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闘争の世界 ep.38 『準決勝その③』


 岬とムラマサが戦っているであろう方角に睨み付けんばかりの視線を向ける。

 聞こえてくる戦いの音は唯一決着が付いていない二人のものだけ。

 白狼という刀と槍が相手の体に触れることなく空を切り続けている。攻撃が外れたのではなく、互いに巧妙に体の軸を動かして相手の攻撃を避け続けているみたいだ。


「さて。どうするか?」


 こちらの戦闘が一息吐いたことに気付いていないわけではないはず。それでも声を掛けてくることさえもできないほど戦いに集中しているということだろう。


「下手に手出しできない、よな」


 聞こえていたとしても返事はこないだろうなと思いつつも呟かずにはいられなかった。

 一度閃騎士の剣を鞘に戻して戦いの行く末を見守る。

 岬が突き出した槍をムラマサが身を翻して回避する。

 ムラマサが繰り出した切り払いを岬は一歩下がることで紙一重に避けてみせた。

 互いに実力が拮抗しているかのような力量を持つ二人。

 そんな二人の戦いは十二分に見応えがあった。


「っても、ここでぼーっと突っ立ってるだけってのも芸がないよな」


 にやりと笑って再び閃騎士の剣へと手を伸ばす。

 見定めるべきなのは唯一にして最高の好機。その一瞬を捉えるべく狩りをする獣の如く息を潜めて待つことにしたのだ。

 久々にガンッと大きな音が響き渡る。

 避けきれないと判断した槍の一撃をムラマサが敢えて白狼を打ち付けることで妨害したのだ。

 幸いにして白狼は現実の刀ほど柔らかくはない。多少乱暴に扱ったところで歪みも刃毀れも発生しない。それでも武器同士を打ち合わせることをムラマサが忌避しているのは単純にそういう戦い方が性に合っているというだけだった。

 そんなムラマサが避けきれずに白狼で思い切り、払い退けていた。


「凄いな」


 自分が戦ったキュウキやイッキという名のプレイヤーもかなりの実力を持つプレイヤーだった。しかしあの戦い振りを見るに岬というプレイヤーは最低でも彼らと同等、あるいはそれ以上の実力があるように感じられた。


「けど、ムラマサも負けていないさ」


 誰に向かって言っているのか。

 俺の口から発せられた言葉を証明するかのようにムラマサがこれまで以上の攻勢に出た。

 突き出される槍を最小限の動きで回避しながら白狼で斬り付ける。

 二人揃って直撃は免れている。が、微細なダメージまで避けることはできない。いつしか積み重なった微量のダメージが大きなダメージとなり、それぞれのHPゲージにはっきと現われている。

 決着も近い。

 俺がそう感じているのは、積み重ねられたダメージがついに威力の高いアーツ一発がクリーンヒットしただけで全損させられるまでに至っていたからだ。


「ん?」


 閃騎士の剣の柄を握り締めてタイミングを見計らっていた俺をムラマサが見た気がした。

 僅か一瞬の視線の交錯。

 それだけで意図が伝わるのは、仮に自分がムラマサの立場にいた時には似たようなことを考えていたと思ってしまうからか。


「水を差すなってか」


 分かっていると頷いて、そっと閃騎士の剣から手を放す。

 自身のHPゲージはまだ健在とはいえ、これ以上戦う気が起きない。もし次に自分が戦うことがあるとすれば、それはムラマサが岬に敗北した場合だ。相手のパーティでは岬が勝ち残り、こちらのパーティでは俺だけが。そうなれば当然俺と岬の一騎打ちになる。


「あるとすれば、俺の出番はその時。今はムラマサの勝利を信じるだけ。そうだよな」


 真剣な面持ちで二人の戦いを見守る。

 ムラマサも岬も自身の決め技となるアーツを完璧に相手に当てるべく千載一遇のタイミングを見極めているかのような動きだ。全ての攻撃が牽制であり、陽動であり、全ての行動が決め技のアーツに繋がっているようだ。

 槍で突き、薙ぎ払い、岬にとって最適となる距離を保ち続けている。

 白狼という刀を振るい槍をいなしながら、前進し続けることで必殺の間合いに入るために動くムラマサ。

 ジリジリと移動をしながら二人は岬を後ろに戦いの舞台の端へと近付きつつあった。

 戦いの舞台には不可視の壁が備わっているために、そこから落ちることはない。しかしそれは裏を返せば壁際に押し付けられて逃げ道が無くなることと変わらない。そうなればより近い距離で戦うことを得意にしているムラマサが圧倒的に優位に立つ。

 ちらりを後ろを振り返った岬は意を決したように槍を突き出し、そのまま大きく横に振ってみせた。

 やぶれかぶれな岬の一撃に見えてもムラマサは詰めすぎていた現状、それを避けることは困難。ならば先程のように白狼で打ち払うのかと息を呑んで見守っていると、ムラマサが行ったのは強い勢いで上から槍の腹を白狼で打ち付けてみせたのだ。

 縦と横。

 方向の異なる攻撃がぶつかり合う。

 アーツに繋げるための攻撃だったとはいえ、相手の体勢を崩すことを目的として放たれた攻撃は決して軽くない。

 長い得物で遠心力を受け勢いを増した槍。

 ムラマサが自身の体重を乗せて叩きつけた白狼。

 一瞬の拮抗の果て、軍配が上がったのはムラマサが振るう白狼による一撃だった。

 下方に強制的に向きを変えられた槍の切っ先が地面を削りながら途中で止まる。次の瞬間、ムラマサは岬が想定していない行動をとった。地面に穂先がめり込まんばかりの位置で静止している槍を軽快な足取りで橋のように駆け上り渡ってみせたのだ。

