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迷宮突破 ♯.21

 第八階層を進むにあたり警戒することが一つ増えた。


 それは正体不明の何か。


 そもそも悲鳴を上げたプレイヤーがいたかどうかもわからない、その後どうなったのかもわからないというのに警戒し続けるというのも無理な話だ。けれど無警戒で進むにはあまりにも危険な道行きになってしまったことも事実。


「あの悲鳴、どう思う?」


 モンスターの姿を見つけては戦い、先に進む。


 この階層三度目の戦闘を終えたハルが問い掛けてきた。


「なあ、俺たちが死んだらどうなるんだ?」

「それはモンスターの消滅なんかと一緒よ。傍から見た感じでは光の粒となって消えるけど、実際は元の町に戻される」

「で、再び戻ってくる方法は無い、か」


 溜め息が出てしまう。


 一度の敗北がリタイアに繋がるというのに俺たちはここで何が起きたのかさえ掴み切れていない。


 せめて知りたい。ここで悲鳴を上げた誰かがいたとして、それを襲ったのはモンスターなのか、そうでないのか。


 モンスターならどんな奴が、違うのなら一体なにがやったのか。


「この先、別れ道になっているみたい」


 立ち止まった先には三つの扉がある。マップを見る限りそのどれもが先に続いているようだ。


「……どれを選べばいい?」


 確認出来るのは道が続いているということだけ。度の扉がゴールに続いているかはここからじゃわからない。


「右かな」

「俺も賛成だ」


 どれが正解かわかっていない状況でリタの意見にハルが賛同していた。


「よし。開けるぞ」


 ドアノブを回し扉を開ける。


 扉が完全に開ききったその瞬間、迷宮の壁に掛けられた松明に一斉に炎が宿った。


「……これは」


 炎に照らされた道を進むと、そこは広場になっているわけでも同じような道が続いているわけでもない。


 天井が崩れ壁に積み上げられていた石が乱雑に積み上がって別の壁を形成していた。


「これじゃ、進めないよな」

「だねー」


 マップではこの先に道が続いているというのに、俺たちは呆然と立ち尽くすしかない。


 誰かの手によって崩されたのだとするのなら、それはその誰かがマップすら破壊できる程の何かを持っているということになる。


「戻るか」

「……だね」


 仕方なくUターンして三つの扉が向かい合う場所に戻っていく。


 今度は正面の扉を選び開く。すると再び壁に付けられた松明に炎が宿り辺りを照らした。


「……ここもか」


 正面の道を塞いでいるのは崩れた石壁ではなく、無数のモンスターの死体。HPが全損されれば消えていくはずのモンスターが何故死体となって存在していられるのか。


「でも、ここは行き止まりでいいみたいね」


 ここから先に続いている道は無い。なんの意味があって作られたのかすらわからない行き止まりだった。


「結局最後の扉が正解だったってことか」


 こういうものを選ぶ時、大概最後の一つが正解になっているのはお約束のようなもの。けれど実際に体験するとなるとただ無駄な時間を使ってしまったことに対する徒労しか残らない。


