闘争の世界 ep.05 『初日~その⑤~』
前回登場したスキルとアーツの紹介です。
≪ハルバート・1≫――<螺旋>回転を加えた弱威力の刺突を放つ。
初めてのダメージがガルムに入った。たったそれだけのことがこの戦闘における潮目となった。
目に見える違いはガルムの全身の毛皮を覆っている艶だろうか。それが現在はまったく見受けられない。文字通り艶が無くなったことでその防御力が激減したらしい。
俺の攻撃に続いてハルが原初のハルバートを突き出す。
先程は弾かれてしまった一撃も今度はすんなりとガルムの体を穿った。
「ッ手応えあり!」
叫び次なる攻撃に備えるハル。
ガルムはその声に反応して顔を向けるが、その際に出来た隙をムラマサが見逃すはずもない。素早く近付きそれが使い慣れた刀であるように直剣を振るう。
ガルムに迫る斬撃は横一文字にその背中を斬り裂く。
『グギャンッッッ』
武器の性能が低い事が関係しているのか、与えた攻撃は斬撃というよりも打撃に近しい。ガルムが攻撃を受けた痕は間違い無く切り傷だが、発生したダメージエフェクトは重い鈍器で打ち付けた時に起こるものに酷似していた。
上から押さえ付けられるように地面に伏せるガルム。それが起き上がろうとした矢先、再びハルが原初のハルバートを突き出した。
胸を穿つ一撃はガルムのバランスを崩して顔を上に向けさせる。
両腕を無様に投げ出したまま胸を広げるガルムに今度は俺が直剣を構えて近付いた。
「せいやッ!!」
気合い一閃、袈裟斬りを繰り出す。
肩から斜めに振り下ろした斬撃がガルムのHPを削り取る。
ダメージが通った一撃に続いて雪崩のように繰り出される俺達の攻撃。
みるみるうちに減っていくガルムのHPを目の当たりにして確信する。この戦いは自分達が優勢のまま勝利を収めることができるだろうことを。
ガルムが体勢を整える前に勝負を決してしまおう。
言葉を交わすこと無く決められた戦闘の流れはまるで見計らったように俺達に勝負手を出させた。
「<螺旋>!!」
アーツを伴い突き出される原初のハルバート。
「<ラサレイト>」
アーツのライトエフェクトが俺の持つ直剣の刀身を輝かせる。
立て続けに放たれる二度のアーツによりガルムのHPは大きく削られた。
HPが残り僅かになったガルムにムラマサが連続して直剣を振るう。
アーツの攻撃は謂わば一撃に重きを置いたもの。決まったモーションのを取ってしまうことからもそれは明らかだ。それに比べて通常攻撃には武器それぞれの使い方を除けば何も制限はない。攻撃のやり方も、武器の使い方そのものも個人のセンスに影響される。極論をいうならば剣を矢のように撃ち出したところで何も問題はないのだ。
「これで決めるっ!」
既にアーツの光は消えている。けれどそんなこと構うものか。ダメ押しになるように直剣を振り下ろした。
三人の攻撃の手が止まる。
生じた一拍の空白。
誰かが息を呑む音がした。
瞬間、ガルムの全身が眩い光に包まれ、たっぷり水の入った風船のように弾けて消えた。
「ふぃ」
溜め込んでいた息を吐き出す。
体から力を抜いて、直剣を鞘に収める。
ハルは原初のハルバートを背負い、ムラマサは俺と同じように直剣を腰の鞘に収めていた。
「レベルが上がったな」
「それよりも今はドロップアイテムだろ」
「わかってるって」
リザルト画面に視線を送りながら集合した俺達はハルに促されそれぞれが手に入れたアイテムを確認することにした。
「お疲れさま。何か良いものはあったかい?」
「ムラマサは?」
「んー、残念だけど【刀】も、それに似た武器も無かったよ。それで二人はどうだった」
「おれもさっぱりだ。というかそもそも武器のドロップは無かったんだよな。あったのは防具、それも全身同一のセット装備っぽいな」
「おや? 奇遇だね。オレもそれっぽいのがあるよ」
「ちなみに俺も同じような防具が落ちたみたいだ。んで、これはムラマサに」
そう言って一つの武器を実体化させて差し出した。
下弦の月のような反りのある全長1メートルを超える武器。独特な艶のある黒色の鞘に収まっているそれは基本的な形の刀そのものだ。
「【餓狼の太刀】というらしい。これなら刀として使えるよな」
「ああ。有り難く使わせて貰うよ」
俺の手から受け取った餓狼の太刀をムラマサは腰に提げられた直剣の代わりに装備して手慣れた様子で抜き放った。
光を反射して輝く刀身を誇る餓狼の太刀。
「悪くない」
