闘争の世界 ep.02 『初日~その②~』
「やあ。待っていたよ」
テーブルクロスすら掛かっていないステンレス製のテーブルが等間隔で並ぶカフェテリア。そこで談笑している二人のうちの一人。すらっとしたスーツを纏った髪の長い女性が朗らかな笑みを浮かべて手を振ってきた。
「ムラマサ、だよな?」
「よく分かったね」
「いやいやいや、ムラマサは服装は違っても顔はそのままじゃないか。それよりもお前の方がどうしたんだよ、その頭」
「ん? 似合ってないか? 俺的には悪くないと思っているんだけど」
後頭部から伸びる後ろ髪に触れながら不満気に訊ねる。
「別に似合ってないとは言ってないけどさ。それと名前、『ユウ』にしたんだな」
「まあね。二人は『ハル』と『ムラマサ』を使うんだな」
「名前は呼ばれ慣れている方が反応しやすいからなあ」
「同じく」
「なるほど。にしてもさ、ハルの方こそ、普段と変わってなさ過ぎるだろ。ハルの好みの重装備はどうしたんだよ?」
「あー、それな。中身はこれが一番しっくりくるんだけどさ、まあ、ほら、初期防具の中に良い感じの鎧がなかったんだよな。で、服はこれなんだけどさ、武器だって、ほら」
「斧、じゃないんだな。ムラマサも……」
「ああ。オレも見ての通りさ」
ムラマサが座っている椅子の傍に立て掛けられている剣は俺の腰に提げられている片手用の直剣と同じもの。ムラマサはそれを指差して苦笑を浮かべていた。自分として意外なことだったのはハルが持っている武器も同じ剣だったこと。
「そういえばさ、武器とか防具を変えるのはどうすればいいのかどっちか知っているのか?」
「んー、このゲームの場合だとモンスターからのドロップが基本だったかな」
「え?! 自分で作成したりはできないのか」
「そもそもこのゲームにはNPCがいないからね。現時点だと町にNPCショップすら無いはずさ」
「へー、ハクスラってヤツか」
「その通り。基本的にはモンスターを倒して装備の向上の繰り返し。そして集めた装備でプレイヤー同士の真剣勝負が繰り広げられるってわけさ。レベルはあるけどプレイヤーの能力値を数値化して可視化されているわけじゃないし、HPやMPも装備やスキルで増減するからさ」
「スキルはあるんだな」
「あるさ。スキルがなければアーツが使えないからね」
「どういうことだ?」
「それは――」
「ユウの場合は実際に戦ってみたほうが分かりやすいんじゃないか?」
「なんだよ。ハルはもう理解しているっていうような口振りだな」
「もちろん。予習は大事なんだぜ、ユウ」
「ふふっ」
胸を張るハルの隣でムラマサが堪えきれないというように笑みを溢した。
「良く言うね。さっきオレから聞いたばかりだっていうのにさ」
「あ、ちょっと。バラさないでくれよっ」
「まあ、話を聞いただけである程度理解してみせたってのは流石のゲーマーだなとは思うけどね」
一転して背中を丸めるハルを見て思わず俺も笑ってしまう。
ハルはバツが悪そうに腕を組みそっぽを向いてしまった。
「何がともあれ、ハルが言っていることもあながち間違いではないさ」
そうフォローして提案する。
「装備を集めるって意味でも戦いに行った方が良いんだろう?」
「ああ。そもそも時間も無いしね。スキルだって色々と獲得して使い熟さないと意味がない」
「――だな。何処に行けば戦えるんだ?」
「適当に街の外にあるエリアを探索しても戦えるとは思うけど、効率がいいとは言えない。それならば、オレ達が向かうのはこの街の傍にある『ダンジョン』だな。初期レベルのまま挑むのは無謀かもしれないけどさ、オレ達のプレイヤースキルを考慮するのなら問題はないはずさ」
視線で行けるよなと問い掛けてくるムラマサに俺は頷くことで応えた。
「よっし。それじゃあ行こうぜ」
バッと勢いよく立ち上がったハルが街の外に向かって歩き出した。俺とムラマサは同じタイミングで立ち上がり、その後を追って歩き出す。
街で見られる人の数は疎らなれど、NPCはいないというムラマサの言葉通りだとするのならばそれらは全てことこのタイミングに限って限ってしまえばある意味で俺達のライバルとなるのだろう。
