迷宮突破 ♯.26
サイクロプスとの戦闘に向かう俺たちを待ち受けていたのはそれまでに無いほど巨大な扉だった。
闘争心をかき立てる彫刻が刻まれ、この先にいるであろうモンスターの凶暴さを物語っているかのよう。
「開けるぞ」
巨大な扉に触れると、重厚感のある音を立ててゆっくりと開き始める。
トロルと戦った場所よりも広いこの部屋の中心には十メートルはゆうに超す石像が我が物顔で佇んでいる。
「そういえば――」
と突然思い出したかのように声を出した。
「ここにいるのは俺たちだけなのか?」
十階層にある部屋はただ一つ。今俺たちがいるこの部屋だけだ。
今日は占拠騒ぎがありプレイヤーが迷宮に挑む時間はある程度同じ時間になっていた。それなのにこの階層では他のプレイヤーを見かけることはなかった。何故なのかと気になったことを口に出した俺に応えてみせたのはライラだった。
「ボスモンスターのいる階層はそれぞれが独自に形成されているみたいね」
「独自ってことは、この第十階層が複数存在するってことか?」
「ま、そういうことだな」
ストレージあるアイテムの確認をしながらハルが付け足した。
「一応言っておくが、前に戦ったトロルも同じだぞ」
「ボスモンスターがいる階層はどこもそうなっているのか?」
「たぶんな」
俺の知らない所で同じようにボスモンスターと戦っているプレイヤーもいるのか。だとすればそのプレイヤー達はどのように戦いを繰り広げているのだろう。
勝てているのか、それとも危機に追い込まれているのか。
「最後に確認しておくぞ。俺とリタは壁役。ユウとライラは遠距離からの攻撃、出来るだけ弱点の目を狙ってくれ。マオとフーカ、アオイとアカネは前衛で攻撃を仕掛けてくれ」
テキパキと指示を送るハルはやはりリーダーの資質がある。もう一つパーティが増えてもその手腕は如何なく発揮されているようだ。
「始めるぞ」
部屋の中心まで歩いて行った俺たちがハルの声を切っ掛けに武器を取り出し構えた。
部屋を照らしている松明の炎が揺らぐ。
モンスター特有の臭いが漂い始め、それと同時に石像の目に怪しい光が宿った。
「来るよっ」
石像にひびが入り、表面を覆っている石がパラパラと剥がれ始める。
次の瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの雄叫びがこだました。
筋骨隆々の一つ目の巨人、サイクロプスが出現し、戦闘の幕が切って落とされた。
先制攻撃を繰り出したのはサイクロプス。その太い豪腕から放たれる一撃が地面を揺らす。散開する俺たちはその攻撃の合い間をかいくぐり各々が戦いやすい距離に立った。
俺たちの中で先陣を切ったのはフーカの一撃だった。先日俺が作りなおした直剣がサイクロプスの足を捉え鋭い斬撃を放った。ハルの指示通り、フーカが狙った攻撃はただダメージを与えることを目的としたものではない。巨体を支えているのはその体躯に相応しくない両の脚。その関節を攻撃することで体勢を崩すことを狙ったものだ。
一度の攻撃でサイクロプスの体勢を崩すことは叶わなかったが、それでもサイクロプス攻撃のタイミングをずらすことはできた。その僅かな隙を狙ってアオイとアカネが駆け出した。
槍と薙刀という射程の長い武器を持った二人はフーカよりも遠くに位置取っている。突きを基本的な攻撃としている二人の武器は剣の攻撃とは違い小さな点を狙う攻撃を放つ。フーカが狙ったのと同じ足をアオイとアカネも狙い攻撃を重ねることでサイクロプスの体勢を崩す可能性を高めている。
