闘争の世界 ep.40 『決勝②』
コトコの鋭い拳が、蹴りが、刃が、縦横無尽に迫ってくる。
心底楽しそうな笑みを浮かべながら繰り出される攻撃を捌きつつ反撃の機会を窺う。
「すごい、すごい!」
嬉々として攻撃を行っているコトコは遂に声にも喜びを出すようになっていた。声に喜びが溢れ出す度に攻撃の勢いが増していく。防御のために閃騎士の剣を打ち合わせるも徐々に押し切られそうになることが増えてきた。
このままではいけないと強引に攻勢に出ようとすると更にコトコの攻撃が間近に迫ってしまった。
「くそっ、激しいな…」
拳や蹴りならば多少受けてもダメージは少ないと割り切ろうとしても実際には体が反応して防御や回避をしてしまう。
強い警戒を向けている片手剣はコトコが俺の視線に気付いているからか、敢えて積極的には振るわず、意識を引くための囮の役割を担っていた。
こういう時は一度呼吸を整えて仕切り直すべき。
しかし、苛烈に攻め立てられている状況では到底無理なことだった。
「どうしたの? ぼーっとしてるとやられるよ?」
挑発するような物言いを自然体で発しているコトコに悪意は微塵もないのだろう。当人の感覚で言えば発破を掛けているようなものなのかもしれない。その言葉を向けられている当人からすれば、若干の苛立ちを感じずにはいられなかったが。
防御に徹していると徐々にコトコの攻撃が荒くなる。
意識せずそうなっているのか、あるいは攻撃を荒くすることでこちらの攻撃を誘っているのかはわからないが、どちらにしても微かではあるが反撃の兆しが見え始めたのは事実だ。
突き出される拳を左腕でガードする。
刺すような蹴りを身を縮めて耐える。
振り抜かれる片手剣を閃騎士の剣の腹で受け止めた。
俺のHPゲージは防御の度に少しずつ減っていってしまっている。一つの攻撃で受けるダメージは極めて少ないながらも積み重なれば大きくなる。
このまま攻撃を防御し続けたとしてもいつかはやられてしまうだろう。その未来を回避するためにも必ず攻勢に出なければならない。
「そこっ!」
自分が優勢であると疑わない時は無意識のうちに動きが雑になる。本人は変えていないつもりでも、対峙している俺の立場からすればその違いは如実に現われているのだ。
拳を突き出す時に伸びきってしまう腕。
蹴りを放つ度に若干ブレる体の軸。
振り抜かれる片手剣が防御されて意図せず上がってしまう。
ほんの僅かに生じた隙を狙い閃騎士の剣を突き出した。
「おっと、危ないな-」
「せいやっ」
隙を狙ったはずなのに軽々と回避されてしまうも、俺は続けて閃騎士の剣を振り続ける。
縦、横、斜めと途絶えることなく剣を振る。
コトコは後ろに下がりつつ上半身を
反らしたり、傾けたりするだけで回避していた。
「見切られてるってのか。だったら!」
自分が攻撃しやすいリズムで閃騎士の剣を繰り出していては避けられるのならば、敢えて一度息を吸って、ワンテンポずれたリズムに切り替えた。
「あれ?」
閃騎士の剣の切っ先がコトコの体に触れた。
小さな傷が生まれて、次の瞬間に消えていく。
コトコのHPゲージに現われるダメージも極めて少なかった。
だけど、これも確実なダメージであることには変わりない。手応えというには頼りないがそれでも俺からすれば紛うことなき前進だ。
「今度は俺の番だ!」
攻撃のリズムを変えることが有効ならばそれを取り入れるまで。
コトコの順応性が高く一定のリズムで攻撃をしているとすぐに見極められてしまうが、その兆しを見逃さずに適宜動きを変えさえすれば。
「あっ、ちょっと!」
狙い通りコトコは俺の攻撃を捌くことで手一杯になっている。
綺麗に攻守が逆転した瞬間だった。
「もー! 止まってよ!」
ガンッと強く閃騎士の剣とコトコの剣が打ち合った。
「くうっ」
「ほんとーにすごいね。まさかこんな感じで攻められるなんて思わなかったよ」
「簡単に押し止めてくれているってのに良く言うよ」
「だってキミの剣は軽いんだもの」
「軽い?」
「なんて言うのかな、ボクを怖れているっていうのかな。腰が引けている気がするよ」
言葉を濁さずに言えばビビっているということか。
思わず笑みが込み上げてくる。
自分が意識していない感覚を告げられて恥ずかしく思うよりも妙に納得してしまった。
「確かにな。アンタは強い。だからこそ、倒しがいがあるってもんだろ!」
「そうさ! 戦う相手は強いほうが楽しいもんね!」
「同感だ!」
剣を強く押して相手を押し退けるタイミングが重なった。
偶然にも力の強さが拮抗して互いの体が後ろに飛んだ。
どうやら俺とコトコの腕力に大きな差は無かったらしい。
