闘争の世界 ep.34 『本戦初日の最後の試合は』
自分たちの試合を終えてから一時間ほど経った頃。
勝ち残ったプレイヤーによって行われる本選初日の最終戦。その舞台に俺は、正確には俺たちは立っている。
本戦準々決勝の形式はプレイヤー二人組同士によるタッグ戦。
本戦として行われた最初の試合は勝ち抜き戦で次が代表戦、そして今がタッグ戦。まるで一戦ごとに戦う人の数を増やしていっているかのよう。このゲームが正式稼働して間もない公式大会で、且つ参加しているのが公式から招待された人たちのみというデモンストレーション的な大会であることを思えば戦う方式を毎回変えているのはそういったやり方ができるのだと宣伝の意味も含まれているのだろう。
勝ち上がる毎にプレイヤーの数が減り、行われる試合の数も減っていく。
常に二番三番目の試合になっていた自分たちの試合も今や最初の試合だ。
戦いの舞台の大きさはこれまでと何も変わらない。これまで自分と相手二人のプレイヤーしか立っていなかったその場所に今は四人のプレイヤーがいる。
自分の隣にはハルバードを携えたハル。向かい側には対戦相手である二人のプレイヤー。一人は正体不明の文字と紋様が刻まれた大剣を持った女性。もう一人は赤く塗られた長い棒の先に青竜刀のような刃が取り付けられたナギナタを持った男性。同じパーティだからだろうか、似た色合い、似た意匠が込められた軽鎧を装備している。
上空に浮かんでいる左右に二つずつ四人分のHPゲージに付随する名称が見える。
女性の名前は【ディアス】。
男性は【ネロ】。
二人は戦意を漲らせて自分たちと向かい立っている。
「よっしゃ。勝つぞオレたち!」
隣に立つハルが兜を被ったまま言ってきた。
「ああ。ここで負けるわけにはいかないよな」
頷いて答えた俺は試合が始まっていないために頭が露出したまま。
ディアスとネロの二人が頭部に装備しているのは兜の類ではなく、鉢金のような防具。鎧と同じで銀色の金属色が剥き出しのそれはよく磨かれて一部が鏡のように輝いている。
俺たちが様子を窺っているのと同様に相手の二人も俺たちのことを観察しているようだ。
ピッと空中に浮かぶ数字の“10”。試合開始を告げるカウントダウンが始まった。
瞬時に出現する兜が俺の頭部を覆い尽くす。
「先に行くぞ!」
「はい。任せます」
ネロがディアスに告げて先制攻撃を行った。
「来るぞ!」
カウントダウンがゼロになった瞬間に行われるネロの攻撃を見てハルが叫んだ。
先陣を切ったのはナギナタを構えて走るネロ。
切っ先を地面に向けて下げたまま突進してくるネロに合わせて飛び出したのはハルだ。ナギナタとハルバードとでは武器としての重さが異なるがそれを扱うプレイヤーの能力値もまた異なる。ハルの突進はネロに比べれば速度は劣るが威力は高い。
二人が振るう武器の切っ先がぶつかり合ったその瞬間、突きの威力が拮抗しているかのように衝撃波が迸る。
ギリギリと押し合いをするネロとハル。
「油断大敵ですよ!」
「まさか。油断なんてしていないさ」
衝撃波を間近に受けても一歩も引かない二人を余所に今度は俺とディアスが激突することになった。
一般的な片手剣よりも刀身が長い閃騎士の剣であってもディアスが振るう大剣に比べれば細い。驚くべきはディアスはそれをまるで軽い短剣であるように振るってくるのだ。
「速いっ!?」
軽々と振り上げて打ち付けてくる。
立ち止まることなく軽快に回避しようとしたのに自分の予測を超える速度で振るわれる大剣を前に俺ができたのは閃騎士の剣を打ち付けての防御だけ。
「せやっ」
完全に振り下ろされる前に停止させた大剣を強引に払い退ける。
「甘いですっ!」
重力と攻撃の勢いをそのままに返す刀で回転斬りを放ってくるディアス。
「どうかな?」
再び迫る大剣を前に俺は余裕の笑みを浮かべて上半身を仰け反らせて回避するのだった。
鼻先を掠めるディアスの大剣。
握る閃騎士の剣の刀身の向きを変えて身を起こすことなく振り上げた。
「ふっ、器用ですね」
今度はディアスの鼻先を閃騎士の剣が掠めた。
「まだだ。まだこれで終わりじゃないぞ」
「でしょうね」
二人が振るう剣は相手にダメージを与えることなく空を切った。
体勢を整えた俺と大剣を持ち直したディアス。
立っている位置的にはどちらの攻撃が直撃してもおかしくはない。
視界の端ではハルとネロがそれぞれの武器を使い共に無数の突きを放っているのが見えた。
「今度はこっちから行くぞ」
「いいでしょう。迎え撃ちます」
宣言してから攻撃を行う。
