闘争の世界 ep.11 『予選~第二回戦①~』
放物線を描いて落ちてくる名も知らぬ誰か。
地面に激突した瞬間に細かな光の粒子となって消えていく。
聞こえているのは無数の戦闘音。そしてまるで戦場のような声。
突然落ちてきて消えた誰かの向こうから別の誰かが武器を掲げて襲いかかって来た。
「ユウ、危ない!」
俺を庇うように前に出たムラマサが擦れ違い様に居合いの一閃を放つ。
「へっ?」
攻撃を当てたムラマサが驚いた声を出す。
行ったのはたった一度の斬撃。襲い掛かってきた誰かが受けたのはそれだけのはずなのに、悔しそうな顔をして砕けて消えてしまったのだ。
戸惑うムラマサにハルが声を掛ける。
「既にダメージを受けてたのか?」
「いや、そんな感じではなかった。もしかすると……みんな、こっちに来てくれ」
一瞬考え込んで直ぐにムラマサは俺達をビルの陰へ移動しようと誘ってきた。
顔を見合わせ、頷いて、俺達は素直にその誘いを受けた。
「ここなら少しの間くらい隠れられるだろう。一度確認してみるべきだ」
「そうだな」
「何も分からないままだと不利なのはおれたち自身だろうからさ」
メニュー画面を開き、先程送られて来ていた予選第二回の詳細を確認する。
ルールは単純、生き残った者が勝ちのサバイバル。HP、MPはこの場所に転送されてきた時点で全快している。ただし、普通の戦闘と異なることがいくつか。そもそもが全員が同じ舞台で戦うということからして違う。バトルロワイヤルといえばそのままだが、今回の勝利条件は生き残り。より多くを倒した者が勝者になるというわけではないらしい。
もう一つ、注意するべきだと感じたのはこの戦闘が行われている間はずっとプレイヤーに特別な制限が設けられるということ。それはプレイヤーの体力に関してだ。本来のHPに比べて格段に少なくなるという、決着までに掛かる時間の短縮が目的のそれが重くのし掛かるというわけだ。
「どのくらい少なくなっているのか。自分達で試すわけにはいかないよな」
「んー、回復手段もないし、仮にあっても自傷して無駄に使うことは避けたいかな」
「だよな」
「だったら適当な奴と戦って確認するか?」
「んー、制限時間がどのくらいで、勝ち残るのは何人までになるのかは書かれて無かったかい?」
ハルとムラマサがそれぞれ違うことを俺に問い掛けてきた。
「生き残ることが勝利条件だってことしか書かれてなかったと思う。だからさ、下手に出て行かない方が良いと俺は思う――んだけどさ、それで殆どの人が勝ち残りだってことにはならないよな?」
「おそらくは。ある程度の人数にまで絞られるとは思うよ」
「それに制限時間が無いなんてことはないだろうよ。どこかには表示されていると思う」
「どこかって、何処さ?」
「あーっと、マップのどこかとか、メニュー画面のどっか……とか?」
「あるいはこの戦場となっている街の何処か、か」
思いつきのように何気なく呟かれたムラマサの言葉に俺はハッとして立ち上がって周囲を見渡した。
目に入るのはいくつもの高層ビル。内部の電気が付けられていて夜の闇に輝くそれは、まさに摩天楼の光景そのものだ。
一つ一つ見える範囲のビルを見上げて直ぐに次のビルへと視線を移す。
仮に自分が考えている通りならば、どこに居ても、誰であっても見える場所にあるはず。それがこの似たような高さのビル群の中にあるのだとすれば。
「あれか!」
思わず声を出していた。
ようやく見つけたそれはビル群から頭一つ高く飛びだして見える鉄塔。現実にあるなんとかタワーのように剥き出しの鉄骨で組まれた本体とその上にある展望台区画。夜の闇を斬り裂くサーチライトの明かりを受けて白く輝くそれには表示がバグってしまっているデジタル時計が明滅しながら取り付けられていた。
「あれじゃあさ、時間は分からないだろ」
「でも何らかの意図が込められているのは間違いなさそうだ」
はっきりとそう言い切ったムラマサが見つめる先でデジタル時計の表示に変化が起きた。数字とも英字とも見えない表記が一文字変わったのだ。
「時間が経過した?」
「あるいは何かが減ったか増えたか」
「なにかって何だよ」
徐に呟いた俺とムラマサの言葉にハルが怪訝そうな顔をして反応した。
するとムラマサは一呼吸を置いて、
「参加している人の数……だろうね」
想像しているその文字の意味を答えたのだった。
またしても表示が変化した。
デジタル時計の表記なのだと仮定して想像するのなら今回のそれは数字の6に似ているような気がする。だとすれば先程の文字は数字の5か7か。
