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闘争の世界 ep.01 『初日~その①~』



 新しいゲームを始めるとき、プレイヤーが最初に行うことは自分が使うキャラクターを作ることである。

 【ARMS(アームズ)ON(オン)Verse(バース)】という名前のゲームを起動して、ログインして、真っ先に自分が現われたのは窓の無い小さな部屋。この時点で俺には現実の自分をそのまま投写したような肉体が与えられていた。



「さて、どのくらい変えられるかな」



 ホログラムのモニター画面に触れてタブレット端末で行う通販のラインナップページを見る時のように多種多様な防具が並ぶ画面をスライドして確認していく。加えて自分の顔のパーツや髪型、髪色などを変更できるページもある。しかし体格や性別を変えることはできないようだ。キャラクターの作り方のセオリーとしては自在に作った顔に防具を合わせるのか、選んだ防具に合うように髪型や顔のパーツを変えるのかは個人の好みによるらしい。

 俺は自分の顔は変えずに髪型を少しだけ弄ることにした。

 短髪から長髪まで、髪の長さも色も自由自在。まずはプリセットの髪型の一覧から自分が思い描いているものに近しい髪型を選ぶ。そこから細かく長さを調節して最後に髪色を決める。そうして出来上がったのは角度によっては紺に近い青色に見える黒のミディアムショートに一束長い後ろ髪を付けたもの。他のゲームでの自分や現実の自分との違いを出すためにと思い切った髪型だったが、案外悪くないと思う。

 困ったのが防具だった。なにせラインナップされているなかにあるのは全て防具とは名ばかりの普通の服ばかりだったのだから。

 仕方なくその中から動きづらそうなものを除外して、過度な装飾の付いた服装も除いていくと最終的に残ったのはシンプルなパンツとシャツといった現実感の強い服とコスプレも同然の奇抜な服のセットだけとなってしまった。とはいえ初期装備は早い段階で変えることになるだろう。ならば普段着っぽいものを選んでも問題はないはずだ。

 ホログラムのモニターにある決定ボタンを押すと自分の体にたった今選んだものが反映された。



「こんなもんかな」



 後頭部から伸びる一束の長髪に触れながら満足気に呟いた。

 体格も変えることができるみたいだが、今回その項目は無視しようと思う。現在(いま)の体格でも対して問題があるようには思えないのだから。

 次いでキャラクターの名前の入力画面が現われる。【ARMS・ON・Verse】では名前が重複しても問題はないらしく、使用制限の掛かっている言葉を使わなければ何でも名前として自由に決めることができるようだ。



「名前か。うーんっと、どうするかな」



 自分の他に誰もいないとはいえ、こうも一人で考えることに集中していると独り言が多くなって困る。

 全てのゲームで名前を統一することもできるだろう。しかし、なんとなくだが別の名前にしたほうが良い気がしたのだ。それでいて呼ばれ慣れている名前。そう考えた時に思い浮かんだのは自分が昔使っていた名前。

 モニターにあるキーボードに1文字ずつ入力していく。

 入力し終えて表示されている名前を見ると何処か懐かしい感情がわき上がってくる。



「ユウ」



 自らに付けた自分の名前を声に出す。

 それは過去の自分の名前であり、呼ばれることがなくなっていた名前。

 髪型と防具を決めてキャラクターの名前を決めたことで俺は小さな部屋から転移されることになった。

 次の瞬間、俺が出たのは白い煙が漂う都会的なビルが建ち並ぶ路地の上。不気味なほど人の気配がないというのに殆どのビルには明かりが灯っていた。

 夜の闇を切り裂くように光を放つ街灯が等間隔で並んでいる。



「ん、剣か」



 いつの間にか自分の腰に提げられている一振りの剣の重さを感じて驚きながらも無意識のうちにそれに手を伸ばしていた。

 鞘越しにも分かる剣の形状は片手用の直剣といった所だろうか。刀身の形状は所謂西洋剣というやつで、柄のデザインなどを見るにどこにでもある量産品の剣といった代物のようだ。



