闘争の世界 ep.09 『予選~第一回戦③~』
素人同士、あるいは子供同士の喧嘩と自分達の戦闘の違いの最たるものはそれぞれが放つ攻撃の威力であるような気がする。
何気ない拳であろうとも思いっきり振り抜いた拳と殆ど変わらない威力を持つ。
軽く切っ先が当たっただけでも与えられるダメージが大きく減衰することもない。
ゲームに慣れた人であればあるほど最小の動きで最大の効果を狙うようになるというが、目の前のヴァイバーという男はそうではない。効率なんてまるで無視。彼が強いのは単純に戦闘に対するその技量が高い、あるいはゲームではない戦闘に異様に慣れているだけだった。
「はっ、どうしたぁ! ああぁっ!! 手を抜いてんじゃねえぞっ!!!」
防御が間に合わない。
反撃ができないほどじゃない。けれどあからさまにこちらが受けるダメージの方が多い。
「せいやッ!!」
ヴァイバーの剣を俺の剣で弾き返す。
先程まではそれで多少の隙を作り出すことができていたというのに、今ではその合間すらこちらの不用意な攻撃を誘う罠となってしまっている。
だからあと一歩を踏み出せない。
いける、と思うタイミングはあった。だというのに挑発的な、誘い込むようなヴァイバーの瞳に射竦められてしまいそのタイミングを逃してしまう。
「つまらなくなったな……おまえ」
「何っ!?」
「びびってんだろ」
咄嗟に否定する言葉が出てこなかった。
そんな俺の戸惑いを的確に突くようにヴァイバーが蹴りを放ってきたのだ。
くぐもったような声が出る。
受けたダメージよりも、この瞬間に受けた衝撃のほうが違う意味でも大きい。
わざとらしく後ろに大きく飛び退いて一時の休息を確保してみせた。
「そうだな。そうかも知れないな」
警戒は解かず、体の力を抜いて緊張を解く。
嘲笑するように告げたヴァイバーの言葉も受け入れるべきなのだろう。そうだ、俺はこの男に対して怖れをを抱いてしまっている。
まずはそれを飲み込もう。
怯んでしまった事実を忘れることも、無かったことにすることもできない。
ならば考え方を変えるべきだ。
俺の攻撃を誘う罠が実際にあったと仮定して、攻撃を躊躇してしまったことでそれから逃れられたのだとすれば。
自分が抱いた怖れは間違いじゃない。それすらも含めた戦い方を作り出せばいいだけだ。
「さあ、仕切り直しだ」
いつものように剣を持つ右手を下げ、左手を体の前に、全体的に若干の前傾姿勢になる構えを取る。
これが格闘漫画とかだったら俺の纏う雰囲気が変わったとでも言われるのだろうか。そんなことを考えていると不意に笑みが零れてきた。
「ああ? 笑ってるのか、おまえ」
「だろうな」
短く、そしてはっきりとヴァイバーの言葉を肯定する。
「アンタは強い。だかこそ、俺はこの戦いが楽しくなってきたみたいだ」
「だったら……おれも楽しませろぉッ」
構える俺にヴァイバーがソードウィップによる攻撃を繰り出してきた。
蛇のようにうねる切っ先が時に地面を削りながら迫ってくる。
「<シーン・ボルト>!」
白色の鏃が稲妻を伴って迫るソードウィップの切っ先を捉える。
パアンッと破裂音が響きソードウィップの切っ先はヴァイバーのコントロールを離れ宙を舞った。
「踏み出すのは……今ッ!」
どんな攻撃であっても、そこに罠が潜んでいたとしても、俺はそれを乗り越えなければ、罠ごと踏み荒らす気概を持って前に出なければ、勝利を掴むことなどできやしない。
覚悟を以て駆け出す。
そんな俺を見てヴァイバーは微かに笑みを浮かべるとすかさずにソードウィップを引き戻してみせた。
「それでも――!」
万全な状態だったのならばヴァイバーの反撃は間に合っていたのだろう。しかし切っ先が想定外の軌道で宙を舞っていた状態では僅か一瞬とはいえ遅れてしまう。
