大変な改変は異変!? 04『白氷の刀士』
男たちが変貌した異形は総じて単一色、鈍い金色だ。全身を覆っているのは鎧とは言えないほど薄い装甲。顔を隠し、体全体を覆い隠している装甲によって彼らは皆ある意味で同一の存在へとなった。
唯一の違いを上げるのならばそれぞれが持っている武器だろう。形も大きさも異なる武器も体色と同じ鈍い金色になってしまっているが。
個性というものが無くなった男たちを気味の悪い笑顔が隠されて良かったと考えるべきか、それとも突然の変貌に戸惑うべきかなどと考えられている時点で、俺はこの状況にも変に順応してしまっている気がした。
自分を取り囲んだ男たちが一斉にそれぞれの武器を突きつけてくる。
半ば条件反射のように腰のホルダーから取り出したガンブレイズの銃口をすかさず目の前の男に向けた。
引き金に指を掛けて攻撃が行われるよりも先に牽制しようとしたがガンブレイズの銃口は硬く固定されたように動かない。撃てないのならば斬ればいいと剣形態に変形させようとするも、変形スイッチとなっている撃鉄までもが固定されている。
「くっ、やっぱりダメか」
もしかすればと試したがシステムに“できない”と判断された。それもそのはず、ここは町の中。本来であれば一切の戦闘行為が禁止されている区画なのだ。例外があるとすれば何かしらのイベントで町の中の戦闘が認められている場合。しかし今回はそれに該当しない。
決して引くことのできない引き金から指を離して撃てないと知りつつも銃口だけは目の前の相手に向け続ける。そうしなければすぐにでも制圧されてしまう危険があるからだ。
後ろで隠れているホーラを見る。
幸いにも変貌した男たちの標的は俺一人であるらしい。本来の目標であるはずのホーラの近くには誰一人として男たちはいない。
「引き付けられるか?」
まともに戦うつもりがあるのならばこの場にいる全員を引き連れて戦闘が可能な町の外に移動しかない。しかし狙い通りに相手が動いてくれる保証など何処にもないのが現状だ。この場から移動する必要がないのは男たちの方だ。なんといっても攻撃ができない俺と比べて男たちは何の懸念もなく攻撃を行えるはずなのだから。
唇を結び、視線だけで牽制している俺にじりじりと詰め寄ってくる男たち。
自ずと後退している俺。
戦闘の火蓋が切って落とされたのは男たちの一人が無言のままその手にある剣を振りかぶって襲い掛かってきた瞬間だった。
無防備を晒してその攻撃を受けたとしてどのくらいのダメージを受けるかはわからない。かといって攻撃をまともに受けることは愚策も愚策。
身を屈めて振り下ろされる剣を避けるとそのまま男の背中を軽く手で押す。
バランスを崩して前のめりになって転び地面に手を付く男と入れ替わるようにして別の男が木こりが使う斧のような武器を持って襲い掛かってきた。
斧が振り下ろされる前に斧を持つ手を押して攻撃を中断させる。そのまま男と立ち位置を入れ変えるように動くことで攻撃を行わずに相手を制する。
「これじゃ、埒が明かない」
相手の攻撃を邪魔することはできているものの、ダメージを与えられなければ相手を倒すことはできない。それではこの戦闘はいつまで経っても終わることはない。
そもそもからしてこうして攻撃をいなしていること自体、いつシステムに戦闘行為だと捉えられるかわからない綱渡りをしているも同然なのだ。仮にこの自分の行動が戦闘だと認識されればどうなるのか。従来の町中での戦闘行為に対するペナルティは即時キャラクターの行動停止、悪質な場合はその時点でゲームを強制中断される怖れすらある。そうなった場合は隠れているホーラに危害が加えられることは必至だろう。
途絶えることなく攻撃を加えてくる男たちを回避して、どうにかやり過ごそうとしているが、現状打破には繋がっていないのが現実だ。
先に痺れを切らしたのは攻撃を避けられ続けている男たち。
姿を変えたことで普通のNPCよりも遙かに高い身体能力を得ていることに少なからず自負があったのだろう。仮面に覆われてくぐもった声で一人の男が何かを叫ぶと、工場の中で暴れていた三人がドアを蹴り破って現われた。同時に他の男たちと同じ姿に変貌した。
「このままじゃ拙いか。それなら、付いて来い!」