逆手に持ち替えた閃騎士の剣を戦いの舞台に突き立てて急ブレーキを掛けて踏み止まる。
奇しくもコトコも同じようにして体勢を崩すことなくこちらに笑みを向けてきた。
「なるほど。確かに俺はビビっていたみたいだ」
背筋を伸ばして突き立てていた閃騎士の剣を軽く振る。
正面の相手を見据え、構えを取る。
「行くよ?」
「ああ。行くぞ」
合図は無い。
ただ、コトコが走り出した瞬間に俺も走り出すだけだ。
思い切り振り下ろした閃騎士の剣がコトコの片手剣と激しくぶつかりあった。
「くぅっ」
「まだまだー」
生じた凄まじい衝撃波が二人の体を弾き返した。
倒れそうになる両脚で強く踏ん張ってもう一度閃騎士の剣を振り下ろした。
コトコは片手剣を下から上へ、綺麗な軌道を描きながら振り上げていた。
軌道が異なる互いの斬撃がちょうど中間地点で激突する。
今度は踏ん張りきれず、よろめくように後退してしまった。
「見た目以上に重いな」
「キミも良い攻撃だね」
「アンタに褒められても嬉しくはないな」
「そう? ボクが褒めるなんて滅多にないんだよ」
「知らねえよっ!」
自分が後退していた間、コトコは追撃を行わなかった。
体勢が多少崩れても迎撃できる、この瞬間に罠を張っているのだと視線を逸らさずにいたために攻め切れなかったのだろう。
だからこそ俺が体勢を整えた瞬間に何度目になる攻撃を仕掛けてきた。
防御だけに集中していては活路は見出せない。
あくまでも反撃に出なければ。
多少遅れることになろうとも俺もまた駆け出す。
二人の間にある距離は僅かに数メートル。正面に走ったのではすぐに相手の目の前に立つことになる。時間にして僅か数秒のインターバルを挟んで繰り広げられる激突は攻撃と防御、そして回避の変遷が著しいものだった。
どうにか拮抗できている戦闘だからこそ、何を切っ掛けに戦況を表わす天秤が大きく傾くのかわからない。
目の前のコトコに集中していた俺は突然に聞こえてきた爆発音にビクッと体を震わせてしまったのだ。
「何だ?」
爆発音といえばハルが使うアーツによるもの。そんな印象が強い俺は大きく閃騎士の剣を横に振り抜いてコトコを牽制すると視線を上空の全員分のHPゲージに移した。
「へえ、キミの仲間もすごいね。まさかあの状況から白夜と引き分けるなんてさ」
双方のHPゲージに一人ずつの欠員が見られた。それが相打ちになったからだとは知らなかった俺はコトコが冷静に戦局を見極めている事実に驚愕せざるを得ない。
「ほんと、キミたちみたいなプレイヤーが残っているのは想定外かな」
「どういう意味だ?」
「だってさ、この大会って招待された企業や個人が代表を決めて参加するじゃない」
ふと攻撃の手を止めてコトコはケラケラと笑いながら告げた。
「だから普通は他のゲームで強い実績を持つプレイヤーを雇ったりするものでしょう。この大会の優勝賞金はそれなりの額になるし、そもそも企業からすると優勝者に与えられる特権ってものが魅力的みたいだからさ」
「特権……ああ、ゲーム内外問わず全面的なタイアップ云々ってやつか」
「そうそう。この時代、大型タイトルとのタイアップは色んなメリットがあるからね。ゲームが失敗する時には負債が出るかもっているデメリットもあるけど、ここまで大型の大会をリリース前のデモ大会として開催するような企業だからね。広告費はかなり投資するみたいだし、実際、対戦ゲームとしてこのゲームは良い出来だと思うよ。それこそボクみたいなプレイヤーが全力を出しても問題ないスペックはあるみたいだし」
「アンタみたいってどういうことだ?」
「言ったでしょ。実績をもつプレイヤーを雇ったりするってさ。ボクはとあるゲームのトッププレイヤーなんだ。もちろん名前は“コトコ”じゃないし、キャラクターも雇い主の意見を取り入れたものだから、普段のボクとは違うけど」
「ってことは他の二人も?」
「うん。白夜も連夜も別のゲームのトッププレイヤーだよ」
さも当然というように言い放ったコトコに俺は思わず息を呑んでいた。
「だからさ、キミの仲間は凄いよ。そんな白夜と引き分けたんだから」
頭上を見上げながら告げたコトコの言葉を受けて俺は何と返せば良いのかわからなくなっていた。そんな俺の困惑が分かるのか、コトコはさらに明るく笑みを浮かべて言葉を続ける。
「うそぉ。えーっと、連夜の方もこのままだと白夜と同じ展開になるかも」
「えっ!?」
「ほら」
ムラマサと連夜が戦っているであろう方を見る。
