迷宮突破 ♯.23
「町では戦闘が出来ないんじゃなかったのか?」
朝も早いというのに俺は春樹の家に来ていた。
ゲームの中で会う方が速いが、現時点で安全なのは現実の方。それが俺と春樹の共通の見解だった。
「そのはず……だけど」
「けど、なんだ?」
「それは通常の町だけかもしれない」
出来ないという先入観と必要性の無さから誰も試したりしなかったのだろう。今回はそれが裏目に出てしまったということか。
「皆には連絡したのか?」
「ああ。リタとマオにはメールしておいた。それに、フーカには悠斗が来る前に電話した。アオイとアカネにはライラから連絡がいくはずだ」
「そっか……これからどうするんだ?」
ポータルを占拠したというのが事実だとすればそれはイベントが進行不能に陥ったということだった。
「いまは情報が欲しい。誰がどんな目的でこんなことをしたのかを知りたい」
現状俺たちの元にある情報はライラから来たメールだけ。やはり自分の目で確かめないことには確かなことは何も言えない。
「行くしかないんじゃないか?」
ここで掲示板を漁っていてもなにも得られない。欲しいものは自らの手で手に入れるしかないのだ。
「そう……みたいだな」
春樹も自分で調べてみる気になったようだ。意を決したように顔を見合わせ俺は自分の家に帰った。
目的はただ一つ、ログインすること。
昨日ログアウトした場所は迷宮の入り口だったが、町に戻ったことで再びユウが現れる場所は拠点になっているはず。
ベッド脇のHMDを頭に被りログインを宣言する。
次に目を覚ますの場所は拠点のなかだ。
「来たか、ユウ」
「ハル。早いな」
「まあお前みたいに家に帰る必要ないからな」
それもそうだと肩を窄める俺の横を素通りしてハルは二階に続く階段を登った。
「あれか?」
窓の向こうに見える人だかりはいつもの迷宮攻略に向かうプレイヤーたち作るものと酷似している。それだけにメールにあったような事が起きているなんて思えないのだ。
「というより、あの向こうだろうな」
「向こうって?」
「メールに書いてあったろ、数十人のプレイヤーが占拠してるって。だから迷宮に行けない他のプレイヤーが溜まっているんじゃないか」
町の中でも攻撃ができると仮定するならあの人だかりはまだ目立った被害が出ていないということの証明になるのかもしれない。
誰かが集団を制御しているのか、それとも一触即発の雰囲気のまま停滞しているだけなのか。
「行ってみよう」
もし、一触即発の状況なのならば、すぐにでも変化があったとしてもおかしくはない。
「……ああ」
拠点から迷宮の入り口まではあまり離れてはいない。せいぜい町の区画一つ分。
俺たちが迷宮の入り口に着いた時、そこには占拠するプレイヤーたち以外に野次馬が少なからずいるようだ。
この野次馬のなかに掲示板に書き込んだ張本人がいるのだろう。そのプレイヤーに話を聞いてみたくなったが、それが誰なのか確かめる術は俺にはない。まして占拠しているプレイヤーたちの雰囲気も俺が想像していたものとは何処か違って見えた。
俺が想像していたのは昨日戦ったPKを行ったプレイヤーのような人が他人を邪魔するために占拠しているのだとばかり。紛いなりにも傷だらけで悲痛な表情を浮かべて怯えている、そんな姿ではなかった。
「何があったんだ?」
隣に並ぶハルも不思議に思ったのか眉間に皺を寄せて疑問符を浮かべている。
「あれは……」
驚いたことに占拠しているプレイヤーのなかに見覚えのある顔があった。
そう、昨日PKを行ったプレイヤーに襲われて生き残ったプレイヤーだ。
あの人に話を聞かなければ。
抑えきれない思いに駆られ、人だかりを掻き分け前に出ようとした俺の腕を誰かが掴んだ。
「ちょっと待つんだ」
「……あんたは」
「いま行くのは得策じゃないな」
険しい顔をしたムラマサがそこにいた。
「どうして?」
掴まれた腕をそのままに尋ねていた。
「あそこに知り合いでもいるのかい?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど」
「だったら今は近付かない方がいい。君も巻き込まれたくはないだろう」
巻き込まれるとは何に対して言っているのだろう。
どうやらムラマサは俺の知らない事情を知っているようだ。
「聞かせてくれないか? あそこで何が起きているのか」
