闘争の世界 ep.35 『二人の力で』
ナギナタとハルバードがぶつかり合う度に奏でる独特な音楽が聞こえてくる。
基本的に一定のリズムを刻みつつ、時には変調するように。
剣戟の合間に聞こえてくるハルとネロの声。
子供たちが遊びに集中しているときに思わず笑い声が漏れてしまうかのように、あるいは歴戦の格闘家がその一撃に気合いを込めるときのように。
拮抗しているのは火を見るよりも明らか。
頭上に見える自分を含めた四人のHPゲージがそれほど動いていないことからも間違いない。それはハルとネロの戦いだけではない。同時進行している自分とディアスの戦闘も大して違いはなかった。
「せいやっ」
一歩踏み出して、それと同時に閃騎士の剣を突き出す。
ディアスが大剣を横に振り抜いて俺の突きの威力が最大に達する直前に打ち付けてきた。
「――っ。これじゃあ埒が明かないか」
小さく漏れた俺の呟きをディアスはその耳にしかと聞こえていたのか微かに頷いていた。
戦局を変える切っ掛けが必要だ。けど、それが何なのか、当事者である自分にはわからない。だから俺にできることは必死に戦いながら待つことだけ。
閃騎士の剣を振るいながらそれでもとディアスにダメージを与えられる瞬間を狙い続けた。
大剣が振り抜かれた直後、防御から攻撃に移る瞬間。誰であろうと、どんな武器を使おうとも必ず生じてしまう隙を正確に狙っているというのにその刃が届くことはない。
焦るつもりなどないというのに、無意識のうちに焦ってしまう。
振るう剣先が鈍り、迫る切っ先が届く位置がほんの僅かに近くなる。
「堪えきれなくなりましたか?」
優劣の天秤が自らの方に傾いたと直感したディアスがはっきりと告げる。
何に対してなど聞き返す必要も無いくらい、徐々に俺とディアスの攻防は明確になり始めていた。
「どうかな」
態とらしくも余裕の笑みを浮かべて言い返す。
一瞬ディアスの大剣が動きを止めた。時間にして一秒にも満たないほどの僅かな刹那。だがそれが自分の笑みによるものだと直感した俺は今だに戦局が決定していないことを理解することができた。
またしても苛烈に攻撃をしかけてくるディアスを相手にすることになったとしても、俺は笑みを浮かべることを止めることはしなかった。
虚勢、虚栄、ハッタリ、誤魔化し。呼び方は数あれど、それが意味することは一つしかない。一瞬でも気取られてしまえば、この笑みも意味は無くなる。それだけじゃない。虚勢を張っているとなればディアスは自身の優勢を疑うことはなくなるだろう。
大剣を払い、閃騎士の剣を地面と水平に構える。
呼吸を整えて次の攻撃に備える。
じりじりと戦いの舞台を踏み締める足を動かして間合いを計っていると不意にハルとネロの戦いの音が途切れていることに気が付いた。
「まさか――」
最悪の展開が脳裏を過ぎり、目の前のディアスから視線を外してしまった。
ディアスがそんな一瞬を逃すはずもない。
素早く大剣を掲げ、また素早く振り下ろしてきた。
「余所見は厳禁ですよ」
「ぐうっ」
体の近くで閃騎士の剣を構えることで振り下ろされた大剣の刃を滑らせて防御する。
両断されることはなくとも、超重量を誇る大剣の一撃は俺の体に凄まじい衝撃となって襲い掛かった。
明確なダメージを受けた瞬間だった。
頭上の四本のHPゲージのうち自分のゲージだけが大きく減少する。
閃騎士の剣の刀身を滑って地面にめり込んだ大剣では追撃が困難なのがせめてもの救いだ。咄嗟に後ろに下がった俺は視線だけを動かして自分が受けたダメージを確認した。
大ダメージを受けたと思ったが、実際にはアーツを伴っていない攻撃が一度だけ直撃した程度のダメージだった。ほっと安心したのも束の間、自分がいるのとは異なる方向から爆発音が聞こえてきた。
