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闘争の世界 ep.33 『決着、代表戦』


 打ち合い。そう、これはまさしく打ち合いだ。例え駆ける足を止めることもなく動きながら剣を打ち付けあっているとしても。

 小手先の小細工は必要ない。

 ただ全身全霊で目の前の相手と剣戟を結ぶだけ。


「いいね。やっと覚悟を決めたみたいだな」

「ああ。忘れていたよ。これはそういう戦いだってことをさ」


 鍔迫り合いをしながら、互いの顔が近付けた瞬間に言葉を交わす。

 兜の中に隠れて見えない笑みを浮かべる俺とサベッジは互いを押し合って相手を強く押し退けた。

 開く距離に呼吸を整えて次の激突に備える。

 攻撃のタイミングを窺っているのはサベッジも同じみたいだ。


「そうさ。これは試合だ。モンスターとの戦闘なんかじゃない。忘れてはいけなかったんだ。俺が相手にしているのはゲームシステムが作り出したプログラムに従って動く存在なんかじゃくて、意思を持った人間だってことをさ。それに、相手がどんなに強力な力を持っていようとも逃げ出すことはできない。それが真剣勝負、この試合だということもね」

「今更だな」

「そうさ。今更さ。けど、俺が気付いたのはそれだけじゃないぞ」

「…ほう」

「現状、プレイヤーが手に入れてきた武器や防具、鍛え上げたレベルに獲得したスキル。そこに違いはあっても大きな差が生じているわけではないってこともだ」


 自然体で鬼灯を構えるサベッジが獰猛に口を歪める。


「どうかな。仮にお前が言うように装備やスキルの能力に違いが無いとしても、プレイヤー個人の技量には大きな隔たりが生じるのは至極当然のことだろう」

「ああ。そうかもな!」


 動きを止めたサベッジに目掛けて突っ込む。

 切っ先を地面に向けていた閃騎士の剣を射程距離に入った瞬間に鋭く振り上げた。

 振り抜かれる閃騎士の剣をサベッジが持つ鬼灯が受け止める。

 押し込もうとしてもビクともしないサベッジに俺は咄嗟に拳を握り≪格闘≫スキルのアーツ<マグナ>を呟き突きを放った。

 アーツの光を宿す俺の拳に一瞬驚きながらもサベッジは自らの腕で受け止めた。


「ぐっ」


 呻くサベッジ。

 アーツによって威力が高まった拳を受けるには防具を纏っているだけの状態ではダメージを相殺することはできなかったようで、戦いの舞台の上に浮かんでいるHPゲージが僅かに減少した。


「だとしてもさ、アンタはそうじゃないだろ」

「何?」

「俺にはアンタの強さがリアルの技量よりも装備の能力の影響の方が大きく出ているように見えるぞ」


 敢えて挑発するように告げる。

 先の試合の時と装備を変えたのは対策が取られないようにするためなのだろう。

 そして、この俺との試合に勝ったとしたら、次の試合でも装備を変えるかも知れないと相手に迷いを抱かせるためなのだろう。

 たった二つの性能が異なる装備。選択肢としても僅かに二つ。しかし、一度しかない本戦の激突ではその二つの選択肢は対峙する相手に心理的なプレッシャーを掛けることになる。

 俺が見た限り、先の装備は高い防御力と攻撃力が特徴的な装備。そして今は走り回る俺と同じように打ち合えていることからもそれなりに機動性が高い装備を使っているのだろう。

 正直、よくここまでにそれだけの装備を集めることができたと感心するが、実際俺にとってはどちらの装備を使ってこられても初見の相手と戦うことには変わらず、また俺にできる戦い方に変化が訪れるわけでもないことからも、そこまで戸惑いを感じることはなかった。

