闘争の世界 ep.15 『予選~第二回戦⑤~』
上空に浮かぶデジタル時計が刻一刻と減っていく。
それは即ち、ゴールの見えなかったこの第二予選が終わりに近付いているということ。
いつしか戦闘はこれまでよりも更に苛烈を極め始めていた。
目に見える範囲では鬼とプレイヤー、もしくはプレイヤーとプレイヤーが戦っており、その結果どちらかが必ずと言っていいほどにこの舞台から姿を消していた。
俺と並ぶようにして戦っているハルもムラマサもいつやられてもおかしくはない。多少のプレイヤーの能力差なんてもの関係ない。あるのは歴然とした物量の違いだけ。自分以外の全てが敵だなんて状況はことゲームのなかであれば珍しくないとはいえ、それが延々と続いているというのは想像以上に自分の精神力を削っていく。
「はあ、はあ、はあ」
精神的な疲弊に息を切らしつつ、俺は次なる相手を求めて視線を巡らせる。
剣先はまだ下を向いていない。
自分は戦える。
疲労とは裏腹に闘志を漲らせながら並び立つ二人と足並みを乱さないように心懸けて動く。
「あと……八分を切ったぞ!」
ハルがハルバートを振り回しながら鬼の攻撃を牽制しつつ俺達に向けていった。
「このまま何事もなければいいのだけど」
狼牙刀を振り抜き嘆息混じりにムラマサが呟いた。
鬼の軍勢の勢いは一切衰えない。だというのにいつしかプレイヤーの間には拭えようのない重々しい空気が漂い始めていた。
「んー、自分が思っていたよりも三十分は長いね」
「ってもさ、終わりが見えている分さっきよりはマシな気がするぜ」
「どうして鬼の勢いは減らないんだ?」
背中合わせに立って三者三様の感想を呟き合う。
鬼に対して善戦しているのは自分達だけなんてことはありえない。少なくとも現存している鬼と同程度の人数がプレイヤー側にも残っているはずだ。
懸念材料があるとすれば、その全てが積極的に鬼と戦っているわけではない可能性があること。
タイムリミットが提示されより顕著になってしまったプレイヤーの勝利条件、“生き残ること”その目的に沿うのならば鬼の攻撃から逃れるために隠れたり逃げ回ったりしていればいいだけなのだから。
「んー、鬼が復活してきているなんてことは無いだろうからね。おそらく鬼に対して戦っているプレイヤーの数が少なくなっているからそう感じるのかもね」
「なるほど」
「それがわかったところで状況は変わらないんだけどさ」
「確かに」
苦笑交じりにハルの呟きに答えて一体突出して襲いかかって来た鬼に精錬された片手剣の切っ先を向ける。
一瞬鬼が足を止めた。
その隙を逃すことなく強く踏み込んで動きを止めた鬼を一刀のもとに斬り伏せる。
即座に体勢を変えて追撃を加えることで鬼は瞬く間にこの場から消滅していった。
「残り六分!」
長く感じても実際には刻の進みは早い。
きっかけはそう、何だっただろうか。時間の経過、プレイヤーや鬼の減少。あるいはその両方か。
突然、戦場を切り裂くような咆吼が轟いた。声からして吼えたのは一人の男。それがプレイヤーなのか、鬼なのかはわからない。けれどその一声がまるで運動会のかけっこの始まりを告げる号砲のように、若干停滞し始めていたこの戦場の空気を変えた。
鬼達が一斉にプレイヤーに襲い掛かり、プレイヤーの多くは逃げ出すことなくそれに向かいあう。
自分達も例外なくそれに巻き込まれていった。
「ハル! 鬼が右から来ているぞ!」
「りょうかい! ユウ、後ろ!」
「助かる。ムラマサ、正面の鬼の向こうから別の鬼が来ているから気を付けてくれ」
「ああ、わかっているともさ」
互いに声を掛け合って迫る鬼を倒し続ける。
この時になると最早上空の時計を確認していられる余裕はなくなっていた。
途絶えることのない鬼の波状攻撃に晒されて倒されてしまうプレイヤーがいる。
プレイヤーの反撃を受けて倒される鬼がいる。
確実に総数を減らしているはずなのに、自分の目線からでは今ひとつ把握しづらい。それどころか戦闘によって発生している独特な攻撃のライトエフェクトの残滓が見えてくるせいで戦闘の規模は縮小どころか拡大しているような気さえしてくるのだった。