「ハル!?」
「ネロ!!」
俺とディアスの声が重なった。
爆発が起きたというのに煙は少ない。
視界を遮るものはないも同然。
それでも僅かに漂う煙の中から二人のプレイヤーが飛び出してきた。
ハルバードを携えるハルとナギナタを持つネロだ。
二人は攻撃することなく一定の距離を保ったままこちらへと近付いてくる。
「ユウ! 無事か!?」
ハルが叫んだ。
「ああ、大丈夫だ」
答えながら俺は求めていた何かの“切っ掛け”が訪れたのだと直感した。
「ハル! 避けろよ! <シーン・ボルト>」
返事を待たずに閃騎士の剣を構えて砲撃のアーツを放つ。
剣先から放たれる鏃状の弾丸。
突きよりも速く進む鏃をハルはその場にしゃがみ込むことでどうにか回避することはできたが、その後ろを走るネロは回避が間に合わない。
バンッと弾けるような衝撃が迸り、ネロの胸の上で弾けた。
「おお! 狙い通りってか」
「馬鹿なことを言っている暇はないぞ。ハル。せっかく二人でこの場所にいるんだ。一緒に戦うぞ」
立ち上がったハルが再びこちらに駆け寄り、俺もまた近付いてくるハルに駆け寄った。
「それってさ」
「何だ?」
「普通は二対一になってから言う台詞なんじゃないの?」
「残念だったな。俺が戦っているディアスはまだピンピンしてるぞ」
「まあ、こっちも似たようなモンだけどさ」
「攻めきれなかったってことか」
「まあね」
ハルと位置を変えて背中合わせに立ち、背中越しに言葉を交わす。
「で、どうするのさ? とりあえず相手を変えてみるのか?」
「いや、それよりもここで俺とハルの二人を同時に待ち構えた方が良いかもしれない」
「いいのか? 一気に難しくなるんじゃないか」
「分かっているさ。けど、それくらいじゃないとこの状況を覆すことはできないだろうさ」
俺もハルも相手にしたプレイヤーと実力は拮抗しているように感じられた。本来ならば装備の他にスキルやアーツで有利不利が出てくるものだが、現状そこまでの優劣は表れていない。
相手もそれを理解しているのか、自分たちを飛び越えてアイコンタクトしているのが見えた。
「おれたちは協力することができるよな?」
「その代わりに向こうは挟撃ができるってことだけどな」
「まったく。それってどっちが有利なんだよ」
「さあな。そればかりは神のみが知るってやつだろうさ!」
真っ先に動いたのはネロ。
ナギナタの刃を地面に向けた格好での突進だ。
「<シーン・ボルト>!」
武器の長さで劣る俺でも攻撃の射程ならば負けていない。
この試合では既に一度見せたアーツだ。出し惜しみする必要もないだろう。
鏃が眼前に近付いたその瞬間、ネロは下げていたナギナタを振り上げてそれを打ち払った。
先程と同様に弾ける鏃だったが、今回は直撃したのではなく迎撃されただけ。
「対応するの速くない?」
「それだけ相手の技量があるってことだろうさ」
「いや、わかってるけどさ」
愚痴も言いたくなるというものだろう。ネロに向かって放たれた鏃が落とされた事を思えばディアスもまた同じ芸当ができると思ったほうがいいはず。どれだけ射程に優れていても無闇矢鱈と放ったとて意味がないと言われているも同然なのだから。
「ハアッ」
ディアスが大剣を横一文字に振り抜く。
「おっと!」
ハルがハルバードの柄でそれを受け止めていた。
「重いな、これ。でも、ユウ!」
「任せろ!」
両手でしっかりとハルバードを掴んでいるハルがユウの名を呼んだ瞬間に、俺はハルと入れ替わるようにして前に出た。
ハルによって動きを止められているディアスに向けて閃騎士の剣を振り抜く。
「<イグナイト>!!」
アーツを発動させて一撃の威力を高める。
ディアスの視線が俺を捉えるも対応は間に合わない。
光を放つ閃騎士の剣がディアスを斬り裂いた。
