闘争の世界 ep.16 『最終予選にむけて~自己鍛錬①~』
深夜零時を回った頃、俺は一人で【ARMS・ON・Verse】の世界へと来ていた。
目的は自身の強化。
もとは同じパーティを組んでいるハルとムラマサの三人でするつもりだったレベル上げだったが、今ひとつタイミングを合わせることが出来ずに、結局それぞれが単独でレベル上げをすることになったのだ。
明日、いや正確にはもう今日か。その夜に行われる最終予選に間に合うように効率よく自分を強くする必要がある。とはいえ最終予選に影響を残すわけにもいかない。手頃なエリアに赴きモンスターを倒すことで経験値を稼ぎレベルを上げるのが最も効率的だろう。しかし、俺はそうすることを選ばなかった。確かに数字の上では強くなれる。だが、安全な戦場でただ経験を溜めるだけでは俺の中の真なる目的を果たすことはできないだろう。
「あと一つ。どうするかな」
暗い洞窟のようなダンジョンの通路を進みながら自分のメニュー画面を見つめ独り言ちる。
戦闘において使えるアーツは四つ。現時点で使えるものは三つ。つまりあと一つ手札を増やすことができるのだ。
自分の武器である片手剣に対応したスキルとアーツを選んだ。剣で戦うことに重きをいた≪片手剣・3≫というスキル。それにより使える<ラサレイト>という斬撃アーツ。繰り出した剣戟にアーツの威力を上乗せするというシンプルなア望むなら望むならより攻撃範囲を広げたい気もするが、それを試すだけのスキルポイントの余裕はない。
次に剣でありながら中長距離に対応した≪砲撃・7≫というスキル。銃や弓の類を持ち要らずにそれを行えるアーツを手にするまで自分が考えていたよりも多くのスキルポイントを消費した。が、その甲斐もあって<シーン・ボルト>という稲妻のような軌跡を描きながら鏃の形をした光弾を撃ち出すアーツを手にすることができた。
そしてもう一つ。≪格闘・1≫というスキルで使えるようになった<マグナ>という発動後一度だけ打撃攻撃に威力を上乗せすることができる、アーツを併用した格闘術の基礎中の基礎ともいえるアーツだ。
これらを自在に使い分けることで自分の攻撃に通常時以上の威力を持たせることができる。
実際に戦ってみた感想としてはこの三つのアーツで十分。願うなら使い勝手は変わらずに純粋に威力や射程を伸ばしたいところだ。その為に必要になるのはスキルポイント。しかし現状それを獲得するには自身のレベルを上げる以外に方法はない。
心の中でそう自問しながらダンジョンを下に降っていく。
道中エンカウントするのはゴブリンやコボルトばかり。時折オークのような巨体を持つモンスターも現われたが、正直な所モンスターの強さとしてはコボルトと大差は無い。倒したところで得られる経験値は少なく、戦闘経験という意味でもあまり意味がある相手とはいえなかった。
「このダンジョンはハズレだったかな」
もう何体目になるかすら把握出来ていないゴブリンを葬り、俺は先に続く通路を見つめ呟いていた。
ドロップアイテムも特別気になるようなものは何もなく、流れ作業のようにただ先に進んでいくだけ。次第にモンスターの襲撃の頻度が増していくが、それでも正直相手になるようなモンスターは一体もいない。半ば一方的な展開で戦いを繰り広げながら歩き続けていると程なくして閉ざされた大きな扉の前に行き着いた。
「ようやくボス部屋か」
手応えのないダンジョンを選んでしまったのは失敗だったと感じながらも途中で引き返す方が徒労に終わる。せめて踏破してしまった方がいいと割り切って辿り着いたのがこの扉の前だ。
扉には奇妙な絵が刻まれている。
剣を持った人のような何かが、更に大きな剣を持った人のようなものに挑んでいるかのような絵姿。これがこの先で待ち受けていることを暗示しているのだとすれば、俺を待っているのは自分よりも体躯の大きな相手との戦闘ということになる。
望むところだと言わんばかりに扉を押し開ける。
パラパラと微細な石の欠片を振り巻きながら重低音を響かせて開かれていく扉。
まるで昼間の野外にいるかの如く光が満ちたその場所で俺を待ち構えていたのは剣を地面に突き立てた格好で作られた、くすんだ銀色の鎧を纏う鉄像だった。
「――扉が!」