目の前の相手に集中しながらも注意は周辺全体へと向ける。
一対多の基本的な動きを念頭に俺達は戦い続けた。
暫くして突然、戦場全体に行き渡るくらい大きな音で鐘が鳴った。
それと同時に鬼からの攻撃が不可視の壁に遮られ、プレイヤーの攻撃もまた見えないなにかに阻まれて鬼に届くことはなかった。
「何だ?」
突然の異変に俺は引き寄せられるようにして空を見上げた。
視線の先にある制限時間を現わしているデジタル時計の表示は【00:00】になり動かない。
程なくして小さく歓声のようなものが聞こえてきた。
「終わった、のか?」
実感などまるでない。
ただ、互いの攻撃は通らず、何処か心細そうな雰囲気を醸し出し始めている鬼は金棒を下げたまま動こうとはしていなかった。鬼が襲ってこないのならばプレイヤーがそれと戦う理由はない。自然と殺伐としていた戦場に平穏が訪れた。
「お疲れ様。とはいえ、これからまた何かあるかも知れない。気は抜かない方がいいかもね」
狼牙刀を鞘に収めることなく、切っ先だけを下げて歩き近付いてくるムラマサがいった。
「あ、ああ。そうだよな」
既にハルバートを背負っていたハルはバツが悪そうな表情を浮かべ、それでも戦闘に備えているというポーズなのか背中のハルバートを掴んだままムラマサと同じように俺の傍へとやってきた。
「もう大丈夫じゃないか?」
鬼の様子を見ながら俺がそういうとハルはどうすることが正解なのか迷っているらしく、ハルバートを掴む手を忙しなく動かしている。
「オレもそうは思うけどさ、まだ何もアナウンスもないからね」
念のためさと苦笑交じりに答えたムラマサ。
それもそうかと一応の為に鬼達を牽制しつつ俺達はその場でことの変化を待ち続けた。
『おつかれさまー』
いきなり明るい子供の声のようなものが聞こえてきた。
声の主は姿が見えない。
鬼もプレイヤーも一様にキョロキョロと辺りを見回しているとそれはようやく姿を現わした。
一言で言い表わすのならば、それは人の服装を纏った鳥の着ぐるみだろうか。実際の着ぐるみとは違い、ゲーム世界だからこそ可能な豊かな表情の表現は愛らしくもあり、どこか不気味でもある。
鳥の種類は白鳥だろうか。穢れひとつない純白の羽毛に包まれたそれはデフォルメされたくちばしを器用に動かして、はっきりとした言葉を発している。
『予選二回戦しゅーりょー。生き残ったプレイヤーのみなさん、おめでとー。みなさんは最終予選に進出だよー』
声高らかに宣誓するように告げられた事実に沸き立つプレイヤー達。
俺達は大袈裟に喜び雄叫びを上げたりはしないまでも、小さく拳を握り、互いの顔を見合わせて喜びを共有していた。
『あ、そうそう。パーティメンバーが倒されてしまったけれども、生き残ったプレイヤーもいるよね。そういう人達は鬼を倒した数によって予選通過できるかどうか決まるからちょっと待っててね』
可愛らしい声で白鳥がそう告げると、沸き立っていた戦場は大きな困惑と僅かな苛立ちに変わった。
プレイヤーが口々に何か言っている。その中には「生存だけが通過条件じゃなかったのか!」や「聞いていないぞ」など知らされていなかった事実に対する怒りをぶつけているようだ。
『もー、うるさいなー。予選二回戦の通過条件は“生き残ること”だって言ってあったよね。それなのに倒されてしまったパーティメンバーにも復活のチャンスをあげるんだから文句言わないでよー。それに、自分一人が生き残って他のパーティメンバーは失格になるなんてギスギスすることにならないように配慮したんだよ。褒めてくれてもいいのにー』
着ぐるみ特有の大袈裟な所作をしながら、可愛らしい声で辛辣なことを言う白鳥に煽られていると感じたのだろうか。対象のプレイヤー達は更に怒りを募らせているようだ。
意味の無いダンスのようなものを繰り広げている白鳥に遂にプレイヤーの誰かがキレた。
元々デジタル時計が浮かんでいた場所にいる白鳥に目掛けて何かが投擲されたのだ。
