迷宮突破 ♯.25
第九階層に続く道を進む足音が近づいてくる。
ハル達がここに来ることがあるのならそれは第九階層から上がってくることになるのだから方向は逆になるだろう。それならば近づいてくる足音の主は俺の知らないパーティだということだ。
今は知らない人にも、知り合いにすら会いたくない。
迷宮の横道に隠れるように身を潜め、そのパーティが通り過ぎるのを待った。
四人組のパーティは仲睦まじく和気藹々と歩いている。僅か数分前まで起きていた出来事を知らないはずがないのに、関係ないと思っているのか、それとも当事者以外ににとっては自動で流れていくストーリーと同程度のことだったということか。
「戻らなきゃ、な」
そう言い立ち上がろうとして俺は壁に体を打ち付けていた。
疲労しているからなのか俺の身体は動こうとしない。ダメージ判定は無かったものの意思に反する体の反応に驚きと戸惑いが隠せない。
「なんだってんだよ。これはゲームだったんじゃなかったのか」
思い起こされるのはたったひとつの風景。
数多く集まったプレイヤーとそれに対するたった一人のプレイヤー、アラド。
アラドがPK行為を行っていたことは明らか、言ってしまえば加害者だ。それに巻き込まれただけならばあのプレイヤー達は被害者でいられたのだろう。けれど感情がそれを赦さない。同じようにPKされた者たちが集まったことで増長された部分もあったのだろう。真に関係のない人達をも巻き込む事態を起こしたことで彼らもまた加害者になってしまった。
ことの真相を知らないプレイヤーにとってはただのイベント中に起きた揉め事。自分たちのプレイ時間を奪ったのはPKたちなどではなくポータルを占拠したプレイヤー達。それを解除させたアラドはひと時名を馳せることになった。アラドは掲示板で祭り上げられ、反対に占拠していたプレイヤーは叩かれた。
それは一時のこと。イベントが終わり、次なる話題が出てくればこの数時間の出来事は自然と風化していくことだろう。
「動けそう、か」
手を開いたり握ったり、まるで自分の意思がこの体にあることを確認するかのように動かした。
「違うな……動くしかないんだ」
立ち止まってしまえば嫌でも考えてしまう。何故こうなってしまったのかと。
俺たちは遊んでいたはずだ。
この遊び場で。
決められたルールと与えられた玩具で。
「ユウ! やっと見つけた。どうしたんだよ、いきなり走り出したりして」
よろめきながらも立ち上がった俺にハルが駆け寄ってくる。
「心配したんだぞ。ケガはないか? なにか問題を起こしてないか?」
「起こしてないかって……大丈夫だよ。話をしただけだ」
「話? 誰と?」
「アラド」
「誰だよ、ソレ」
「憶えてないのか? 昨日、というかさっきも会っただろ。昨日、俺と戦ったヤツだよ」
不思議とアラドをPKと称することが阻まれた。
それは決して彼があの暴動を収めたからではないだろう。認めたくはないが、俺はアラドという名のプレイヤーを少なからず気に入ってしまっているのだ。
「何で、ユウがそんな奴と話してんだよ」
「駄目か?」
正直ここまで怒られるとは思っていなかった。軽率な行動をしたという自負はあるもののそれはあくまで自己責任だとばかり思っていたのだから。
「ダメじゃないけど、一言相談して欲しかった」
「……すまない」
ハルは俺を心配してこう言ってくれているのだと伝わってくる。けれど、どうしてだろう、この時の俺にはそれが少し窮屈に思えた。
「心配したよー、二人とも」
迷宮から町へと戻って来た俺たちをリタとマオの二人が待っていた。
「全く、なんで勝手に危ないことに首を突っ込むのよ」
「ゴメン」
敢えて言わずとも二人が心配していることがなんなのか、何処となく伝わってきた。
「今日はどうするの?」
「行くよ。攻略しないといけないからな、この迷宮を」
「でも……」