「さて、いつもならここでチュートリアル的なものが始まるはずなんだけど」



 もはや形式と化している展開が訪れるのを待ってみる。するとやはりとでも言うべきか。無音だった空間に自分以外の存在の息遣いが聞こえてきた。



「あれは――?」



 闇に紛れて姿を現わしたのは子供くらいの背丈をした三体の怪物。

 睨み付けるように見つめるとその頭上に『ゴブリン』という名前と体力の残量を表わすHPゲージが表示された。



「成る程ね。あれが【ARMS・ON・Verse】に出てくるモンスターってわけか」



 涎を垂らしながらじりじりと近付いてくる三体のゴブリンに戦意を向けて素早く腰の剣を抜き切っ先を向ける。



「体の動かし方はいつものVRゲームと変わらない。なら、やれるさ」



 相手が動くよりも速く自分が動くべきだ。そう思って強く地面を蹴って正面にいるゴブリンに向かって駆け出す。

 前傾姿勢になって走るさなか地面に向けられていた切っ先を素早く前へと伸ばす。そのまま駆け抜けることで横薙ぎに正面のゴブリンを斬り裂いた。

 「ギャッ」っと小さく悲鳴を上げるゴブリン。

 俺はその場で急停止して振り返り様にもう一度と剣を振り上げた。

 またしても「ギャアッ」と鳴いてよろめくゴブリンだったが俺の二度の攻撃ではそのHPを全て削り取るまでには至らなかったようだ。



「ハアッ」



 攻撃を二度加えて倒しきれなかったとしても焦らずに三度攻撃を試みる。

 よろめいて防御姿勢を取ることも反撃することも出来ない状態でいるゴブリンには俺の三度目の追撃がクリーンヒットする。総数三度の攻撃を受けたことで遂にゴブリンのHPゲージはゼロになり、瞬間パンッと弾けるように霧散した。



「よし。行ける」



 喜ぶ俺の前に突如ホログラムのモニターが出現した。そこに記されている一文『武器を変えますか?』と形の違う二つのアイコン。その意味を理解した俺はものは試しだというように躊躇うこと無く二つのアイコンの内の一つをタップした。

 すると手の中の剣が光を帯び始める。そして光が収まると剣は消えて代わりに木製の弓が握られていた。



「矢はあるみたいだな……よかった」



 弓だけでは武器としては心許ない。当然それを使うには矢が必要となる。咄嗟に背中に手を伸ばしてみると指に触れるものがあったことに俺は人知れず安心していた。どうやら弓を装備した瞬間に俺の背中には矢が収まっている矢筒が出現したらしい。矢の本体たる木の感触。矢羽根のさわりとした感触。二つの感触を確かめてから試しにと一本引き抜いた。

 撃ち出す矢の残量は視界に出現した数字で把握できるようで、これがチュートリアルだからなのか、それとも最初に使う弓だからなのか、確認出来たのは数字ではなく無限を意味する『∞』のマークだった。

 弓を装備した俺に残るゴブリンの内の一体が不格好な棍棒を掲げて襲いかかって来た。

 素早く矢を番え、引き、放つ。

 まるで熟練の狩人のが放った一射のように真っ直ぐ飛んで行く矢は違わずゴブリンの胴体に命中する。



「さすがに怯みはするけどノックバックは起きないか」



 矢が命中したゴブリンは悲鳴を上げて僅かにその動きを止めた。しかし完全に止まることはなく着実にその棍棒が届く距離にまで近付いてきていた。

 弓を構えたままバックステップして移動することでゴブリンとの距離を一定に保つように心懸けて動く。空の手は背中の矢筒へと伸び新たなる矢を掴むとそのまま先程と同じ流れで矢を放った。