各々の目的に沿って動く人達を漠然と眺めながら歩く。
都会的な街並み。
漂ってくる煙の臭い。
ハルの先導で向かった先は街の外、ではなく、街の中心にあるどこかのショッピングモールのような建物だった。
「ここから転移できるはずだ……よな」
「その通り、間違っていないよ」
「の前にだ。おれたちでパーティーを組むぞ」
「そういえば、忘れてた」
「メニュー画面を出してくれ」
そう言ってハルが出現させたのはホログラムのモニター。ムラマサも同じように半透明なホログラムのモニターを手元に呼び出している。
「パーティー結成のボタンがあるだろ」
「ああ。これか」
誰と誰がという文言は無かったが、自然と俺、ハル、ムラマサの三人でパーティーが結成された。
「良し。行くぞ!」
建物の入り口である開かれたままのドアを潜る。
一歩建物内に足を踏み入れた瞬間、視界に『エントランスホール』という言葉が独特な装飾が施されたネームプレートに刻まれて表示されたのだった。
驚き足を止めていると、それはすぐに消えてしまう。
次に視線を送ったエントランスホール内の様子は想像していたよりも静かだが、それでも大勢のプレイヤーの姿が確認できた。
「こっちだ」
室内に入ると今度はムラマサの先導で進むことになった。
まるで大きな駅のようにいくつもの道が枝分かれして伸びている。その中の一つをムラマサは迷うことなく進んで行く。
「よく迷わないな」
「んー、こう見えてオレは地理に強いのさ」
「行くダンジョンっていうのはどういう所なんだ?」
「確か、適正レベルは『5』。階層は10だったはず」
言い淀むことなく答えるムラマサに俺は違和感を感じた。
「ムラマサはこのゲームをプレイしたことがあるのか?」
「いや、ないよ」
「だったらさ、どうしてそんなこと知っているんだ? 事前に調べたっていうにしてもさ、まだリリース前のゲームでそんなに詳しい情報が開示されているなんてことあり得ないだろ」
ふと足を止める。
「それにさっきのカフェテリアだってそうだ。NPCショップがないのならさっき店だって無いはずだろ。なのにどうして知っていたんだ?」
リリースされてすぐにログインしてきた自分にとってまるで慣れ親しんだように歩くムラマサの姿はどうにも異様に映る。
「んー、知っているのはオレだけじゃないさ。今回ログインできているプレイヤーの中でチームのリーダーに該当する人には事前にある程度の情報が与えられているのさ。まともな情報もなく中途半端な装備しか集められず、今度開かれる公式リーグもパッとしない試合ばかりになることを避けたかったのだろさ。せめて最低限のレベルになるようにっていう措置というわけだね」
「これから行こうとしているダンジョンがそれってわけか」
「そういうことさ」
微笑みウインクして再び歩き出したムラマサ。
ものの数分で辿り着いたのは透明な青色をした水晶玉が鎮座されているモニュメントの前。ムラマサは同じ形をしたモニュメントがいくつも並んでいる中から一つを選び手を伸ばした。
行く場所を指定している様を後ろから覗き込んでみる。
このゲームで行く先を決めるには用意されている条件をいくつか組み合わせる必要があるらしい。今回の場合は向かう場所は『ダンジョン』で、『適正レベル』は『5』、大まかに五段階で評価されている『難易度』は最も低い『1』を選んでいた。
そうすることで決定される一つのダンジョン。今回の名前は『地底路』というらしい。エントランスホールの時とは違うデザインでその名称が視界に表示された。
程なくして俺達三人は同じ淡い青色の光に包まれてその場から転移したのだった。
「さあ、行こうか」
そう先陣を切ったハルの声が響き渡る。
俺達が訪れたダンジョン『地底路』、その様相を一言で表わすのならそれは洞窟だろう。プレイヤーが数人横並びでも十分に戦える広さがある洞窟に足を踏み入れたのだ。
「戦闘が始まる前にスキルについて説明しようか」