一度減った瞬間を目の当たりにするとそれは次々と形を変えていった。
現わしているのが人の数ならば増えることはないだろう。だとすれば減っていっていると考えても間違いは無いはず。
しばらくその表示を見つめていると遂に一周したのか一番右の文字が見たことのある形になった。そしてその一つ左側の文字が変わったのだ。
「四桁ってことは最低でも千人は超えてるってことなのか?」
「流石にそこまで参加してなかったはずだけど」
「だったらどういうことだよ」
「オレの想像が的外れだったのか、あるいはオレ達が気付いていない何かがまだあるのか」
ムラマサが思考に集中しようと目を閉じた瞬間、自分達の近くで何かが激突したような音が聞こえてきた。
「どうする?」
「選択肢は二つだ。このまま移動して何処かに隠れるか、音がした場所に向かうか。前者ならば安全にやり過ごせるかも知れない、後者ならこの戦闘の雰囲気を掴むことができるかもしれない」
瞬時に問い掛けたハルに続いてそう問い掛けてくるムラマサが俺とハルの顔を見た。
「ムラマサの意見は?」
「オレは戦闘になる危険性を考慮したうえで音がした方に行ってみるべきだと思う。二人は?」
「おれはムラマサの意見に賛成だ。このままじっとしているのは性に合わないしさ」
「ユウは?」
「隠れ続けていてもいつまでそうしていればいいのか分からないってのはキツい。とりあえず他の人の様子も見てみたいから行くことに一票かな」
「どうやら全員が行くことに賛成みたいだね」
「ああ」
「とはいえ無防備晒して近付くよりも建物の陰に隠れながら接近した方がいいだろうね」
「建物の中を行けたなら楽だったんだけどなー」
こんこんと隠れているビルの窓ガラスを叩いてハルがいった。
「鍵でも掛けられているのか開きそうにもないし」
さらに背中から抜いたハルバートで窓ガラスを叩きつけた。俺達が静止するよりも早く行われたその行動に驚かされることはなかった。
まるで硬い何かを叩きつけたようにハルバートは弾かれ、柔らかい何かを叩いたかのように物音一つしなかったからだ。
「そもそもガラスすら割ることができないときた」
「んー、ビルの中はまだ作られていないのかもしれないね」
「だから壊せないってか」
「そう考えるのが一番自然だろう」
「どっちにしても、俺達が入ることはできないってことは他の人も同じってことだろ。慎重に外を歩いて近付くしかないってことだ」
ハルバートを仕舞うように促して俺は行くべき方向を見た。
音がした辺りから煙のようなものや、小火みたいなものが上がっていれば目印になったことだろう。その場合他の人と鉢合わせになる確率は音を頼りに向かう時よりも遙かに高くなってしまうだろうが。
「行ってみよう」
そう言って歩き出したムラマサの後に俺達も続く。
ビルの合間、影になっている壁沿いを進む。
「もしさ、戦闘中だったらどうするよ?」
「どちらかに加勢するかということかい?」
「あるいは漁夫の利を狙うかどうかってこともあるな」
「漁夫の利を狙うのは戦術として正しい行為だとオレは思う」
「おれだってさ、それを否定するつもりはないさ。けどさ……」
「それを狙っているのが自分達だけとは限らないってことか」
「そう! そういうこと! 漁夫の利の漁夫の利を狙っている人がいて危ないかも知れないだろ」
声を潜めながら声を上げるという器用な真似をするハル。
ムラマサは少し考えて、
「それを言っていたらキリがないとはいえ、まずは様子を窺うってのは消極的かな?」
「いや、おそらく集まってくる人の殆どが同じだと思うぞ」
積極的に戦闘に参加するのではなく相手の出方を窺う。
もし自分達で確実に倒せそうならば戦い、そうではないのならひっそりとその場から移動する。
戦闘に勝利した数や倒した数が勝利条件に直結していないが故にそういう選択肢を取る人が多いのは容易に想像できることだった。
「尤もそれを見て観客が喜ぶかどうかは別物だろうけどね」
「観客って……」
元も子もない言い方をするムラマサに返す言葉を無くしてしまうハル。そんなハルの様子を見てムラマサは更に言葉を続けた。
「昔ながらの子供の遊びを当て嵌めるのだとすれば、さしずめ今回の予選二回戦は『かくれんぼ』だね」
何気なく、それこそ思いつくままに告げられたその一言に俺はふと足を止めてしまった。
立ち止まった俺を疑問に思ったのか続け様に二人も立ち止まり、二歩遅れた場所に立つ俺を見た。
「……かくれんぼ」
頭に残った単語を繰り返す。
「なあ……」
何か気付き掛けている。そんな感覚を得ながら俺は二人に話しかけた。