「俺の攻撃の方が――速いッ!」
叫びながら拳を突き出す。
鱗のような鎧を纏うヴァイバーを穿つ一撃がその腹を撃ち抜いた。
「うおっ」
剣の形に戻ったソードウィップはまだ俺を捉えていない。
「せやッ」
一瞬、体をくの字に曲げてよろけたヴァイバーに追撃の蹴りを放つ。
「この……」
「たたみ込む!」
蹴りの衝撃がヴァイバーを後退させて反撃のチャンスを潰していた。
勢いを完全に殺しきれずに体勢を崩しかけるヴァイバーだったが、不安定な体勢ながらもソードウィップを振り抜いてきた。
剣を素手で受けるわけにはいかない。けど、そんな常識は現実だけだ。俺が纏っている幼竜の鎧も竜玉の鎧も現実には存在しない素材が使われている、と説明文には書かれていた。そうであるのならヴァイバーの振るうソードウィップの一撃くらい耐えてみせろ!
胸の内でそう叫んで俺は硬く握った左の拳でソードウィップを殴り付けた。
凄まじい衝撃と橙色をした火花が舞い散る。
けど、それだけ。俺の腕はまだ繋がっている。
「うおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
獣の如き咆吼を上げて俺は更にヴァイバーに攻撃を仕掛けた。
斬って、
殴って、
蹴って、
そして、また、斬る。
剣と拳。
自分の体すら武器にした攻撃が苛烈にヴァイバーを攻め立てる。
ヴァイバーの顔に浮かんでいるのは戸惑い。何故こうも一方的に攻められる展開になってしまったのか、訳が分からないという顔をしながらもどうにか俺の攻撃を捌こうとして必死になっているようにみえた。
「<マグナ>!!」
渾身の蹴りを放つ瞬間に叫んだ言葉。それはこの戦闘に入る前に覚えた最後のアーツ。スキル≪格闘・1≫を習得して使えるようになる<マグナ>というアーツだ。その効果は発動後一度だけ武器を使わない攻撃に威力を上乗せするというもの。このアーツでは発動したときには目に見える変化はないが、その攻撃が当たった時には閃光が弾けるようなライトエフェクトが起こることが特徴だった。
想定外の衝撃を受けてHPゲージを減らしたヴァイバーは即座にこの一撃が俺が使わずに温存していた攻撃であることに気付いたらしい。敢えて衝撃に身を任して地面を転がるようにして俺から離れていった。
「うぅっ、ああ。いいね。もっと………来いっ!」
起き上がり首を回してからニィっと口元を歪めて嗤いヴァイバーが叫ぶ。
ソードウィップを放ち、そのなかを駆けてくるヴァイバー。
次の激突が勝負を決める。直感でそう理解した俺は先程と同じように咆吼しながら駆けてくるヴァイバーへと向かって行った。
舞台の広さは限られている。
激突するまでの猶予など限りなく少ない。
ここに居ないはずの観戦者の固唾を飲む音がしたような気がした。
しかし、大概の戦場では誰かの思い通りに事態が進むことの方が珍しい。そのことに俺が気付くことが出来たのは残念なことに事が起きた後となってしまった。
「ああ?」
興が冷めたというように急ブレーキを掛けるヴァイバーの前、止まること叶わずギリギリ減速したことで直撃を免れた俺の視線の先。そこにいたのは舞台に出来たクレーターの上でつばぜり合いを繰り広げているムラマサとヨグスの二人だった。
「邪魔すんじゃねえよ!」
「悪いな。そんなつもりはないんだが……」
「無事かい? ユウ」
「まあ、何とか」
ヨグスのレイピアとムラマサの狼牙刀が押し合いをするその更に後方。そこにいるハルと赤矢の戦いが動く。
凄まじいまでの轟音が響き、起こる巨大な爆発。
広がる爆炎の中に佇む二人の男。
互いに屈強な鎧に身を包み、仁王立ちするその姿に思わず視線が奪われてしまった。