 三度扉の前に戻り、残る一つの左側の扉を開ける。


 今度は扉を開けたことで炎がつくのではなく予め壁にある松明が燃え盛っていた。


「どうやら左が正解だったみたいね」

「道が続いているようだからな」


 モンスターの死体も、崩れた岩壁もそこには無い。ただ無機質な石造りの道があるだけだった。


「なにもいないな」


 正解の扉の先では新たな戦いが待っている。そう思っていた俺は若干肩透かしをくらってしまったかのようだ。


 平穏無事に進むことなど出来ないと考えていただけにこの静けさが嫌に気になってしまう。


「出口よ」


 道の奥にはまた別の扉。今度はたった一つしかないだけに外れの道を選ぶ心配はなさそうだ。


 鍵の掛けられていない扉は容易く開けられる。


 次なる道に出た俺たちを待っていたのは無数のモンスターなどではなく、たったひとりのプレイヤーが二つのパーティを壊滅させるその瞬間だった。


「戻れっ!」


 目の前に広がる惨状にハルが叫ぶ。


 目を奪われているリタとマオがその声に反応して扉を閉めようとしたその刹那、俺は無我夢中で駆け出していた。


 体に宿る緑の光は速度強化の証。


 剣銃を剣形態に変形させて今にも振り降ろされそうな大鎌を受け止めていた。


「なンなンだよ。オマエはァ」


 大鎌を持つプレイヤーが新たなおもちゃを見つけた子供のように無邪気な狂気を向けてくる。


「もう、勝負はついているだろ!」

「あン? 違う、まだだ。ヤツらは生きてる。まだ勝負はついてねェ」


 速度強化のおかげで大鎌を防ぐことは出来たが、今だ押し付けてくる大鎌を受け切ることができていない。悔しいが、俺のATKはこのプレイヤーより低いようだ。


「おい! そこのアンタら。さっさと逃げろよ」


 視線を向けることすら出来ないまま叫んだ。


 いったいどれ程の人数が生き残っているかわからないが、少なくても一人はHPを全損させられてしまったようで、周囲に消滅時の光の粒が舞った。


 口々に言葉にならない悲鳴を漏らしながらも扉の向こうへ走り去っていく他のプレイヤーは一分と経たずにこの場から全員がいなくなった。


「ナニ逃がしてンだよ!」

「う、わっ」


 大鎌を横に寝かせ振り抜くと勢いをそのままに俺は扉のある方へと吹き飛ばされてしまった。


 壁に衝突してもHPがそれほど減らなかったのは僥倖だった。


「オラァ!」


 力任せに振り降ろされた大鎌が俺の頬を翳める。


 直撃したというわけでもないのに俺のHPがガクンと減った。


「……チッ」


 銃形態に変形させて狙いもつけずに撃つ。


 リロードを発動させる余裕もなかったせいで俺が撃ち出せたのはたった二発だけ。いとも簡単に避けられてしまったが、それでもこのプレイヤーと俺との距離を作ることは出来た。


「ハッ。いいねェ、もっと足掻いてみせろよ」


 俺の抵抗はこのプレイヤーを喜ばせるだけだったようだ。


 嬉々とした表情で大鎌を振り回すプレイヤーの攻撃を防ぐだけで精一杯、反撃する隙一つ見つけられないでいる。俺は回避しながら剣銃を再び剣形態に戻すと自分に直撃しそうな攻撃だけを受け止めた。


「――クッ、なんなんだ、アンタは!」


 剣銃と大鎌で鍔迫り合いをする俺は間近でこのプレイヤーと顔を突き合わせることになった。


「敵だよ。お前のなァ!」


 互いに押し合い、臨界点を超えたその瞬間、二人は大きく後ろに下がる。


 地面に膝をつきプレイヤーを睨む俺の先で、大鎌が大きな音を立てて砕け散った。


「……何だ?」


 装備は耐久度を減らすことで使えなくなる。それは剣ならば切れ味が落ちて相手を切ることができなくなるとか、魔法武器ならば魔法が発動しなくなるというものだと思っていた。まさか砕けてしまうとは。


 呆気にとられていると目の前のプレイヤーは興味が無くなった玩具を棄てるようになんの感慨も無く手に残った大鎌の柄を投げ捨てた。


「まだだ。続けようぜェ。この戦いを!」


 武器も持たず何を言うのかと疑問を抱いたが、その表情からは強がりを言っているようには思えない。


 俺の勘を証明するかの如く、プレイヤーがコンソールを操作する素振りを見せると次の瞬間には全く別の武器がその手に握られていた。


 その姿はまるで巨大なノコギリ。細かいギザギザの刃を持つ大剣が大きく開けたワニの口のように俺に襲い掛かってくる。


 受け止めるわけにはいかない。咄嗟にそう感じた俺は大きく跳びプレイヤーの攻撃を回避していた。


 深く抉られる地面がその攻撃力の高さを物語る。もし、受け止めていたなら剣銃の刃ごと俺の体が両断されていただろう。


「どうした? 逃げてるだけかッ」


 大剣を振り回すその姿は同じような大剣を使うリタのそれとは全く違って見えた。リタは大剣の重さを感じていないように軽々と振り回していたのに対してこのプレイヤーはその重さを活かして攻撃を繰り出しているかのよう。