「大丈夫。それに、体を動かしたい気分なんだ。付き合ってくれるか?」
「勿論!」
「あ、ちょっと待って……」
ストレージから取り出して外着のポケットに入れっぱなしにしていた砂時計を見た。
一日の境界線でもある午前零時が過ぎると、砂時計の砂は元の位置に戻るようになっている。それで一日毎の制限時間が解るようになっているのだ。
「悪い。だいたい、三十分くらいか。既に使ってるみたいだ」
下に落ちた砂はまだ僅か。それでも全体から察するに三十分は使ってしまったことになる。一人で迷宮に行って使った時間は皆に言わせれば勝手をした時間、責められこそしても褒められることではないだろう。
「気にしないで。それよりも今日は十階層に着きそうよね?」
「というか、そこのボスを倒すつもりだけど」
「……そっか、ライラ達に連絡――」
忘れてた。
ライラ達とは第十階層のボスモンスターもレイド戦になるのならば次も一緒に戦おうと約束していた。諸々があって失念していたとはいえ気付けたのならばこのまま無視するわけにもいかない。
「俺がしておくよ」
ハルがこの場でコンソールを出現させてフレンド通信をおこなった。
暫らく呼び出し音がした後ライラが通信に応えたようだ。
「十階層に続くポータルまでいったら教えてってさ。ライラ達も今日中には十階層に着くみたいだ」
通信を切りハルが告げた。
「それじゃ、行きましょうか」
ライラ達と合流するまで残り一階層。昨日までの調子で考えるならそれほど時間が掛かることはないだろう。
ポータルを使い揃って迷宮の中に転送され、俺たちはこの日の冒険を始めた。
昨日と同じ雰囲気の迷宮を進んでいく。
第九階層になっても出現するモンスターは第八階層と大差ない。同じ種類でもモンスターのレベルが上がり幾許かステータスが上昇しているという感じで、戦っていて気になる点は一つもなかった。
問題なく戦いを終えていくことに、どこかほっとしている自分がいた。階層を重ねるごとに強力なモンスターが増えていく。どれだけ迷宮を進み慣れたと思っても、実際にその階層に足を踏み入れるまではその不安を拭いきれない。
襲いかかってくるモンスターを討伐しながらマップを埋めていく作業も随分板についてきたものだ。
ひたすらゴールを目指し進んでいた上層とは違い、時間の許す限りとまではいかないが近場の横道を進んでみていられるようになるくらいには余裕を持つことが出来るようになったという感じだ。
「あそこじゃない?」
「ほんとだ。けっこう早く着いたね」
「なんか不満そうだな」
それらしい場所を見つけ喜ぶマオにたいして沈んだ表情を見せる俺にハルが声をかけてきた。
「そんなことないさ。ただ……」
気分を変えるためにももっとモンスターと戦いたかったというのが本音だった。ボスモンスターと戦う前に胸のなかのモヤモヤを解消しておきたかった。
「ここで待つのも時間の無駄だし、一度町に戻る?」
黙り込む俺に追及するでもなく、あえて無視して他の皆に尋ねていた。
「ああ。その方がいいだろうな」
それに応えたのはハルだった。
階層の中心に近い場所にぽっかりと他人二人が通れるくらいの空間が壁に空いている。まるで濃い色の闇が口を開けてプレイヤーを待ち構えているようだ。
ポータルに手をかざし、使用可能な状態にすると俺たちは揃って迷宮から出ていった。
四人が拠点に戻るなか、俺は一人工房にこもり薬草からポーションを作る調薬に取りかかった。単調な作業の繰り返しは普段は眠気を誘うだけなのだが、この日ばかりは一人で静かに集中できるいい時間となった。
「ライラ達も十階層に着いたみたいよ」
調薬に没頭していたから気付かなかったが、既に三十分近く経ってしまっていたようだ。俺たちが第九階層を抜けるために使った時間も大体そのくらいだったのだからライラ達も問題なく第九階層を通過できたのだと解る。
「調べてきたけど、十階層のボスモンスターもレイド戦になるみたいだな」