「ユウ!」
それは誰の呼び声だったか。気付いた時には既に巨大な炎が舞台一面に広がった後だった。
舞台に立つ全員を飲み込んでいく真紅の炎。燃えるものなど無いはずの石の舞台だというのにその炎は消えることなく燃え続けている。
漂う熱気は空をも歪めてしまう。
陽炎とでもいうのか、それは放ったであろう当人、赤矢は大剣を携えたままゆっくりと此方に歩いて近付いて来た。
「ハルは――?」
対峙していたはずのハルの姿がない。
見れば視界の左端にあるHPゲージが一つ消失していた。
「まさか、やられたのか」
小さく呟く俺の見ている先でムラマサが顔を顰めながらも半ば強引にヨグスを押し退けてスキル≪刀・4≫によって使えるようになるアーツ<残閃>を用い斬り伏せていた。
これで数の上では二対二。イーブンに戻った。しかし<残閃>が威力が高い代わりに発動にMPではなくHPを消費することを知っているからこそ、それを使ったことでムラマサのHPが危険域に達してしまったことが分かった。
表情や態度の上では表に出さないが、彼女の頭上に浮かぶHPゲージを見れば誰にでも明らか。ハルとの戦闘で無傷のはずがないと信じながらも近付いてくる赤矢の状態によってはこちらが劣勢に追い込まれてしまうのも時間の問題なのかもしれないのだ。
「まずはアイツを一気に倒す!」
追い込まれてしまったと考えた俺は少なくとも現状がある程度把握できているヴァイバーを倒すことに意識を向けた。
タイムリミットは赤矢の到着。
それを許してしまえば自分達が各個撃破される可能性だって低くはないのだ。
意を決してヴァイバーに近付いた俺は<ラサレイト>を発動させながら精錬された片手剣を振り下ろす。光の軌跡を描きながら垂直に振り下ろされた一撃は想像していたよりもすんなりとヴァイバーを斬り裂いていた。
攻撃を受けて怯むヴァイバーを前に俺は更に<マグナ>を発動させて殴り付けた。
パンッと弾ける閃光がヴァイバーを仰け反らせる。
「<マグナ>!」
まだだ、まだ足りないと繰り返し発動するアーツによる打撃はみるみる内にヴァイバーのHPを削り取っていく。
「<ラサレイト>!!」
連続する打撃の最後に組み込んだアーツの斬撃。
ヴァイバーの胸を横一文字に斬り裂いたそれはヴァイバーに残されていたHPを全て刈り取っていた。
「はあ、はあ、はあ」
肩で大きく息をする俺に駆け寄ってくるムラマサ。その姿を見ながらも何故俺はこの時にヴァイバーを倒しきることができたのか分からないでいた。
「本当に気分屋だな」
そんな一言が聞こえてきた方を見るとそこには炎の中に立つ赤矢がいた。
「どういう意味だ?」
「そこの、えっと、ムラマサって言ったっけ。あんたとヨグスがさヴァイバーの戦闘に水を差すように割って入っただろ。多分だけどさ、あいつそれでやる気を完全に無くしたんじゃないかな」
「やる気って、嘘だろ」
「まあそれだけあんたとの戦いが楽しかったってことなんだろうけどさ、ったく、こっちは良い迷惑だよ。ヨグスも倒されてるしさ」
明るい口調で文句を垂れる赤矢に俺とムラマサは毒気を抜かれたように立ち尽くしてしまっていた。
「それで、アンタはどうするんだ? 俺達と戦うつもりなんだろ?」
「もちろん。俺だってここで負けるつもりはないからな」
「そうか。だったらこっちはオレとユウの二人で行かせてもらうよ」
「良いのか? あんた、随分とダメージが残っているみたいだけど」
「そうだね。だったらオレが倒される前にキミに1ポイントでも多くダメージを与えるとしようか」
「おおっ、随分と怖いこと言うなー」
「キミだって負けるつもりで戦ったりはしないだろう」
「そう、そうだよな。分かった」
