闘争の世界 ep.04 『初日~その④~』
「おや?」
地底路を進む道中、繰り返しコボルトとの戦闘を行っていると不意にムラマサが声を出した。見ているのは手元にあるメニュー画面、そこに映し出されている戦闘のリザルト画面。
「どうしたんだ?」
何かあったのかとムラマサの元へと駆け寄っていくハルとその後を追ってゆっくりと歩いていく俺。
二人がムラマサの元へと辿り着くよりも早くその手の中に彼女が使っている直剣とは違うものが出現していた。
幅の広い刀身に槍のように長い柄。その全てが金属で出来ているみたいでムラマサはバランスを崩しそうになりながらもどうにか持っているように見えた。
「それはっ――!?」
「んー、これも一応【斧】に入るのかな?」
驚くハル。それもそうだろう。ムラマサが持っている武器はまさにハルが探し求めていた【斧】の系譜にある【ハルバート】という武器だったのだから。
「ドロップした武器はいくつかあったけど、俺達が使えそうなヤツはそれが最初になるのか」
「だな」
「えっーと、名前は【原初のハルバート】というみたいだね」
「なあ、性能はどうなんだ?」
「んー、思った通りそれほど高いものじゃ無いみたいだね。まあ、これよりは幾分かマシみたいだけど」
腰の直剣に手をやりそう答えるムラマサ。ハルはその言葉を聞いてどこか期待するような目をムラマサに向けていた。
「分かっているさ。これはハルが使ってくれ」
躊躇なくハルバートをハルに手渡すムラマサ。聞きとしてハルバートを受け取ったハルはそのまま数回慣れた得物であるというようにそれを振り回してみせた。
「どうかな。それの使い心地は?」
「悪くない。次はふたりの番だよな」
「そうだね。そうなるとありがたいけど――」
「今の所よく落ちるのが【ナイフ】系統か【弓】系統だからな。【剣】の系統でムラマサの場合は【曲剣】か【刀】がいいんだったよな」
「ユウは今のまま【直剣】の性能が高い武器に変えるつもりなのかい?」
「俺はそれでもいいんだけどさ、そうすると俺達のパーティは近接に偏りすぎにならないか」
「んー、それは仕方の無いことじゃないかな。下手に使い慣れていない武器種を選んで練習するよりもオレ達自身が使い慣れている武器を使ってキャラクターを強くしていく方が効率的だからさ」
「わかった。リーダーの指示に従うよ」
「ん? オレがパーティリーダーなのかい?」
「違うのか? おれはてっきりそうだとばかり……」
「ハルに同意だな。ムラマサが適任だよ」
「そうか。わかった。改めてよろしく頼む」
「おう!」
正式にパーティのリーダーとなったムラマサを先頭に俺達は地底路を進む。
道中の戦闘を経てようやくレベルが【5】に上がり、このダンジョンの適正レベル追いつくことができたのだった。
「でさ、ハルはハルバートを手に入れたんだから新しくスキルを習得するつもりなんだろ?」
「もっちろん。さっきの戦闘で≪ハルバート・1≫のスキルが出ていたからさ」
「アーツは?」
「ちょっと待ってくれよっと、これだな」
そう呟いて俺とムラマサから少し離れた場所に立ちハルバートを構えるハル。そしてすかさず<螺旋>と叫んだ。
ゴウッと地底路に一陣の風が吹いた。同時に繰り出される高速の突き。アーツによって決められたモーションは若干の前傾姿勢になって腕を振り抜くことだけ。下半身に決まった挙動はないようでハルが数回アーツを発動させる度に走りながらや立ち止まって踏み締めてたりとパターンを変えて試していた。
「うん、悪くない」
確かな手応えを感じながら頷くハル。シンプルなアーツはハルにとって強力な手札となってくれることだろう。
「ユウはどうだ? 何回かアーツを使ってたみたいだけど」
「最初の<スラッシュ>よりは使いやすいよ。好んで使う人もいると思う。けど俺的には<ラピッド・スラッシュ>は少し物足りない感じかな」
自分が欲しているのは純粋に高い威力を誇るアーツ。さらにレベルが上がったことで手に入ったスキルポイントが残っていることもあって別のスキルを習得することが可能になっていた。