本来は必要としない宣言だ。むしろ自分の攻撃の起点を相手に知らせることはマイナスでしかない。しかし敢えてそう言葉が出たのは対峙しているディアスと剣を結ぶことが殊の外楽しく感じられていたからだ。
視線と体の微妙な動作でフェイントを誘う。
それはディアスも同じ。
大剣という閃騎士の剣に比べれば取り回しの利かない武器だからこそ、彼女の爪先の方向、視線の動き、体の向きなど、ありとあらゆる一つ一つの微妙な挙動がこちらの攻撃を誘う罠であり、自分の攻撃に対する予備動作となっている。
「くっ」
思わず声が漏れる。
じりじりと間合いを詰め合う俺とディアスはハルとネロの攻防に比べればかなり地味に映っていることだろう。それでもこの読み合いを放棄するわけにはいかない。どうやら目の前にいるディアスというプレイヤーは獲得したスキルやアーツによる攻撃を得意とするプレイヤーではなく、通常攻撃を主軸に据えた自身の技で相手を制するタイプのプレイヤーであるようだ。
「来ないのですか?」
「そっちこそ」
「成る程。確かにそうですね。では、遠慮無く!」
「――っ!?」
挑発とも警戒とも取れる言葉を交わしている最中、大剣の切っ先を下げたままディアスが前に出た。
思い切りの良い彼女の動きに俺は思わず後ずさりしてしまう。そのことでディアスに大剣を振るえるだけの時間を与えてしますと知っていたはずなのに。
「<岩石割り>!!」
ディアスの大剣にアーツの光を宿る。
大技に頼ることなく堅実な攻めをしてくるものとばかり思っていたせいで一瞬虚を突かれてしまった。
相手を侮っているつもりなどなかったのだが、最も効果的だと思われるタイミングを決して逃すことなく的確に狙ってこられたことに驚きもした。
大剣を振り下ろす形で繰り出されるアーツの一撃。
その先には動けない俺がいる。
「どうする!?」
声に出すことで強引に頭を動かす。
おそらく左右に避けようとしても光る大剣は俺を追いかけて来ることだろう。ならば大きく後ろに下がって回避するべきか。いや、あの大剣の長さを思えば完全に避けきれるとは思えない。残されたのはただ一つ。前に出ることだけ。
意を決して大剣が俺の頭に振り下ろされる前にディアスの近くに行けるようにと飛び出した。
「ふっ」
短く息を吐いてディアスが大剣を振り下ろした。
不格好になりながらもゴロゴロと転がりながらディアスを通り過ぎる。
俺が立っていた場所には大きな亀裂が、振り下ろされた大剣によって刻まれた。
「<マグナ>!」
目には目を、歯に歯を、そしてアーツのにはアーツを。
閃騎士の剣を使って攻撃するには近すぎる相手には≪格闘・1≫の攻撃が適当だ。
大剣を振り下ろした状態では防御も回避も間に合わないはず。
勢いよく輝く拳を突き出した俺の目が捉えたのは先程の自分のように余裕綽々な態度を崩さないディアスが浮かべる笑みがあった。
ガギンッと大きな音が響く。
ディアスは大剣を引いて防御するのではなく、自らの体を大剣の元へと引き寄せることで回避しようとしたのだった。
しかし、俺の拳は多少移動したくらいでは狙いを外してしまうことはない。適宜相手が立つ位置に合わせて拳の向かう方向を微調整することができる。当然追尾できる距離の限界は存在するが、現状の位置取りを思えば決して追えないような距離ではない。
だというのに俺の拳が打ち付けたのは硬いディアスの大剣の腹だった。
「やりますね」
体を大剣の陰になるように滑り込ませて称賛の言葉を贈るディアス。
「そっちもな」
戦いはまだ始まった始まったばかり。
ハルとネロが繰り広げているナギナタとハルバードの激突。時に突き、時に斬り、時に打ち付ける全ての攻撃はどれも相手に確実なダメージを与えるために放たれているもの。
しかし、この戦いの舞台の上に立っている誰にも大きなダメージは見られない。
単純に実力が拮抗しているという話ではない。装備の能力値、キャラクターの能力値、ありとあらゆる数値の程度が拮抗している証だ。
「さて、どう切り崩すかな」
小さく、近くに立つディアスに聞こえないように兜の奥で呟いていた。
ユウ レベル【21】
武器
【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。
習得スキル
≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
≪竜冠・1≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】
残スキルポイント【1】
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