 二射目も違わずにゴブリンの体に命中する。この間で既に一射目の矢は消えていた為に確認できた刺さっている矢は変わらず一本だけだったが。



「もう一発!」



 三度矢を番えて放つ。

 立て続けに三度の攻撃が命中したことでゴブリンは瞬く間に消滅して振り上げた棍棒は俺に命中することなく地面に落ちた。

 HPを全損させて消えたゴブリンに変わってようやく最後の一体が低く呻り動き出した。

 不用意に近付くことは自滅を招くだけと学習したのか、じりじりと距離を詰めてくるゴブリン。

 そんなモンスターを前にして俺は再び眼前に出現したホログラムのモニターに視線を送った。またしても表示される『武器を変えますか?』の一言と二つのアイコン。この二つのアイコンのうち一つだけは先程と異なる形をしていた。



「試すならこっちだよな」



 変わっていたのは剣を模したアイコンで、俺が触れたのは変わっていない方のアイコンだった。

 光を帯び始める弓は次の瞬間に違う形へと変化する。新たに手の中に出現したのは巨大化した大工道具かと思わんばかりのシンプルな形状をしたハンマー。突然感じられた重量にバランスの取り方を誤って殴打すべき部分を地面に付けてしまった。



「うわっ」



 驚き戸惑い声が出る。



「危なっ、落とすところだった……よっと」」



 どうにか落とさずにすんだハンマーで迫ってるゴブリンに狙いを定めてハンマーを振り上げた。

 剣と弓は比較的慣れた感覚で扱うことができていたがハンマーに関してはどうも勝手が違う。勢いを付けて繰り出した最初の一撃は空を切り誰に命中することもなく虚空を打ち付けるだけだったのだ。攻撃直後、武器を振り上げて無防備を晒してしまった俺にゴブリンは的確な攻撃を繰り出してくる。



「ぐっ」



 防御が間に合わず腹部に衝撃が走る。このゲームでも痛覚はかなり軽減されているようで自分が感じられたのはせいぜいぶ厚いクッションで殴られた程度のものでしかなかった。

 だとしてもシステム上ではダメージが発生しているために自身のHPゲージは確実に減少している。しかし攻撃を受けたわりに俺が焦ることがなかったのは受けたダメージが少なかったからだ。

 攻撃を受けた体勢のまま強引にハンマーを引き寄せてから即座に突き出してみせた。

 ハンマーの使い方としてこれが正しいのかは分からないが、この体勢、このタイミングにおいて俺が繰り出せる攻撃はこれだけ。

 手に返ってくる鈍い感触。不格好になりながらも命中した一撃はゴブリンに弓や剣よりも多いダメージを与えていた。加えて打撃武器であるハンマーだからだろうか、弓の時には発生しなかったノックバックが発生したのだ。

 僅かだけとはいえ後方に下がったゴブリンを睨みつつハンマーを構える。

 当然ながら剣と同じように構えることは出来ない。大剣の方が重い気がするがハンマーは重心が前方に偏りすぎているために両手で持ち構えようとするとギュッと胸の前で抱きかかえるような格好になってしまう。そのためにハンマーの頭を地面すれすれまで下ろして一撃一撃しっかりと狙って攻撃することを前提とした構えを自然と取るようになっていた。



「せいやっ」



 再び襲い掛かってくるゴブリンに水平にスイングしたハンマーで打ち付ける。

 ゴブリンの腕を折らんばかりの勢いで激突するハンマー。硬い金属の塊であるハンマーによって打ち付けられたゴブリンは吹き飛ばされ地面に激突していた。

 砂埃を上げて地面に転がっていくゴブリン。

 ハンマーによる攻撃ならば大きなダメージを与えられるといっても二発で倒しきれる程ではなく、ほんの僅か1割未満とはいえゴブリンのHPは残ってしまっていた。



「とどめだっ」



 蹲り起き上がれていないゴブリンに接近してからハンマーを振り上げる。どこに当たっても残りのHPは削りきれるだろう。そう考えて狙いを外さないことだけに注意してハンマーを振り下ろした。