俺の体がボス部屋に完全に入ったのを見計らったように扉が一人でに閉まった。
次の瞬間、鉄像の瞳に光が灯る。
まるで自分の体の重さなど微塵も感じていないかのように、鉄像は驚くほどなめらかな動きで剣を構えた。
『アイアンゴーレム・ナイト』
鋼鉄の騎士を意味する言葉がその頭上に浮かび、その下に二本のHPゲージが出現した。
合図を待たずしてアイアンゴーレム・ナイトはその巨体からは想像も出来ない速度でこちらに斬り掛かってきた。
振り上げられた剣はプレイヤーが持てば大剣に属する武器だろう。それを軽々と片手で振り上げるのだからアイアンゴーレム・ナイトの腕力はプレイヤーのそれを大きく凌駕しているようだ。
とはいえその挙動は俺の目には遅く見えた。
攻撃も自重と武器の性能、自身の腕力に物を言わせた雑なもので、自分が持つ剣では防御することは難しそうでも回避すること自体は比較的簡単にできそうだ。
振り下ろされる剣の射線から逃れるように咄嗟に横に跳ぶ。
それまで自分が立っていた場所に振り下ろされ、地面を打ち付けられる剣。想像していた通りかなりの威力がありそうだが、アイアンゴーレム・ナイトの追撃はワンテンポどころかかなり遅れて繰り出された。
「遅い! <ラサレイト>!」
繰り出される追撃の軌跡を予測して回避して、そのままガラ空きの背中を打ち付ける。
硬い鎧の体を持つアイアンゴーレム・ナイト相手では素手の攻撃は威力が低い。それは例えアーツを使っていたとしてそう簡単に覆るわけではない。
斬撃アーツを発動させて繰り出した攻撃がアイアンゴーレム・ナイトを打ち付けた。
響き渡る音は斬撃によって生じたというよりも硬い石同士がぶつかり合うかのような音。それを証明するかのように、アイアンゴーレム・ナイトの体は傷一つ付かず、その代わりに放射状に広がった衝撃波の残滓がそこに残っただけだった。
「ダメージは普通に通るみたいだな」
口元を歪め笑いながら言う。
できた攻撃の痕に対して与えたダメージは多く、それがアイアンゴーレム・ナイトというモンスターが今の自分に対してそれほど強敵というわけではないことを物語っていた。
続け様に繰り返し<ラサレイト>を発動させながらアイアンゴーレム・ナイトを攻め立てていく。
瞬く間に一本目のHPゲージが消失し、二本目のHPゲージもあっという間に削られていく。
MPの減りにだけ注意しながら間髪入れず攻撃を仕掛け続ける。
すると大して苦労することなくアイアンゴーレム・ナイトの体を一瞬の光が包み、次の瞬間砕けて消えていた。
「こんなもんか」
落胆とは違う。そもそもここのダンジョンが自分のレベルに合っていなかったのだと嘆息しながら獲得したドロップアイテムを確認する。
案の定大して実のある戦いではなかった。それでもここに至るまでに繰り広げていた戦闘とアイアンゴーレム・ナイトとの戦闘。それらが積み重なりレベルが一つ上昇した。
「これじゃあ新しいスキルを試すには全然足りないな」
獲得したスキルポイントは一つ。残っていたスキルポイントと合わせても僅かに2ポイントだけ。これでは十分と言うにはほど遠い。
ボス部屋を抜けて外に繋がる回廊を進む。
回廊は実際に潜ってきた分の階層を上がるのではなく、所謂ワープポイントのようなもの。見えているものとは違う一階分の長さもない階段を歩いていると現実のエレベーターでの移動の如くものの数秒で地上へと出ることができた。
「ここから近い他のダンジョンはっと」
メニュー画面に近隣のマップを表示させる。
マップには近くの街や村の他にもダンジョンの位置が表示されている。問題だったのはこのダンジョンの適正レベルが非表示であること。初見殺しもかくやという仕様だと思ったのは何も自分だけではなかったようで、一般のプレイヤーがこのゲームを遊ぶようになる頃には各ダンジョンに適正レベルというものが記されるようになるらしい。
だが、現時点ではそれはまだない。
手当たり次第ダンジョン攻略に乗り出すしかそれを確かめる手段はないのだ。
現在地から近いダンジョンは二つ。最寄りの街の左側にあるものと、森の中にあるもの。普通に考えれば人里から離れた場所にある方がレベルが高いはずと俺は最寄りの街に進む道の反対方向に進むことを決めた。