 奇術でいえばまだ種を仕込んでいる段階。それが花開くのは次の試合になってから。

 限られた戦いの舞台の上を駆け回っている間に冷静になれたことでそう思えるようになった。


「言ってくれるな」


 若干の苛立ちを滲ませながらサベッジは拳を突き出した俺を鬼灯を使い閃騎士の剣ごと後ろに弾き飛ばした。

 想定外の強い力に思わず下がった俺に追撃の刃が迫る。

 体勢を崩し掛けた俺は咄嗟に地面に手を伸ばし、空の左手で地面を強く押した。その反動で上半身が起きて、迫る鬼灯を閃騎士の剣で受け止めることができたのだ。


「ハアッ」


 小さくぶつぶつと俺が聞き取れないほどの声でアーツ名を呟きながら鬼灯を振り回すサベッジ。

 一見乱雑に見えるその行動も全て自分を捉えた攻撃に他ならない。

 直撃しそうな軌道の攻撃だけを冷静に見極めて捌きつつ、適宜反撃を行う。

 どうしてだろうか。最初に対峙したときに感じていたプレッシャーは既に何も感じない。

 相手の装備が自分が使っているものよりも上である等と認めるのは癪ながらも、最初からそういう相手なのだと思えば戦い方に迷いが生じることはない。

 他は一般的なプレイヤーと同じなのだ。

 HPゲージという上限が存在し、使える技もまたアーツというシステムに組み込まれているものだけ。

 後は本人の戦い方。技の使い方や戦況の見極め方が勝敗を分ける。

 鬼灯を振り回す度に自ずと過熱しているサベッジを前に俺はどんどん冷静になっていくのを感じていた。


「くっ、器用な真似を…」

「だろ」


 ニヤリと笑みを浮かべる俺と対峙しているサベッジは兜の奥で唇を噛み忌々しげに呟いた。それもそうだろう。アーツの光を絶やすことなく攻撃を続けているというのにも関わらず、サベッジが繰り出す斬撃は一度として俺にクリーンヒットすることがないのだから。

 当然捌ききれずに攻撃が俺を掠めるときも、直撃では無いが体の端々にサベッジの攻撃が当たることもある。そしてそれが与えるダメージは直撃したときに比べて減少しているとしても俺のHPゲージを削ることはできていたのだが、目の前のサベッジはそれを冷静に認識することができていない。


「何を笑っている……?」


 表情が兜に隠れているのは俺もサベッジも同じ。しかし、こうして正面から対峙してみるとその奥でどのような顔をしているかは、何となくだが伝わってくるものだ。

 だからこそ俺は冷静になれたその瞬間から兜の中でも余裕そうな表情を作ることを心懸けていた。

 言葉に出すことはなく態度だけで自身の優位を見せ付けるように動く。

 そんな俺の態度が気に障ったのだろう。サベッジが振るう鬼灯の勢いが増した。

 思わず、狙い通りだと笑みが漏れた。

 冷静さを欠いてしまえば攻撃は荒くなる。荒くなればなるほどに俺は防御も反撃も容易になる。

 当初こそ振り抜かれた鬼灯の最も威力が高い位置で受け止めていたが徐々に自分に有利な位置でサベッジの攻撃を受け止めることができるようになっていた。

 次第に攻撃の出始めを潰すことも成功し始めた。


「ぐっ、この……」


 思うように攻撃ができなくなったことで強く苛立ちを募らせ始めるサベッジ。

 自身が圧倒的に有利だった先の試合のときに見せていた態度と今のサベッジから覗える雰囲気には違いが見られる。どちらが素の彼なのか。そんなことを考えながら閃騎士の剣のを振り続けているとより一層怒りを覗かせたサベッジが力任せに鬼灯を振り下ろしてきた。


「鬱陶しいわ!」

「のわっ!?」


 アーツの光が見える。

 どうやらサベッジが繰り出した振り下ろしはアーツ攻撃のようだ。閃騎士の剣を横に構えてその腹で鬼灯を受け止めた。

 想定外の重さに思わず片膝を付いてしまう。それでも鬼灯の刃は俺に届かない。


「くそっ、これも耐えるか」

「当然だ」


 文字通り目の前で止まった鬼灯の刃を両手に力を込めて押し上げる。


「アンタが最初の感じだったならもう少し手こずったと思うよ」

「どういうことだ?」


 さて、どう答えるべきか。正直に冷静な戦い方をしていたときの方が怖かったと伝えるべきか。それとも。


「さあな。自分で考えてみるんだな」


 もし正直に答えて冷静に戦われる方が面倒だ。誤魔化す次いでに挑発を試みる。


「ふんっ」


 大凡俺の予想は外れサベッジは鼻を鳴らすだけに留めた。

 サベッジが俺を押し潰さんと鬼灯を持つ手に力が込められる。

 このまま押し合いを続けているとサベッジは冷静さを取り戻してしまう気がする。そうなる前に決着を付けたほうが良さそうだ。

 閃騎士の剣を支える片方の手の力を抜いて刀身を傾けることで鬼灯を滑らせて力の向きを変える。

 刀身の腹を滑って空振る鬼灯を避けるように跳んでサベッジの後ろに回り込む。

 急に拮抗していた閃騎士の剣が消えたことで前のめりになって体勢を崩したサベッジが後ろに回り込んだ俺に振り返った瞬間に≪闘士剣≫スキルで使えるアーツ<イグナイト>を発動させる。

 光を帯びて威力を増した斬撃が鎧の上からサベッジの背中を斬り裂く。

 ダメージは最大HPの三分の一程度。直撃したとはいえたった一度の攻撃でしかないためにサベッジを倒しきるまでには至らない。それでもたった一度の攻撃だったと思えば十分な威力だったと思えなくもないが、このまま試合が長引けばいつまで自分が優位に立てていられるかわからない。ならばこのタイミングで強く攻勢に出るべきだろう。