ハルが俺の腕を掴んでいるムラマサに聞いていた。俺も同じことを聞きたいと視線だけでムラマサに訴えていた。
「そうだね、その方が良いかも知れない。このままじゃ納得しなさそうだからね、君達は」
そう言われて体の力を抜いた俺の腕を掴んでいた手を放す。
なにか言い争う声が聞こえてきたが今はムラマサに話を聞くことが先決だ。後ろ髪を引かれる思いを必死に振り切り俺はムラマサの正面に立った。
「場所を移そう。あまり人に聞かれたくない話しなんだ」
俺とハルの顔を交互に見た後、ムラマサが告げた。
一段と騒がしくなった人だかりでは今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だった。プレイヤー対モンスターではなくプレイヤー対プレイヤーの戦い。合意の元の試合ではないこの戦いが意味しているものは本当の殺し合いだ。
「俺たちの拠点に来ないか?」
「いいのかい?」
「ああ。そこならゆっくり話ができるだろ」
人だかりに背を向け元来た道を辿る。
背中越しに聞こえてくる罵倒し合う声はまるで違うゲームの世界に来たかのような錯覚さえ覚えた。
「入ってくれ」
拠点のドアを開けムラマサを中に招き入れる。
この拠点に同じパーティじゃない人を入れたのはこれで二回目だった。昨日の和気藹々とした雰囲気とは裏腹に今日は重く暗い雰囲気が拠点の中に充満した。
「さて、と。なにから話したものかな」
差し出された椅子に座ったムラマサが着物のようなコートの中で腕を組んで思案顔になった。
「難しい話なのか?」
「そうでもないけどさ、何を話せばいいのか今一わからないのだよ」
考え込む素振りを見せるムラマサが苦笑いをしているのは話す内容を考えているからだけではなさそうだ。
まるで俺たちを巻き込まないようにしているかのよう。
「俺が質問するからそれに答えてくれるか?」
「勿論。オレが知り得ることは包み隠さず話すと誓うよ」
始まらない話を進めるためにと訊いた俺にムラマサは応えてくれた。
「まずは、あそこに集まっている人達は一体なんなんだ?」
当初俺が予測していた理由と現実に集まっているプレイヤーの目的とは全く違うような気がする。結果として他人に迷惑をかけるかたちになっているが、それが本来の目的ではないのだと思えて仕方ないのだ。
「一言でいえば人探しだね」
「人探し?」
即座に告げたムラマサの言葉をハルがオウム返しした。
「そう。君達はこのイベントで何名かのPKが出没していることは知っているかい?」
知っているもなにも俺は昨日戦ったのだ。そのPKを行った一人と。
「何名? そのPKってのは一人じゃないのか?」
「オレが聞いた話じゃ少なくてもパーティ単位の人数がPK行為をしていたらしい」
パーティ単位と聞いて俺は思い浮かべていた人物が該当から外れているのではと一瞬思ったが、直ぐに考えを改めた。集まっていたプレイヤーの中にあの時襲われていたプレイヤー達の顔もあったのが俺の見間違いではないのならあのプレイヤーもなんらかの形で関係しているのだろう。
「あそこに集まっているのはまさにそのPK達に仲間を殺された連中なのだよ」
これがムラマサがあの場で話すことを渋った理由か。
あの場所で今の台詞を集まっている誰かに聞かれたりでもすれば少なからず反感を買ってしまうことだろう。PKに襲われ生き残ったというのはPKを返り撃ちにしたか、逃げ延びたかのどちらかと相場が決まっている。返り撃ちにしたのならばあそこに集まりはしないだろう。つまりは逃げ延びた人達が集まって仲間を殺したPKを探しだそうとしているのだ。
「捜し出してどうする気なんだ?」
「復讐じゃないことだけを祈るさ」
勝てないから逃げ出した。だから人を集めた。多人数で一人を狙えば勝てると信じているからなのか。けれど俺の知るPKはたった一人で一つのパーティを壊滅間際まで追い込んでいた。他のPKもこれと同じことができるとすればどれだけ人数を集めても意味がないではないか。
「――っつ」
いてもたってもいられずその場から立ち上がったハルは今にも拠点から飛び出して行ってしまいそうだ。
「どこに行くつもりだい?」
「どこって……」
ムラマサに呼び止められ少しばかりの冷静さを取り戻したハルは飛び出していきたい衝動を抑え込んでいるかのようだ。