地図通りに進むと遂にそれは姿を現わした。
地下に潜っていくダンジョンとは正反対となる、聳える塔を登っていくダンジョン。
「凄いな。塔の天辺が全然見えない」
現実のなんとかタワーを彷彿とさせる高さがありながら、塔の作りは巨大な石が積み上げられて作った筒のようだと思った。
見渡す限り塔の入り口のようなものはない。ではどこから入るのか。塔に近付いて入り口を探しているとそれまで自分が立っていたのとは反対側となる場所で放置され伸びきった植物の蔓と枝葉によって隠されている扉を見つけられた。
精錬された片手剣を抜き、扉を覆う蔦を切り払う。
薄汚れた扉が全貌を現わしたのと同時に、挑戦者の来訪に答えるようにそれが開かれていく。
迷うことなく塔に足を踏み入れる。
俺の体を飲み込んだ塔の入り口はいつの間にか綺麗さっぱり消え去ってしまっていた。
塔はダンジョンというのはおこがましいほどに一本道。
プレイヤーが選べるのは進むか戻るかだけ。しかしこの時点で入り口は消失しており、戻ることはそのまま来た道を戻るだけで、塔の外に退避することは出来なくなっているのだった。
元より戻るつもりなんてないと進んでいた俺の前に二体のモンスターが現われた。
「お、やっと現われたみたいだな」
モンスターの襲撃を喜びながら精錬された片手剣を抜いて身構えていると姿を見せたのは先程戦っていたのと同じゴブリン種のモンスターだった。
一瞬落胆しかけたもののすぐに考えを改めた。現われたゴブリンが纏う装備がそれまでに見たことのあるゴブリンとは一線を画するほどにちゃんとしたものだったからだ。
目を凝らし、その頭上を注視する。
「『ゴブリン・グレート』ねえ。流石にボスモンスターみたいにHPゲージが複数あるってわけじゃないか」
プレイヤーが装備していてもおかしくはないほどの金属製の鎧に殺傷力が高そうな手斧。斧は剣よりもただ振り下ろすだけでも十分な威力を発揮することができる武器だ。プレイヤーに比べて技量が低いモンスターであることを考慮すればそちらの方が相応しいように思えた。
「来るかっ!」
現われたゴブリン・グレートの数は三。奇しくも自分がいつもパーティを組んで戦っているときと同数のモンスターが一人のプレイヤーに攻撃を仕掛けてきた。この様相はいつもの戦闘の裏を返して自分がモンスターの立場になったようなもの。相手の視点に立つことは大事だとはいえ、この状況がこれから先の戦闘で役に立つとはあまり思えない。
それに何より、ゴブリン・グレート達には連携などあってないようなもの。それぞれのゴブリン・グレートがバラバラに攻撃を仕掛けてきた。
「ほう、それなりに強いってわけか」
振り下ろされる手斧を精錬された片手剣で払う。その時に感じた衝撃はただの雑魚モンスターが相手とは思えないほどに強かった。
返す刀で斬り付ける。
ゴブリン・グレートが纏う鎧は一般的なゴブリンが纏うボロ切れのような服とは異なりこちらの攻撃をしっかりと防御してきた。
鎧の表面を剣が滑り攻撃がいなされる。予想外だった挙動に戸惑いかけたがそれよりも先に別のゴブリン・グレートが攻撃を仕掛けて来たために俺はそれを回避することに集中したことで慌てることなく冷静に対処することができていた。
「いいね。悪くない。この感じなら少しは練習になりそうだ」
笑みを浮かべながら俺は唸るゴブリン・グレートに向けて言い放った。
言葉が通じているのか分からない。だが自分達を嘲笑うかのような一言にゴブリン・グレート達は一斉に怒りの感情を向けて来た。
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ユウ レベル【13】
武器
精錬された片手剣――一人前の鍛冶職人が作り出した片手用直剣。かなり頑丈に作られている。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
幼竜の鎧――幼き竜が身を守るための鱗の如き鎧。
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
残スキルポイント【2】
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