「お、≪片手剣・3≫が出てる」
「今回も上書きなのか?」
「そうみたい。あ、でも≪片手剣・1≫に戻すこともできるみたいだ。スキルポイントは消費するみたいだけど」
「ということはスキルの後ろにある数字はスキルレベルじゃなくて種類ってことなのか」
「んー、それで合ってるんじゃないかな。ハルはどうだい? スキルポイントは余っているだろう。ユウの例に倣えば≪ハルバート・2≫のスキルが出ているんじゃないのかい」
「残念。まだ無いんだな、これが」
「そうか」
「それは多分だけどさ、件のスキル、もしくはそれで使えるようになるアーツを規定数使用しなければ次のスキルは出現しないようになっているみたいなんだよな」
「なるほど」
「それに武器系のスキルしか出現していないことも変な感じだしさ。どんなに使用出来るスキルの数が限られているとしても、そもそも習得できないんじゃ検証することも出来やしない。それっておかしいだろ」
「言われてみればたしかに」
「とはいえ、スキルを戻せるのは助かるな。しっくりこなければどうとでもなるし、幸い今の段階だとスキルポイントは余っているからさ」
等と言いながら≪片手剣・3≫のスキルを習得する。これにより使えるようになったアーツは<ラサレイト>。試しにと虚空に放ったそれはようやく動きの縛りが少ない使いやすそうと感じる斬撃だった。
「実戦で試してみないと確かなことは言えないけど、俺が使う基本的な斬撃アーツはこれでいいかもな」
予想よりも早くしっくりするアーツを見つけられたことを喜びつつ、俺は足を止めた。
これまで続いていた道が途切れ、目の前に巨大な扉が聳え立っている空間に出た。
「行き止まり、か」
「ってことはこの扉の向こうに地底路のボスがいる――」
「のかも知れない。だろ?」
「や、そこは確実にいると思うよ」
茶化すように台詞を続けたハルにムラマサが呆れたように言葉を返す。
「準備はいいか?」
「それはおれの台詞だよ。ムラマサだけ武器も元の直剣のまま、スキルだって何も習得していないだろう?」
「んー、問題は無いさ。他のゲームにあるようにステータスで確認することはできないとはいえ、レベルが上がって自分達の能力値が上がっていることは間違いないだろうからね」
ここに至るまで、自分達のレベルが上がるにつれて戦闘が楽になっていった。具体的にいうならば与えるダメージが増え、受けるダメージは減っていたのだ。攻撃を回避することも容易にできるようになり、最後の戦闘では終始自分達が優位になるように戦えていたのだ。
その実感は俺やハルも同じでムラマサの言葉に頷いていた。
「あーあ、何か良いボスドロップがあると良いんだけど」
「ははっ、気が早いな」
「良いんだよ。おれ達ならどんなボスだろうと倒せるんだからさ」
気楽に答えるハルにムラマサは苦笑を返していた。しかしその言葉を否定することはしないで「そうだな」と短く答えていた。
「行こう」
ムラマサがそう言って扉に触れる。
途端、ゴゴゴッと大きな音を立てて開かれていく扉。
外かと思うほど明るいその空間はまさにボスモンスターと戦うためだけに用意された場所。その中心で静かに佇んでいるのは先程まで戦っていたコボルトより一回り以上大きなモンスター。狼の頭に巨人の体。コボルトと大きさ以外で違うのは体色が濃い紫で有ることの他にそれが簡素な鎧を纏っていること、そしてその手には巨大な鉈のような剣が握られていることだ。
名称【ガルム】。
それが地底路に待ち構えているボスモンスター。
「逃げ道は無しってか」
三人が足を踏み入れた瞬間、閉ざされる扉。
三人の手がそれぞれの武器に伸びる。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッ』
それぞれが武器を構えたその瞬間に戦闘開始を告げる号砲の変わりだというようにガルムが大きく吼えたのだ。
「まずは散開! ガルムの出方を見るんだ!」
「了解!」
「わかった」
ムラマサの指示に従いガルムを囲むように移動する。
