大変な改変は異変!? 29『逃走』
「…勝った……」
目の前に燃えがった炎の竜巻が消えた後、その場にへたり込むようにして尻もちを付き漠然と呟いた。
受けたダメージを思えば満身創痍。それでも目に見える傷は全くないのだが。
スキルによって自動回復しているとしても全快までは程遠く回復アイテムを使うか悩んでいる時、ふと視界が暗くなった。
太陽の光を遮る何かが目の前に現れたのだと気付いた瞬間にはさっと回復アイテムをストレージから取り出して迷うことなく使用していた。
「おっと、落ち着けよ」
臨戦態勢を取った俺を軽薄な口調と態度で制止してきたのは以前会った時とは服装が異なっているジルバだった。
自分の目には何処からともなくというように見えるが、実際には既にこの闘技場に来ていて先程までの戦いを観ていたはず。
幸いにも受けた大きな傷も一応の戦闘終了と共に消え去っている。
減ったHPは回復済み。
アイテムを使ったMPの回復には間に合わなかったが、自動回復のおかげで戦える数値にまでは戻っている。
ゆっくりと立ち上がり、ガンブレイズを握り直す。
ごく自然な動きで切っ先を向けて牽制した。
「おいおいおい、止めておけって。おれは別に戦いに来たわけじゃないんだぞ」
「だったら、どうしてでここにいる?」
「あー、そうだな。まあ、気にするな。なんてことも無い、ちょっとした用事さ」
視線を俺から外して微かにも燃えた跡が残っている舞台を歩くジルバ。
若干の前屈みになって何かを探す素振りを見せつつ歩くジルバは舞台の上に残されている小さ破片を破片を蹴り飛ばしながら限られた範囲を繰り返し往復している。
ふとジルバが足を止めたのは焼け跡の端の方。
元が何だったのか不明な灰が積もったその場所でしゃがみ込むと手で軽く灰を払い退けていた。
白くなったジルバの親指と人差し指が何かを掴んでいる。
「それは――何だ?」
目を細めてジルバが持っている何かに注視してみるもここからでははっきりと判別することができないほどそれは小さい。
反射的な問いを口にした俺を一瞥してジルバが厭らしい笑みを浮かべた。
「おれが答えると思うのか?」
「どうかな。うっかり口が滑るかもしれないだろ」
「なるほどね。確かにうっかりはあるかもな」
「巫山戯ているのか」
突然会話に介入してきた別の声が一気に雰囲気を変えて空気を張りつめさせた。
「なんだ。出てくるつもりはなかったはずじゃ」
「オマエが余計なことを口走ろうとするからだ」
どこからともなく風が吹き、無数の花弁が何もない所から出現して舞い上がる。
血のように赤い真紅の花弁の渦の内側から現われたのは、花弁と同じ色の髪を持つ女性。純白のドレスに身を包み、この闘技場という場所にはあまりにも不釣り合いな印象を持つ女性がコツコツと硬い足音を響かせながらジルバの正面に並び立った。
「見つけたのか」
「ああ。この通り」
「ならば行くぞ」
「待てっ」
俺の存在などまるで目に入っていないように振る舞う女性に続いて踵を返すジルバを呼び止める。
女性は変わらず俺に興味を示さないまま場を離れようとしているが、ジルバは何かを思いついたように手を叩き、いつもの胡散臭そうな笑みを浮かべて振り返った。
拳を作り、その中に拾い上げたものを隠したまま問い掛ける。
「これが何か知りたいか?」
「……」
あまりにも蠱惑的な問いかけ。
即座に「知りたい」と答えてしまいそうになるも、ギリギリのところで心の何かがブレーキを掛けた。
「力尽くで聞き出してもいいんだぞ」
ただの虚勢。
ただのはったり。
不敵な笑みを作り、背筋を伸ばして目の前の相手を見る。
切っ先は下げたままでもすぐに攻撃に移れるように備えた格好で。
「できもしないことを言うのは止めておくんだな」
一切警戒する素振りのないジルバが嘲笑するように告げる。
「今のお前はおれにも、コイツにも勝つことはできないさ。違うか」
「どうかな。やってみないとわからない」
「わかるさ」
俺の強がりをジルバは軽々と一蹴してみせる。
「ディチャに勝つのでさえもギリギリだったようなヤツがおれ達を倒せるわけがないだろう」
それが当然の事実であるかのように、確信を得た口振りで告げるジルバに俺は一瞬キョトンとした顔を向けてしまっていたが、竜化を解いていないために全身を覆っている鎧によって表情を隠すことができているはず。
立ち尽くして動きを止めた俺にジルバは言葉を続ける。
「そうだな、折角だから教えてやろう。これは謂わば変化装置だ。人をフェイスレスにするためのな」
ジルバの手の中にあるもの。それは奇妙な輝きを持つ巻き貝の化石のようなもの。変化装置だと言った暗い灰色をした塊をジルバは空間を歪めて連れ出した名も無き雑兵のフェイスレスの胸に押し当てたのだ。
「何のつもりだ?」
「いいから見てろって」
苦痛に蠢くフェイスレスの体が変化していく。
脚、腰、腕、体、そして頭。
順序立てて変化していったそこには信じられないことに先程まで戦っていたキマイラ・フェイスレスが立っていた。
「キマイラ・フェイスレスってのは文字通り混ぜ物なんだ。ほら見てみろ、この辺り。前のヤツとはちょっと違うだろ」