拠点の中に出現したハルが告げる。
調薬を始めた俺とライラ達からの連絡を待っているリタ。休憩すると言ってログアウトしたマオと同じようにログアウトしていったハルはどうやら現実で掲示板からこれから戦うボスモンスターの情報を集めていたらしい。
「どこで待ち合わせるんだ?」
「とりあえずここに来るみたい」
「だったら、俺たちはここで待ってればいいんだな」
「そうね。マオもまだ来ていないし」
調薬作業も佳境を迎え、今にもポーションが完成するという時にここを離れることにならなくてよかった。こればかりは未だ戻ってこないマオに感謝すべきだろう。
「連絡は入れておいたからすぐに来ると思うけど」
ハルが調べてきたボスモンスターの情報は皆が揃ってから話すことになった。
他の人達が来るまで、俺は再び調薬作業に戻った。第九階層で状態異常を回復させるためのポーションを作る材料も揃ったこともあって、ここで戦うボスモンスターが状態異常を与える攻撃をしてくるかどうかくらいは聞いておきたい。
出来あがったポーションを机に並べる俺がそう訊ねるとハルは簡単にそんな攻撃をしてくるという書き込みは見つけられなかったと言った。
前の階層で手に入るアイテムが次の階層の戦闘に必要ななにかを含んでいるというわけではないらしい。それでも一応と一人一つづつは行き渡るように出来うる限りの状態異常回復薬は作っておくべき。それが十階層で使うことがないとしても、ポーション類はあって無駄になるということだけはありえないのだから。
五分と経たず、俺たちがいる拠点にライラ達はやって来た。
先程起きた騒動は彼女らも知っていたようで、ライラは俺たちに会うなり大丈夫だったかと聞いてきた。それに対して俺たちは口々に問題が無かったと答えるとライラ達はほっと安心した表情を見せた。
「みんな集まったみたいだな」
それぞれが工房の椅子に座りその場で立ち上がったハルに注目が集まる。
「それじゃ、俺が知るボスモンスターの情報をいっていくぞ」
予めメモを取っていたようでコンソールにあるメモという項目を表示させた。
得た情報がスキルに関するものならば自動で詳細に追記されるようになっている以上、なかなか使い道の無い項目だと思っていたが、そうでもなかったらしい。覚えきれないなにかをメモしておくのは現実もゲームも変わらない。用は使いようなのだ。
「十階層のボスは『サイクロプス』。姿はトロルによく似た巨人種のモンスターだが巨大な木を切り出して作ったような棍棒を使うらしい。攻撃手段もトロルとそれほど変わらない、基本的な攻撃は腕を振り回したり棍棒を使ってきたりするくらいだ」
頭の中で浮かべるサイクロプスの姿はほとんどトロルと同じ。唯一の明確な違いはその特徴が顔にある大きな一つ目だということ。
「今回、ユウとライラは遠距離攻撃に集中してもらう。サイクロプスは常に弱点が露出している珍しいモンスターということだ。その弱点が一つ目で問題はその巨体で狙い難いということらしいが、魔法職のライラと狙撃出来るユウなら問題なく狙えるよな?」
「ええ、大丈夫よ」
「ああ」
「俺とリタは二人の援護だ。基本的にはサイクロプスの攻撃を受ける壁役になるけどいいよな?」
「任せなさい!」
「最後に残りの四人は自由に攻撃を仕掛けてほしい。足を集中的に狙うことで転ばせることが出来るらしいからその時は弱点を狙える距離にいた人だけが狙ってくれればいい」
「りょーかい」とマオ。
「ふっふっふ、やってやるよー」座ったまま剣を抜いて意気込むフーカ。
「まっかせてー」とアオイが言うと、
「……頑張ります」とアカネが小さく言った。
「よしっ、行くぞ!」
全員の役割を確認し終え、俺たちは再び迷宮に挑むために立ち上がった。
レイド戦を迎えるにあたり、否応にも高まっていく気持ちがそれまであったモヤモヤをいつの間にか振り払ってくれていた。