 ただでさえ長い得物で近付かれ過ぎれば取り回しが難しい槍という武器。それに加えてまるで決して動かさないぞと言うように強く踏み付けられてしまっては岬にできることはない。

 ここで槍を放せば逃れることができるだろう。しかしそれでは後に続かない。格闘戦に重きを置いていない限り武器を失ってしまうと戦うことなどできるはずもないのだ。

 岬が槍を駆け上ってくるムラマサを射殺すかの如く睨み付けた。視線だけで相手を倒せるのならばどれだけよかっただろうか。だが、現実は斯くも無情で迫るムラマサの姿に自身の敗北が岬の脳裏に過ぎった。

 細い槍の中腹で強く踏み締めてより高く跳躍してみせるムラマサ。

 想定外の方向から加わる力に大きくしなる槍。

 槍は決して折れはしない。しないのだが、それでも使いの手の意思に反して暴れ回る槍に対して岬ができたことはどうにか離さないように握り絞めることだけ。

 弓のようにしなった槍が元に戻る反動を押さえ込むことで精一杯になっている岬に影が覆い被さる。

 ハッとしたように顔を上げると、一瞬にも満たない限りなく僅かな時間に見失ってしまったムラマサの白狼を振り上げた姿があった。

 防御しようとしても今の岬は暴れ回る槍を押さえ付けたばかり。全身に込められた力は全て槍に込められてしまっている。

 まるで体が凍り付いたかのように動けない。

 腕を上げることも、その場から飛び退くことも、槍を放すことさえも、およそ自身の意思で行える動作は全てこの一瞬において不可能なことになってしまった。


「これで決める! <八咫烏(ヤタガラス)>!!」


 ムラマサが放ったのは攻撃範囲の広いアーツだ。その一撃からは決して岬を逃がさないという意思が伝わってくるかのよう。

 アーツの光が形作る巨大な鳥は真っ直ぐ急降下するように岬に襲い掛かる。

 為す術無くアーツに呑まれてしまいそうになる直前、岬が持つ槍が常識外の動きを見せた。

 そう、自分の意思で動けないのならば、それ以外の方法で動けばいいのだ。だが、そう気付けたとしてもこの土壇場で実行に移せるだろうか。

 どれほどの胆力があるのかと岬を注視しているとあり得ない角度で跳ね上がった槍が迫る光の鳥と激突した。

 色合いの異なる二色の光がぶつかり合い、弾け飛ぶ。

 生まれた衝撃が上空にいるムラマサを吹き飛ばし、アーツによって強引に槍を動かした岬を地面に強く縫い付けていた。

 光と衝撃波が叩きの舞台から溢れた砂を巻き起こすなかムラマサは体勢を崩すことなく着地してみせる。

 反対に岬は槍から手を離してしまっている。

 カランと音を立てて離れた場所に転がる槍に手を伸ばそうとして岬はガクッと前のめりになって戦いの舞台の上に倒れ込んだ。

 双方のアーツによる激突が生んだ衝撃は互いのHPを削っている。全損させるまでには至らないのは、それが直撃では無かったから。しかし、吹き飛ぶことで衝撃の一部を受け流したムラマサとは違い、まともに全身で衝撃を受けた岬は一種のスタン状態に陥ってしまっていた。

 着地した瞬間に再び掛け出したムラマサ。その手に持つ白狼を水平に構えて走るその先には四肢に力が入らずに倒れている岬がいる。

 身動きが取れないままならやられてしまう。そんな意識が岬の体を動かしてみせた。

 感覚の薄い両腕で地面を押して、無理矢理に身を起こす。せめて相手の姿を見失わないようにということだったのだろう。

 しかし、それが良くなかった。

 先程の<八咫烏>で倒すことができなかったムラマサは冷静に白狼の切っ先を体を起こした岬に合わせていた。


「まさか――っ!?」


 岬が驚愕し息を呑む。

 どこまでも冷静に、それでいて的確な攻撃を繰り出すムラマサに思わずにはいられなかったのだ。最初からこの展開を予測していたのか、と。

 後にムラマサに聞いた時には偶然が成せるアドリブに過ぎないということだが、この時は俺もここまでを読み切った攻撃だったのかと思ったくらいだ。


「<(つらぬき)>」


 白狼を構えるムラマサが告げる。

 刀身に光が宿った瞬間に白狼を勢いよく突き出す。

 残酷表現が無いこのゲームで武器で体を貫かれるなどということはない。

 突き出した白狼は岬の体を通り抜けてムラマサごと後ろに駆け抜けた。

 一見するとその横を駆け抜けただけに見えるその攻撃も、実際には岬の体を貫いてそのまま駆け抜けた、というようになっているがムラマサの確実に命中しており、岬のHPゲージは一瞬にして削られてしまっていた。

 徐々にではなく一度に削り取られるように消えた岬のHP。

 ミリ残った、などということもなく綺麗にゼロになったことで岬の体は光に包まれて戦いの舞台から消えてしまった。

 勝ち残った俺やムラマサを称えるようにでかでかと“WINNER”という文字が六人のHPゲージが表示されている画面の俺たちの方に重なるように浮かび上がる。

 思えばここまでじっくりとそれを見たことはなかったかもしれない。正直このタイミングにHPゲージの表記に注目していたことはなかったと思う。

 戦闘が終わればじっと息を整えて控え室へと転送されることを待つだけだ。

 白狼を鞘に収めてぼうっと立っているムラマサの体を光が包み込む。それと時を同じくして俺の体も光に包まれた。

 そのまま控え室へと戻った俺たちは先に戻っていたハルと合流を果たし、健闘を称えるのだった。



ユウ レベル【21】


武器


【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。


外装防具


【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。


内部防具


【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。


習得スキル


≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する

≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。

≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。

≪竜冠・1≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】


残スキルポイント【1】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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