隠れているホーラから離れるように素早くガンブレイズをホルダーに戻して駆け出した。
この場にいる男たちはこれで全員のはず。取り残しがある可能性も残っているが、現状を打破できない自分にはそれを心配する資格はない。
狙い通りに俺を追いかけてくる男たち。
隠れているホーラの元には誰も近寄る素振りすら見せなかった。
町の中を全力で走る。
変貌した男たちの走力はAGIの高いプレイヤーにも相当する。
徐々に距離を詰められそうにもなった俺は他の人の迷惑になってしまうことを覚悟の上で人通りの多い道を選んだ。
案の定、奥の通りから全速力で走って現われた俺たちに他の人たちの視線が突き刺さる。その中にはプレイヤーもNPCも混在しているが、その視線に混ざる感情には違いが明確に現われていた。NPCの視線には恐怖や困惑、プレイヤーの視線には騒動に対する興味と邪魔者に対する嫌悪のようなものが。
なかには何事かと強い興味を示して俺たちを追いかけてくる人もいた。
事情を知らない人からすれば俺がやっていることは奇妙な格好をしたNPCとの鬼ごっこのようなものにしか見えないのだろう。足の速い一部のプレイヤーは追いついたNPCに話しかけているが、反応もなく無視され続けていれば興味が無くなる。程なくして何かしらの罵声をぶつけて離れていく人が多く見受けられた。
「――っ!」
いつの間に回り込まれていたのか、突然横の路地から数名の男たちが現われた。持っている武器はそれぞれリーチの長い槍や先が二股に分かれた棒を持っている。
急ブレーキを掛けて立ち止まった俺に武器を構えて距離を詰めてくる男たち。
走る道を変えるべきかと逡巡している間に後ろを走っている男たちが追いついてきた。
町中を走り続けたことである程度は町の郊外近くにまで辿り着いていた。
人通りは少なく、自分たちを興味深そうに見ているプレイヤーの数もたかが知れている。NPCはそれ以上に少ないようで辺りの建物の多くも長い期間使われていない家屋ばかり。
町の外まであと僅かという距離で追い詰められたことで自分は一体どこでミスをしてしまったのだろうかと意味も無く考えていた。
「さて、どうするかな」
苦笑を浮かべながら呟く。
ホルダーから抜いたガンブレイズの引き金は相も変わらず固まったまま。攻撃が封じられた状態で追い詰められた俺は必至に思考を巡らせているが、戦闘可能となる町の外に出るということ以外の解決策は思い浮かばなかった。
男たちの顔を隠している仮面には目鼻口などの造形は一切存在していない。呼吸をするための穴もなく、外を見るためののぞき穴すら存在していない。まるで昔話に出てくる“のっぺらぼう”という怪異を思い出させる出で立ちだ。鈍い金色をした仮面の表面は何も映してはおらず、何の装飾もない。体のラインを浮き彫りにする薄い装甲を合わせるとその異様さは一層際立っていた。
ここで襲われれば先程の繰り返しだ。
多少強引になったとしても人数の少ない前方を突破すべきかと身を屈めたその刹那、突然この場にいる全員を飲み込むほど巨大な魔法陣が足下に浮かび上がった。
「何だ!?」
赤く発光する魔法陣に照らされて後ろを振り返ると自分と同じように困惑した様子の男たちがいた。
男たちの仕業ではないことに驚いている俺の目に奥の方から駆け寄ってくる一つの人影が映った。この人物の姿がはっきりと見えるくらいに近くなる。遠くに見えていた人影の状態では男女の区別は付き難い。纏っている装備が男女兼用と思わしきローブであるのならばなおさらだ。
男たちの向こうで仁王立ちしているその人物の詳細な姿が見えたのは足下の魔法陣から天に向かって光の奔流が放たれた瞬間。
風に靡く長い髪。
線の細い体。
あからさまな形状をした魔女帽。
掲げているのは何かの鉱石が埋め込まれた長杖だった。
魔法陣から迸る光の奔流が天に昇り、最高到達点で弾けて辺り一帯に降り注ぐ。
赤い光の雨を浴びた範囲の様相が一変する。
寂れた町から赤い光で満たされた町へ。
赤い町からは人が消えて、残っているのは俺と男たち。そして杖を掲げる女性とその後ろに控えていたもう一人の人物だけとなった。
「後はお願いしますね。ムラマサさん」
「ああ。任せてくれ」