ムラマサの言葉を受けて変に納得したのか大袈裟に頷く赤矢は大剣を構えて告げる。
「俺は負けない!」
炎で足跡を残しながら近付いてくる赤矢の攻撃を待ってやる義理はない。俺にはこの距離からでも赤矢を攻撃できる手段があるのだから。
「<シーン・ボルト>!」
精錬された片手剣の切っ先を向けて放つ稲妻の軌跡を描く鏃は赤矢に命中した。だがそれは自分が思い描いていた結果にはならなかった。
弾けるのではなく飲み込まれるように消えた鏃。
舞台一面に広がっている炎。
赤矢が残す足跡が燃えていること。
それらが示す答えが赤矢が纏っている鎧の変化によるものであることが判明したのだ。
「んー、さしずめ炎の鎧って感じかな」
「単純に防御力が上がったって感じじゃないよな」
「おそらくは炎の鎧が命中した攻撃を瞬時に燃やし尽くしているのだろうね」
「ありなのかよそれ」
「何らかのデメリットはあるはずさ。でなければ戦闘が始まって直ぐに発動しても問題無いはずだからね。仮に秘匿しておくことが作戦だっとしても、勝ちを逃してまですることじゃない。彼ならそう考えると思うよ。ならばデメリットとして考え得るのは継続的なダメージとか他のアーツとの併用不可とかかな」
「正解。ほんとうに鋭いなあんた」
「そんな簡単にバラしてよかったのかい?」
「そこまで言い当てられてたら誤魔化せないって」
「でもさ、ダメージを受け続けてるってことは直ぐにHPが尽きるんじゃ――」
「彼はおそらくHP特化のスキル構成をしているんじゃないかな。レベルによる補正と言い切るにはあまりにも偏りすぎているからね」
「それも正解」
「じゃあこうして喋っていればいつかは自滅するのか?」
「うーん、それはどうだろう。その辺り教えてくれると嬉しいのだけどね」
「まあ、別に隠すようなことじゃないし、言ってもいっか。こうして動かない限りはダメージは無いってわけさ」
「なるほど。ダメージを受けるのはキミが体を動かした時というわけだね」
「そのとおり」
「つまりオレ達は攻撃が効かないと知りながらも戦い続けていればいつかは勝てるというわけかな」
「残念。その前に俺が二人を倒してみせるさ」
刹那、ムラマサは砕かれて地面に落ちている欠片を拾い赤矢に投げつけた。
地面の欠片は赤矢に命中はしたものの炎の鎧に阻まれて蒸発するように消えてしまう。
「攻撃と認知すればどんなものでも燃やすみたいだね」
「俺の鎧は伊達じゃないぜ」
「そのようだね。けど、どんなアーツも無敵じゃない」
それは俺に向けたムラマサの言葉。攻撃が効かないという現実に惑わされるなという忠告。
静かに頷き精錬された片手剣の切っ先を赤矢に向ける。
「<シーン・ボルト>!」
放たれる鏃が最後の激突の開始を告げる合図となった。
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ユウ レベル【12】
武器
精錬された片手剣――一人前の鍛冶職人が作り出した片手用直剣。かなり頑丈に作られている。
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
幼竜の鎧――幼き竜が身を守るための鱗の如き鎧。
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
≪砲撃・7≫――<シーン・ボルト>弾丸と銃を使わずに放つことができる無属性射撃技。
≪格闘・1≫――<マグナ>発動後一度だけ武器を用いらない攻撃の威力を上げる。
残スキルポイント【1】
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