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迷宮突破 ♯.24

「やっぱりほっとけない」


 出来ることは何も無いと言われても、ここでじっと解決を待っているだけというのはどうも性に合わない。せめて事の成り行きを見守ろうと立ち上がり拠点から飛び出していった。


「仕方ないな。オレ達も追おう。いま彼を一人にさせるわけにはいかない」

「わ、わかった」


 ムラマサとハルが俺を追って拠点から出ていった。


 相も変わらずイベントに参加しているプレイヤーの大半がここに集まって来ているようだ。


「どうなってる?」


 人垣の後ろからポータルのある場所を眺めている俺にハルが聞いてきた。


「……変わっていないよ」


 今にも一触即発な雰囲気はピリピリとした空気となって俺の肌を突き刺している。この均衡が崩れてしまうのはそんなに遠い話ではないのかもしれない。


「ムラマサはこの先どうなるかって解るのか?」

「さあ。けれど何もお咎めなしとはいかないはずさ」


 理由がどうあれ自らが起こした行動の責任は自分でとらなければならない。


 それが他人に迷惑をかける者ならなおさらだ。


「……なんでっ!?」


 悲痛な面持ちでプレイヤー達を見てる俺の隣でハルが幽霊を見たかのように呟いた。


「あれは……」


 ハルの視線を辿って目を凝らすと、ひとり人垣を抜けて進むプレイヤーの姿を見つけた。


 ボロボロのローブを纏うその姿はさながら死神のよう。


 俺が見間違うはずがない。たった今現れたのは纏っている装備こそ違えど俺が戦ったプレイヤー張本人だ。


「お前は――っ」


 ポータル前を占拠しているプレイヤーの一人が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「オマエラ、邪魔だ」


 向けられる敵意など全く意に介さないかのように告げた。


 このプレイヤーと戦った経験のある者はこの一言だけで委縮してしまっているようで、一歩後ろに下がってしまっていた。


 小声でなにか言い合っている占拠するプレイヤー達は目的としていたPKの出現に戸惑っているようにも見える。自分たちが望んでいたにもかかわらず、いざその状況になればどうすればいいのかわからない。これは衝動的な感情で行動をする人が行き着く典型的な状況だった。


「なンだ、オマエ」

「ぴ、PKだな」

「あン?」


 ガタガタと震える手で刃を向けるプレイヤーはジリジリと距離を詰めていく。


「なンの真似だ」


 首元に刃を突き付けられても怖れる素振りすら見せない。それにどうしてこの時は障壁が発生しなかったのだろう。決してこのプレイヤーに攻撃の意思が無かったわけでもあるまいに。


「な、なんで俺たちを攻撃したんだよ」

「知るか」

「なんで……なんで俺たちだったんだ……」

「知らねエよ」

「どうして俺たちの邪魔ばかりするんだ!」

「知らねエって言ってンだろうが」


 一人が声を上げたことを皮切りに四方からたったひとりのプレイヤーを責めたてる言葉が飛び交う。


 耳を塞いでしまいたくなるような罵声の数々なんの抵抗もなく口にする多くのプレイヤーに対してまるで小鳥の囀りを聞いているかのようにさも興味が無さそうな顔をして全てを受け止めている件のプレイヤー。これではどちらが問題を起こしているのか解らないではないか。