ハンマーを持ったマオは三人とは反対の脚を狙って打撃を与えている。片方の足だけを狙ったのでは一度転ばせることが出来たとして、二度目はまた一からダメージというか体勢を崩すための蓄積値みたいなものを溜め直す必要が出てくる。マオはそれを知っているからこそ一人でもう片方の足を狙っていたのだ。
プレイヤーとは比べ物にならない体格をしたサイクロプスはちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。無理矢理棍棒を振り抜き俺たちを狙った攻撃を繰り出した。
地面すれすれを通る棍棒が離れた場所から狙いを定めている俺とライラを捉える。
俺とライラは戦闘が始まってから一度も攻撃を繰り出してはいないのに狙われたのはサイクロプスがターゲットにする相手が単純なヘイト値だけが関係しているというわけではなさそうだ。
剣銃を構えサイクロプスの瞳を狙う俺の隣でライラが強力な魔法を発動させるための溜めを行っている。
サイクロプスが狙いを定めたのがライラに対してなのだとすると、その狙いを定める基準は繰り出される攻撃の脅威度が関係しているのかもしれない。
「ふっ、ぬうぅぅ」
斧を盾として使い俺とライラの前にハルが立ち塞がった。
轟音と衝撃がハルの後ろにいる俺たちにまで届く。
どうにか踏ん張り俺たちに攻撃を届かせることはなかったが、サイクロプスの攻撃を正面から受け止めたことによってそのHPを大きく減らしてしまっている。
「ハルくんすぐに回復を!」
ハルと入れ替わるようにリタが前に出た。
先程のサイクロプスの攻撃を受け止めたのがハル一人だったのは回復が必要になるまでHPを減らされた時に後退して回復が出来るようにと予め決めていたことらしい。
「みんな避けてっ」
十分に溜めを行ったライラが叫ぶ。
全身を覆う青い光が杖の先に集まって弾ける。
「≪アイス・ストーム≫!」
冷気を帯びた竜巻がサイクロプスに直撃する。
体の端から凍りついていくサイクロプスは、一瞬の間に氷像となり、また次の瞬間に氷が砕け辺りに氷の粒が舞った。
一連の攻撃とライラの魔法によってそのHPを大きく減らすサイクロプスは怒ったように再び雄叫びを上げた。
俺が攻撃力強化を発動させた時のような赤い光がサイクロプスの身体を覆う。名前の下にある三本のHPバーの横に初めて目にするアイコンが表示された。口を大きく開けた獣の印。それが示すものがバーサクと呼ばれる状態異常の一種なのだと知ったのは俺の隣で地面に座るハルが大きな声を出したからだ。
「気を付けろ! サイクロプスの攻撃力が上がった」
その言葉を証明するように振り抜かれる棍棒の勢いが増した。
「バーサクなら防御力が低下しているはずだから、隙を見て攻撃を当ててくれ」
背後から攻撃を仕掛けるアオイとアカネが与えたダメージはそれまでよりも上昇している。一撃を当てる毎に悲鳴にも似た声を上げるサイクロプスは確実にHPを減らし、遂には一本目のHPが消失した。
赤い光が消えたのと同時にサイクロプスが三度目の雄叫びを上げる。
上半身の筋肉が盛り上がり、バーサク状態ではないのに攻撃力が上昇したようだ。
サイクロプスの攻撃パターンにも変化が起きた。それまでは単調な攻撃を繰り返していただけのサイクロプスがタイミングをずらした攻撃をそれまでの攻撃に織り交ぜ始めたのだ。
単調なリズムに慣れてしまっていた俺たちはこの変化に咄嗟には順応できないでいる。あからさまな攻撃はなんとか避けることができているが、その間に挟まれる格闘ゲームの弱攻撃のような攻撃は避けきれずに防御を迫られていた。
それでも、これまでの戦闘経験を生かし、次第にサイクロプスの攻撃に慣れだした俺たちは再び攻勢に打って出ることが出来た。
銃撃と魔法の遠距離攻撃に、剣と槍と薙刀とハンマーによる近接攻撃。防御の合い間に戦斧と大剣がサイクロプスの体を引き裂いた。
