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ep.15 『忘れ去られし街の聲⑭』



 遂にその全貌を現わにした【悠久(ゆうきゅう)】の頭部には硬い兜を突き破り捩れて伸びる角がある。そして兜ごと動き剥き出しになる大きな獣の口、鉄仮面のようなバイザーの向こうに見える血のように赤い瞳。これらが【悠久】の悪魔の部分。

 騎士の部分はイメージ通りに全身を包んでいる鎧とその手に持たれた巨大な剣と盾だろうか。

 天使の部分はその背中に浮かび備わる三対の翼。

 悪魔の部分は黒く、騎士の部分が銀色に、天使の部分が雲一つない晴天のような青色にとそれぞれ明度の高い色味が印象的に見える。

 もう一つ【悠久】が持っている盾と剣が目に付いた。大きさや細かな意匠こそ異なれど、それらは月騎士(つききし)日騎士(ひのきし)が携えていたそれにとても良く似て見えたからだ。



『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』



 突然、自分達よりも遙かに巨大な【悠久】が唸りを上げた。大気が震え、自然が揺れる。

 俺とハルは意図せず身を縮こませて咄嗟に自分の耳を塞いだ。



「くっ」



 思わず目までも瞑っていた俺は意識して目を開く。

 自分の瞳に映ったもの。それは【悠久】が振り下ろした巨大な剣だった。



「危ないっ!」



 その刃が向けられているのは俺一人にだけではない。そもそもがとてつもなく巨大な剣なのだ。【悠久】という巨大な存在が持ってしてもまだ巨大に映る剣は人に拠れば文字通り巨人の大剣であるというだろう。それほどまでに巨大な剣を【悠久】は軽々と片手で持ち上げて、まるで片手剣のようにして振り下ろしてしたのだった。

 叫ぶ俺の声に反応したハルが素早くその場から飛び退く。

 二人の間を押し潰すように叩きつけた【悠久】の大剣が空ぶる。しかしそれでも凄まじい衝撃波が周囲に広がり、攻撃を避けたはずの俺達を襲った。



「うおっ」



 幸いにも衝撃波そのものにダメージはないらしく俺達のHPゲージは微動だにしていない。それでも衝撃波に襲われた俺達は軽々と吹き飛ばされてしまっていた。

 地面に倒れ込む俺は即座に起き上がりガンブレイズを銃形態へと変える。銃口を向けて照準を【悠久】に定めると躊躇うこと無く引き金を引いた。

 短く等間隔の銃声が迸る。

 撃ち出された弾丸は光の弾となって真っ直ぐ【悠久】に命中した。光が弾け、火花が舞う。アーツを使っていないただの射撃は【悠久】が纏う鎧によって完全に防がれてしまったようだ。



「相変わらず硬いってか」



 分かっていたというように独り言ちる。

 月騎士の時にも思ったがクエストの終盤に登場する相手は大抵高い攻撃力と防御力を持っているのがデフォルトらしい。



「まあ、あの鎧は日騎士のものに酷似しているからな、仕方の無いことさ。なにせ日騎士も異常に硬かったからな」

「マジか!?」

「マジだマジ。というかユートが戦った月騎士は違ったのか?」

「確かに硬いことは硬かったけどさ、俺的にはそれよりも剣と盾の使い方が巧みで、そっちのほうが印象に残っているって感じかな」

「剣と盾……というとアレか」

「大きさは全然違うけど、大体あってると思う」

「ふむ」



 合流することもなく誰に聞かれ困るものではないとそれなりの大声を出して会話する俺達。ふとハルが思案するように考え込む素振りを見せた。勿論【悠久】が繰り出す大振りの攻撃を回避しながらだが。



「日騎士の鎧に月騎士の剣と盾、か。なるほど【悠久】は確かにその二体の上位版といって差し支えなさそうだ」

「上位版か。なるほど。言い得て妙だ、そう言われてみれば確かにそんな感じだな。となると、残る天使の部分は誰がモデルなんだ? 月騎士も日騎士も翼なんて無かったよな。それに悪魔だってさ思い当たるようなヤツなんてないんだけど」