「皆の邪魔ばかりして……お前のようなヤツはこのゲームから出て行け!」


 遂に抑えきれなくなった怒りが暴力として表れてしまった。


 どこの誰か知らないプレイヤーの一人が地面に落ちている石を掴み、首元に刃を突き付けられているプレイヤー目掛けて投げたのだ。


 飛んでいく石は突然出現した障壁に阻まれプレイヤーに当たることはない。


 それでも石が障壁にぶつかったことで生じた大きな音が響いたことでたった今まであれだけ飛び交っていた怒号が止んだ。


「な、なんだよ」


 首元に付きつけられている刃を軽く払い、石を投げてきた方向へと歩きだした。


 余程厳しい顔をしていたのか、プレイヤーが歩く度にその前を塞いでいた人だかりが割れる。


「オマエか」


 無情にも割れた人だかりの先でたった一人のプレイヤーが孤立してしまっていた。


「――ひっ」


 武器に手をかけることもなにかを取り出す素振りも見せずに、ただ普通に歩いて来ただけだというのに孤立したプレイヤーは凶暴な獣を前にした小動物の如く震えている。


「エラそうなこと言ってるけどよォ、今ジャマしてるのはオマエらだぜ」


 へたり込んだプレイヤーの顔を見下ろすように告げるとその一言が効いたのか、集まっていた他のプレイヤー達の表情からもそれまでのような覇気が消えた。


 皮肉にも探し求めていたPKの言葉で冷静さを取り戻したのか、囲むようにできている人垣から浴びせあられる視線に気付いたようだ。


 一人、また一人とログアウトの光に包まれこの場から消えていった。


「ユウ?」


 呆然と一連の出来事を見つめてた俺はいても経ってもいられずに駆け出していた。


 転送ポータルを使い迷宮に入っていったプレイヤーを追って俺も迷宮に転移する。昨日あのプレイヤーが迷宮から出た場所は俺たちが迷宮を出た場所とは違う。


 急ぎ迷宮の上の階層に続く階段を駆け戻りプレイヤーに会うために階層の中を探しまわった。


 あのプレイヤーの目的も俺たちと同じように迷宮を攻略することだとするならば、来た道を逆走すればいつかは出会うだろう。


 道中出会うモンスターは無視して全力で走る俺の目に遠くから歩いてくる一つの人影が入って来た。


「……オマエは」


 ゆっくり歩いているプレイヤーに対して俺は肩で息をするほど疲弊している。


「やっと見つけた」

「なンの用だ」

「聞きたいことがある。何でアンタはさっき出て行ったんだ?」


 俺のイメージにある悪質なPKをする人と目の前にいるプレイヤーは重ならない。


「ジャマだっただけだ」


 短く言い放つプレイヤーの言葉は真実のようにも、嘘のようにも聞こえた。


 実際、迷宮に挑むには集まっていたプレイヤー達は邪魔な存在だった。けれどそれは時間が経てば何らかの手段で排除される。けれどそれを良しとしないが故に俺は拠点を飛び出していた。だが、それはこのプレイヤーも同じなのかどうかは俺に知るすべはない。


「本当にそれだけか?」

「なにが言いたい」

「アンタには別の狙いがあったんじゃないか」


 見方を変えればこのプレイヤーが集まっていたプレイヤー達が運営から何らかのペナルティを受けることを防いだということになる。


「あそこに集まっていたプレイヤー達の仲間を倒していったのはアンタじゃないんだろ」

「ハッ、常識で考えろよ。オレ一人で出来るワケないだろ」


 そうなのだ。いくら強大な力を持っていたとして一人でしてのけるPKとしてはあまりに数が大き過ぎる。


 どうにも理解できない行動に俺は問いかけずにはいられないでいた。


「答えてくれ。アンタの目的はなんなんだ」

「簡単だ。オレは戦いたいだけだ」


 そこで一度言葉を区切り、目の前のプレイヤーはコンソールから武器を一つ取り出した。


「強いヤツとなァ」


 見覚えのあるギザギザの付いた大剣が俺の目前に振り降ろされる。


 腰のホルダーから引き抜いた剣銃を剣形態に変え、攻撃力強化を発動させて受け止めた。


「思い出したぞ、オマエはあの時のヤツだ。ユウとか言ったかァ」


 ピシッと大剣にヒビが入る。


 昨日の使用状態から一度も修復されていないのか、パラパラとヒビから落ちる大剣の欠片が俺の顔に降り注いだ。


「クッ、これがアンタの本性か!」


 受け止めていた大剣を掃い俺は一歩後ろに下がった。


 剣銃が与えた衝撃は大剣に入ったヒビを広げているようで、大剣の刀身を二分割するみたいに入っている。


「いいねェ」


 目の前のプレイヤーがニヤリと嗤う。


 戦いに来たわけじゃないとしても敵意と武器を向けられれば対処しなければならなくなる。


 やはりPKを行うプレイヤーとは解り合えないのか。剣を何度か打ち合いながらも伝わってくる感情は純粋に戦いを楽しんでいるということだけ。そこに他者を思いやる気遣いなど微塵も感じられない。


「どうした? 来ないのか?」


 ヒビの入った大剣を地面に突き立てるプレイヤーから発せられる敵意が消えた。


「ヤメだ」

「何?」

「アンタとは別の機会に戦うことに決めた」


 そう言って俺を追い越し、先に進み出した。


「待てっ」


 肩透かしをくらった、そう思い呼び止めた俺の声に反応し足を止めはしたものの決して振り返ることはない。


「アンタの名前はなんだ?」


 昨日聞けなかったことをようやく問い掛けることができた。


「アラド」


 短く答えてアラドが再び歩き出す。


 その背中が見えなくなったころに俺は小さく呟いていた。


「迷宮の最奥で戦おう。アラド」


 決着を付けるのはその時。


 誰に遠慮するでもなく全力で戦う時が来る、という確信が俺にはあった。



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