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ep.16 『忘れ去られし街の聲⑮』



 自分を飲み込んだ黒い炎は思ったほど熱さを感じなかった。その代わりにドロッとした沼に足を踏み入れた時みたいな独特の感触が体全体を包み込んだのだ。まるで見えない糸に絡み取られたかのように身動き一つ取れないまま、ただ減っていく自分のHPゲージを見つめることしかできないでいた。



(どうする、どうすればいい――?)



 視界すらも澱む黒のなかで必死に思考を巡らせる。

 どうにかして黒い炎から逃れない限り俺のHPはここで尽きてしまうことが容易に想像できてしまう。しかし指先一つ動かすことができない。ならばどうするべきか。突破口に繋がりそうなものを必死に探す最中、突然の衝撃が俺を襲った。



「……っ!! な、何だ?」



 地面を転がる俺の軌道を描くように黒い炎の残り香が点々と(とも)り消えていく。

 止まったのは部屋の中心から大きく逸れたあたり。顔だけ動かして何が起こったのかを探ってみると、そこにいたのは戦斧を構えて心配そうな視線を向けてくるハルの姿。

 どうやら戦斧の腹で俺を殴り飛ばして黒い炎から逃れさせてくれたらしい。



「ユート、無事か?」

「ああ、助かった。変な状態異常も受けてないみたいだからな、問題無いさ」

「なら良かった。それでもダメージは受けているんだ。回復は忘れるなよ」

「わかってる」



 いつものように回復用のポーションを取り出して使用することにした。が、減少していたHPを全快させるには二つ連続で使用する必要があったことに初めて気付く状態異常があった。



「アイテムの効果が減った? いや、これは回復量減少か?!」



 滅多に目にすることのない状態異常であることに加えてこの状態異常は毒や麻痺のように受けた瞬間にアイコンが表示されるものではない。該当する行動――今回の場合はアイテムの使用またはHPの回復――を行うことによって初めてHPゲージの下に現われる状態異常を示すアイコンとして可視化されるのだ。



「ハル、気を付けろ。【悠久】の攻撃のなかには状態異常が付与されるものもあるみたいだ」

「了解」



 これまで以上に正確な防御を要求されるようになり気を引き締め直したハルはそのまま【悠久】と向かい合い戦斧を構えた。

 ハルの準備が終わることを待っていたというように【悠久】はハルが戦斧を構えた瞬間にその手の剣を振り下ろしてきた。大地を揺らし飛散るのは大小様々な地面の欠片。しかし【悠久】の剣が穿ったはずの地面には傷らしい傷は一つとして残されてはいなかった。



「これは……ただの物理攻撃じゃなさそうだな」



 驚愕の表情を浮かべ大きく回避しながら独り言ちたその言葉が示す事実は一つ。【悠久】が繰り出した斬撃はプレイヤーでいうところの<土魔法>に該当するらしい。僅か一回の攻撃を見ただけで俺がそう判断したように、ハルもまた同じ事に気付いたみたいだった。



「【悠久(コイツ)】こう見えて魔法系のモンスターなのか?」

「いや、見た目通りだろ」



 心底意外だというように言った俺にハルがさも当然とつっこんだ。



「一番目に付くのは騎士の鎧と剣と盾だけどさ、実際その中身には天使と悪魔が混ざっているんだぞ。三分の二がそれならメインに使ってくるのは魔法攻撃になるんだろうさ」

「あー、なるほど?」

「まあ、それでも<土魔法>を使ってくるのは以外だったけどさ」

「黒い炎はイメージ通りってか」

「悪魔の部分だけを見ればな。ユートもそう思うだろ」

「まあね」



 おおよそ納得して三度【悠久】と向かいあう。

 刹那、巨大な盾が断頭台の刃のように振り下ろされた。

 横に避けたのでは直撃を免れない、後ろに避けたのでは視界を塞がれてしまう。ならば逃げ道は一つ。前だけだ。

 徒競走の号砲を耳にした時のように俺とハルは一斉に前に向かって跳んだ。背後には振り下ろされ突き刺さる【悠久】の盾が天井から降り注いでいる謎の光を遮って自分達を覆い尽くす程の巨大な影を作り出す。



