闘争の世界 ep.39 『決勝』
決勝の形式は準決勝と同じでパーティメンバー全員が同時に戦う殲滅戦だ。
戦いの舞台の両端に立つ決勝戦出場者。
俺たちはいつもの変わらぬ出で立ち、そして自分たちが戦う相手の三人の内二人はあからさまに強力そうな鎧を身に纏った騎士の装いをしている。この二人の装備は何から何まで対照的。頭上に浮かぶ名前と顔写真付きのHPゲージで確認するには黒い軽鎧を纏った騎士が【連夜】、もう片方の白い重鎧を装備している騎士が【白夜】というらしい。鞘に収まっている剣も刀身以外に覗える意匠が似ているのは同じ相手からのドロップアイテムだからなのだろうか。それでも黒い長剣と白い両手剣という違いが見受けられるが。
なかでも異彩を放っているのがその中心に立つもう一人。装備しているのが鎧ではなくゲームを始めた最初に装備しているような簡素な作りの洋服なのだ。当然防具らしい金属製のパーツは存在していない。武器だってそうだ。特別な作りなど一切ないシンプルな片手剣が腰の左側に提げられている。自分たちより後に行われた準決勝第二戦を観戦していたときに聞いた“村人装備”という表現がぴったりだと思ってしまったくらいだ。
そんな村人装備を纏っているのは癖の全く無い黒髪ストレートに人懐っこそうな目をしたプレイヤーだ。体のラインを隠すくらいのぶかぶかの洋服のせいで分かりにくいが、どことなく流線型のシルエットを思うに彼ではなく彼女であるらしい。名前は【コトコ】。意外なことに彼らが戦った準決勝で一番活躍を見せていたのは彼女だった。
「準備は良いかい? 二人とも」
三人が横に並んだ真ん中に立つムラマサが真っ直ぐ正面を見据えたまま問い掛けてきた。
「ああ。いつでもいけるぜ」
「向こうも準備万端みたいだ」
控え室に戻ったことでダメージを回復した俺たちは心を落ち着かせてこの決勝に臨んでいた。
対戦相手の彼らは自分たちに比べると先の準決勝からそれほど時間が経過していない。その分、気持ちが途切れることなく決勝に挑めることを思えば、先に戦って落ち着けた自分たちとどっちが良いのか分からなくなる。自分としては一度気持ちを切り替えることができたほうが良いと思っているわけだが、隣の二人はどうなのだろう。いざ戦闘が始まる直前に聞くことではないというのはわかっているために訊ねるようなことはしなかった。
これまでのように戦闘の始まりを告げるカウントダウンが浮かび上がる。
戦いの舞台の中心に浮かぶその数字を見つめて深く深呼吸をする。
「行くよ」
カウントダウンがゼロになりこの大会、このトーナメント最後の試合が始まった。
決勝は静かに幕を上げた。
互いに横に並んだ隊列を崩すことなくゆっくりと全身を続けている。
それぞれの手がそれぞれ武器を掴み、自然な感じで構えていた。
「どうする?」
歩きながらハルが問い掛けた。
「んー、相手の出方次第ではあるのだけど。まずはいつもみたいに個別に戦ってみるとしようか」
「それならおれはあの白夜っていうプレイヤーが相手だな。重装備同士、任せてくれ!」
「ムラマサはどうする?」
「そうだね。気になっているのはコトコっていうプレイヤーだけど」
「わかった。俺は連夜っていうプレイヤーとは俺が戦うよ」
短く相談を終えた瞬間に俺たちは揃って駆け出していた。
タイミングを同じくしてコトコたちも走る速度を上げる。
自分たちが決めた相手に向かって進行方向を変えたことに気付いたのか、唯一顔が露出しているコトコがハッとしたように目を見開き、続け様に笑みを浮かべた。
「いいよ。キミたちの誘いに乗ろうじゃないか。白夜!」
「応! <地砕き>!」
走る進行方向を変えたコトコと連夜の後方から白夜が両手剣を舞台に叩きつけて起こした衝撃波が前方に広がる。
地面が揺れて体勢が崩れる。
足を止めてしまった俺の目の前にシンプルな片手剣を携えたコトコが立ち塞がった。
「ボクの相手をしてもらうよ」
「俺かっ!?」
「そのつもりで別れたんじゃないの?」
「残念だけど、想定していた相手が違ったのさ!」
閃騎士の剣を振り上げてコトコが振り下ろした片手剣に打ち合わせる。
体重を乗せて力を込めて体ごと前に押し込む。
鍔迫り合いをするコトコはキョトンとした表情を浮かべたしたもののすぐに笑顔に変わり、鼻先が触れ合うほどに顔を近付けてきた。
「つれないことを言わないでよ」
「ぐふっ」
視界いっぱいに広がるコトコの顔によって遮られて突然感じた腹部の衝撃に息を吐き出していた。
受けたダメージは少ない。だが、この体勢から膝を突き立ててくるとは思わず防御することができなかった。
思わず崩れそうになるのを必死に堪えて空いている左手でコトコの片手剣を持っていない右手を掴む。