「オレ達に出来ることはなにもない。ポータル前の占拠は褒められた行動じゃないのだから運営も何か手を打ってくるだろうさ」
「それじゃ、遅いだろ!」
感情の昂りのままにハルが叫ぶ。
「そりゃやってることはいけない事だろうけど、それでなんで彼らが咎められるんだ? 罰せられるべきはPKをしたヤツだろうが」
「オレにキレても仕方ないだろ。それにイベントの運営に実害を与えているのは彼らだ。先に対処されるのは間違いなく彼らの方さ」
あくまで冷静にムラマサが告げる。
冷たい物言いに聞こえるがそれが現実であることは俺も理解していた。PKという行為自体は対人戦の延長線上にあるが故にルール違反ではない。プレイヤーの倫理観から見れば問題だと言えるが、それだけといってしまえばそれだけなのだ。
「それとも君はあそこに集まっている連中を説き伏せられるほどの言葉を持っているというのかい?」
残酷なようだが、俺たちにできることはなにもない。
ただ成り行きを見守り、イベントが正常に運営されることを待つことしかないのだ。
「もう一つ訊いてもいいか」
「なんだい?」
「あのプレイヤー達はあの場所をどうやって占拠したんだ? やっぱり町中でも戦闘ができるようになっていて無理矢理他のプレイヤーを排除したのか?」
「ある意味ではその通りだよ。でも、町中は今も変わらず非戦闘地域のままさ」
「だったらどうやって?」
一つの懸念が無くなり安心している俺とは反対にハルが身を乗り出して訊いている。
「それは見せた方が早いかな。どっちでもいいからオレに攻撃してみてくれないか?」
椅子から立ち上がりおもむろに告げる。
顔を見合わせる俺たちはムラマサの真意を測りかねていた。
「どうしたんだい? さあ、早く」
戸惑いを隠せずに俺はムラマサに言われるがまま腰から提げられた剣銃を手に取った。
おそるおそる銃口を向け、引き金に指をかけたその瞬間、ムラマサが慌てて手を出して待ったをかけてきた。
「やっぱり止めとくのか?」
「違うよ。どうせなら剣で攻撃して来てくれないか? 多分その方が解り易いはずさ」
いまいち納得出来ないまま俺は剣銃を剣形態へと変形させる。
「……行くぞ」
「さあ! 来い!!」
この一撃だけでHPを全損させることは無いと信じ、俺は剣銃をムラマサ目掛けて振り降ろした。
実際に町中で他のプレイヤー目掛けて攻撃することなどこれまでには無かった。その為にこれから起きる現象を見たのはこれが初めてだった。
「――なっ」
まるで見えない壁に阻まれるかのように俺の振り降ろした剣銃の刃がムラマサの目の前で静止しているのだ。
「ハルは知っていたのか?」
β出身者であるが故にこの現象を見たのは初めてではないはず。驚く俺の隣でハルはほっと肩を撫でおろしていた。
「……まあな」
「大方ポータルを占拠したプレイヤーがいると聞いて戦闘が出来るようになったと思ったんじゃないか?」
「まあな」
「安心していいぞ、今も町中では攻撃でHPを減らすことは出来ないままだ」
剣銃を銃形態に戻し、腰のホルダーに収める。
どうやって多くのプレイヤーがポータル前を占拠したのかという謎が残ったまま俺たちは再び椅子に座った。
「それがまあ、占拠出来た理由でもあり方法なんだけどな」
「どういう意味だ?」
「いま君がオレを攻撃した時に発生した障壁をどう感じた?」
手に残っている感触を思い出す。
「どうやっても壊せないだろうな。あれがあれば町中じゃ安全だろ」
どんな技を使ったとしても壊すことの出来ない壁。それが町ではプレイヤー全員を守っている。
「それが何故、占拠する手段になり得たんだ」
「簡単だ。攻撃が効かないプレイヤーってのはある種最大の城壁になったのさ」
その言葉でようやく俺は一つの考えに行き着いた。
数十人のプレイヤーが行った占拠は文字通り占拠だったのだ。誰に危害を加えるでもなく、ただその場所を自分たちで占めて他のプレイヤーの行き来きを支配した。
その全てはPKをあぶり出すため。
安全である上に必ず通るその場所が迷宮に通じるポータルだったというわけだ。
「俺たちにはどうすることも出来ないのかな?」
仲間の仇を討ちたい。集合したプレイヤーの思いはそれだけだったのだろう。仲間を思うが故に暴挙にでてしまった。
「何も無いさ。オレ達に出来ることなんて、な」