自分が作り上げた細工品を自慢するかのように微動だにしないキマイラ・フェイスレスの体を撫でるジルバに後ろにいる女性は嫌悪の視線を向けている。
時間にして僅か数十秒。長く見ても三十秒にも満たないだろう。そんな僅かな時間が経過してキマイラ・フェイスレスの体はドロドロに溶けて崩壊を始めた。
「あーあ。やっぱりダメか」
崩壊を起こしたキマイラ・フェイスレスを何の気なしにジルバは殴り付けた。
たった一発の拳によってキマイラ・フェイスレスの体は瞬く間に霧散した。
ドロドロからサラサラと砂のように流れ落ちたその後にはジルバの言う変化装置が落ちている。
「見ての通り滅多に成功しないんだ。もう少し成功率が高ければ使い勝手もいいものなんだけどな」
ジルバたちは人をフェイスレスにする技術を持ち、フェイスレスをキマイラ・フェイスレスにすることができる。知りたくはなかった事実に俺は急いてガンブレイズを振り上げた。
狙いはジルバが拾い上げた変化装置。
あれがある限り何度でもキマイラ・フェイスレスは自分たちを襲ってくる。
「おっと」
ひらりと身躱すジルバが挑発するように振る舞ながらヒラヒラと二本の指で摘まんだ変化装置を見せ付けてくる。
「一つ忠告だ」
抑揚のない平坦な声で告げるジルバ。
「さっきの失敗作も強さ自体はお前が戦ったのと大差ないぞ」
「信じられるか」
「そうか? だったらちいっとばかりやってみるといいさ」
またしても何もない所からフェイスレスを一体取り出して変化装置を押し付けた。
そして巻き起こる変貌。
三度姿を現わしたキマイラ・フェイスレスには動き出す気配がない。
「ほら。時間は限られているぞ」
キマイラ・フェイスレスの背中をジルバが押すとそれはようやく動き出した。が、変化して現われたキマイラ・フェイスレスは既に体の端々から崩壊が始まっているようだ。
動く度に体からドロドロとした液体が落ちながらも俺に対して攻撃を仕掛けてくるキマイラ・フェイスレス。
咄嗟に攻撃を避けて、ガンブレイズを銃形態に変形させて反撃を試みる。
既に崩壊を起こしている体でありながらも俺が放った弾丸は簡単に弾かれてしまっているみたいに見えた。
「なっ」
見た目にそぐわない防御力を目の当たりにして思い起こされるのは先程の戦い。
だとすればジルバの言葉に嘘は無いということになる。
またしても倒さなければならなくなったのかと辟易していると突然キマイラ・フェイスレスの胸から手が生えた。
崩壊しているキマイラ・フェイスレスの体を貫いたのはジルバの手。
指先を揃えてピンッと伸ばした抜き手の一撃によって完全崩壊を起こしたキマイラ・フェイスレスが居た場所にはまたしても変化装置が残されている。
「これで充分わかっただろう。お前ではおれ達には勝てないって事がさ」
変化装置を拾いながら硬直して動けない俺に残酷な事実を突き付ける。
言い返したくとも今の俺が何を言ったところで自分の言葉に説得力など皆無であることは痛いほど理解していた。
無言のまま睨みつけることしかできない俺に冷酷な視線を向けた女性ははっきりと聞こえるくらいの大きな溜め息を吐いて「もういいだろう」と告げた。
ジルバの手から変化装置を奪い取り一瞥した後に、興味なさげな顔で自身の足元へと放り棄てたのだ。
「あ、ちょっと」
突然の女性の行動に驚くジルバが制止する間もなく、女性は足元に転がった変化装置を思い切り踏み付けた。
硬い石の塊のようでもある変化装置は女性の足の下で粉々に砕けて原型を留めていない。
「あーあー勿体ない。これを作るの結構大変なんだぞ」
「態とらしい真似は止めろ」
大袈裟に嘆く素振りを見せるジルバに言い放つと、ジルバは一瞬スンッと感情の乗っていない顔になってから口元を歪めてまた嘘くさい笑みを浮かべた。
「よかったな。こいつのお陰でキマイラ・フェイスレスは出てくることはなくなったぞ」
「どういうつもりだ?」
ジルバを無視して変化装置を踏みつけた女性に問い掛ける。
「何だ。オマエもコイツと同じようなことを言うクチか」
呆れたと言わんばかりに低めのトーンで小さく告げた女性は背筋を伸ばしたまま俺を見てくる。
どう返すべきか。言葉を選んでいると女性は遂に興味を無くしたと言うように俺の隣を通り抜けた。
「ま、待てっ」
さっきみたいに呼び止める。
同じ言葉でも今の俺の言葉には僅かな迫力さえも消えてしまっていた。
それでも女性は立ち止まり、冷たい視線を向けてゆっくりと近付いてくる。
「身の程を知れ。愚か者が」
トンッと軽く胸が押される。
攻撃でも何でもないただ軽く掌で押しただけ。威力など全く無いはずの動作を受けただけだというのに俺の体は膝から崩れ落ちてその場で座り込まされてしまった。
既に女性の手は離れているというのに俺は動くことができない。まるで地面に両脚が縫い付けられているかのように立ち上がることさえもできずにいる。
「これが最後だ。失せろ。そして二度と私の前に現われるな」
はっきりと言い放った女性に慌てたのは意外にもジルバだった。
