闘争の世界 ep.10 『予選~第一回戦④~』
自らを燃やしながら立ち塞がる赤矢を前に俺とムラマサはその炎に怯むことなく対峙し続けた。
自分よりも体力が少ないムラマサが若干後ろの位置で攻撃を仕掛け、俺は赤矢の炎の鎧に焼かれることを覚悟して攻撃を繰り出していた。
「まだ倒れないのか――ッ!?」
振り下ろされる赤矢の大剣を避けながら俺は思わずといった感じで独り言ちた。
攻撃でも防御だったとしても動くことで自らにダメージが入る状態であるとはいえ赤矢は構うことなく俺達と戦っている。このまま耐え続けていればいつかは自滅する。そんな風に思ってしまいそうになる自分を心のなかで叱咤して果敢に攻め続けた。そうしなければならないと直感しているからだ。自らを追い込むようなスキルであろうとも、使っている人にとってはコントロールできる範囲のものでしかない。轟々と燃え盛る鎧の見た目は無意識にそんなことを忘れてしまいそうになるが、それこそが赤矢が仕掛ける罠である。確証はなくともそう感じているのだ。
「ユウ、下がれ。<地走り>!」
声がした途端後ろに跳んだ。
射線が空いたとムラマサは刀の切っ先を地面に這わすように擦り振り上げる。飛翔する斬撃が描く軌道は直進に限られているが刀を用いて放つことができるムラマサが使う中距離技である。発動するために必要なスキルは≪刀技・4≫。片手剣スキルや大剣スキルではなく刀スキルや薙刀スキルから派生させることで習得できるスキルだ。
地面を縦に走る斬撃は横に移動することで簡単に避けられる。しかし赤矢にとってはその移動そのものがダメージを受ける行動になってしまう。それならばと動かずに斬撃をその身で受けてみせた。
斬撃が弾けるような衝撃が起こり、赤矢は僅かに表情を曇らせた。だが、本来の<地走り>が持つ威力を思えば与えられたダメージは限りなく少ない。
「まだだッ。<シーン・ボルト>」
視線を動かしてムラマサを見た赤矢に俺は敢えて声をかけて注意を引きながら攻撃を仕掛けた。
ムラマサと自分、狙われるとして生き残る確率が高いのはどっちか。答えは明らか。よりHPが残っている自分の方だ。
鏃を放って即座に駆け寄っていく俺を赤矢は大剣を使い迎撃しようとしてくる。
いつしか赤矢の体力が半分を切っていた。
HPゲージの色は全快に近ければ緑。そこから半分を切ることで黄色に、さらに二割を切れば赤くなる。戦闘の当事者、戦闘を見ている観客、そのどちらもが見ただけで判別できるようにというシステムだった。
黄色に変わった赤矢のHPゲージを見て、俺は「やっとか」と思っていた。体力特化のキャラクターだとしても対峙している身からすれば途方もないように感じてしまっていたからだ。
加えて赤矢のHPゲージの色が変わった時に更なる変化が起きた。彼が持つ大剣までもが炎を纏い始めたのだ。
「その炎…アンタの体力が減る度に強力になるのか?」
「鋭いな」
答えてくれるか分からないとして問い掛けずにはいられなかった俺の言葉に、赤矢は感心したように答えていた。
「まあ、今はここまでしか変化できないんだけどさ」
何でも無いように言うが、どうやら赤矢が纏う炎の鎧にはまだ先があったかも知れないのだ。それがスキルレベルを上げることで使えるようになるものなのか、それとも別の要因か。どちらにしても赤矢の言葉を信じるのならばこれ以上は無いのだろう。
もし赤矢に万全の準備が出来ていたならば。その時は自分も同様に今以上に強くなることができているのだとしても、これ以上に苦戦を強いられていたことだろう。例え仮定だとしてもあり得た未来に俺はこの瞬間に戦えたことを幸運だったのかもしれないと思わずにはいられなかった。
「十分だろっ!」
大剣を振りかざしてくる赤矢。
炎を纏うその剣閃が弧を描きその攻撃範囲を拡張させていた。
「だとしてもっ!」
広がる炎を斬り裂いて接近する。
火花が舞い散り、その向こうにいる赤矢に向けて精錬された片手剣を突き出した。
「逃げるつもりはないさ」
俺が放った突きを赤矢が素早く戻した大剣で防ぐ。
炎が剣先を伝い此方に向かってくる。
「はあああッッッ」
大剣の腹を滑らせるように振り上げて、そのまま回転斬りを繰り出す。
「<ラサレイト>」
「<燃え上がれ>!!」
アーツを伴う斬撃を防ぐように赤矢が纏う炎の鎧から一際強い炎が吹き出した。
俺すらも飲み込もうとしているかのような勢いの炎に怯みそうになる。逃げ出しそうな自分を堪えて炎のなかに拳を突き出す。
「<マグナ>!」
熱い。
焼ける。
怖い。
炎のなかに手を入れることは本能的な恐怖を伴う。実際に感じる痛みは殆ど無く、熱さも炎の中に手を入れたにしてはそれほどでもないとしても。
危険のある行為。
自分がした行動がそれに該当するのかもしれない。もしそうであるならばレヴシステムのセーフティが働いて強制的にシャットダウンされるかもしれない。
