの色に輝きを放ち、何倍にも拡張された翼が広がる。
全身のシルエットが何倍にも膨れ上がり、不気味な黒い風が全身を覆い始めた。
「なるほどね。ここからが本番ってわけか。いいさ、やってやるよ。全力でな!」
先程までは目覚めてすらいなかったというのだろうか。
思えば繰り出してきた攻撃はどれもシンプルなものばかり。巨体を誇るモンスターが行う攻撃としては当然でも、ことこの場にいるボスモンスターであると思えば奇妙であることは間違いない。
気合いを入れ直した俺はすかさず左手を上方に翳した。
空を飛んでいるゴスペル・マンティコアと対等に戦うためには自分もまたこの地上から離れなければならない。
撃ち出した【アンカーショット】を連続使用して高く浮かぶゴスペル・マンティコアを目指して虚空を駆け上っていく。
近付いてくる俺を捉えてゴスペル・マンティコアが大きく腕を振るう。鋭く伸びた爪が何もない空を斬り裂いたその跡をなぞるように四つ並び連なる漆黒の爪撃が飛来した。
初めて見せた遠距離攻撃であっても軌道が途中で変えられないのならば直線的なものでしかない。壁に【アンカーショット】を打ち込んで瞬時に方向転換した俺はそのまま射撃を行う。が、ゴスペル・マンティコアの全身を駆け巡っている黒い風が撃ち出された弾丸を弾き飛ばしていた。
「回数制限もあるから適当に跳び回るわけにはいかないか。それならこれはどうだ? <カノン>!」
黒い風の防御を貫くにはより強い一撃を加えればいい。
狙い通りに放たれた光弾は黒い風を突き抜けた。
灰色の身体のゴスペル・マンティコアに命中して爆発を起こす。
「いいね。ダメージ量は変わっていない。上がったのは攻撃性能だけみたいだな」
笑みを浮かべて掴んでいた【アンカーショット】を放して重力に従い地上へと降っていく。
最大回数まで撃ち出して再使用できない状態で悪い状況に陥ることは避けたい。一度地上に降りて駆け回り僅かな時間を稼ぐことで再び空へと戻れるはずだ。
警戒し見上げながら走っていると空中でゴスペル・マンティコアが耳障りな咆吼を上げた。同時に開けた口から放たれる螺旋を描く黒い風。混ざる色は赤。それは六つある瞳の内の二つの色と同じだった。
「赤は火、いや、熱か!」
咄嗟に避けた黒い螺旋が地面を抉り穿つ。
地面に大きく空いた穴の一部は赤熱化しており、高温で溶かされたことがはっきりと分かる。
加えて旋回しながらゴスペル・マンティコアが急降下してきた。狙いは突進攻撃か。本性を露わにしたとしても根本たるものは変わらない。敢えて言うのならその全ての攻撃に更なる“何か”が付随しているのだ。
「訂正するよ。上がったのは速度もらしいな」
突進、改め急降下の突撃は纏う黒い風を利用してその速度を増している。
途中壁すれすれに旋回している時にはぱらぱらと壁の欠片が降り注いだ。これは黒い風が壁の表面を削って作られたもののようだ。
「ギリギリで回避するわけにはいかない。頼む、回復していてくれよ」
ガントレットを翳して【アンカーショット】を撃ち出す。
離れた位置の壁に突き刺さり瞬時に移動した。
誰もいない場所にゴスペル・マンティコアが激突した。纏う黒い風が地面を削りながら砂埃を巻き上げる。
「迂闊だな。煙幕は俺を有利にするぞ。<カノン>」
砂煙を貫き光弾がゴスペル・マンティコアに命中する。
HPゲージが削られてよろめく一瞬を狙い俺は更なる【アンカーショット】を放ち地上から跳び立った。
六つの瞳から放たれる視線が俺を追いかけてくる。
ぐんっと広げた翼が黒い風を掴み、ゴスペル・マンティコアの巨体を宙へと浮かび上がらせた。
「追ってくる!? それなら」
敢えて直線的に上へと上る。
見えなかった天井の岩肌が徐々に視認できるようになった。
「回数的にはあと二回。間に合うかっ」
天井に直接突き刺せたのならば話は早かっただろう。しかしそれができないからこそ最大の距離で上がれるように壁を使い、加速度的に高度を上昇させることができたのだ。
そうはいっても追ってくるゴスペル・マンティコアは実際に空を飛ぶモンスターだ。物理的に空を翔る俺とは根本的に違う。
どうにか上っている俺にいとも簡単に追いつき爪を振るい黒い爪撃を放ってくる。
この攻撃を避けるためには【アンカーショット】を使って急速な方向転換をする必要がある。水平に移動していたのでは高度を稼ぐことができないと、回避するときもできるだけ上に行けるように角度を付けることにしていた。
背中側を黒い爪撃が通り抜ける。
誰もいない壁に当たり、特徴的な傷痕を残す。
「これで…ラスト!」
問題なく発動できる最後の一回を使い天井ギリギリまで跳び上がった。
加速の勢いを利用して強引に体勢を変えて天井に足を向ける。
一瞬の浮遊感のなか、強く天井を蹴った。
まさに曲芸だと我ながら思う。