女性の前に回り込んで珍しくも焦った顔で「いやいやいや、ちょっと待て」と呼び止めている。
「コイツは何を言っても追ってくるさ。そうだろ」
ジルバの言葉の矛先が俺に向く。
「……」
肯定も否定もしないで無言を貫いているとジルバは何か思いついたというように厭らしい笑みを浮かべた。
「はぁ、それならおれ達の目標を教えてやるよ」
「おい」
「いいか。よく聞けよ。おれ達はこの国を支配する。無論、フェイスレスの力でだ」
そう断言するジルバがしゃがみ込み俺と視線を合わせてきた。
「大勢の人が死ぬぞ。フェイスレスになるぞ。フェイスレスになった人が同じ人を殺し続けることになるかもな」
「やめろ!」
「止めないさ。おれ達の目的はその先にあるからな」
鼻先がくっつくほどに顔を近付けてなおも言葉を続ける。
「この国を支配した後は、そうだな、別の国を支配するってのも悪くない」
「させない」
「どうやって? お前はおれ達よりも遙かに弱いというのに」
「だったら強くなればいい」
「そんな時間を与えると思っているのか?」
俺とジルバの言葉の応酬に割って入る女性。
凄みを増したその瞳は冷酷に俺を見下ろしている。
「ここでコイツを殺しておけばお前の懸念も無為に終わる」
女性が手を伸ばすとその手の中に真紅の光が宿る。
魔法であろうが無かろうが攻撃用エネルギーの集合体であることが容易に想像できるその光を阻む術がない俺は強く怖じ気づかずに睨み返すことしかできない。
「ん?」
何気なく疑問符を口にしてジルバが視線を別の方向へと向けた。
「リーリス!」
誰かが誰かの名前を叫びながら一筋の雷光が轟き差し込まれた。
次いで起こる爆発と広がる衝撃波。
それは誰に対する攻撃なのかわからなかったのは衝撃を受けた俺のHPゲージが減少しているからだ。
ジルバと女性はタイミングを合わせたように爆発と閃光に目を覆い後ろに跳んだ。
俺はまともに衝撃波を受けて後ろに吹き飛ばされてしまうが、幸いにもそのお陰で女性の攻撃の手から逃れることができていた。
「だ、誰だ!?」
もくもくと立ち込める白煙の中、近付いてくる気配に向けて問いかける。
「動けるか? 動けるのなら速くこの場から逃げるぞ。ついて来い」
選べる選択肢などあるはずもなく、俺は立ち上がり声がする方へと駆け出した。
そのまま後ろを振り返ることなく闘技場を後にする。
程なくして白煙が流れ見通しがよくなった闘技場には女性とジルバだけが残されていた。
「ご指名の攻撃だったみたいだな」
稲妻が打ち込まれた方を見ながらジルバが言った。
「そのようだな」
リーリスというのはこの女性の名前。しかしその名を知る者は限られている。
自身の名前を知り、稲妻を打ち込んでくるような人物。
リーリスにとってそのような人物の心当たりは一人しかいない。
冷酷で冷静だったリーリスの表情が変わる。
獰猛で好戦的な獣のような笑みを浮かべ、明確な敵意と殺意がその瞳に漲っていく。
「ようやく現われたか。覚悟するんだな。待っていろ、すぐにでも殺してやる、オルヴァス!!」
様々な感情がが込められたリーリスの叫声が轟いた。
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レベル【22】ランク【3】
HP【9960】(+320)
MP【8850】(+770)
ATK【276】(+1810)
DEF【238】(+1880)
INT【271】(+900)
MND【194】(+1110)
AGI【304】(+1130)
【火耐性】(+10)
【水耐性】(+50)
【土耐性】(+50)
【氷耐性】(+150)
【雷耐性】(+100)
【毒耐性】(+100)
【麻痺耐性】(+200)
【暗闇耐性】(+150)
【裂傷耐性】(+40)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】
胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】
腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】
脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】
足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【10/10】
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv98】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。
≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv90】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【8】
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