満足そうに呟き鞘に戻すムラマサ。これでようやく彼女が使うべき武器種を手に入れたことになる。
「スキルはどうだ? やっぱり一度は戦わないと出てこないか?」
「んー、まだ出ていないところを見ると戦闘を経験する必要はありそうだね」
「そっか」
地底路のボスであるガルムを倒したことによりこれ以上先にモンスターはいない可能性が高い。それならば一度来た道を戻って再出現しているかもしれないモンスターを探すしかここで戦闘することは難しいだろう。
言外にそう告げながら視線で問い掛けると二人は揃って首を横に振っていた。
「いいのか?」
「まあね。オレのスキルも大事だけどさ、それは此処とは違う場所で行うべきだ。そうだろう?」
「その餓狼の太刀ってのがボスバトル限定のドロップアイテムだとするのなら、確かに違う場所に行くのは有用だと思うぞ」
ムラマサとハルの言いたいことは理解出来た。それならばといつの間にか壁の一部をくり抜いて出現していた出口に視線を向ける。
「んー、ちょっと待ってくれ。もう一つもここで確認しておかないかい?」
「ここで?」
「ガルムを倒した今、ここはある種のセーフティゾーンになっているんじゃないかと思ってさ」
「確かに。ボスモンスターが再出現するなんてあまり聞かないもんな」
「そういうことさ」
にこりと笑うムラマサは自身のストレージから一つのアイテムを取り出してみせた。
「それってさ、防具、だよな?」
「んー、そのはずなんだだけどね…」
今ひとつ確信が持てないというように曖昧に答えるムラマサにハルは怪訝な視線を送っている。
「そう見えないよな」
「……だね」
ムラマサが手に入れたものだけがそうなのかも知れないと俺もここでドロップした防具を取り出してみる。しかし自分の手の中に現われたのは手のひらよりも一回りほど大きな四角い塊。黒色の塊に灰色の紋様が刻まれたそれはあからさまに防具には思えない。
「お、おれのも同じ形みたいだ」
「つまり俺達は全員同じアイテムを手に入れたってことか?」
「んー、これはガルムの確定ドロップなのかもしれないね」
「ってことは俺達以外でもこれを手に入れる可能性があるってことか」
「ゼロじゃ無いだろうね」
断言するムラマサに俺はどこか納得してしまっていた。
ともあれ自分の手の中にある物を見る。
じっと見つめることで見えてくる防具の名称は【純色の外装】。それは二人の手の中にある物も同様だ。
「どう使えばいい?」
未知のアイテムの使い方など俺は知らない。ならばそれを知っている可能性が高い人に聞くことこそ正しいだろう。そう思いムラマサに訊ねてみるも返ってくるのはかわいらしく首を傾げる姿だけだった。
そして奇しくも、こういう時に最も速く正着するのは真っ先に試みた者。怖れを飲み込み、不安を乗り越え、それは時に無謀とすら言える心構え。
突然左側から迸る緑色の光。
驚きそちらに視線を向けるとハルの体がその光に光に包まれている様が目に飛び込んで来た。
「ハル?」
「なるほど。確かに防具のようだね」
首から下が新しい防具に変わったハルがそこに立っていた。
黒いアンダースーツ。その上にある銀色の装甲。そこに刻まれている紋様は先程の光と同様に緑色に輝いている。
「【翠玉の鎧】か。あの光の色で名前が変わるみたいだな」
がっちりとした大きめの鎧はハルが好む重装騎士のよう。上半身の装甲は丸みを帯びた流線型をした鎧のようであり、下半身にはそれと同じ意匠のあるブーツや腿当て、腰当てがあった。それぞれ動きを阻害することはないように各関節部は敢えて装甲が宛がわれてはいないらしく柔らかいアンダースーツが見えている。頭部だけが剥き出しになっているのはハルの趣味というよりも元々兜に該当する部分が無い仕様だからだろうか。しかし体躯を一回り以上も大きく見せる鎧だからこそ頭部の小ささが際立って見えてしまっていた。
「それよりもさ、ハルはどうやって使ったんだ?」
「ん? どうって、こう使うぞって感じで持っていたら勝手に――」
「使うぞって、つまり考えるだけでいいってことか?」
ハルの言うことを疑っているわけではないが、今ひとつ理解が追いついていないというように手の中の純色の外装に視線を落とす。
そんな自分を余所にムラマサが立っている方から紫色をした光が迸った。
「オレのは【紫水晶の鎧】というらしいね」