「よしっ」
戦闘が始まってからようやく明確な手応えが感じられた。
頭上のHPゲージの一つが大きく減少した。それは勿論ディアスのものだ。
「ここで一気に畳み掛けるってか」
ぐっとハルバードを押し込んで、素早く映画などで見る棒術のように回転させると、その勢いをそのままに高速の突きを放っていた。それはハルが使う<突き抜け>というアーツだ。
二人によるアーツの連続攻撃。それだけでHPを削りきれるとは思っていないが、戦局を動かせるほどの要因には成り得ることだ。
しかしここで俺たちは自分の意識がディアス一人に集中してしまっていることに気付けなかった。そのせいで素早く駆け寄ってくるネロが繰り出すナギナタによる連続突きのアーツをハルはまともに背中で受けてしまったのだ。
痛み分けという言葉が浮かんでくる。
今回の打ち合いはまさにその通りになった。
「おわっ」
ネロに背中を蹴られて前のめりになるハル。
ハルの体を足場にして駆け上がり飛び越えてディアスと並んだネロはナギナタの刃をこちらへと向けてくる。
「無事?」
「大丈夫です。まだ戦えますよ」
彼女らは短く言葉を交わしてからこちらに体勢を整える間も与えないと攻勢に転じたのだ。
代わる代わる繰り出されるネロとディアスの攻撃。
俺とハルはそれに打ち合わせることに必死になっていた。
「どうするよ!」
「分からない。けど、とりあえずはこの場を凌いで――」
などと言いかけた俺にネロのナギナタが迫る。
まともにネロと打ち合うのは初めてとなるが、想像していた通り、この長さはどうにも攻めづらい。
反面ハルはハルバードの長さを活かしてディアスに対して有利に戦っているように見える。実際にハルを有利に立たせているのは武器の長さではなく武器の重さになるのだが。
時に相手を変えつつ交戦を続けていると、次第に小さな傷が小さなダメージとなり積み重なっていく。
今にして思えば二人でペアになって戦えている最大の利点はどちらかが体勢を崩してしまうような攻撃を受けたとしても即座に相手をカバーできることだろうか。そのおかげもあってか、体勢を崩した瞬間に連続攻撃を叩き込まれることはなかった。
そのせいもあってか、この試合は長い拮抗状態が続いているように見えたのかもしれない。
実際に繰り広げられている攻防は互いの常に首元に刃を突き立てられているかのように、薄氷の上に立っているかの如くギリギリの状態であった。
とはいえ実状を理解できていない人のための解説があるおかげで観戦している人には正しく現状が伝わっているらしい。
小さなダメージの積み重ねは全員に回復という手段がない状況ではそのまま終焉へと向かう要因となる。
いつしか全員の残存するHPが半分を切った。
「マズいな? このままだと先にやられるのはおれになるっぽいな」
思わず独り言ちたハルが言うように、先程ネロが繰り出した連続突きのアーツを受けたことでハルのHPは四人の中で一番多く減ってしまっている。時点が俺とハルのアーツ攻撃を受けたディアス。<シーン・ボルト>の直撃を受けたネロと俺がそれに続く。
大きなダメージを受けていないはずの俺が彼らと大差ない状態にまで追い込まれているのは俺が使う閃騎士の剣のリーチが最も短く、最も接近して戦うことが必要となるからだった。
「仕方ない。ちょっとばかし強引な手を取らせてもらうぞ、っと!」
ぶんっとハルバードで横薙ぎすることでネロとディアスと自分との間に一定の距離を作ると、刃を下に、石突きを天に向けて構えた。
「せめて一人、ここでおれが倒しきる! <剛切轟断>!」
ハルバードに強い光が宿る。
勢いよく駆け出してハルが狙いを付けたのはディアスだった。ディアスが己の大剣をハルバードに打ち合わせるように突き出してくるもそれはハルの狙い通りの行動だった。