目を凝らして戦いの様子を見てみるとムラマサが振るう白狼が連夜を切り裂いた瞬間が見えた。しかし、それでムラマサが勝ったわけではない。ベストなタイミングで突き出された連夜の持つ長剣がムラマサの心臓を貫き、自身の消滅よりも一瞬早くムラマサを倒してしまっていた。
続けて消える二人の姿。
上空にあるHPゲージは俺とコトコのもの以外全て暗く表示されていた。
「キミたちって本当にシロウト?」
「どうかな。少なくとも俺はただのゲーマーのつもりだけど」
「なるほどなるほど。つまり世界は広いってことだね」
表舞台に立っていなくとも実力があるプレイヤーは数知れず。
コトコのようにプロ、あるいはそれに準ずるトッププレイヤーとして活躍している人との違いと言えばそういう舞台に慣れているかどうかくらいか。
存外観衆の目に晒されながら戦うということはそれを意識した瞬間に難しくなるものだ。
俺にそれができている理由は単純、意識を目の前の相手にだけ集中しているからに過ぎない。顔を隠すこの竜玉の鎧も役に立っているとは思う。
「まあいいや。けどこれで負けられなくなったかな。いちおうボクも仕事として受けた以上はプロとして振る舞うことにしているからね」
「そうか」
「あれ? 意外な反応だね?」
「悪いけど、アンタの事情を考えて動けるほど余裕がないんだ」
「そっか! うん、気にしなくてもいいよ。ただ、ここからは本当の本当に全力だ」
コトコの目の色が変わった。
暗く、鋭く、それこそ戦いにだけ集中しているかのように。
「――っ!?」
ダンッとそれまでにないほど大きな音が響くとコトコの姿は目の前から消えてしまっていた。
不意に感じた圧力に振り返り、閃騎士の剣を体の前に構えると、その上から鋭い剣閃が押し寄せてきた。
「良い勘をしているね」
「マジかよ」
本気のコトコは驚愕の動きだ。
目で追いきれない。これが本当にキャラクターの能力値とプレイヤーの操作スキルだけで実現しているというのなら、確実に俺はついて行けなくなる。
「このっ!」
苦し紛れの反撃を繰り出しても既にその場にはコトコはいない。
虚しく空を切った閃騎士の剣の向こうにコトコの蹴りがあった。
「うわっ」
開いた体にコトコの蹴りが突き刺さる。
ダメージはこれまでと変わらない。変わったのはあくまでもコトコの動きだけであるようだ。
「だったら、まだ戦えるさ」
自分に言い聞かせるように呟き、コトコを睨み付ける。
しかし、俺がコトコの姿を捉えられていたのは僅かに一瞬。次の瞬間には再び背後にコトコの片手剣が迫って来た。
「くぅ」
切り払うことは間に合わない。できるのは閃騎士の剣の柄で片手剣の腹を打ち付けることだけ。それでも攻撃を妨害することには成功したようで、振り下ろされた片手剣は届くことなく俺の前を通り過ぎた。
「<シーン・ボルト>!」
剣を振ったのでは避けられてしまう。それならばと敢えて砲撃を放った。
最接近した距離で放たれる鏃の砲撃。コトコはそれに驚いた表情を浮かべたものの繰り返す高速移動による回避で冷静に対処してみせた。
「危ない、あぶない」
「そっか。それがアンタのアーツってわけか」
「あれ? 気付いちゃった?」
「全部が必殺技だなんて、良く言ったものだな。騙される所だったよ」
「これも相手からすると必殺技だと思わない? だって明らかに追いつけない相手なんてどうやっても攻撃に晒されるだけでしょ」
アーツにはライトエフェクトが伴うという常識がその存在に気付くことを妨げていた。しかし俺が使う<シーン・ボルト>はアーツのライトエフェクトが発生するのは一瞬、後は放たれる鏃の砲撃として表現されているのだ。
コトコが使っているのもそれと同じ。普段は発動の兆しは見えない。しかし、移動の一瞬の間だけはライトエフェクトがその身に宿る。
常に対戦相手の死角に回り込むように動くことでライトエフェクトの残滓を誤魔化していたと、いうことだろう。
「<雷光>。それがボクが使うアーツさ」
パリッと小さな稲妻が迸る。
どうやらコトコが動かない状態では漏れ出たライトエフェクトが視覚化されるようだ。
ユウ レベル【21】
武器
【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。
習得スキル
≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
≪竜冠・2≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】
残スキルポイント【0】
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