「このっ、やってくれたな」
「うーん、この距離でボクと殴り合うつもりなのかな?」
「当然、付き合ってくれるよな」
挑発的な笑みを浮かべて告げる。兜によって顔が隠されているにも関わらず言葉の印象で俺の意図は伝わったらしい。
「もちろんだ、よっ!!」
「うわっ!?」
答えた瞬間、コトコは掴んでいる俺の腕を引っ張った。
体勢が崩れ前のめりになる俺に自身の頭を強く打ち付けた。いわゆる頭突きだ。アーツではないのはライトエフェクトが発生していないことからも明らか。しかしその頭突きすら攻撃となっているのか俺のHPゲージはまたしても僅かに削られてしまった。
「そろそろ放してくれるかな!」
「ぐっ」
頭を強く打ち付けられてふらつく俺にコトコが乱暴に蹴りを放った。
この短時間で二度目となる腹に感じる衝撃に呻きながら後ずさってしまう。
自ずと掴んでいた手を放してしまい、コトコが自由になった瞬間に片手剣の刃が俺に迫る。
片膝を付いて堪えた俺は素早く閃騎士の剣を振り上げ、片手剣が俺を切る直前で防ぐ。
決勝で戦う相手だけあってコトコというプレイヤーは強い。
だが、俺が感じたコトコの強さは戦いに慣れている強さというよりも喧嘩慣れしている強さに思える。
ゲームとしての強さを磨いてきた俺に比べて毛色が違うコトコは片手剣を刃のある剣としてではなく木刀みたいに扱っている。決して切れ味が悪い武器というわけでもないが、これまで戦って防御されることが多いと判断したかのような扱い方だ。
事実、閃騎士の剣との打ち合いにしても、そもそもからして打ち合うことを想定して振るっているからそこ弾かれることも少なく、どちらかといえば殴り返すかのように閃騎士の剣に打ち付けているのだ。
斬れずに殴り飛ばされそうになる俺はその度に閃騎士の剣を離さないように強く握らなければならない。そのワンアクションが挟まるだけで行動が一手遅れてしまい、その遅れている間にコトコの打撃を受けてしまう。その戦い方をするのなら格闘系のアーツを使えばより多くのダメージを与えられるはずなのに、コトコは未だにアーツの片鱗すら見せていない。
「せやっ」
閃騎士の剣を打ち付けられた瞬間に気合いを込めて当たる片手剣を弾き返す。
片手剣を持つ方の腕が広がり隙ができた。
本来ならばその隙に攻撃をするのがいつもの俺。しかし、この時ばかりはその隙に二歩大きく後ろに跳び体勢を整えることを優先したのだった。
「力強いね、キミ。ちょって手が痺れたよ」
本当に痺れた感覚など感じているのか甚だ疑問だが、感心したように言ったコトコは掴んでいた片手剣を反対の右手に渡すとひらひらと左手を振ってみせたのだ。
「うん。強い。だからさ。耐えてみて」
右手に持ち直した片手剣の切っ先が突然目の前にあった。
急激な加速を伴う突き。ムラマサが使う<貫>のようなアーツを発動したのだろうか、と一瞬思ったりもしたが、片手剣の刀身は変わらず金属的な色のまま。
閃騎士の剣で振り払うのは間に合わない。ならば全身を覆っている鎧の硬さを信じて拳でコトコの片手剣を殴り付けた。
ガンッと鈍い音が響く。
俺の拳には固い岩盤を殴り付けたかのような感触が伝わってきた。
「遅いよ」
片手剣の突きは囮、本命はその蹴りか。
咄嗟に身構える俺をコトコが勢いよく蹴り飛ばした。
これもまたアーツを伴っていない。だというのに俺の体は大きく吹き飛ばされ、硬い石造りである戦いの舞台に転がっていた。
「くそっ」
舌打ちをしながらも身を起こす。視線を逸らしていないのはせめてもの抵抗だ。
軽くその場でジャンプしたコトコの姿がブレた。
次の瞬間に俺の顔をコトコの蹴りが迫る。
回避は間に合わない。けれど防御なら。咄嗟に腕を置いて防御するが、その上から強く打ち付けられた。
グンッと体が沈む。
蹴りによる受けたダメージは相変わらず大したことが無い。感じる衝撃に比べてあからさまに少なすぎるダメージ量だと、感じている感覚とHPゲージの残量という事実に誤差が生じている。
「<マグナ>!」
倒れずに堪えている俺が格闘スキルのアーツを発動させたのを見たコトコは追撃の手を止めて一度後ろに下がった。
「どうした? 来ないのか?」
光を宿す硬く握った拳をそのままに問い掛ける。
「それが格闘系のアーツだってことは知っているからね。ボクは下手に飛び込んだりしないのさ」
「そっか」
拳を解き手を開く。
発動していたアーツの光が弾けるように消えた。正しくアーツの挙動が取れなくなったことで発動自体が失敗になったのだ。
「そっちはアーツを使わないのか?」
「どうかな? もう使っているかも知れないよ」
「ライトエフェクトは見えないな」
「実はアーツってのがあんまり好きじゃないんだよね。こう、勝手に自分の体が動かされるような感じがしてさ」
