大変な改変は異変!? 05『骸骨蜘蛛男』
竜化形態となった俺と白狐の力を纏うムラマサは周囲のフェイスレスを圧倒していく。
力の差は歴然と言わんばかりにガンブレイズを一振りすればフェイスレスのHPゲージが瞬く間に消滅する。ムラマサが刀を振るえば次々とフェイスレスが沈んでいく。
既存のモンスターと異なるのは倒れたフェイスレスは静かに消滅するのではなく、極めて小規模な爆発を起こして霧散したこと。
フェイスレスとなったからには普通のNPCではない、そしてもう元の状態には戻ることができない。そう直感した俺はフェイスレスを倒すことを躊躇わなかった。
断続的に引き起こされる爆発が止んだのは最後のフェイスレスがムラマサの手によって倒された後のことだ。
「これで全部か?」
「んー、そうみたいだね」
俺を追いかけてきていたフェイスレスは軒並みこの場から消えている。
フェイスレスと化す前の男たちは町の不良といった風貌をしていた。粋がっているだけの町の不良程度だった一人倒されたことで激高するか、あるいは爆発霧散したことで戦くかのどちらかだ。しかしフェイスレスは誰が倒されようとも気にする素振りもなく、それどころか人としての感情を覗かせないような感じで俺たちを襲い続けていたのだ。
「何とか無事に終わったようだ。ルミナ、もう“異界”を解いても大丈夫――」
魔法陣の端にいるルミナに近付き声を掛けたムラマサが纏う空気が一変した。
振り返り、持っている刀の切っ先を何もない虚空へと向けている。
「どうやらまだ取り溢しが残っていたみたいだね」
虚空に向けて声を掛けるムラマサ。
切っ先から漏れる冷気が地面を這いそこにいるもう一人の存在を浮き彫りにした。
このままでは距離が開いていて攻撃が届かないと剣形態から銃形態へ変えて射撃を行う。
間を開けない二度の銃声が響き、ムラマサが刀を向けている先に当たり弾けた。
「チィッ」
舌打ちをして姿を現わしたのはそれまでのフェイスレスとは違う異形の存在。
全身の色味はフェイスレスとは違うくすんだ銀色。まるで綺麗な銀のインクに様々な色を混ぜてできあがった澱んだ黒色を混ぜたような色だ。
何よりの違いは顔があること。
だが人の顔ではない。
昆虫の口のような形状をしたマスクを付けた銀色の髑髏の頭。
露わになった全身も頭部と同じように骸骨の意匠が強く見受けられる。手足には銀色の骨が剥き出しになっているように見える装甲が備わり、肩を含めた胸を覆うアーマとなっているのは心臓の辺りから大きく飛び出した八本の胸骨。
体格から察するに男性であるように見える。
「おまえは何だ?」
「君の方こそ。プレイヤーなのかい?」
「何だ、それは」
金属質なエフェクトが掛けられた声が聞こえてくる。
両手に持った剣も全身の骸骨モチーフに則っているようで、獣の太い骨を削り上げて作ったような形をしている。骨の双剣のうち片方をムラマサに向けて気怠そうな態度と声で問い掛けてきた。
「成る程。だったら、君はここで何をしているのか教えてくれるかい」
「……」
白狐の面で隠されて表情が見えないムラマサが声色を変えることなく聞き返している。しかし返ってきたのは短い沈黙。
「言うつもりはない、か。んー、素直に教えてくれると手間が省けて助かるんだけど」
肩を竦めながらも警戒心は緩めないムラマサは刀を構えて臨戦態勢をとった。
最初に動いたのは骸骨の男。
剣を剣ではなく鈍器のように使いムラマサに襲い掛かったのだ。
現実の刀に比べて格段に頑丈な作りをしている刀を使っているからこそ、ムラマサは男の一撃を斬撃を打ち合わせることで防御してみせた。
とはいえ想定以上に骸骨の男の力が強く弾き返すことができずにその場に押し止められてしまう。そうなれば当然もう片方の骨の双剣がムラマサに迫る。
今度は防御も間に合わない。
直撃が免れないと身構えたその刹那、一発の銃声が骨の男の持つ双剣を撃ち抜いた。
「忘れるなよ、俺もいるぞ」
それは誰に向けた言葉だったのか。
自分を置き去りにして始まった戦闘に介入した俺の目に骨の男のHPゲージと名前が映る。
【スカル・スパイダー】。
名が体を表わすというのなら、あの男のどこに蜘蛛の要素があるというのか。浮かぶ疑問の答えは俺の放った弾丸によって双剣の片割れを落としてしまったスカル・スパイダーの上半身を覆っている胸骨がガバッと開いたことにより回答を得ることとなった。
胸骨の関節には前も後ろも存在していないのか、元の状態とは反対側となる全面へと展開された。これこそまさに蜘蛛と言わんばかりに離れた場所から目撃するスカル・スパイダーのシルエットは蜘蛛の巣に張り付いた蜘蛛も同然。
言い表せない不快感を覚えるその外観は人の姿をしながら異形と化したフェイスレスよりも何倍も怪物じみて見えた。
骨の双剣と刀を打ち合わせているムラマサを胸部から展開された胸骨が襲う。
蜘蛛の足と同等の動きをしている胸骨の先はどれも鋭く、刃のようになっている。組み付かれたら一巻の終わりなのは勿論、触れるだけで容易く斬り裂いてくると感じさせるそれをムラマサは背後に出現させた氷の盾で受け止めていた。