 ダンッと大きな衝突音が響き渡る。

 ハンマーの下にあったはずのゴブリンの体はいつの間にか消滅しており、砂埃の代わりに光の粒が舞い上がった。



「ふぃ、なんとか終わったか」



 深く息を吐いて体の緊張を解くのと同時にハンマーから手を離す。

 地面に突き立てられたハンマーは役目を終えたというようにその存在を消していた。

 程なくして俺の正面にホログラムのモニターが出現する。

 戦闘のリザルト画面か何かだろうと思って見てみると自分が想像していたものとは違う一文が記されていた。



『最初に使用する武器を選んでください』



 ゴブリンとの戦闘で使用した三つの武器種を現わしたアイコンが浮かんでいる。

 剣、弓、ハンマーと種類の違う武器の使い方はこの戦闘で大体理解しただろうと告げるかのように選択を迫っているのだ。



「まあ、使いやすかったのは『剣』だよな」



 何の変哲も無いシンプルな武器だからこそ使い心地に変な癖のようなものは感じられない。だからだろうか少しだけ物足りない気持ちになるったのは。

 剣のアイコンをタップする。

 すると先程使用した剣と同じ形をしたものが俺の腰に装備された。



『戦闘チュートリアルを終わります』



 ホログラムのモニターに映し出されている文言が変わる。



『各種項目の詳細はメニュー画面ヘルプにて確認してください』



 親切丁寧で事細かな説明はされないらしい。そのことを少しだけ残念に思っていると程なくして景色が崩壊し始めた。



「何だっ?!」



 周囲にある高層ビル群がガラスのように大小様々な破片となって砕けて散っていく。

 身動き一つとれないまま眺めることしかできない崩壊は遂に闇に染まっている空にまで及んだのだ。

 黒い水晶の欠片みたいに輝きながら空が降ってくる。

 降り注ぐ空の欠片が自分に届くようになる頃には雪の結晶の如く小さくなり、触れるだけですうっと消えてしまう。それでも突然の雨に思わず手で頭を庇うようにこの時の俺もまた自分の顔の前に自らの手を掲げていた。

 暗い空が崩壊している向こうから純白の光が漏れ出した。その光のあまりの眩さに思わず目を閉じた俺は次の瞬間にそれまでとは違う場所に立っていた。



「随分と大袈裟なチュートリアルだったなあ」



 もはやクレームに近い感想を声に出しながら俺は変化した、いや、ある意味で本来のゲームの舞台へとなった周囲の景色を見渡した。

 賑やかというには若干寂しい気もするが、ここには自分以外の人の姿がある。

 八月。よく晴れた都会の街並み。いくつものビルが建ち並び、学校のような大きな建物や教会のような建物があった。足下の地面はアスファルトで舗装されていて、見える限りの街路樹はすべて同じ形になるように丁寧な手入れが施されているようだ。

 それこそ自分が知らない現実のどこかの街並みをここに再現したのだといわれても疑うことなく信じてしまいそうになるくらいの景観がそこに広がっていた。



「ん?」



 この場所に転送されてきた瞬間にピコンッとメッセージの着信を告げる音がした。

 まるで見計らったかのようなタイミングに訝しんでいると、その送り主の名前を見て理解した。どうやら予め送られていて自分がチュートリアルを終えてここに来た瞬間に届いたということのようだ。



「待ち合わせ場所は『射手(しゃしゅ)(いこ)()』か」



 ご丁寧にも地図が添えられている。

 ホログラムのモニターに表示した付近のミニマップにメッセージに添えられた地図にある目的地がマークされた。



「とりあえず合流するってことだよな」



 そう独り言ちて歩き出す。

 横道には目もくれず真っ直ぐ目的地を目指して。



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