「分かるよ」
「だから、ボクのアーツはぜーんぶ、一撃必殺のキメ技なのさ!」
胸を張り自慢するように言ったコトコに俺は兜の向こうで眉を顰めた。既にこれまでの戦闘で何度も使用してきたのだろう。俺が過去の試合映像で見たそれも確かに相当の威力があるように感じられた。最も決着を決めるという段階で使っていたために実際の威力がどこまであるのかを推し量ることはできていないのだが。
「俺にそれを言って良いのか?」
「別にいいよ。どうせボクの前の試合とか見てきてるんだよね? ボクもキミたちの試合は見させて貰ったからお相子さ」
軽い調子で言い切るコトコは自信に溢れているかのような雰囲気がある。
いつもなら仲間の様子を窺う程度の余裕は残されていたというのに、この時ばかりはコトコから視線を外した瞬間に首を狩られる、そんな感覚を強く感じていた。
「お互い手の内は知られているってか」
「うーん、どうだろ? 実際に戦ってみてキミはボクの予想以上に強いってことがわかったからね」
そう言ったコトコは獰猛な獣のというよりも無邪気な子供のような笑みを浮かべている。
「みんなもそう感じてるんじゃないかな? 連夜も白夜もボクと同じで強い人との対戦は大好物だからさ」
コトコの言葉に続いて違う場所から二度の爆発が轟いた。
けれど俺の視線は動かせない。
とはいえ爆発の場所から推測するにハルやムラマサが繰り広げている戦闘で起きた爆発であることは明らかだ。
「あら、どうしたの? 休憩中?」
「ちょうど連夜のことを話してたんだ。どう? 楽しい?」
「ええ。良い調子よ。ムラマサという人もかなり強くて。ほら、結構ダメージ受けているでしょう」
「わあー、ほんとだ」
連夜という黒い鎧のプレイヤーが長剣を携えながらコトコと合流してきた。
連夜がここにいるのならばムラマサはどこにいるのだろう。まさや既に倒されたなんてことあるのだろうか。
強い意思で視線を外さなかった俺も、目の前の光景を見せられれば思わず上空の全員分のHPゲージを見てしまう。
「生きている、か」
ほっと胸を撫下ろす。
半分近くダメージを受けているもののムラマサもハルもまだやられたわけじゃないらしい。
「よっと」
どんっと大きな音を立ててどこからともなく着地した白夜が両手剣を肩に担いで現れた。
「お、凄いじゃないか。コトコ相手にあれだけのダメージで抑えているとは」
「でしょ! すっごく楽しいんだよね」
「そうかそうか。それはよかった」
「白夜はどう?」
「おー、俺も楽しいぞ。俺とまともに力比べできる奴はそうそういないからよ」
白夜までもが二人と合流を果たしていた。
ならば自分の仲間はどこにいるのだろう。
三対一で対峙している状態では探しに向かう事などできるはずもない。
とりあえずの無事は確認済みだ。だとすれば後は反撃の機会を見計らっているとでもいうのだろか。
ふっと突然、漂っていた煙が掻き消された。
煙の中から現われたのはムラマサ。細かな傷が表現されるのならばこの時のムラマサは満身創痍という出で立ちだっただろう。
「まずい、遅れたか」
「ハル。ユウと合流するぞ」
「おうよ」
全身鎧に覆われているハルがムラマサと同じように煙の中から顔を出し、二人並んでこちらへ向かってきた。
「どうするよ? このまま三人で戦うか?」
「うーん、それも楽しそうだけど。二人はまだ満足していないよね?」
「あら? わかっちゃった?」
「ボクも同じだから」
「それなら相手は変えずに再開するってことでいいな?」
「ええ」
「うん!」
向こうの会話が聞こえてくる。
先んじて合流したコトコたちに遅れてはならないと合流を急ぐムラマサたちは彼らの声に気付いていないようだ。
「ムラマサ! ハル! こっちはいい! 二人は自分の相手に集中してくれ!」
咄嗟にそう叫ぶと目の前の三人の視線が自分に集中した。
「さあ、続きといこうか」
三人の中心にいるコトコに向かって告げる。
にこっと笑ったコトコは並ぶ連夜と白夜に向けて手を振ると、中断していた俺との戦闘を再開するのだった。
ユウ レベル【21】
武器
【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。
習得スキル
≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
≪竜冠・2≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】
残スキルポイント【0】
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