闘争の世界 ep.41 『決勝③』
<雷光>という名のアーツを発動させてからというもの、コトコの攻撃に対して俺は極端に反応することができなくなっていた。
あまりの速度。
戦いの舞台という限られた場所ではその限定的な加速は本来のアーツの性能以上に発揮されているようだ。
「ぐっ、がっ」
体を切り付け、打ち付けてくるコトコの攻撃をどうにか堪えているが、俺の戦意や状態よりもHPの残量が先に消えてしまいそうだ。
戦えるのに戦えないなどという事態だけは避けたいものだが、生憎とコトコの<雷光>に対する有効な手段を見出すことができずにいた。
「どうにか、しないとっ」
目を瞑ることなくコトコの動きを見極めるべく見続ける。
それしかできないと言われればそれまでだ。けれどそれがこの状況を突破できる唯一の方法なのだ。
迫るコトコに閃騎士の剣を合わせる。
攻撃でも何でもない、ただ突き出しただけ。
しかしこれまでにはできなかったことだ。
「偶然?」
突き出された刃を避けるように軌道を変えて立ち止まったコトコが小首を傾げながら呟いていた。
俺はそれに答えない。
硬く口を結んで睨み付けるように見つめるだけ。
「まあ、いいや。もう一度やってみればわかるよね」
再び加速を伴って移動を始めたコトコはすぐに俺の視界から消えた。
右に左にと動き回るコトコが移動した後には独特な焦げ痕のようなものが残されている。それを見ればこれまでにコトコが動き回った軌道が掴める。無数の足跡によって上手く隠されているものの、攻撃を狙った時に付いた焦げ痕は他に比べて少しだけ色濃くなっているようだ。
足跡なのだからそれが付いた時には既に動いた後であることは間違いない。しかし、攻撃を決めた俺との距離というのはある程度一定だった。
目で追うのではなく耳で追いかける。
攻撃の瞬間にそれまでよりも強く戦いの舞台を踏み締めるために足音が大きくなる。それだけに集中して、気を張ることで攻撃の瞬間を見極めることができるようになっていた。
タイミングが分かれば次に重要なのは方向。
聞こえてくる音の方向を知るのは幾許かの博打感があるが、それに失敗したとしてこれまでと同じように攻撃を受けてしまうだけなのだ。いまさら気にすることでもないという若干の開き直りも同然の気持ちになっていた。
音がしたのは右側。真横か、斜め前か、斜め後ろのどれか。
俺が選んだのは斜め後ろ。そこが一番こちらの視界に入りにくい方向だからだ。
コトコの攻撃のタイミングを予測してそれに合わせて閃騎士の剣を突き出した。
「うわっ」
虚を突かれて驚くコトコの声が聞こえてきた。
急な方向転換と咄嗟に手を引いたことでバランスを崩し掛けたコトコが倒れそうになりながら立ち止まる。
パリッと静電気が弾けるような音を発しながら目を見開いているコトコに俺は千載一遇の好機を得たと一気に駆け寄った。
「<イグナイト>!」
≪闘士剣≫スキルの斬撃アーツを発動させて斬り付ける。
眩いライトエフェクトが宿る閃騎士の剣がコトコに命中する刹那、小さく「<岩硬>」とアーツ名が呟かれた。
振り下ろした閃騎士の剣は正しく命中した。しかし俺の手に返ってきた感触は到底プレイヤーを斬り付けたとは思えないものだった。
光に包まれたコトコの体の表面を滑るように流れた斬撃では本来の斬撃の威力は発揮されなかった。
閃騎士の剣を持つ手に力を込めて即座に切り上げ追撃を行う。
コトコは片手剣で防御するのではなく、空の腕で俺の攻撃を受け止めていた。
「驚いた。偶然じゃなかったみたいだね」
「そっちこそ。こんなに硬くなって、どうしたんだ?」
「ははは。言うなれば防御特化、かな」
「なるほど、なっ。<マグナ>」
剣が通らないのならば殴り飛ばす。
この距離ならばまだ俺の手が届く。
拳を握り素早くコトコを殴り飛ばす。
防御力を上げたことで閃騎士の剣による斬撃は効きづらくなっても、打撃ならば通るはず。全ての攻撃に対する高い防御アーツなどあり得るはずがない。
狙い通りにコトコは<岩硬>を解いて素早くその場から飛び退く。
俺の拳が虚しく空を貫いた。
「逃がすかっ!」
決して離れられてはならないとコトコを追い駆ける。
「<雷光>」
纏うアーツを切り替えて速度を上げたコトコはグングンと俺から離れて行ってしまう。
けれどこの瞬間ならば、離れることに集中するあまり単純な軌道を描くのならば。
それまでと同じように閃騎士の剣を突き出す。けれど、その目的は違う。
「<シーン・ボルト>!」
「うわぁ」
刀身に沿って放たれた鏃の砲撃がコトコの背中で弾けた。
「やっと止まったな!」
砲撃によるダメージと衝撃を受けて足を止めたコトコに俺は思いきり接近してみせた。
「上がるのは移動速度だけじゃないんだよ!」
稲妻のようなライトエフェクトを迸らせながら片手剣を振るうコトコ。その一撃の速度は確かに何も発動していない時よりも何倍も速い。
「だけど、足を止めたのならそこまで怖くはないさ!」
「そっか。それならここで仕留めさせてもらうよ!」
足を止めたコトコは全ての意識を攻撃に向けた。
俺よりも速い動きができるからこそ避けることを考えなくても大丈夫だということなのだろう。
とはいえ俺からすれば一撃の威力がそこまで高く無いと割り切って渾身の一撃を命中させることに集中すればダメージレースでは負けていない。
細かく削られていく俺のHPゲージ。
回数こそ劣っているものの当たる度に確実なダメージが与えられて減っていくコトコのHPゲージ。
足を止めて全力で打ち合っている様は互いにこの試合に決着を付けるべく意を決したことを表わしているかのよう。
この場にはいない試合の行く末を見守っている観客の歓声が聞こえてくるかのようだ。
「おおおおおおおおっっっっ」
「はああっ」
気合いを込めたそれぞれの剣が縦横無尽に暴れ回る。
腕、足、体、顔。全身の至るところから血の代わりとなる光の欠片が舞い散った。
「<血脈の爆発>」
「<竜冠>」
コトコが<雷光>からアーツを切り替える。全身を覆うライトエフェクトも稲妻を伴うものから、赤黒い血の煙のようなもへと変化した。
この瞬間こそ勝敗を決する分水嶺。俺は自身の能力値を劇的に強化する<竜冠>を発動させた。
繰り広げられているのはどちらが先に倒れるかのチキンレース。
勝敗を分けるのは威力か、数か。
この剣戟、繰り広げられていた時間は僅かに数秒足らず。
俺が持つ閃騎士の剣の切っ先が地面を叩く。
コトコが持っている片手剣が、その手を離れて戦いの舞台の上に落ちた。
戦いの舞台の上に大量の光の粒子が舞い上がる。
信じられないことが起こったと、解説の人の絶叫が轟く。それはこの決勝を見守っていた多くの人が抱いた感想と同じものだった。
光の粒が風に流れて消える。
戦いの舞台に残ったプレイヤーは、この試合における勝者は、いない。
それがこの決勝の結末だった。
ユウ レベル【21】
武器
【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。
習得スキル
≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
≪竜冠・2≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】
残スキルポイント【0】
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