「このまま飛び込むぞ」

「ああ!」



 盾を使ったことでガラ空きになった腹に目掛けて俺はガンブレイズをハルは戦斧を突き出した。

 二つの武器の切っ先が【悠久】に届くそのギリギリのタイミングで今度は【悠久】の天使の翼が邪魔をする。



「やばっ」

「防御を――」



 咄嗟にそれぞれの武器を引き戻して体の前で盾のようにして身構える。それでも凄まじい衝撃が俺とハルを【悠久】に届かせることなく吹き飛ばしたのだった。

 地面に叩きつけられてなお止まらない勢いを殺すために地面にガンブレイズを突き立てる。砂埃と細かな石粒が舞い散るなか、見据えた先にいる【悠久】は突き立てていた盾を引き抜き、代わりに剣を天高く構えた。



「何をしてくるつもりだ?」



 同じタイミングで攻撃を仕掛け、同じタイミングで吹き飛ばされた俺とハルはこれまた同じように身を起こして【悠久】の次なる行動に注意を向ける。

 困惑しながらも呆れたような視線を向けてハルが言う。



「魔法を使うヤツが武器を掲げた後に起こることはたった一つさ」

「ああ、大体わかった」



 こういうパターンでの相手の行動は簡単に想像が付く。そう、強めの魔法攻撃だ。



「ほら。正解だろ」



 自慢げにそう言ったハルが見つめる先で【悠久】が掲げた剣に先程自分が受けたのと同じ澱んだ黒い炎が灯る。

 不気味な陽炎が浮かび、消える。そして、次いで地面を突き破っていくつもの黒い炎の柱が現われた。



「そんなこと言っている場合かよ」



 次第に数を増していく炎の柱が逃げ道を塞いでいく。



「その火に触れるなよ。状態異常になるぞ」

「わかっている。最初になったのは俺だからな」

「ならいいさ」



 軽口を叩き合いながらも俺達は次第に黒い炎の柱に追い詰められていく。



「なあ、これどこまで狭まると思う?」

「あー、最悪おれたちを飲み込むまで、とか?」

「そんなのってあり得ると思うか?」

「無い保証こそ無いだろ」

「――だな」



 いつしかハルの背中が俺の背中に触れた。

 それでも黒い炎の柱の出現は止まらない。

 【悠久】はひとりこの光景を外側から見ていた。



「こうなったら、突っ切ってみるか?」

「多少のダメージと状態異常は覚悟して」

「ああ」



 遂に自分達が立っている場所から一メートルも離れていない場所で黒い炎の柱が出現した。

 熱気は感じられないが、なんとなくの嫌な雰囲気はビンビン伝わってくる。

 そんな中ハルの提案は次善の策どころか、もはやそれしか残されていないという最後の選択肢であるようにすら思えてきた。



「わかった。いくぞ」

「っと、その前に。試したいことがある」

「?」



 意を決して黒い炎の柱に突っ込もうとした俺をハルが止めた。



「無謀に突っ込む必要はないかもしれないぞ」

「どういうこと――って、ああ。そういうことね」



 戦斧を構えるのを見てハルが何を試みようとしているのか瞬時に理解できた。

 俺が頷き黙ってハルから離れた瞬間にハルが、



「<爆斧(ばくふ)>」



 を発動させて黒い炎の柱に攻撃を仕掛けたのだ。

 アーツによる攻撃による黒い炎の柱の相殺、それこそがハルがこの攻撃で狙ったことだった。

 固唾を飲んで見守り出た結果は微妙としか言えないもの。確かにハルのアーツが命中した場所は黒い炎の柱が消えた。僅かに一本だけだが短くなり、復活する気配もないが、自分達が通り抜けるには足りない。またアーツを繰り返して黒い炎の柱を破壊しながら進もうとしても黒い炎の柱の出現と自分達の行動範囲の縮小の方が明らかに速い。