 閃騎士の剣を握り直して再び<イグナイト>を発動させて攻撃する。

 連撃と言えるほど攻撃が繋がっているわけではないが、サベッジが攻撃を受けた直後に生じる隙を狙えば攻撃を直撃させ続けることができるはず。

 しかし俺の思惑はサベッジが装備している防具の性能と彼自身が持つ技術によって外されてしまう。

 振り抜いた閃騎士の剣はサベッジを捉えながらも外れてしまい、その体を掠めるだけだった。

 与えられたダメージは直撃に比べると少ない。だが、それでも攻撃の手を緩める理由にはならない。

 続けて何度も何度も閃騎士の剣を振るう。

 今度はアーツと通常の攻撃を織り交ぜながら。

 徐々に均衡を取り戻し始める戦いに俺は少しだけ焦りを感じ始めていた。均衡が取れたということはそれだけサベッジが冷静さを取り戻してきたという証。自身の剣が相手の剣を打ち払い、終ぞ直撃することはなくなった。


「残念だったね」

「そうでもないさ。勝ち筋は見えているからな」

「だったら勝ってみろよ」

「そうさせてもらうさ」


 言葉を交わしながらも振るわれる剣の勢いが増していく。

 立ち止まり、時には移動しながら打ち合う。最初と異なるのは攻撃の狭間に大きなダメージを与えられる攻撃が織り交ぜられていること。

 これまでにないほどガリガリと削れていく二人のHPゲージ。

 斯くして徐々に減っていったHPは半分を切り、遂にあと一撃、アーツ攻撃が直撃したら終わるまでになった。

 互いに追い込んで、追い込まれている状況。俺は勝利を掴むために覚悟を決めた。


「<竜冠(りゅうかん)>」


 時間の限られた自己強化のアーツを発動させる。

 見た目からも変化のある<竜冠>にサベッジも俺がけりを付けようとしていることに気付いたのだろう。問題なのはサベッジがそれを受け流して、強化が終わった瞬間を狙うか否か。

 自分がサベッジの立場だったらどうだろう。安全策を取って相手の強化が終わるのを待つだろうか。強化効果の持続時間を把握しているのならばその選択肢もあり得る。だけど、知らない場合は。

 閃騎士の剣を構えている俺の目に映ったのは好戦的な目で攻撃を仕掛けてくるサベッジの姿だった。

 効果時間が限りなく短い<竜冠>だからこそ発動から攻撃までのタイムラグは限りなくゼロにしたい。それならば接近戦用のアーツ<イグナイト>を使うよりも≪砲撃≫スキルによって使用可能となる中遠距離用のアーツ<シーン・ボルト>を使うべきだ。

 アーツ発動直後に駆け出して、サベッジに最接近するまでの間にも<シーン・ボルト>を放つ。

 突然の遠距離技に回避も防御も間に合わなかったサベッジは残されたHPを大きく減らしてしまう。しかしこれで倒しきれなかったことは俺にとっては不運でしかなく、サベッジは背水の陣だと言わんばかりに力強く一歩を踏み出して鬼灯を振り上げた。

 上段からの振り下ろし。それがサベッジが使用するアーツの威力を最も高めることができる攻撃なのだろう。

 <竜冠>の効果が切れるまで僅か一秒。現実でも仮想でも何をするのでも短すぎる時間だが、この瞬間においては十分すぎる時間だ。

 振り下ろされる鬼灯が俺の頭を割ろうとする刹那、振り抜かれた閃騎士の剣の刀身に宿る<イグナイト>の光が流星の如く駆け抜けた。


「――っ。ばかな」


 兜の奥に驚愕の表情を浮かべたサベッジはその手から鬼灯を放してしまう。

 カランッと音を立てて硬い地面に落ちた鬼灯の刀身に宿っていたアーツの光は消えてしまっている。

 瞬間、サベッジの全身が光に包まれた。

 光が弾け、無数の粒子が舞い上がると既にその場にはサベッジの姿は残っていない。

 静寂が訪れ戦いの舞台に立っているのは俺だけ。

 勝者が決まった瞬間だった。



ユウ レベル【21】


武器


【閃騎士の剣】――とある極東の剣を学んだ亡国の騎士が携えたと言われている剣。白銀に輝く刀身は命無き者を葬り去る。


外装防具


【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。


内部防具


【成竜の鎧】――成長を遂げた竜が身を守る鱗の如き鎧。成竜の脚は数多の地形に適応する。


習得スキル


≪闘士剣・1≫――<イグナイト>発動が速い中威力の斬撃を放つ。効果は攻撃が命中するまで持続する

≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。

≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。

≪竜冠・1≫――<竜冠>自身の背後に竜を象った紋様を出現させる。紋様が出現している間は攻撃力が増加する。効果時間【スキルレベル×3秒】


残スキルポイント【1】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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