後に冷静になったときに思えば危うい行動だったとしても、この時の俺にとっては唯一の攻撃のチャンスであり、勝ちに繋がる細い糸を掴んだ瞬間でもあった。
炎の向こうにある赤矢の鎧。そして体。
発動後一度だけの威力増加の一撃は危険に踏み込んだことでようやく赤矢に届いたのだ。
「ムラマサ! 頼む!」
俺の拳を受けてよろめく赤矢が纏う炎が揺らめいた。その向こうに見える赤矢の顔は驚愕に満ちている。
「<烈火・一刀>」
「――っ、も、<燃え上がれ>!!」
ムラマサがスキル≪一刀・3≫によって使えるようになるアーツを放った。≪刀≫と≪刀技≫二つのスキルを使えるようにすることで習得できるようになる更なる派生スキル。使えるアーツ全てが文字通り一刀両断することのみに特化したようなスキルの三つめはその名の通りに火の斬撃だった。
赤矢が纏う炎の鎧とムラマサが放つ火の斬撃。奇しくも同じ属性を持つ矛と盾の激突は矛に軍配が上がった。
何がその二つを分けたのか。
俺の拳だったのかもしれない。
ムラマサの斬撃がクリティカルヒットしたのかもしれない。
赤矢が続け様に二度炎を噴き上がらせたことで防御が緩んだのかもしれない。
いずれにしても結果は結果。
程なくして地面に膝を付いた赤矢が纏う炎が消えた。
「だぁー、負けたーー」
「悪いな。オレ達は負けられないんだ」
刀を鞘に収めながらムラマサは仰向けに倒れる赤矢の呟きに答えていた。
「いいさ。全力で戦ったからさ」
「そうか」
「それよりも、俺らに勝ったからには誰にも負けないでくれよ」
「もちろん。キミに言われなくてもそのつもりさ」
「そっか。頑張れよ」
赤矢の体が砕け散っていく。
舞台に残されている俺とムラマサも程なくして転送の光に包まれたのだった。
「ここは――?」
転送の光によって一瞬にして移動した俺は周囲を見回しながら呟いた。
見渡す限りの都会的な街並み。
建ち並ぶ高層ビル群。
道路の傍には等間隔で建てられた電柱。そこから伸びる電線がまるで街の血管のように張り巡らされている。
ビルに灯る明かりと街灯の明かり。その二つが月のない夜だというのに街を明るく照らしていた。
「ユウ!」
声のする方を見ると先程倒されて退場したはずのハルが手を振っていた。
「ハル? ここは一体どこなんだ?」
「分からない。おれもここに来たばかりだからさ。とはいえ、とりあえずはムラマサと合流するぞ」
「ムラマサはどこにいるんだ?」
「マップを見れば分かるぞ」
「そんなもんどこに?」
「メニュー画面を開くと表示されているぞ。ついでにHPもMPも全快しているはずだ」
「ああ、確かに」
言われるがまま見たマップに三つの光点。その内の二つが並ぶようにあることから自分とハルを現わしていることが分かる。
「だとすればこの三つめがムラマサか?」
「多分な。おれがユウを見つけたのもその点を追ってだったから間違いないはずさ」
「わかった。急ごうか」
「おう」
慎重を期して動かずにいるのか、あるいは動けずにいるのか、ムラマサを現わしている光点はその場から微動だにしていない。
駆け足で目的地に向かっていくと程なくしてムラマサがいる地点に辿り着くことが出来た。
「この辺りだよな」
「そのはずだけど……」
マップを見ながら周囲を見回す。
「おーい、こっちだ」
するとビルの陰からムラマサが手招きをしてきた。
「どうしてそんな所にいるんだよ?」
「や、悪いけど、これを壊してくれないかい?」
申し訳なさそうに指差した先には器用にもビルの周囲を囲む壁にある穴に刀の鞘と柄がすっぽりと嵌まり込んでいるのが見えた。
思わず笑いだしそうになるのを堪えて、ハルは鞘の側、俺は柄が嵌まり込んでいる壁をアーツを使い砕いた。
「助かったよ。ありがとう二人とも」
「ってか、どうしたらそんなことになるんだよ」
「んー、転送してきたらこうなっていたから運が悪かったとしか言えないね」
「で、ここは何処よ?」
「どこかの街に送られたのか、あるいは――」
ムラマサが思案顔でそう呟いた途端、マップを表示していたメニュー画面が勝手に切り替わった。
「なるほど。予選の続きってことみたいだね」
新たにメニュー画面に表示されたもの。
それは予選二回戦の始まりだった。
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ユウ レベル【12】
武器
精錬された片手剣――一人前の鍛冶職人が作り出した片手用直剣。かなり頑丈に作られている。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
幼竜の鎧――幼き竜が身を守るための鱗の如き鎧。
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
残スキルポイント【1】
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