それでもこれが一番自分の攻撃の威力を高められるはずなのだ。
「<アクセルブースト>」
急降下ならぬ急落下をしているさなか剣形態に変えたガンブレイズに赤い光の刀身が浮かび重なる。
眼下に迫るゴスペル・マンティコアがその大口を開けた。
空気を吸い込み、放たれる黒い螺旋。今度の螺旋の黒に混ざる色は黄色。
落下している状態では回避することなどできるはずもない。むしろ自分から突っ込んでいるも同然だ。ここで攻撃しようものならば折角発動させた補助アーツの効果を使ってしまうことになる。それでは本末転倒だと攻撃以外の手段を考える。
一か八か、七回目の【アンカーショット】を使うこともできる。しかし一度軌道を変えてしまうと元に戻ることは難しくなる。だから駄目だ。他の方法が必要だ。
単発のアーツでは防げない。
ならば組み合わせるのはどうだろうか。
ここでネックとなるのは<アクセルブースト>の効果が発揮されないものを選ぶ必要があるということだ。しかし俺が使えるアーツでそれに該当するのは銃形態で使う射撃アーツ<カノン>のみ。それでは駄目だ。
浮かぶ度に自分で否定することを繰り返さざるを得ない状況のなか、遂にゴスペル・マンティコアが放つ螺旋が目前に迫っていた。
「なんとかなれ!」
自分の直感に従い行ったのは一番最初に浮かんだ手段。七回目の【アンカーショット】の射出だった。
幸運にも成功したそれは壁に突き刺さり俺の身体を強引に異なる方向へと誘う。
的を外した黒い螺旋が天井に当たり、バチバチと黄色い閃光を伴いながら天井を砕いた。
「避けられた。でも――」
軌道が逸れてしまった。
この位置からではゴスペル・マンティコアに攻撃が届かない。
「届かせるには、もう一度跳ぶしかない!」
身体を捻り、壁を蹴って浮かぶゴスペル・マンティコアに向かって飛び出す。
明確な攻撃を行っていないおかげでガンブレイズに浮かぶ赤い光の刀身は消えていない。最大の攻撃を行えるチャンスはまだ消えていないのだ。
「まだ狙ってくるか!」
迫る俺に今度はゴスペル・マンティコアが無理矢理身体の向きを変えて咆吼を上げた。
三度放たれる黒い螺旋。予想通り最後の混ざる色は緑。
色に現われる特性はまだ見極めるに至らない。
「これ以上回避はできない。だったらその風ごと斬り裂いてやる!」
幸運は二度続かない。
運に頼るよりは自分にできる攻撃に専念するべきだ。
通常攻撃では届かない。斬撃アーツでもまだ一歩足りない。となれば俺が選ぶのは一つ。
「<ブレイジング・エッジ>!!」
補助アーツの効果も合わせていつもよりも拡大された必殺技による斬撃が黒い螺旋ごとゴスペル・マンティコアを斬り裂く。
真っ二つに裂かれた黒い螺旋の向こうに見える四肢の頭。
六つの瞳が大きく見開かれ自身の防御するように蠍の尾が本来の長さ以上に伸びてくる。
「断ち切る!」
一瞬感じた硬い感触さえも強引に断ち切るべく、空中にいながらぐっと全身に力を込めた。
身を丸めて踏ん張りが利かないなかでもより強い斬撃を放つ。
「ハアッ!!」
微かにビキッと鈍い音が鳴り、続けて蠍の尾が中程から両断される。
そして尾の向こうにあるゴスペル・マンティコアの胴体までも。
バランスを崩して落下していく俺が見つめる先で、ゴスペル・マンティコアもまた身体を二つに別ちながら堕ちていく。
どうにか転ぶことなく着地した俺とゴスペル・マンティコアが地面に落ちたのは殆ど同じタイミング。
全身を両断されて動けなくなった状態であったとしてもまだ息のあるゴスペル・マンティコアが口を開けて黒い螺旋を放とうとしてくる。
「そうだよな。アンタは最後まで粘ってくるだろうさ」
黒い螺旋が生成されていくも万全ではないためにそれまでより時間を要しているらしく大きな傷の付いた顔の前で蠢く黒い球体が浮かんでいる。
放たれれば間違いなく黒い螺旋は俺を襲う。
だが、放たれなけば。
「<セイヴァー>」
一気に接近して斬撃アーツを放つ。
補助アーツの効果を得ていないこの一撃は澄んだ青色の剣閃をしている。
黒い鬣を携えた灰色の頭部に最後の一撃が振るわれた。
ザンッという独特な斬撃音に続いて訪れる無音。
ゴスペル・マンティコアの身体が光に包まれて砕け散った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レベル【23】ランク【3】
HP【10040】(+320)
MP【8950】(+770)
ATK【286】(+1810)
DEF【248】(+1880)
INT【276】(+900)
MND【204】(+1110)
AGI【324】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【0】
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