大変な改変は異変!? 02『新大陸』
事前に知らされていた通りの日程で【ARMS・ONLINE】のアップデートは滞りなく終わった。
この時に告知された事前通知の内容を見た時に驚いたのはシステム面のアップデートだけではなくかなりの追加要素が用意されていると記されていたこと。
実際にアップデートが行われた後プレイヤーたちに大きな戸惑いは見られなかった。
システム面が変わったといっても大元は変わらず、いくつか簡略化されて使い勝手が向上しただけというのが実状だったからだ。
それよりも大勢の感心を惹いたのは、今回のアップデートで追加された新しいエリアの方。
一つのダンジョンや、新しいモンスターが出現するフィールドが追加されたなんて規模じゃない。小さく見積もっても一つの“大陸”。多くの国や冒険できる場所がある大陸そのものが新しくこの世界に追加された。
実体のない仮想世界だからことできること。
既にこの世界を象った地球儀のようなオブジェクトを見たことがあるが、そこにはもう新しい大陸が追加できるような余白はなかったはずだ。今回追加された広大な大陸ならばなおさら。しかし、実際はいつも自分たちが遊んでいる大陸とは別に新しい大陸がある、らしい。
加えて冒険者ギルドや各ダンジョンの入り口などに置かれた転移ポータルから直接新しい大陸に行けるという親切設計。
大勢のプレイヤーが一斉に件の大陸に足を踏み入れたとしても問題のない舞台が用意されているとのことだった。
斯く言う自分もその大勢のプレイヤーたちと同じように新しい大陸に赴いていた。
アップデートが終わるまで先んじて調整を受けていた俺は【ARMS・ONLINE】をプレイすることができなかった。一人だけ違うステータスのシステムで動いている俺はまだアップデートが適応されていない世界では上手く機能するかどうかわからないから遠慮して欲しいと言われていたのだ。
その間はずっと仕事として新規ダンジョン等のテストプレイをこなしていた。
遊びと仕事ではやっていることが同じであったとしても心持ちが違う。
およそ半月に及ぶフラストレーションを発散するべく、雇い主である円に断りを入れて俺はこの新しい大陸を遊び尽くす思いで訪れていたのだった。
『で、それがユウのその格好と同関係あるってのさ?』
今ひとつ流行っていないカフェの奥の席に座っている俺の正面にいる一匹の猫が分からないと言うように小首を傾げて訊ねてきた。
猫の毛色は汚れ一つ無い白色。
全身を黒い装備で統一している俺とは間反対になる色合いだ。
猫の名前は【リリィ】。俺と一緒にいる“妖精猫”という種の存在だ。厳密に言えばリリィは俺が契約している“召喚モンスター”という扱いになるらしい。これまでとは違う扱いになったのはアップデートの影響らしいが、当の本人にしてみれば「大して違いが分からない」とのこと。俺からしてもリリィを戦闘に巻き込むという考え自体が初めから欠落していることもあって、これまでと同じようにこのゲームにおけるいつでも呼び出せる茶飲み友達という関係と変わらなかった。
「どうだ? 懐かしいだろ」
『まーね』
「名前もまた“ユウ”になったしさ、俺の気分的には心機一転してこの新大陸を見て回るつもりなんだよ」
『ふーん』
「興味が無いって感じだな」
『だって、アタシからすればここも前のとこも一緒だもん。ユウがいるからアタシがいる。それだけ』
「そっか」
胸の内の思いを素直にリリィに吐露した俺は注文してあった湯気が立ち込んでいる紅茶を一口飲んだ。時間が経っても冷めないのは仮想世界の恩恵だろう。流石に前に一度だけ仕事の打ち合わせの場所として訪れた現実にある有名店と比べると味は落ちるが、それでも心地よい茶葉の香りが鼻腔を通り抜け、程よい甘さが口の中に広がった。
「だったら付き合ってもらうぞ」
『いーけどさ、何するか決めてるの?』
「もちろん! この新世界のPVを見た時から気になっていたものがあるんだよ」
リリィ用に注文しておいた紅茶を肉球の付いた手で器用に飲みながら視線で問い返してくる。自分のカップと同じように湯気が立っているが猫舌ではないのかなどと関係のないことを考えつつ、俺は笑った。
「行くぞ!」
残っていた紅茶を勢いよく飲み干して立ち上がる。
喫茶店の外に出るとこの町、あるいはこの国、この大陸の独特な音楽が聞こえてきた。
ゲーム内で鳴っているBGMはそれぞれの場所で独自の解釈を持って奏でられている。例えば町に置かれたラジオから聞こえてくる音であるとか、現実のアーケード街のように設置されている音響設備から聞こえている等。