「その二つはおそらくシャムロックだろうな」

「二つだぞ?」

「あるいはおれたちが会っていた人の姿をしたシャムロックと街のシャムロックってところか。まあどっちがどっちとまでは分からないけどさ」



 街と人が象徴しているのが天使と悪魔なのだとしたら、それは案外的を射ているのかもしれない。そう思った。仮に街が天使で人が悪魔なのだと言われても、その反対に街が悪魔で人が天使であると言われても妙に納得出来るように思えたのだ。

 とはいえ【悠久】のモチーフ談義をしていても目の前の【悠久】の攻略には繋がらない。天使の部分があるとしてもそれが自分達プレイヤーに利をもたらしてくれるわけではないのだから。



「気を付けろ、ハル。全体攻撃が来るぞ!」



 【悠久】が剣を引くのが見えた瞬間に叫んでいた。それは月騎士が使っていた薙ぎ払いの攻撃モーションにとても良く似ていたから。しかしその体躯の違いから一撃が有する威力や切っ先が届く範囲は段違いに高まり広がっているのは間違いない。

 素早く【悠久】の剣が届かない位置まで下がる。

 ハルはその攻撃範囲のギリギリ外に入れるようにスライディングのように滑り込んできた。

 地面を滑るハルの後方を【悠久】の剣が通過する。

 俺はハルよりも先に後方に下がっていた為に危ぶめることなく安全圏へと移動していた。



「<琰砲(カノン)>!」



 【悠久】の攻撃後に生まれる硬直を狙い射撃アーツを発動する。

 高威力の光弾となって撃ち出された弾丸は空を切った【悠久】の腕を捉え、通常攻撃の時とは比べものにならない光の爆発が起こった。

 僅か一割にも届いていないとはいえ、この一撃は目に見えて【悠久】のHPゲージを減らしていた。その光景を目の当たりにして俺は【悠久】は決して倒せないような存在ではないのだと知り、確信と安堵を抱いたのだった。



「おれも負けてられないな」



 スライディングしていた格好から直ぐに起き上がり戦斧を構えて走り出したハルは素早く【悠久】の真下に辿り着く。



「そおら、喰らえ!」



 俺の攻撃を受けたことで剣を戻すのが遅れた【悠久】にハルは思いっきり戦斧を叩きつけていた。<爆斧(ばくふ)>のアーツを発動させて。

 狙うは【悠久】の脚。俗に言う弁慶の泣き所というやつだ。

 ガンっと大きな衝突音がした次の瞬間、更に大きな爆発音が轟いた。

 真紅の爆炎が広がり、黒煙が立ち上る。

 俺が<琰砲>を命中させたのとほぼ同じだけのダメージが【悠久】のHPゲージに刻み付けられた。



「良っし。これも通るみたいだ」



 アーツ攻撃で確実にHPを削れているのならば通常攻撃でもダメージは入っていたのかもしれない。ただその数値が低く、HPゲージという指標だけでは効いていないように見えていただけで。

 そうなのだとしても有効なのは通常攻撃よりもアーツ攻撃なのは明白。

 畳み掛けるように戦斧を振るうハルがおこなく攻撃は全て<爆斧>を発動させていた。俺の射撃も同じように全て<琰砲>を発動させて行っている。これにより少しずつではあるが着実にダメージを積み重ねられているのは間違いなさそうだ。



「良い感じだな」



 自分達の攻撃が効いている。ただそれだけのことがこの戦闘においては何よりも勝利に続く事実であることは確か。

 【悠久】の攻略法というにはあまりにもお粗末だが、その防御力を超える威力を持つ攻撃を絶えず撃ち込むこと。単純でどんなモンスターが相手でも基本的な事実こそがそうだったのかもしれない。ぼんやりとそんな風なことをハルが独り言で呟いていた時だ。俺達はようやく【悠久】が持つ特異な能力を目の当たりにすることになった。