視界の端に二人の姿を捉えつつ意識はガルムの挙動に向ける。
最初に動いたのはガルムだった。
プレイヤーよりも大きな体からは想像出来ないほどの俊敏な動きでガルムが真っ先に狙ったのはハル。ハルバートだからそれまで使っていた直剣よりも距離を取って戦うことが出来る。その考えが裏目に出たのか安全に挙動を見極めようとしていた俺やムラマサに比べてハルは前に出てしまっていた。
「ハル、防御!」
「わかってるって」
ハルバートを振り下ろされる鉈に打ち付ける。
ガンッと大きな音が轟き、ハルが僅かに後退する。反対にガルムは追撃を加えようと軽々と片手で鉈をを振り上げた。
「<ラサレイト>!」
駆け出しハルを狙い振り下ろされる鉈を目掛けて斬撃アーツを放つ。
新たに獲得したアーツによって強制的に取らされる動きは直剣の振り抜き。決められているのは剣を水平に振るうということだけでそれが左右どちらから繰り出されるかは関係ないようだ。
今回は右から左に振り抜く。
ベストなタイミングで鉈を穿った俺の剣は弾かれるように自分の体を逸らしてしまう。ただしそれはガルムも同じらしく、自分よりは僅かなものの鉈の軌道は大きく逸らされて片腕だけはこの時の自分と同様に大きく跳ね上がっていた。
「ユウ、助かった。<螺旋>!」
鉈が浮き、絶好の攻撃の機会がハルに訪れた。
ハルバートのスキルにて使えるようになるアーツ<螺旋>を放つ。
真っ直ぐ突き出された一撃は正確にガルムの首元を捉えている。
『ガウ、グググッッ』
攻撃を受けてなおも平然としているガルム。
それもそのはずハルが突き出したハルバートの刃はガルムの毛皮を貫くことなく、硬い毛によって受け止められてしまっていたのだから。
グンッとハルバートの刃先に生じる渦状の痕。しかしそれも一瞬のこと。ガルムが全身の毛を逆立てると、その鋭い眼光で俺達を見た。
「拙い、二人ともそこから離れるんだ!」
怒号のようなムラマサの声が響く。
しかしそれは叶わない。
仰け反る俺や技後硬直のようなもので動けないハルはその場から逃げ出すことなどできるはずがなかったのだから。
どうにか体勢を取り戻しガルムを見上げる俺。
ハルはハルバートを杖の変わりにして立ち上がる。
視界に映るガルムがまたしても鉈を振り上げたかと思うと、そのまま地面を打ち付けた。
生じる衝撃波が俺達を襲う。
回避など間に合うはずもなく俺達は可視化された衝撃波に飲み込まれていく。
「うわあっっっ」
「うおおおっっっっっ」
ハルと俺の悲鳴が重なる。
「くっ」
衝撃波は受けた距離によってダメージが変わるようで、俺達よりもムラマサの方が軽傷だ。
「二人とも、無事か!?」
「あ、ああ」
「何とかね」
強力な一撃が直撃したにも関わらず全滅を免れたのはこの地底路が難易度の高いダンジョンではなかったことが理由だろう。
それでも大きなダメージを受けてしまったことには間違いないが、それもこれまでのコボルト戦で獲得できた数少ない回復ポーションを使うことで事なきを得ることができた。
「まだやれるね?」
素早く俺達の近くに来たムラマサが問い掛けてきた。
回復したことで全快の状態に戻った俺は隣に並ぶハルにアイコンタクトを送る。返ってくるハルの強い意思を感じて頷くと俺達は再びガルムと向かいあった。
「ああ!」
力強く応え、俺は片手用の直剣の切っ先をガルムに向ける。
ガルムに斬り付けられるよりも早くこちらから攻撃を仕掛けるべき。その一心から繰り出される斬撃がガルムの体を素早く通り過ぎる。
初めてダメージがガルムに入ったのだ。
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ユウ レベル【5】
武器
量産された片手用直剣
防具
簡素な服・上下
習得スキル
≪片手剣・3≫――<ラサレイト>出の速い中威力の斬撃を放つ。
残スキルポイント【2】
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