「かくれんぼってどうすれば終わるんだったっけ?」
「んー、そうだね。いろいろとローカルルールがあるだろうけどまずは鬼に隠れている人が全員を見つけるのが鬼側の勝つ方法だったと思う」
「隠れている人が勝つにはどうすればいいんだ?」
「それは――」
「かくれんぼが終わるまでずっと隠れ続けるだけだろ」
何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに腕を組みながら答えたハルに俺は神妙な顔を返していた。
「鬼は見つけるだけでいいのか?」
「んー、確か隠れている人にタッチするっていう所もあった気がするけど」
「それは隠れ鬼ってやつじゃなかったっけ。鬼ごっこの派生の一つのさ」
「まあ色々と変則ルールはあったはずさ。学校単位で特別ルールが付け加えられていることもあっただろうからね」
「それが何だってんだよ」
「この状況、かくれんぼに似ている気がしないか?」
一瞬、俺の言っていることの意味が分からないという顔をしたムラマサが直ぐ後には険しい表情になっていた。
「でもさ、さっきムラマサはプレイヤーを一人倒してただろ。それにHPの総量の低下は戦闘時間の短縮のためだってメニュー画面にも書かれていたじゃないか。それは戦闘があるかもしれないってことだろ」
「だけど、戦って相手を倒すことが勝利条件に含まれていないのも事実だ」
「でも…!」
「だったらこれは『鬼ごっこ』か?」
「んー、ユウが言っているようにさ、予選二回戦がかくれんぼとか鬼ごっこをモチーフにしたルールだったとしてだ。『鬼』とは誰、いや、何だ?」
当然の疑問を口にするムラマサに俺は口を噤んでしまう。
「オレ達と同じように予選に参加しているプレイヤーではありえないだろう。だとしたら――」
不意にムラマサが口を閉じた。
向かっていた方向から更なる衝突音が聞こえてきたからだ。
そして俺達はそれを見た。
どこかの祭事で被るような色様々な面を被り、同じ衣装を身に纏い、手には全員が同じ棍棒を持っている何者か。
剥き出しの口元は硬く結ばれ、音に引き寄せられて集まってきた人達を無表情に見つめている。
「ひっ」っと誰かが息をのんで声を上げた。
怪しく光る仮面の目がその誰かを一斉に見た。
俺達の視線を自然とそこに引き寄せられる。動き出せず、立ち尽くしている俺の見ている先で、悲鳴を上げた人物は自分の武器を抜いていた。シンプルな形状をしたロングソード。震える切っ先がゆっくりと近付いてくる仮面を付けた者達へと向けられている。
固唾を飲んでその一連の光景を見守っているのは自分達だけではないようだ。ざわっとした空気が近くのビルの影や、向こうの通りなどから微かに感じられたのだ。
「ユウ……ムラマサ……」
心細そうに二人の名前を呼ぶハル。
ムラマサが人差し指を唇の前に立ててみせる。
慌てて自分の口を塞いだハルが息を呑んだ。
ジリジリと詰め寄っていた仮面を付けていた者達がロングソードを持つ人物に一斉に襲い掛かった。
無言のまま棍棒を振り上げ、一人を大勢で叩きつける。
あまりにも悲惨な光景。
思わず目を背けたくなるような光景だ。
けれど見逃すことはできない。
おそらくそれがこの予選二回戦にて自分達が戦うべき相手なのだ。
仮面を付けた者達が群がるなかで微かに煌めく光の粒子。襲われていた人が倒されてしまったようだ。
「……鬼、か」
棍棒を持つ者達が付けた仮面。色こそ違えど、額に二本の角が聳えるそれは見紛うことなき鬼の面、そのものだ。
「逃げろ――!!」
誰かがそう叫んだ。
次の瞬間、蜂の巣を突いたように音に集まって来ていた人の多くが来た道を戻り駆け出していた。
そして、逃げる人達を鬼の仮面を付けた者達が追い駆け出す。
ゆっくりとした足取りながら無表情で歩く異様な雰囲気を纏う者達。
それを言い表すのなら紛れもなく【鬼】そのものだった。
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ユウ レベル【12】
武器
精錬された片手剣――一人前の鍛冶職人が作り出した片手用直剣。かなり頑丈に作られている。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
幼竜の鎧――幼き竜が身を守るための鱗の如き鎧。
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
残スキルポイント【1】
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