『誘い~新たなる舞台へ~』
程よい人の喧騒のなかにある町の喫茶店。
聞こえてくる心地よい音量のBGMは流行から少し外れた昔の曲。
人の話し声はするが会話の内容までは聞き取れない、そんな店内に漂ってくる挽き立ての珈琲の香り。
「で、二人揃って俺を呼び出した理由は何なんだ?」
自らの前に置かれたカップを手に取ってその中身を一口飲んで問い掛ける。
ちらりと視線を迎えた先にいるのは微笑んでいるムラマサと微妙にバツの悪い表情を浮かべているハル。目を泳がしているハルとは違いムラマサが予め用意していたかのように視線を送らずに手元で何かを操作しているのが見えた。
「まずはこれを見てくれるかい」
ムラマサが手元に浮かべた画像を差し出してくる。
言われるがまま見たそれは何処か知らない場所で大勢の人が目を輝かせて意気揚々と向かい合っている光景。人々の手には多種多様な武器。何処か既視感を覚えるその光景を前に俺はただ疑問が浮かんでくるだけだった。
「これは?」
見慣れない場所の光景といってもそれが現実ではないことだけはわかる。画像にあるような剣は当然のこと、小さなナイフ一つであってもそれを不用意に持ち歩くことはおろか、何の忌避感も抱かずにあのように笑みを浮かべて構えている様子など本来何処でも見ることができるようなものではないのだ。それがあり得るのは限りあるパターンだけ。例えば何かの撮影。大勢の人が集まって現実感のない格好をしているとなれば真っ先に思い当たるのがそれだった。しかしそんなものをわざわざムラマサがハルと共に俺に見せに来るとは思えない。だとすれば次のパターン。この画像が仮想の世界の一瞬を切り取ったものであること。その場合気になることはそれが一体どこの世界なのだろうかということ。見渡す限り一面の草原というのは得てしてどの仮想世界であっても比較的ありふれたものなのだ。
「今度リリースされるゲームのPR画像さ。見ての通り『剣と魔法の冒険の世界』だな」
「ん? それってこの【ARMS・ONLINE】と似てないか?」
「まあ姉妹会社って話だからな」
「どゆこと?」
小さく呟いたハルに何気なく聞き返した俺にムラマサが答える。
「似た世界観にしたのは敢えてってことだろうさ。そもそもこのゲーム自体世界観はありふれたファンタジー系だからね。探せば似た世界観のそれは山ほど見つかるだろうさ」
「たしかに」
「とはいえこっちはコンセプトが違うらしいのさ」
「コンセプトって?」
「【ARMS・ONLINE】は冒険がメインって感じかな。ほらクエストをしたり新しいエリアを探索したりすることが基本になっているだろう」
「ああ」
「で、それに対してこっちの新しいゲーム【ARMS・ON・Verse】の方は対戦がメインになるって話なのさ。謂わば格闘ゲームの一種って感じだね」
「へえ、そうなんだ」
このゲームでも対人戦はある。それが主軸に置かれていないだけだ。しかしモンスターとの戦闘やプレイヤーとの戦闘に楽しさを見出す人は少なくはない。そういう人達に向けたゲームになるということだろうか。
「それで、どうしてそれを俺に見せたんだ?」
「言われなくてもわかっているだろう」
ムラマサがニヤリと笑う。
ハルが意を決したように立ち上がった。
「一緒に始めよう!」
周りの視線を集めたハルだったが、別に揉めているわけではないと分かったのか直ぐに視線は霧散した。
「えっっと、おれたちと一緒に始めてみないか?」
「や、聞こえなかったわけじゃないから」
「そうか?」
「とりあえず座ろうか」
ハルに着席を促す。
「で、どうして俺を誘うんだ? ムラマサも一緒ってことはムラマサは始めるつもりなんだろうけどさ」
「そうだね」
「正直このゲームと似たような世界観ならさ、新しくそっちを始める必要はないように思えるんだけど?」
「その通りだね」
「おいっ」
「けど、オレ達には目的があるのさ」
「目的?」
「【ARMS・ON・Verse】が対戦メインだって話はしただろう」
「ああ」
「詰まる所その対戦こそが目的なのさ」
「だから意味が分からないってば。プレイヤーとの対戦だったらこっちでも出来ないわけじゃないだろうよ。それに二人が目的にしているのはそれだけじゃないだろう」
「わかるか?」
「隠す気なんてないくせに」
「まあな」