「柔らかい氷だ」
嘲笑うような声色で呟いたスカル・スパイダーがフンッと気合いを入れると氷の盾に突き立てられている胸骨が繰り返しもの凄い早さで連打してみせた。
ガラスが砕けた時のような音が響き渡り、壊された氷の盾が消滅していく。
自身の氷の盾が破壊されることを予期していたムラマサは胸骨の刃が届くよりも早くその場から離脱していた。
「君の目的は何だい?」
スカル・スパイダーとの戦いが始まってからずっと自分も気になっていたことをムラマサが問い掛けた。
じっと返答を待っていた俺たちにスカル・スパイダーの呆れたような声がした。
「そんなことは関係ない。そうだろ」
「どういう意味かな」
「俺の目的はお前らを倒すこと。お前らの目的は、知るか」
興味が無いと言い捨てたスカル・スパイダーが器用にも胸骨の脚を操って落ちた骨の双剣の片割れを弾き上げてキャッチした。
ワキワキと蠢く胸骨の脚。それに両手で持っている骨の双剣を合わせた十本もの脚が目の前のスカル・スパイダーの武器となって俺たちに迫る。
「どうすればいい?!」
攻撃を仕掛けてくるスカル・スパイダーを前に俺は思わずムラマサに訊ねていた。
一瞬返答に戸惑ったムラマサは魔法陣の端にいるルミナを見た。ルミナは一瞬の逡巡の後に深く頷いて答えた。
その直後にムラマサが「戦え!」と叫ぶ。
不思議とそれだけのことでこのスカル・スパイダーがプレイヤーであろうともNPCであろうとも戦うこと、倒すことに対する免罪符を得た気持ちになった。
撃鉄に指を掛けてガンブレイズを銃形態から剣形態に変える。四方八方から迫るスカル・スパイダーの胸骨と骨の双剣と打ち合わせるのなら剣形態の方が適切だ。
それでも手が足りないと思うのは物理的にスカル・スパイダーの武器の数の方が勝っているからだろう。胸骨一本一本の威力がそれほどでもなければ簡単に捌くこともできたかも知れないが、少なくともスカル・スパイダーが疲弊していない状態ではそれら全ての攻撃の威力に差異は見受けられなかった。
「ふっ、はっ、せやっ」
掛け声を発しながらガンブレイズを振るう。
それでもどうしても捌ききれない一撃はガントレットを装備した左手の拳で叩き返した。
だがどうしても一手足りない。
それは自分とは反対側で戦っているムラマサも同じみたいだった。
武器は持っている刀一振り。
どんなに打ち合っても歪むことも刃が欠けることもない刀であるとはいっても、攻撃自体の数が増加するわけではない。元より打ち合うよりも受け流すことを得意とする刀という武器だ。いつもならば受け流しつつ接近して切り払うのが黄金パターンとなっているムラマサも、受け流した胸骨がそのまま背後から迫れば前に出ることは憚れる。
足を止めるとまでは言わないものの思ったように前進できていない状態ではムラマサにとって得意な距離に持ち込むことに難儀しているようだ。
「しまった――」
打ち返した胸骨の一本が予想外の軌道でこちらの胸を大きく斬り裂いた。
全身を覆う鎧のおかげで目立った傷を受けることはなかったが、それでも攻撃を受けたことには変わらない。自分のHPゲージが想定していたよりも大きく削られ、痛みの代わりとなる独特な衝撃を感じた。
思わず怯みそうになるもここで自分が引けば自分が受け持っていたスカル・スパイダーの攻撃の半分がムラマサに向かうことになる。それでは今以上にムラマサが窮地に追い込まれることは間違いない。
「くっ、<セイヴァー>!」
気持ちで前に出て自分を斬り裂いた胸骨の一つを上から下へ思い切り叩きつけた。
アーツのライトエフェクトを宿すガンブレイズの刃によって関節部で両断されたスカル・スパイダーの胸骨が宙を舞う。
その瞬間、スカル・スパイダーのHPゲージが大きく減少した。
さらに胸骨が一本斬り飛ばされたことに怯んだスカル・スパイダーに向けてムラマサが自身のアーツである<鬼術・薄氷断>を放ち骨の双剣を持つ片腕を斬り飛ばしていた。
斬り飛ばされた一本の胸骨と片腕が地面に落ちたのは殆ど同じタイミングだった。地面に突き刺さった胸骨とは違い、地面に落ちた片腕はモンスターが倒されて消える時と同じで砕けて散った。地面に残されたのは骨の双剣の片割れだけ。
「ばかな…ばかな……ありえない!」
余程自分の身体が斬り飛ばされたことが信じられないのか、肘から下を失った片腕を抱きかかえるようにして数歩後ろに下がった。
「今だっ!」
「ああ!」
この一瞬を好機と見定めたムラマサの合図に応じて俺も一気に攻勢に出た。
これまで打ち合えていたとはいえ実情はどちらかといえば自分たちが押されていたようなものだ。それが一転、今は自分たちが押している。
近付く俺たちを阻むように突き出された胸骨にそれまであった圧が感じられない。
切り払うことで簡単に打ち退けられた。
単調な突き出しは容易く回避することができた。
最後がむしゃらに振り回される胸骨を冷静に対処しながら前へ進む。
ムラマサは俺よりも静かに、それでいて流麗にスカル・スパイダーへと近付いてる。
