闘争の世界 ep.17 『最終予選にむけて~自己鍛錬②~』
「<ラサレイト>」
切っ先が届くまで引き付けてから素早くアーツを発動させつつ切り裂く。
光を帯びる振り抜かれた精錬された片手剣の傍でゴブリン・グレートが弾けるように光の粒子となって消えた。
最初にエンカウントした時の攻防ではゴブリン・グレートは強いのかもしれないと感じた。しかし、実際は纏う装備を使い熟しているというわけでもなく、寧ろそれに翻弄されているように見えるのだ。思い当たる印象としては自分のレベルに相応しくない装備を付けたプレイヤーだろうか。現時点のこのゲームではそこまでレベルと乖離した性能を持つ装備を付けているプレイヤーはいない。だが、俺は過去にそういう装備を着てまともに戦うことができていないプレイヤーを何人も目にしてきた。そうなのだとしたらゴブリン・グレートというモンスターは大して脅威に感じる存在ではないらしい。
視線を次のゴブリン・グレートに向ける。
残っているのは二体。その中でより近い位置に立つ個体が持つ手斧を振り上げてきた。
咄嗟に精錬された片手剣で受け、その刀身を滑らせるようにして攻撃をいなす。
そうして隙を作り出す最中、俺は<マグナ>という格闘アーツを発動させた。
拳に宿る光。それは自分が繰り出す打撃の威力を一度だけ高めてくれるものだ。
ガラ空きになったゴブリン・グレートの体を思いっきり殴り付ける。
到底素手とは思えないような打撃音が迸り、それと同時に拳に宿っていた光がゴブリン・グレートの腹で弾けるように広がった。
打撃を受けたゴブリン・グレートは吹き飛ばされることはなく、微かに後ろに押しやられただけ。しかし、それがもたらしたダメージは決して少なくはなく、先程精錬された片手剣で切り裂いた個体と同じように全身を光の粒子へと変えていた。
「逃がすかっ」
瞬く間というには多少大袈裟だが、複数体に襲われたにしてはそれほど危機感を抱くこともなく二体のゴブリン・グレートを倒した俺を見て残る一体が怯んだように踵を返し逃げ出していた。
このまま取り逃しても大して問題にはならないだろう。しかし、決して気持ちのいいことではないことも確かだ。
剣を水平に構え、その切っ先を向ける。
俺の口から出た言葉は<シーン・ボルト>。放たれる鏃のような砲撃は違うことなく去って行こうとしているゴブリン・グレートの背中を貫いた。
「こんなもんか」
消えるゴブリン・グレートを見届けながら独り言ちる。
モンスターを三体倒しただけでは自身のレベルは上がらない。
訪れているダンジョンに出没するモンスターの強さが現時点の自分の強さとそれほど乖離しているわけではないと思いながらも、圧倒することが出来てしまった事実に、少しばかりの驚きを感じていた。
「ひとまず先に進むかな」
俺がこのダンジョン挑戦に求めているのは純粋なレベルアップに対する経験値効率だけではない。モンスターとの戦いで自分に足りないものを知ることこそが主な目的だった。
システム上、俺が持てる手札の数はもう一つある。しかし、何度考えて見てもそれに何が相応しいのか分からなかったのだ。ならば実戦を熟しながら探したほうがいい。そうしてダンジョンに挑んでいるのだが、どうも上手くいかない。
とりあえず挑んだダンジョンは踏破してしまおうと考えてダンジョンの最奥に続く回廊を進んで行く。
俺はダンジョンに挑戦するにあたって一つの自分ルールを決めていた。それは一度挑んだダンジョンは必ず踏破するということ。挑戦してみて自己のレベルに合わないダンジョンだと判明した場合でも、それが攻略不可能なダンジョンでも無い限りはクリアするというように。
とはいえ、自分のレベルに合わないダンジョンを攻略するのは若干の作業感がある。出現するモンスターとの戦闘にも緊張感などなく、流れ作業のようにして戦闘を終わらせていった。
ここも同じなのだろうか。
ゴブリン・グレートという多少装備品が整っているモンスターだというのにも関わらず、実際に相対してみるとそれほど強くなっていないのは明らかだった。ドロップアイテムもたいしたものはなく、それこそ下位種のゴブリンのそれと似かよったものばかり。倒すことで得られる経験値も想像よりも増えてはおらず、物足りなさは拭えなかった。