耳に届いた言葉に続いて別の人影がローブを着た女性の後ろから飛び出してきた。
腰に提げた刀に手を置いて、体をブレさせず走る和装の女性。現実の和装に比べれば度重なる改造が施されていることが見て取れる。
何より俺にとって耳を疑わざるを得なかったのはその言葉にあった名前だ。
「≪鬼化術・氷柱纏≫」
腰の刀を抜き放つのと同時に告げられたスキルの名前。どこか聞き覚えのあるスキル名は俺の知るムラマサが使っていたものと同種だった。
発動した本人の周囲に漂い出す極寒の冷気。
大気中の水分が集まり固まって形成されていく二本角が完成したその瞬間、ムラマサの体が半透明な氷に包まれて、続け様に砕け弾けた。
舞う氷の粒の中に現われたのは姿を一変させたムラマサ。装備している着物のような上着の袖や襟に白色の氷の装飾が形成されていく。上着と同じデザインの腰巻きにも同じ意匠の氷が広がっている。下半身の袴の膝部分にも氷で作られた膝当てがある。履いているのは足袋みたいな靴。全身の防具のデザインが統一され、色合いも白を基調に裾や袖など先の方に向かうに連れて薄紅色が濃くなっている。薄紅色の上に重なる白色の氷。極め付けは氷で作られた二本角が備わる仮面。モチーフは狐の面だろうか。角がありながらも険しくはなく、それでいて無機質でもない。
姿を変えたムラマサを一言で言い表すのならば“白狐”。アーツ名を考慮すれば“鬼”となっているはずだが、その姿は鬼というにはあまりにも妖しく見えた。
「何をしているんだい? ユウも一緒に戦ってくれるかな」
白銀の刀身を持つ刀を横一線に振り抜いて男たちを薙ぎ払ったムラマサが言った。
「えっ、やっぱりムラマサだよね? どうしてここにいるの? っていうか、何で町の中なのに戦えてるの?」
驚き溢れる疑問符をぶつける俺にムラマサは仮面の奥で笑みを浮かべた。
男たちとは異なり澄んだ彼女の声が聞こえてくる。
「オレが戦えているのは【ルミナ】のおかげだよ。彼女の魔法によって形成されるこの赤い空間の中にいる限りオレ達も町の中であっても戦うことが赦されるんだ」
「ルミナってあの人?」
「んー、そうだね。ユウがこの中にいるということは、ユウが巻き込まれているのは確実か。とはいえ詳しい説明は後だ。今は目の前の相手を処理した方が良いだろう」
「あ、うん」
「ああ、そうだ。確認だけど、ユウも変身出来る≪スキル≫を持っていたね?」
「どうしてそれを知っているんだ?」
「んー、その説明も後にするよ。とりあえずユウも戦うつもりがあるのならそのスキルを使うといい。“フェイスレス”の連中を倒そうとするのならばその方が確実だからね」
「フェイスレス?」
「あの人達のことさ。仮面を被ると顔が無くなるからフェイスレス。彼女が言うにはそう呼ばれているらしい」
魔法陣の隅の方で変わらず長杖を地面に突き立てて仁王立ちしているルミナを一瞥してムラマサが言った。
ムラマサがここにいる理由も、どうして戦っているのかも何も分からない。けれど自分も戦えるというのならばそれでも構わないと思うことができた。
近付いてくる男――フェイスレスの一体に向けてガンブレイズの引き金を引く。
正しく撃ち出される魔力の弾丸がフェイスレスを大きく吹き飛ばした。
「なるほどね」
戦えるという言葉に嘘はない。
それでもダメージは少ないのか吹き飛ばされたフェイスレスがむくりと起き上がった。
戦闘可能となったことが切っ掛けだったのか、フェイスレスたちの頭上にHPゲージが見えた。同時にその名称もそれぞれのNPCたち本来の名前から全てが同じ“フェイスレス”という呼称に変わる。
「≪竜化≫」
ムラマサの助言を素直に受けて俺が持つ変身するスキルを発動させる。
過去の自分がそれを使った時は浮かび上がった魔法陣が自身の体を通過することで一瞬にして姿を変えていた。だが今は臍の辺りから光が広がっていき、その光が俺の体を覆うと水面に広がる波紋のようなものが俺の体の表面に広がったのだ。
波紋に沿って自分の体がブレて、その内側にある俺の姿が変わった。
本来見えていないはずの自分の姿がイメージとして浮かんでくる。