「<鬼術・凍牙連打>」」
スカル・スパイダーの正面で立ち止まり放たれるムラマサのアーツ。
下から上へ流れるように振り上げられた刀の軌道を沿って生み出される青白く光る氷の棘山がスカル・スパイダーを呑み込んでいく。
真っ直ぐ伸びる大小、長短様々な氷の棘がスカル・スパイダーが突き出した胸骨を穿ち上げ、胸を、腹を、頭を打ち付けた。
骸骨の頭部に大きな亀裂が広がっていく。
展開されている胸骨の奥の体に氷の棘が突き刺さる。
腹部を貫いた氷の棘がスカル・スパイダーをこの場所に縫い付けた。
「<セイヴァー>!!」
スカル・スパイダーの腹部を貫いている氷の棘以外が一斉に砕け散った瞬間に飛び出して再び斬撃アーツを発動させた。
仰け反っているスカル・スパイダーを一刀のもとに斬り伏せる。
輝くガンブレイズの斬撃がスカル・スパイダーのHPゲージを消し飛ばす。
骸骨の装甲がボロボロと砕け溢れ落ちていく。
フェイスレスと同様の爆発が起こる直前に目にしたのはスカル・スパイダーの本来の姿。傷つき歪んでしまっている鎧を纏った男の意識を失い目を閉じている姿。
攻撃を終えて後ろに跳んだ俺たちの目の前で爆発が起こる。
舞い上がる炎は一瞬。
立ち上がる煙はすぐに風に消えてしまう。
「ん?」
どこからともなくゆらゆらと落ちてきた一枚の端切れを掴む。
黒く焼け焦げてボロボロになっているそれに見つけたのは金糸で施された何かの紋章の刺繍。
隣で刀を鞘に戻した音がした。
微細な粉雪のようにムラマサの体を覆っている氷の鎧が消えていく。氷の二本角を持つ狐の面が消えて、彼女の素顔が剥き出しになる。
「お疲れさま。流石ユウだね」
労いの言葉を掛けてきたムラマサに俺は竜化形態を解除しながら微笑んだ。
黒い生体鎧がすうっと消滅して元の俺の姿になる。
手の中にあるガンブレイズを銃形態にして腰のホルダーへと戻す。
「ええっと、教えてくれないか? これは何がどうなっているんだ?」
「んー、そうだね。まずは彼女に聞いてみないといけないけど」
ムラマサがちらりと魔法陣の端にいるルミナを見る。
俺たちが変身を解いていることを確認したであろうルミナが再び長杖を掲げると周囲を包んでいた赤い世界が消えて、元の町へと戻った。
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レベル【21】ランク【3】
HP【9950】(+500)
MP【8840】(+620)
ATK【266】(+465)
DEF【235】(+745)
INT【261】(+540)
MND【188】(+500)
AGI【294】(+390)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Lv73】(ATK+360 INT+360)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv1】(ATK+5 DEF+5)
↳アビリティ――【なし】
防具
頭――【黒曜石のカフス】(MP+120 INT+80 MND+200)
胴――【ディーブルーワイバーンレザーコート】(DEF+200 MND+200 火耐性+30 雷耐性+20)
腕――【ディーブルーワイバーンレザーグローブ】(DEF+140 火耐性+30 雷耐性+20)
脚――【ディーブルーコンバットボトム】(DEF+120 AGI+130 火耐性+30 雷耐性+20)
足――【ダークメタルグリーブブーツ】(DEF+200 AGI+160 水耐性+20)
アクセサリ
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗視耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv98】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳〈セイヴァー〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳〈カノン〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳〈ブレイジング・エッジ〉――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳〈ブレイジング・ノヴァ〉――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成強化≫【Lv80】――武器レベル“80”までの武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv90】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【28】
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