ダンジョン等でモンスターとの戦闘はランダムエンカウントによって始まるわけではなく、既に見えているモンスターと相対する事によって始まるシンポルエンカウントとなっている。そのためモンスターを見つけて接近するまではある程度安全に進むことが出来るのだ。
「んー、そうはいっても、今はスキルについてというよりは付随するアーツの方が大事かもしれないね」
「どういうこと?」
「アーツってのは戦闘中に使える技のこと。スキルって言うのはそれを習得するために覚えるべきものって感じなのかな。一応習得しておくだけで効果を発揮するものもあるらしいけれど、オレ達にはある制限が設けられている」
「制限?」
「スキルトリガーというやつさ」
聞き慣れない単語に首を傾げているとムラマサは自身のメニュー画面を此方に見せてきた。
十字に並ぶ四つの空欄。イメージするのは一昔前のゲームのコントローラーのボタンの配置だろうか。
「ここに覚えたスキルやアーツを割り当てるのさ。何せ戦闘中に使用できるのはこのスキルトリガーに割り当てられているものだけなのだからね」
「四つだけか」
「少ないだろう。その少ない中から自分のスタイルを確立させていくってのがこのゲーム【ARMS・ON・Verse】ってわけさ」
ふとムラマサが足を止める。
「スキルはレベルアップ時に獲得するスキルポイントを消費することで習得することができる。ただし習得できるスキルはプレイヤーの行動によって解禁されていく。チュートリアルをクリアしたオレ達は現時点で≪片手剣・1≫≪弓・1≫≪ハンマー・1≫のスキルが習得可能になっているはずさ」
説明を受け自分でも確認してみたメニュー画面には確かにムラマサが言っていたスキルが表示されている。
「でも、おれらが選んだ武器は剣だぞ。使えるのは≪片手剣・1≫くらいだろ」
「それも実際使うかどうか怪しいんだけどね」
「え?」
「オレやハルは武器を変えたいと考えているだろう。恐らくユウも同じなんじゃ無いか?」
「まあね。片手剣はシンプル過ぎてさ」
「つまりこれらのスキルを覚えたとして使わなくなる可能性が高いってことか」
「そういうことさ。ただ……」
「覚えたアーツはスキル関係なく使えるかもしれないってか」
「用途が似ている武器ならおそらくね。普通の弓で斬るとか普通のハンマーで撃つとかはできないからね」
「全くの無駄にはならないかもしれないか。それなら俺が≪片手剣・1≫を覚えてみるよ」
言うよりも早く俺は≪片手剣・1≫のスキルを習得した。そしてスキルトリガーに設定すると付随するアーツ<スラッシュ>を使用出来るようになったのだ。
「試しに使ってみないとって、さっそくいい練習相手が見つかったな」
普通に歩くよりも遅いがそれでも地底路を進んできたことでようやくモンスターが姿を見せた。
一般的なプレイヤーの背丈ほどもある人型の獣。山犬の頭部に毛皮に覆われた胴体。爪は鋭く、丸めた背中は今まさに襲い掛かろうとしているかのようだ。
「コボルトか」
「三人で行こう。連携を確認したい」
「いいぜ。それじゃカウント3で行くぞ……3…2…1……」
「待て!」
戦闘開始をハルが告げようとした矢先にムラマサが止めた。
息を呑んで待ち構えていると最初に現われた一体のコボルトの背後から更にもう一体別のコボルトが姿を現わしたのだ。
「3対2になったか。どうする?」
「変わらないさ」
「戦おう」
闘志を漲らせている俺達は合図を送り合って剣を抜く。
先陣を切って駆け出す。
「<スラッシュ>!!」
地底路に入って初となる戦闘の火蓋がアーツの輝きによって切って落とされた。
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ユウ レベル【1】
武器
粗雑な片手用直剣
防具
簡素な服・上下
習得スキル
≪片手剣・1≫――<スラッシュ>威力を高めた斬撃を放つ。
残スキルポイント【0】
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