全身を覆う生物的な鎧。右手には専用武器であるガントレットが装備されている。腰にあるガンブレイズを収めるためのホルダーも鎧の一部として変化していた。
顔を隠しているのは仮面でなく兜。頭をすっぽりと覆っているそれは体の鎧と同じ生物的な印象がある。
プレイヤーが装備している全身鎧とは異なり今の自分は全身の皮膚が鎧となっているかのよう。装備していた服や防具も鎧として変化しているようだ。
ムラマサを現わす色が白であるのならば、俺を現わす色は黒。モチーフは言うまでもなく“竜”。
翼や尻尾のような部位はなく、強引に当て嵌めるのならば腰のホルダーが尻尾、背部の装甲が折り畳まれた翼だろうか。自分の頭部の形状も竜の形をしておらず、口の部分はスッキリとしたマスク形状で、目の部分には細身のレンズが収まっている。逆立てた髪のように耳の上辺りから後方に伸びる二本の角。
さほど大きくない両目が赤く光る。それと同時に胸の中心から全身に伸びる溝のような意匠に目と同様の赤い光が満ちた。
「これが新しい“竜化形態”ってわけか」
ガントレットを装備した左手を開いて握る。
右手に持つガンブレイズは普段と変わらない。
赤い光が灯る目であっても見える景色はいつもと同じ。それどころか視力が良くなったと言わんばかりに遠くの方もはっきりくっきりと見渡せた。
「さあ、一気に行くぞ」
撃鉄を起こして剣形態に変えると目の前のフェイスレスに目掛けて強く踏み込んだ。
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レベル【20】ランク【3】
HP【9850】(+500)
MP【8790】(+620)
ATK【261】(+465)
DEF【232】(+745)
INT【259】(+540)
MND【187】(+500)
AGI【289】(+390)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Lv73】(ATK+360 INT+360)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv1】(ATK+5 DEF+5)
↳アビリティ――【なし】
防具
頭――【黒曜石のカフス】(MP+120 INT+80 MND+200)
胴――【ディーブルーワイバーンレザーコート】(DEF+200 MND+200 火耐性+30 雷耐性+20)
腕――【ディーブルーワイバーンレザーグローブ】(DEF+140 火耐性+30 雷耐性+20)
脚――【ディーブルーコンバットボトム】(DEF+120 AGI+130 火耐性+30 雷耐性+20)
足――【ダークメタルグリーブブーツ】(DEF+200 AGI+160 水耐性+20)
アクセサリ
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗視耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv98】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳〈セイヴァー〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳〈カノン〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳〈ブレイジング・エッジ〉――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳〈ブレイジング・ノヴァ〉――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成強化≫【Lv80】――武器レベル“80”までの武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv90】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【27】
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