「何だ? 翼が光ってる!?」



 【悠久】の背中にある翼。その巨体を浮かび上がらせることだけしかしていなかったそれが、数多の攻撃に晒されたことではっきりと視認できるくらいに強い光を発し出していたのだ。

 一瞬、反撃を恐れ攻撃の手を止めた俺と同じように、瞬時に【悠久】から離れたハル。そんな二人の判断は半分正しく、半分間違いであったように思う。

 【悠久】の翼が光を放つのと同時に、その頭上に浮かぶ円環。玉虫色に輝くそれから眩いばかりの光が降り注ぐと【悠久】の鎧はその光を吸収しているかの如く輝き始めた。

 ある種神々しい光景だ。そして『神々しさ』というイメージが多くのゲーム作品においてどういう意味を持つのか、この時の俺はそれに気付けなかった。気付いていたいたならばどうにかしてこの次に広がる未来を妨害しようとしていたはずなのだから。



「――っ! 止めろ! ユート!」



 ハルがそう叫ぶも、ハル自体気付くのが遅かったのかもしれない。【悠久】に降り注いだ光は減少していた【悠久】のHPゲージを一瞬にして最大値まで引き戻してしまっていた。

 戦闘が振り出しに戻された。そう驚愕する俺の耳にハルの、



「マズいぞ」



 という呟きが聞こえてきた。

 天使の部分の役割は回復。それが分かっただけでも良しとすべき。考えを切り替えるように呼吸を整える俺の目の前で降り注いでいたのとは異なる光が激しく明滅したのだった。

 光の明滅。それは黒雲に駆け巡る雷鳴の如く。【悠久】の頭上を超えて更に広がっていく円環がいくつもの雷を落としながら自分達が立つ部屋全体を透過していく。

 現実の雷とは違い【悠久】が落とした雷はあくまでも攻撃。そのために微かに地面に浮かぶ光の丸にさえ気を配っていれば回避することができていた。雷が落ちる場所を示しているのがその光の丸だったからだ。

 しかしながら問題だったのはその数。

 間隔にして僅か数十センチほどしかない光の丸の合間を縫うようにタイミングをずらしながら円環が過ぎ去った方、【悠久】が待ち構えている方へと駆け出した。



「ハルは大丈夫か?」

「なんとか。直撃はしていないさ」

「よかった」



 確認のために視線を向けることなくその言葉を信じて俺は自分の近くに立つ【悠久】を見上げる。

 銃形態で攻撃しようにもこの近さでは少しばかり狙い難い。素早く剣形態に変えるとそのまま、



「<光刃(セイヴァー)>!」



 斬り上げるように斬撃アーツを放った。

 【悠久】の纏う鎧の表面を削る一撃は<琰砲>と同程度のダメージを叩き出している。

 斬り上げから繋げるには振り下ろし。あるいは強引に体を回しての薙ぎ払いか。最も効果的な一撃を与えられるようにと瞬時に思考を巡らせる俺の目に下を向いた【悠久】の顔が飛び込んできた。



「!?」



 言葉にならない悲鳴が漏れる。

 俺の姿を確実に捉えた【悠久】がその悪魔の口をガバッと開いたのだ。



「ユートオオオオオオオオオ」



 ハルが叫ぶ。

 俺はその声を【悠久】が吐き出したおどろおどろしい澱んだ黒色の炎に飲み込まれながら聞いていた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【18】ランク【3】


HP【9650】

MP【2690】

ATK【D】

DEF【F】

INT【F】

MIND【G】

DEX【E】

AGI【D】

SPEED【C】


所持スキル


≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。

〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。

〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。

〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。

〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。

≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。

≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。

≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。

≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。

≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。

≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。


残スキルポイント【8】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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