「ん?」
道なりにダンジョンを進んでいると右側にぽっかりと空いた部屋のようなものがあった。
その中心にはあからさまな宝箱。木製で金属で縁取られているそれは何かしらのアイテムが入っているのだろう。
ダンジョンで見られる宝箱は見つけたプレイヤーが開ける権利を有する。
そして開けられた宝箱は次なる挑戦者の前に出たときには新たなるアイテムが収められているものだ。
だから遠慮することはない。
本来ならばここで少し考えるべきだったのかもしれない。
けれど、この時の俺はゴブリン・グレートという期待外れのモンスターとの戦いであまりいい報酬を得られなかったことがストレスに感じていたようで、警戒することもなく宝箱に手を伸ばしていた。
ガチャッと鍵が開けられるような音がして宝箱はゆっくりとその中身を覗かせる。
入っていたのは小さな薬瓶。その中身は紫色をした液体のようだ。
「アンチトード。解毒薬か」
薬瓶に対応して見えるメニュー画面の文言を読んでいく。
解除できる毒はそれほど効果の高いものではない。軽い毒ならば瞬時に、中程度の毒ならば徐々にその効果を打ち消すことができるもののようだ。
「ま、ないよりはマシか」
毒を使う相手ならば戦闘中でもそれを使う機会はあるだろうと俺は宝箱の中から解毒薬を取り去った。すると空になった宝箱はすうっと煙のように消え、次の瞬間、そこにはもう何も残されてはいなかった。
突然、バタンッと扉が閉まる。
慌てて振り返るとそこなかったはずの壁が唯一の入り口を塞いでしまっていた。
「罠か。だとしたら、これだけでは終わらないはず――」
咄嗟に精錬された片手剣に手を伸ばし、周囲を警戒する。
ただ俺を閉じ込めるだけという罠など意味が無い。逃げ道を防ぐ以上はここで俺を倒す何らかの仕掛けが施されているとみるべきだ。
息を殺して周囲の変化を窺う。
程なくしてそれはやってきた。
壁にできた無数のひび割れ。それを壁の内側から破るようにモンスターが這い出してきたのだ。
『リザードマン』
プレイヤーと大して変わらない身長、持っている武器はスコップらしきもの。蜥蜴の頭と尾。胴体は人のそれに酷似しているが、全身を覆う鱗のような肌と鋭い爪。泥の付いた襤褸を纏うそれらが同時に五体。
金色に見える爬虫類独特な縦長の瞳がギロリと俺を見た。
「来いっ!」
精錬された片手剣を構える俺に同じスコップを持つリザードマンが二体同時に襲いかかって来た。
リザードマンの動きは特出して速くはない。冷静に攻撃を回避できる程度だ。しかしスコップの一撃は存外に重く、簡単に硬いはずの床を抉り取っていた。
攻撃の直後に生じる僅かな隙を狙い俺は<ラサレイト>を発動させて攻撃を仕掛ける。
余程自分の体の防御力に自信があるのか、リザードマンは守る素振りを一切見せずに俺の攻撃をその身で受けた。
刀身に光を宿した一撃が正面のリザードマンの腕を切り裂く。
どうやら俺の攻撃はリザードマンに通用するようだ。
「おっと」
攻撃を受けたリザードマンに代わり、その後ろにいる別の個体が前に出てスコップを槍のようにして突きを放ってきた。
体を捻ってそれを避ける。
回避した勢いを利用して回転斬りを繰り出す。
案の定、アーツを発動させていない一撃は先程のそれに比べると若干威力が低い。それでもリザードマンの鱗を切り裂くことはできるのか、回転斬りを受けたリザードマンはその首筋に一本の切り傷が刻まれていた。
リザードマンの頭上に浮かぶHPゲージを見る。
俺の攻撃を受けた二体はその量の違いこそあれど確実にダメージを受けていることが分かった。
数回の剣戟とアーツの一撃によって倒されてしまっていたゴブリン・グレートに比べれば目の前のリザードマンというモンスターは耐久力という一点にだけ注視してもより強力なモンスターであることは間違い無いようだ。
四方八方から突き出されるリザードマンのスコップによる攻撃。
俺はそれを的確に避けながら隙を見つけては反撃を加えていく。
最初に入ったときに比べて広く感じる部屋の中で繰り広げられている戦闘は存外の緊張感を孕んだまま一つの終わりを迎えていた。
「<マグナ>!」
アーツを発動した直後に振り抜かれる俺の拳を受けて消滅するリザードマン。
残るは四体。