 アーツ攻撃によって安全に通り抜けようとするならば一度に複数の黒い炎の柱の破壊を成功させなければならない。しかしハルが使う<爆斧>ではそれは難しい。



「ハルが使える強威力のアーツならどうだ?」

「<大爆斧(あれ)>は広範囲に効果があるアーツだからさ<爆斧>と大差ないだろうさ。それよりもユートが使う射撃アーツを試してくれないか」

「いいぞ。<琰砲(カノン)>!」



 銃形態に変えたガンブレイズから一発の光弾が放たれる。光弾は真っ直ぐ黒い炎の柱の出現に向かって行き、その中心部を穿ち貫いた。一つの黒い炎の柱の破壊には成功した。しかし問題はその次、撃ち出された弾丸が複数の柱を壊せるかどうか。

 ボンッボンッボンっと断続的に聞こえてくる破裂音は望んでいた光景を現わしたもの。直線上に並んだ黒い炎の柱が途中で折れるように弾けて消えていったのだ。



「おお、流石だな」

「<琰砲(カノン)>!」



 感心するハルの隣で俺は再び射撃アーツを発動させる。

 先程狙った黒い炎の柱の隣に位置する柱を狙って壊していく。さらにもう一度。重ねて三度に渡る射撃アーツによって壊されて生まれた僅かな道を俺達は一気に駆け抜けた。



「抜けたっ!」



 最後の一歩を強く踏み込んでジャンプするように黒い炎の柱から抜け出したのと同時に、聳え立っていたいくつもの柱が倒壊した。

 黒色の火の粉が舞い上がり、轟く爆発が背後から凄まじい衝撃波を生む。



「うおっっと」



 前のめりに倒れそうになるのを堪えて、走る足を止めたりしない。

 そうして辿り着いた【悠久】の足下。俺はガンブレイズを剣形態に変えて、ハルは戦斧を構え攻撃を繰り出した。



「<爆斧(ばくふ)>!」

「<光刃(セイヴァー)>!」



 下から上に昇っていく二色の斬撃が【悠久】を捉える。

 【悠久】は盾で身を守ろうとするも、僅かに俺達の攻撃の方が速い。天使の翼による防御も間に合わなさそうだ。

 種類の違う二つの衝突音が響き渡る。

 初めて高い威力の攻撃が命中した瞬間だった。



「どうだっ!」



 確かな手応えを感じつつ喜色を浮かべるハルだが続く行動は速い。振り上げた戦斧を勢いよく振り下ろしアーツを伴わない攻撃を素早く繰り出していた。



「<光刃(セイヴァー)>!」



 ハルが攻撃を切らさないように通常攻撃を織り交ぜているのに対して、俺は一撃一撃に重きを置いた斬撃アーツの連撃。攻撃速度こそ劣るが威力は高いはず。

 ようやくできた隙だ。これを逃す手は無いと苛烈に攻め立てていく。



「はああっ」



 気合いを込めてガンブレイズを振るう。

 意識は攻撃に集中しているあまりに気付けなかったことがある。【悠久】が纏っている騎士の鎧を徐々に悪魔の淀みが浸食していっていることだ。

 偶然にも二人の攻撃のタイミングが重なった。

 生じる一際大きな衝撃に【悠久】が体を仰け反らせて後退する。更に生まれた好機に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、



『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッっっっっっっっっ』



 【悠久】が大気を振るわせる咆吼を上げた。



「うわっ」

「何だ!?」



 思わず動きを止めてしまった俺とハル。

 この一瞬が戦闘を仕切り直す切っ掛けとなり、現在の戦況の優劣すら覆しかねない空白を生んだ。

 【悠久】の体から闇が立ち込める。

 自らの闇を打ち払うように天使の翼が輝き始める。

 その二つを映した騎士の鎧。

 外見は変わらずとも存在感を増した【悠久】がそこに佇んでいた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【18】ランク【3】


HP【9650】

MP【2690】

ATK【D】

DEF【F】

INT【F】

MIND【G】

DEX【E】

AGI【D】

SPEED【C】


所持スキル


≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。

〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。

〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。

〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。

〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。

≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。

≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。

≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。

≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。

≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。

≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。


残スキルポイント【8】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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