音楽の種類も様々だ。
軽快な吹奏楽のようであったり、重厚なクラシック音楽であったり。
その場所場所の雰囲気に合わせて選曲されたそれはプレイヤーが訪れた場所の雰囲気作りに一役買っているのだった。
俺がいる新大陸のとある町。
古めかしい産業地域と言わんばかりの煙突が立ち並び様々な工場があるこの町の名前は【カマリエ】。新大陸の開始地点に設定されている町の一つ。
聞こえてくるのは稼働している工場の機械音に混じるどこか郷愁を感じさせる二世代前の音楽。
いつの間にやら様々な格好をしたプレイヤーが思い思いにカマリエの町を歩いている。
人の流れに逆らって俺が向かったのは既に廃業してしまっている工場。
カマリエの町に着いて最初に向かった冒険者ギルドで受けた一つのクエスト。報酬よりも内容に惹かれて受注したそれを始めるためにはこの廃工場に来る必要があったというわけだ。
「すいませーん」
壊れたブザーを押しても当然のように音はならない。
仕方なく閉ざされた扉を叩いてみるも反応なし。
おそるおそるドアに手を伸ばすと鍵は掛けられていないようでギィィっと耳障りな音を立ててドアが開かれた。
声を掛けて覗き込む。
使われなくなって久しい工場からは積もりに積もった埃や独特なかび臭さを感じる。
『誰もいないんじゃないの』
「そんなはずは。このクエストはここに来ないと始まらないって話だしさ」
『じゃあさ、出かけてるだけとか?』
「まさか」
あり得ないとリリィの言葉を一蹴する。
NPCはそれもクエストに関係しているNPCは一定の場所にいなければプレイヤーが困ってしまう。それでは不評を買うだろう。つまりはこの工場のどこかに件のNPCはいるはずなのだ。
「入りますよ-、いいですねー。では、お邪魔します」
返ってこない返事を待たずして俺は工場の中に足を踏み入れた。
何に使うか分からない機械には薄いビニールシートっぽいものが掛けられている。
下手に触れてはならないと思い機械に触ることなく、工場の中を歩き回る。
「誰だ!」
突然工場の奥の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
険しい顔をして姿を現わしたのは老年の男性。手に持たれているのはレンチだろうか。それにしては随分と大きいが。
男性の格好はくたびれた作業服。
白い髪を逆立てた男性は再び「何をしている!」と叫んでレンチを剣の如くこちらに向けて来た。
「俺はこのクエストを受けてここに来たんです」
「クエストだあ!?」
「貴方が【パッケス】さんですか?」
「そうだ」
「では、このクエストは貴方が出したものですよね?」
本来クエストというのはコンソール上にシステムメッセージとして届き、表示される。しかしこのクエストを受けた時、俺は冒険者ギルドの受け付けの人から一枚の日焼けした紙を受け取っていたのだ。
この世界の文字で記された依頼用紙。内容は自分が受けたクエストと同種のものだろう。
「知らん!」
「ええっ!?」
「ワシはそんなものを出しとらん」
鼻息荒く言い切ったパッケスを前に俺は目を丸くしてしまった。
「そもそも、そこに書かれているパッケスはワシじゃない」
「では、どなたが?」
「【スル・パッケス】。ワシの孫だ」
とりあえずの警戒は解けたようでパッケスはレンチを近くに置いて「付いて来い」と俺を工場の奥へと招き入れた。
そこは過去に休憩所として使われていた部屋のようで、古い長テーブルと複数のパイプ椅子が無造作に置かれている。
「ワシの名は【ホーラ・パッケス】。随分と前に技術者を引退したただのジジィだ」
「このクエストは【隕鉄のゴーレム】の討伐となっていますが、スル・パッケスさんがどうしてそんな依頼を出したのか心当たりはありますか? というか、スル・パッケスさんは今どこに?」
「スルはいま学校にいる」
「学校?」
「スルは今年十歳になったばかりだからな」
パッケスが懐から取り出したのは真新しい一枚の家族写真。
相も変わらず気難しそうな顔をしているが、ここに映っている男性はホーラ・パッケスその人。パッケスの反対側に映っている身形を整えた老年の女性がパッケスの奥さんだろう。中心に居る少女がスル・パッケスでその両端にいる男女がスルの両親のようだ。
「どうしてこの子がこんな依頼を?」
「ワシにもう一度作って欲しいのだろうさ」
「作って欲しい?」
「この工場が何を作っていたのか知っているのか?」
「まあ、一応は。俺がこのクエストを受けたのもこの報酬があったからですし」
