闘争の世界 ep.26 『勝つのはおれだ』
膠着する戦闘の均衡を崩すためにハルが行ったのは自分の戦い方を変えることだった。
ハルバードを長槍のように使っていたこれまでとは異なり、今はハルバードの柄を刃に近しい場所で持って謂わば戦斧のように操っている。
攻撃のリーチが短くなってしまい一見不利に思えるも、実際に対峙しているサンゴからしてみれば自分の得意な距離で戦えていた時に比べて今はハルの攻撃の威力が最も高まる位置で攻撃を受けなければならなくなっていたのだ。
それだけじゃない。攻撃と攻撃との間隔すらもこれまでとは違うリズムを取り始めていた。サンゴにとっては戦闘が始まって今に至るまでずっとハルと同じ感覚で戦えていたからこそ慣れてしまったのが裏目に出たとも言える。
より近く。
より短い間隔で。
素早く攻撃を繰り出しているハルがサンゴを圧倒し始めたのはそれから程なくしてのことだった。
如何に自分の拳に自信があろうともハルが繰り出すハルバードの攻撃にまったく怯んだりしないなんてことはありえない。現実では無くとも目の前に刃物が迫れば人は自ずと怯えてしまう。一歩踏み込みが甘くなり、一手行動が遅れる。
「<連なり穿ち>」
ハルバードの柄を短く持ったことでより早く繰り出すことができる連撃のアーツ。スキル≪戦斧・3≫で使えるようになるアーツだ。
柄の長い武器の石突きによる連打とは異なり、それは刀身部分による連続した斬り付け。
拳を保護する手甲があるとはいえ、幾度となく繰り返される斬撃を全て受けきることなどできやしない。次第に守り一辺倒になってしまったサンゴは手ではなく腕でハルの攻撃を受けるようになり、防具の腕部分には無数の傷が刻まれていった。
「ええぃ、鬱陶しい!」
痺れを切らしたように無闇矢鱈と腕を振り回すサンゴ。
攻撃でも防御でもないその行動は容易くもハルによって払われてしまう。
サンゴの腕が自分の意思に反して振り上げられてできた隙をハルは的確に狙ってハルバードを真横に振り抜いた。
「痛っう」
胸を横一文字に切られたサンゴが思わずに膝を折る。
刻まれたダメージエフェクトが数秒で消えた胸を掴んだ手とは反対側の手で追撃を試みるハルを殴り付けた。
下から上に昇るアッパー攻撃。
「そんな攻撃は当たらないさ!」
万全の状態、万全の態勢で繰り出されていたのならば強打になることが確実な一撃であっても、膝を付き、がむしゃらに繰り出しただけではそこまでの脅威は感じない。
挑発する意図はなく、ただ宣言しただけのハルの言葉を受けてサンゴは表情を険しくする。
軽い身のこなしで避けるのではなく、ハルバードの刀身で受けて弾き飛ばした拳がまたしても宙に浮く。
「<連なり穿ち>」
再度連続斬りのアーツを発動させるハル。
一振りごとにサンゴに近付いていき、ガードする間すら潰しにかかったハルにサンゴは遂に完全に防御を崩されてしまった。
両腕が開き、無防備な体が晒される。
自らの手で作り出した致命的な隙はハルに勝利のチャンスをもたらしたのだ。
「<突き抜け>」
長い武器で使えば威力を一点に集中させた突きのアーツだが、柄を短く持ちハルバードを戦斧のように使う今の状態ならばそれはある意味で打撃技にも成り得る。当然穂先に刀身があることで当たれば斬ることができるのだが、それでも強打を目的として放つことができる。
回避も防御も間に合わない。
出来ることと言えばこの一撃で自身のHPゲージがゼロにならないことを祈るだけ。
敢えて突きの威力を殺さずに後方に吹き飛んでみせたサンゴは受けたダメージによって減っていく自身のHPゲージを見つめ続けた。
「……っうう」
地面を滑り止まった体をゆっくりと起こす。