 時折地面に刃がぶつかると火花が舞い散り、その衝撃で斬撃の軌道が歪む。


 それが回避の難度を跳ね上げているのをこのプレイヤーは気付いているのか。無意識なのだとしたらこのプレイヤーの戦闘センスは目を見張るものがある。


 大鎌の時より重さがある武器を使っているせいかこのプレイヤーの攻撃に僅かばかりの隙が生じていた。それは速度強化していなければ見落としてしまうほど僅かな隙。速度強化を示す緑色の光が消えてしまう前に俺は反撃に出る必要があった。


「はあああっ!」


 必死の思いで攻撃を避けながら繰り出した反撃はプレイヤーの纏う鎧を翳めそのHPを僅か数ドットだけ削り取った。


「そうだ、もっと、もっと来い! おれを楽しませろォ」


 もはや防御などするつもりがないかのようにプレイヤーは俺の目の前で仁王立ちになりギザギザの刃が付いた大剣を振り回していた。


 反撃に気を取られ過ぎていたのか俺はプレイヤーの攻撃を避けきれず少しづつHPを減らし始めた。


「おおおおおおおッ!!」


 一撃を受けてしまうことは覚悟の上で剣銃の刃を水平に構え突きを放った。


 鉄製の鎧を、その体をも貫いたと思ったその刹那、俺の視界を大剣が覆い隠した。


「いい反応だなァ、オイ」

「……はぁ、はぁ、はぁ」


 体に剣銃が突き刺さったままプレイヤーは口元を歪め地面に膝をついて肩で息をする俺を見下ろしている。


 咄嗟に剣銃から手を放さなければ間違いなく俺の頭は大剣で吹き飛ばされていたことだろう。


 生き残るために瞬時に適切な判断ができたと自分を褒めてやりたいが、武器を失っては最善の判断だったとは言えない。これから先どう戦えばいいのか、このプレイヤーには素手で勝てるとは到底思えない。


「アンタ、さっき何をしてたんだ?」

「あン?」

「それだけ強いのになんでまともにクリアしようとしないんだって聞いてるんだよ」


 俺たちがここに来た時、このプレイヤーは別の多くのプレイヤーに刃を向けていた。このゲームでは対人戦が可能なのは知っていたが、実際に行うそれはある種の腕試しのようなものだとばかり思っていた。だからこそあのような光景を生み出したその心理が理解できない。


「なにアツくなってンだ」


 胸から剣銃を引き抜きながら俺を嘲笑するかのような歪んだ笑顔を見せてくる。剣銃を動かす度に減少をみせるHPは完全に引き抜かれたその時に止まった。


 全体の三割程度のHPを削った剣銃は先程の大鎌と同じように投げ捨てられた。


「拾えよ。まだやれるだろ」


 足元に転がって来た剣銃を拾い上げると目の前のプレイヤーは満足そうに口だけで嗤い大剣を構える。


 俺も大剣を構えるプレイヤーも共にHPは半分以上残っている。それは俺が相手の攻撃の回避と防御に成功し、このプレイヤーの防御力が高いことを証明しているかのよう。


「……邪魔だ」


 剣銃に貫かれた所から広がるヒビが鎧全体に広がったことで鎧は防御力を失う。身に着けている意味を失くしたそれをコンソールを操作することなく直接外しそのまま地面に落し踏み潰した。


「さあ、続きだ」


 今にも襲い掛かって来そうだと身構える俺の目の前で不意に戦闘の終結を告げたのは初めて目にする現象だった。


 青い光がプレイヤーを包み込む。


 それは紛れもなく転送時に見られる光。


 近くに転送ポータルがなくコンソール操作すらしていないプレイヤーをこの光が包み込んだ原因はただ一つ。迷宮攻略に宛がわれた制限時間切れだ。


「オマエ、名前は?」


 光に包まれながらもプレイヤーが問い掛けてきた。


「ユウだ」

「ユウ、か。憶えたぞユウ。この続きは必ずする。忘れるな――」


 一際強い光がプレイヤーを中心に放たれると、次の瞬間には消えてしまっていた。



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