度重なる脚への攻撃によりとうとうサイクロプスは体勢を崩し地面に膝をついた。
剣銃を剣形態に変形させて攻撃強化を自分に施す。先程サイクロプスが見せたバーサクという状態異常とよく似た赤い光が俺の全身に宿る。
全員で弱点の頭部を攻撃したのでは効率が悪い。この混合パーティの中でもっとも攻撃力が高いのはリタとハルのどちらか。弱点を攻撃するのなら大きなダメージを叩きだせる二人が適当だろう。連続して放つ魔法よりも一撃のダメージが多い強力な魔法の方が大きなダメージを出せると以前ライラは言っていた。動きを止めたサイクロプスへの攻撃は俺たちに任せ、ライラは再び魔法発動のための溜めに入っている。
入れ替わり立ち替わり繰り出されている俺たちの攻撃を受けて地面に膝を突くサイクロプスは瞬く間に二本目のHPバーを消失させていた。
最後のHPバーに突入したことでサイクロプスは立ち上がり、四度目の雄叫びと二度目のバーサク状態を示す赤い光がその身に宿る。この最後のHPバーになったことで新たにもう一つの変化が起こった。防御力を低下させて攻撃力を上昇させるバーサクのアイコンの隣に速度上昇を示す羽根のようなアイコンが表示された。
「これがラストだ、気を引き締めろ」
攻撃スピードの増したサイクロプスはそれまで以上に手のつけられない猛獣と化していた。
近接戦をするしかないフーカ達は手を出すことが出来なくなっている。それは盾としても使えるほどの大型の武器を使うリタとハルも同様だ。唯一遠距離から攻撃が出来るライラと俺はどうにかダメージを与えることが出来そうだが、強力な魔法を使うために溜め状態に入っているライラと二発撃つ度にリロードを行わなければならない俺では満足のいくダメージを与えることが出来ていない。
たった一つの救いはサイクロプス自体の速度が上昇した訳ではないということ。
あくまでもスピードを増したのは攻撃速度だけで、一定の距離を保ってさえいればこちらがダメージを受けることもない。
「動きを止めるわっ≪アイス・ピラー≫!」
一定の場所で回る独楽のように両腕を振り回すサイクロプスの脚元から氷柱が出現する。
全身を覆い尽くすほどの氷柱は天高くそびえ立ち、ライラの宣言通りサイクロプスの動きを停めることに成功していた。
「今よ!」
氷柱が砕け中からサイクロプスが解放される前に俺たちはそれぞれ持ち得る最高の攻撃を繰り出した。
「≪デュアル・ライトニング≫!」
直剣に光を宿した高速の剣撃をフーカが繰り出し、
「≪尖・突≫!」
風を纏った槍が織りなす突きがサイクロプスを氷ごと貫く。
「……≪みかづき斬り≫」
夜空に浮かぶ月の如く金色に輝く薙刀が三日月の軌跡を描き、
「≪ヘヴィ・クラッシュ≫!」
地面をも割らんばかりの衝撃を発生させる打撃がマオの振るうハンマーから生み出された。
「≪豪爆斧≫」
爆発を起こす斬撃が氷すら吹き飛ばし、
「≪メルト・ブレイカー≫!」
熱を帯びた大剣がサイクロプスを溶断する。
「≪インパクト・スラッシュ≫」
攻撃強化の光が宿った剣銃の刃が氷の上からサイクロプスを斬り裂いた。
呻き声を上げて地面に伏せるサイクロプスのHPバーの減少が残り一割程度で止まった。技後硬直ともいえる同じ技を使用するためのクールタイムを待つ俺たちを後目に、ライラがとどめと言わんばかりに技名を宣言する。
すると一瞬の間にサイクロプスの頭上に無数の氷柱が発生した。
「≪アイス・レイン≫」
突然振り出す激しいスコールの如く、俺たちの攻撃を受けて横たわるサイクロプスを打ち付けていく。
HPを全損させたサイクロプスが断末魔とともに光の破片となって消滅する。第十階層でのレイド戦が終わりを迎えた瞬間だった。