HPゲージの減少は止まった。残り僅か数ミリだとしても生き残った。そう心の内で安心するも束の間、自分の息の根を止める死に神の鎌が自分の首に掛けられていることをサンゴは理解した。
再び柄を長く持ち替えたハルバードの刃が目の前にまで迫っていたのだ。
「しまっ――」
狙いはサンゴの頭。
動きを止めてしまっているサンゴにそれを避ける術はない。
キャラクターの頭を刃物が貫くなどという凄惨な光景は実現しない。
大きな火花が弾けるようなライトエフェクトがサンゴの顔の前で弾け、同時にハルが突き出したハルバードの穂先にも同様の光が迸った。
決着はサンゴのHPゲージの消失と共に告げられる。
初めからそこにはいなかったかのように舞台から姿を消したサンゴの向かい側でハルはふうっと溜め込んでいた息を吐き出してハルバードを軽く横に振り抜いた。
まるで剣の刃に付いた血を振り払うかのような動きをしたハルは舞台の上で息を整えている。
視界に見える自身のHPゲージは減少したまま。それだけではない。アーツを使って減ったMPも回復することはない。
「このまま次の対戦が始まるのか?」
誰も居ない虚空に向けてハルは独り言ちた。
当然のように帰ってくる言葉はないが、その代わりに見慣れた転送の光が舞台の端に現われた。
「あれが次の対戦相手ってことか」
光によって導かれて現われたのはサンゴとは大きく異なる見た目をした騎士だった。
光沢のある銀の鎧を身に纏い、腰から提げられているのは一振りの剣。背中で風に靡く真紅のマントには金色の糸で何かの紋様が刺繍されている。
顔を隠すヘルムは無く、頭部に備わっているのはまるで装飾品とも見紛うようなサークレット。マントと同じ真紅の宝石が埋め込まれているサークレットを身に付けているその姿は姫騎士のよう。
鎧によって体格は隠されているが、美麗な顔つきと金糸のように滑らかな金髪が目立つその人が転送を終えた瞬間に徐に口を開いた。
「素晴らしい戦い振りでした」
「お、おう。ありがとう」
「ですが、今回は私が勝たせてもらいます」
ハルを称える言葉を投げかけたその者の名は【マルバツマル】。仲間からは【マルバ】という愛称で呼ばれている彼女はにこやかにハルを見ている。
数メートル離れた場所に立つマルバは流麗な動作で鞘から剣を抜き去った。
鎧と同じように銀色に輝く剣の切っ先をハルに向けるマルバ。彼女を見てハルは兜の奥でふっと笑みを浮かべる。
「いや、今度も勝つのはおれさ」
豪胆にも宣言してみせるハルにマルバは一瞬だけ驚きの表情を浮かべた。
『両者、前へ!』
どこからともなく聞こえてきたアナウンスの音声に従ってハルとマルバがゆっくりと舞台の中央へと歩いて行く。
『両者、準備は宜しいか?』
一定の距離を開けて立ち止まった二人は声に頷き返す。
『試合、開始!!!』
初戦のダメージを残すハルと万全な状態のマルバによる二戦目の火蓋が切って落とされた。
ハル レベル【23】
武器
【青流のハルバード】――凄まじく速い水の流れすら両断するとされているハルバード。その刃先は水を受けて切れ味を増すという。
外装防具
【闘士の全身鎧】――熟練の闘士が纏っていたとされる鎧。しなやかで硬いその装甲はあらゆる攻撃を受けても形を崩さない
内部防具
剛猿の鎧――群れの長を長年勤めた大猿の毛皮を使った鎧。並大抵の火では焦げ目すらつかない。
習得スキル
≪ナギナタ・6≫――<乱れ突き>使用する武器の能力によって繰り出す回数が異なる連続突きを放つ。
≪――・―≫――<――>
≪棒・1≫――<突き抜け>長い棒の先端で威力を高めた突きを放つ。
≪戦斧・3≫――<連なり穿ち>戦斧の強固な刀身による連打を放つ。威力は武器が硬ければ硬いほど上がる。
残スキルポイント【0】
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