再び<マグナ>を発動して攻撃のタイミングを窺いながら精錬された片手剣を振るう俺に一体のリザードマンが蛇の威嚇音みたいな音を出しながら渾身の突きを放ってきた。
これまでのようにスコップを打ち付けて軌道を逸らそうとするのは悪手だと俺の直感が告げている。
ならば避けるしかないが、まるで追尾するようにその切っ先が俺を捉えて離さない。
素早く周囲を見渡した俺は自分が追われていることを承知の上で別のリザードマンが構えている所に向かい走り出した。
突然自分の方に向かってくる俺に若干システマチックな動きで攻撃を仕掛けようとしているリザードマンの横を全速力で駆け抜ける。
そしてその背後に回り込むと即座にアーツの光を蓄積したままの拳で思いっきり殴り付けた。
背中から加わる衝撃によろめく殴られたリザードマンはスコップを構え俺を狙い突っ込んでくるリザードマンに激突した。
モンスターにダメージを与えるのはプレイヤーの攻撃だけじゃない。確かにプレイヤーの攻撃に比べれば軽減されるが、それでも激突した二体のリザードマンには明確なダメージが入っていた。
ダメージを受けた二体がゆっくりとその身を起こす。
「<シーン・ボルト>!」
体勢を整えられる前に放たれた鏃の砲撃は至近距離にいる二体のリザードマンを同時に貫く。
立て続けに二体のリザードマンが弾けるように消滅した。
「あと、二体!」
持っているスコップを観賞用の鎧が持つ槍のように構えていた二体のリザードマンが突如、その柄の部分で地面を叩き始めた。
ダンッダンッと一定のリズムで打ち付けられるその音に反応するように、今度は部屋の天井に壁にできたものよりも遙かに大きな亀裂が入った。
ぱらぱらと極細の石の欠片が降り注ぐ。
ゆっくりと広がったその亀裂の向こうに大きな銀色の満月のような何かが見えた。
変わらず響き続けるリザードマンがスコップで地面を打ち付ける音。
いつしかそれが心臓の鼓動のように聞こえ始めてきた頃、天井に覗く銀色の満月が縮小してその向こうが闇に包まれた。
「<シーン・ボルト>!」
音を鳴らし続けているリザードマンをただ見ている必要は無い。
攻撃するには絶好の機会であることは間違い無く、俺は砲撃を放つ。
狙いを付けたその一撃はリザードマンの眉間を貫いていた。急所を貫くヘッドショット違わぬその一撃はリザードマンの一体を葬ることに成功していた。
しかし、残る一体は音を鳴らすことを止めない。
二体が同時に鳴らしていた時に比べて音量は減ったはずだというのに、どういうわけか俺は聞こえてくるその音がそれまでよりも何倍も耳障りに感じ始めていた。
精錬された片手剣の切っ先をリザードマンに向ける俺の頭上に、一際大きな天井の欠片が落ちてきた。咄嗟に避けた俺が立っていた場所に降り注ぐ大小様々な天井の欠片。
いつしか天井の亀裂は大きく開かれていた。
不意にリザードマンの手が止まる。
それと同時に天井から目の前のリザードマンに比べて一回り以上大きな影が落ちてきた。
「――っ!」
精錬された片手剣を構える俺の前に現われた新たなモンスター。他のリザードマンに比べて深い緑色をしている鱗を持ち、何かの甲殻で作られたような鎧を纏い、その手にはスコップなどではなく、稲妻のようにギザギザな形をした刀身の槍を持っている。
尾が地面を叩く度に空気が震える。
『エルダー・リザードマン』
その頭上に表示された名前の下にあるHPゲージを睨みつける俺。
中断していた戦闘がエルダー・リザードマンの咆吼によって再開された。
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ユウ レベル【14】
武器
精錬された片手剣――一人前の鍛冶職人が作り出した片手用直剣。かなり頑丈に作られている。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
幼竜の鎧――幼き竜が身を守るための鱗の如き鎧。
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
残スキルポイント【3】
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