「報酬だと?」
クエストの依頼用紙をマジマジと見つめているパッケスが大きく溜め息を吐いた。
「残念だが、この依頼は無効だ。スルにこんな報酬を用意することはできないだろうし、そもそも依頼を発注することは子供には認められていない。ギルドの連中も何を思ってこんな依頼を受けたのか知らんが、そういうことはハズレを引いたと思って諦めてくれ」
依頼用紙をテーブルの上に投げ捨てて言い放つパッケス。
『ねえ。それならアンタがそのコの代わりに報酬を払えば良いんじゃない?』
表情を険しくするパッケスに黙っていたリリィが思わず言葉を投げかけていた。
「なっ!?」
猫を連れている妙な人という印象が俺にあったのかも知れないが、そもそも猫が話すとは思っていなかったのだろう。机の上にしんなりと立ち半目で告げたリリィにパッケスが驚いた顔を向けている。
『ってーか、そのつもりでスルってコは依頼したんじゃないの?』
「う、だが……」
『つか、何で工場を辞めちゃったのさ』
理解できないと告げるリリィ。
パッカスはバツが悪そうに視線を逸らした。
『まさか歳をとったからできません何て言うつもりじゃないわよね』
リリィが心底ありえないというように言った。
この場でその言葉の意味が理解できていないのは俺一人だけのようで、パッケスとリリィは真剣な目をして互いを見つめている。
張り詰めた静寂を破るようにリリィが告げる。
『ありえないでしょ。だってアンタ、“鉱人”じゃん』
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レベル【20】ランク【3】
HP【9850】(+500)
MP【8790】(+620)
ATK【261】(+465)
DEF【232】(+745)
INT【259】(+540)
MND【187】(+500)
AGI【289】(+390)
専用武器
剣銃――ガンブレイズ【Lv73】(ATK+360 INT+360)
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲――ガントレット【Lv1】(ATK+5 DEF+5)
↳アビリティ――【なし】
防具
頭――【黒曜石のカフス】(MP+120 INT+80 MND+200)
胴――【ディーブルーワイバーンレザーコート】(DEF+200 MND+200 火耐性+30 雷耐性+20)
腕――【ディーブルーワイバーンレザーグローブ】(DEF+140 火耐性+30 雷耐性+20)
脚――【ディーブルーコンバットボトム】(DEF+120 AGI+130 火耐性+30 雷耐性+20)
足――【ダークメタルグリーブブーツ】(DEF+200 AGI+160 水耐性+20)
アクセサリ
↳【大命のリング】(HP+500)
↳【魔力のお守り】(MP+500)
↳【強力の腕輪】(ATK+100)
↳【知恵の腕輪】(INT+100)
↳【精神の腕輪】(MND+100)
↳【健脚の腕輪】(AGI+100)
↳【地の護石】(地耐性+50)
↳【水の護石】(水耐性+50)
↳【暗視の護符】(暗視耐性+100)
↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)
所持スキル
≪剣銃≫【Lv98】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳〈セイヴァー〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
↳〈カノン〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
↳〈ブレイジング・エッジ〉――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳〈ブレイジング・ノヴァ〉――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成強化≫【Lv80】――武器レベル“80”までの武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪全能力強化≫【Lv90】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【27】
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