今度はハルが別の画像を差し出してきた。
「公式リーグ? プロってわけじゃなさそうだけど」
「半分プロって感じかな。企業がスポンサーとなってチームを作ってそれが競い合うっていうプロスポーツと似たような感じになるって話だからな」
「それが俺達とどう関係するんだよ」
「オレのいる会社がそのスポンサーになるみたいなのさ」
「ふむ」
「それでそのチームにはオレも所属することに……というかオレがいるからチームが作られたというか。あーっと、白状するとこの会社の会長がオレの祖父なんだ。それでこのゲームをオレが熱心にプレイしているって知ると色々と調べたみたいでさ」
「なんとなく分かった。ムラマサって案外戦闘好きだもんな」
「う、まあ」
「しかもそれが自分の最後の事業だーとか、年寄りの最後の願いだーとか言ったみたいでさ。そもそも失敗したとしてもそんなに悪いようにはならないだろうっていう話になって、誰も断れない雰囲気に……それならせめてチームメンバーくらいは決めさせてくれって言ったらそれも快諾されて……」
「最初にハルを誘ったってわけか」
「最低限チーム結成に必要な人数は三人。オレを除いてあと二人必要になるんだけどさ、ハルなら受けてくれると思ってね」
「実際受けた、と」
深くハルが頷く。
「プロのスポーツの試合と一緒ってことは当然観戦する人もいるんだろう?」
「勿論」
「だからかな。おれたちみたいなプレイヤー以外にも参戦する人はいるらしいぞ」
「オレが聞いた話だと有名な配信者とか芸能人とかインフルエンサーとか、かな。実力主義の所は腕のあるプロゲーマーとかを雇ったりするようだけど。その目的も様々ってことさ」
「その公式リーグってのに賞金でもでるのか?」
「正式に発表されてはいないけどかなりの額になるらしい。実際、チームを組んで参加する企業以外にもそれだけのスポンサーが集まっているってことだろうね。多くの企業が揃って様々な媒体で宣伝するだろうから、それこそ最初の一回はかなりの話題になるだろうし、収益もそれなりになることは約束されているようなものさ」
「でも、一般人は参加することはできないんだろう?」
「ゲーム配信記念に開催されるこの公式リーグはそうみたいだね。予め参加できる企業とチームは決まっているのさ」
思い浮かんだのは格闘技の興行ではなくワールドカップのような大型大会の様子。独特なその熱気は自分も何度も経験したことがあるからこそ容易に想像が付いた。
「そもそもどうして俺達を選んだんだ?」
「オレが組みやすい人っている基準もあることはあるけど、何よりも優先したのはその実力さ」
はっきりと明言するムラマサを前に俺は嬉しいような、困ったような何とも言えない表情になってしまった。
「どうだい? 受けてくれるかな」
断られないと確信しているかのようなムラマサの物言いに俺の思考は加速する。今回の話を受けた場合のメリットとデメリットを秤に掛けてどちらが良いか。などと考えてみたものの結局は自分がどうしたいかが大事な気がする。自分の気持ちに正直になるとするのなら。
「ああ。引き受けるよ」
現状に不満があるわけでも、ゲームに飽きが来てるわけでもないが、それでも新しいゲームというものには心惹かれるものがある。まっさらの状態から始めるということはそれだけで好奇心を刺激するものだ。
「では【ARMS・ON・Verse】を事前にダウンロードできるコードをプレゼントしよう」
余程厳重に管理されているのか、普通のゲームデータに使われているプロダクトコードよりも長い桁数の数字とアルファベットが並んでいるそれが送られてきた。
「オレ達がプレイできるのは今日から三日後。そして一般販売されるのはそのさらに一週間後になる予定で公式リーグの開催は更にその後、ゲームが十分に普及して配信の準備も万全になった時を見計らったスケジュールになっているみたいだね。つまりオレ達に与えられた準備期間は僅か一週間足らず。その間にオレ達がすべきことは……」
「ことは?」
「実際にゲームをプレイしてみないと分からないね」
「おいっ」
思わず突っ込みを入れる。
弛緩した雰囲気で終わった三人の茶会。
次に顔を合わすことになるのは此処とは異なる世界。
ゲームを始められるようになるまでの三日間は自分にとって長いようで短い日々だった。