ハルの<剛切轟断>に合わせてディアスも自身のアーツを発動させている。
光を宿す武器同士の激突。
激突の瞬間に凄まじい突風が吹き抜ける。
風を受けて動けない俺とは違い、残るもう一人のプレイヤーのネロは必死な形相でナギナタを構えてハルに迫った。
アーツ同士が拮抗する押し合いをしているハルの背中にナギナタを突き立てるべく、その刃先にはアーツの光が宿っている。
「砕けろ!」
輝くハルバードを持つ手に力が入る。
背後にネロが迫っていることなど百も承知。しかしそれよりも目の前のディアスを倒すことのほうが大事だと言わんばかりに視線を外すことなく強く踏み込んだ。
ピシッという音がした。
アーツ<剛切轟断>が持つ可能性の低い武器破壊効果。それが発揮されたと思えないわけでもないが、実際は大剣の表面に小さな亀裂が入っただけで破壊されたとは言えない。
しかしその音を聞いたことでディアスは無意識のうちに剣を引いてしまった。そのせいで拮抗状態が崩れてしまい、ハルに押し切られてしまう形になった。
肩から袈裟懸けに斬り裂かれるディアス。残るHPが瞬く間に消失した。
「ディアス!?」
「んぐっ」
「よくもおおぉぉっっっっっ」
HPが全損した瞬間ディアスの体が光に包まれて消失した。
そして、ネロが突き立てたナギナタを背中に受けて、ハルのHPもまたぐんっと減少したのだった。
「まだだっ。まだ、やられるわけにはいかねぇ」
ハルバードを手放して地を這うように強引に前に出た。
ずるりと背中からナギナタが抜けるとハルは倒れたまま上を向いて再び振り下ろされようとしているナギナタの柄を掴んだ。
ダメージを受けているとはいえ力が入らないわけではない。
「捕まえたぞ」
ニヤリと笑いかけたハルにネロは表情を曇らせた。
「放せよっ」
「イヤだね」
強く握り自らの身体に刃先が微かに食い込む段階で固定したハルは目を強く開き俺を見た。
「<竜冠>!!」
すかさずに駆け出して自己強化のアーツを発動させる。
「<イグナイト>!!!」
ナギナタを手放さない限りは避けることなどできない。仮に手放した場合は俺を倒すことが難しくなる。どちらにしても自分が不利になる二択を迫られて、ネロは強く逡巡するのだった。
迷っているネロを俺は思いきり斬り付ける。
<竜冠>アーツによる威力の上昇に加えて直接攻撃力の高い斬撃アーツ<イグナイト>を重ねた一撃だ。
逃れようのない斬撃を受けてネロは悔しそうに目を瞑る。
ハルの体が光に包まれて消失する寸前に彼の体からナギナタが溢れ落ちた。
落ちたナギナタが地面に触れて弾けて消えるのと同時にネロの体も同じように光と共に砕け散る。
「はー、死ぬかと思った-」
両手両足を投げ出して戦いの舞台の上で大の字になって仰向けに寝転んでいるハル。そんなハルのHPは僅かに数ドット残るのみとなっていた。
乱暴に兜を外したハルは勝利の安堵と喜びに頬を緩ませている。
俺もほっと胸を撫下ろして寝転ぶハルに称賛の視線を向けているとディアスやネロとは異なる光が包み込む。
次の瞬間、俺たちは元の控え室へと転移したのだった。
ユウ レベル【21】
武器
【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。
習得スキル
≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
≪竜冠・1≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】
残スキルポイント【1】
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