鎧、といえばそうなのだろうが、俺がそれを見た時に抱いた印象は和装だった。黒いアンダースーツはハルと同じで違うのはその上にある銀色の装甲の形状。上半身にあるのは一般的な女性用の胸当てという印象だ。しかしより特徴的に思えるのはその腕の部分だろうか。硬質化した着物の袖を彷彿とさせる籠手とアンダースーツが見える肩。肩当てに該当する部分が無いのは気になるが、それよりも下半身の装甲の少なさは心配になるほどだった。靴と脛当ては確かに銀の装甲が見受けられるが腰当てにはなく、あるのは後ろが長い斜めの一枚布が備わっているだけ。色合いは確かに銀であることからそれも装甲に該当するのかもしれないが。そしてやはりムラマサも頭は剥き出しのままだった。
「ハルのとは全然形が違うんだな」
「けれど、オレの好みにはこっちが合っているだろう」
「そうだね」
「さ、最後はユウの番だぞ」
「分かってるよ」
二人の変化を目の当たりにして俺は自分の手の中の純色の外装を見た。そして力を込めて意識をそれに集中することにした。すると二人の時と同じように眩い光が自分の体を包み込んだのだ。
光の色は青、そしてその中に時折混ざる赤。一色の強い光が迸った二人とは違うが確かにそれは正しく純色の外装が反応している証だろう。
程なくして光が収まり、俺の体を新しい防具が包み込んでいた。
「【竜玉の鎧】? 二人みたいな宝石の名前を冠しているやつだけじゃないのか」
自分の体を見下ろしてみる。
近くに鏡はないためにしっかり見られたわけではないが、それでも自分の体を包んでいる竜玉の鎧は二人のそれとは大きく異なっているように思えた。
黒いアンダースーツは同じ。銀の装甲はかなりの細身。上半身に当たる胴体や肩当てもそれほど大きくなく、籠手は腕のラインが見えるくらい薄い装甲だ。下半身には脛当てや腿当てなど基本的な装甲はあるが、それ以外はアンダースーツのまま。装甲に刻まれている紋様の色はハルの緑一色、ムラマサの紫一色とは異なり、胴体に近づくほど青くなり四肢の端に向かうほどに赤くなっていた。
案の定、顔は剥き出しだ。
三人の装備が変わったのを見届けハルが嬉しそうに言う。
「三人が共通の防具を使うってのはチーム感が出ていい感じになんじゃないか?」
「まあ、そうだね」
「どうした?」
曖昧に答えるムラマサに訊ねてみる。するとムラマサは自身のメニュー画面を見つつ答えた。
「防具の項目が増えてるんだ」
「え?」
言われて確認すると確かにそこにはこれまで無かった項目があった。
【外装防具】それは他のゲームでいう見た目だけが変わる装備に該当するもののようだ。防具自体の性能には影響を及ぼさず見た目だけを自在に変えることができる装備。
「これは防御力は変わっていないってことか」
すごく残念な気持ちになってしまった。コボルト戦では手に入らなかったために初期防具のままだった状態をようやく脱却できたと思ったからだ。
「んー、ポジティブに考えればこれで防具を変えても相手には伝わらなくて済むってことかな」
「確かに」
「それにおれやムラマサの武器も手に入ったことだしさ」
「そうだったな」
「最初のダンジョン攻略としては上々な結果じゃないかな。何よりまだ日はあるんだ。装備を充実させるのはこれから、焦っても仕方ないさ」
諭されるようにムラマサに告げられ、それには俺も納得せざるを得ない。
「オレも【刀】で使えるスキルを獲得したいし、二人も最低限四つのスキルトリガーに入れられるだけのスキルは手に入れておきたいだろ?」
「ああ」と頷く俺。
「もちろんさ」と大袈裟に首肯するハル。
二人の様子にムラマサ頬を緩めた。
「だったらこのダンジョンをさっさと抜けてしまおうか」
「確か出口はあっちだったよな」
「そうみたいだね」
開かれたままの通路を目指して歩き出す。
ダンジョンの最奥部を攻略したことで出現する通路はそのまま外界へと続く転送口となっている。通路を歩み進めたことで俺達は直ぐにダンジョンの外に出ることが出来たのだった。
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ユウ レベル【6】
武器
量産された片手用直剣
外装防具
【竜玉の鎧】――ドラグライトアーマー。剛性と柔軟性を兼ね揃えた鎧。
内部防具
簡素な服・上下
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>発動の速い中威力の斬撃を放つ。
残スキルポイント【3】
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