俺の見たものが間違いではないとしたら、投擲されたのは一振りの剣、だったように思う。槍投げの要領で飛んで行くそれは正確に白鳥を捕えている。
『うわっ。びっくりしたなーもうー』
剣が白鳥に激突するかと思われたその瞬間、剣は透明な壁に阻まれて弾けると砕け散った。
子供が怯えたときに見せるように頭を抱えてしゃがみ込む動きをする白鳥。怯えているのかいないのか、おそらくは全く怯えてなどいないのだろう。それでも怯えたような動きをしているのは剣を投げたプレイヤーを煽るためであるように思えた。
『気を付けてよー。ボクを攻撃しても意味は無いんだからさー。でもでも、怖かったからさー、今度攻撃してきたら問答無用で失格にしちゃーうぞ』
白鳥がパチンッとウインクをした。
失格の単語を耳にして、沸き立っていたプレイヤー達は息を沈めた。
静かになった人達を見下ろしながら白鳥は言葉を続ける。
『鬼のみなさんもごくろうさまー。鬼のみなさんの結果もすぐに出るからさー、そこで動かずに待っててねー』
パタパタと手を振って全愛想を愛想を振り回す。しかし、先程の一言を耳にしていた鬼はプレイヤーと同様に黙り込んだまま反応らしい反応は見せなかった。
『さてさてー、そろそろ結果が出たみたいだねー。予選二回戦を通過した人達にはこれから一斉に通知が行くよー。確認してみてねー』
白鳥の言葉の通り、俺達のもとへ一通のメッセージが届けられた。
メニュー画面を開くとメッセージの項目には『予選二回戦通過のお知らせ』というタイトルのそれがあった。軽くメニュー画面に触れてそれを開く。メッセージの内容は最終予選の日時の通知、そして転送ポータルで使用することができる明日の夜七時に開催される最終予選が開かれるエリアに直通の転送キーが付属していた。
最終予選はパーティ同士の対戦方式で行われる。与えられるチャンスは一回。勝てば本戦に出場し、負ければその場で敗退が決まるらしい。
『ではでは、今日はこれでおつかれさまー。しっかり休んで、明日の最終予選頑張って見応えのある戦いを見せてねー』
くるりと回って翼を広げた白鳥がそう言った途端、この場にいる全てのプレイヤーと鬼が特徴的な光に包まれた。
それが転送の光であることは誰もが知っていること。
白鳥に手を振られて見送られた俺達はいつしかそれまでとは異なる、どこかの街の転送ポータルの前にいた。
自分達以外のプレイヤーも、多分、鬼だったプレイヤーもそこにいる。
先程の予選二回戦で抱いた疑問、鬼の正体についてはそれが答えだったらしい。
一人、また一人と転送ポータルに近づき、プレイヤー達は現実へと帰っていった。その内何人が最終予選に進むのだろうか。あの場にいた全員が通過したというわけではないのだろう。ぼんやりとそんなことを考えながら俺は横に並ぶ二人に、
「とりあえず、終わろうか」
そう言って転送ポータルを操作してゲーム世界からログアウトした。
いつしか現実では日が暮れて、夜の帳が降りている。
時間は夜の七時を過ぎた頃。明日の今頃は最終予選の真っ只中だろう。
不意に感じた空腹に冷蔵庫に何かあったかなと席を立つ。
自室に残された携帯に一通のメッセージが届いた。
送り主はムラマサ。
内容は明日の最終予選に向けてレベル上げをしないかというもの。
先程まで戦っていたというのに元気なものだ。俺がそう感想を抱いたのはメッセージが届けられてから二時間が経ってからのことだった。
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ユウ レベル【12】
武器
精錬された片手剣――一人前の鍛冶職人が作り出した片手用直剣。かなり頑丈に作られている。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
幼竜の鎧――幼き竜が身を守るための鱗の如き鎧。
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
残スキルポイント【1】
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