ep.14 『忘れ去られし街の聲⑬』
月騎士が斃れ訪れた平穏。それは奇しくもハルも同じだったらしく同じ部屋の違う場所で日騎士を斃して一息吐いている姿が見えた。
ガンブレイズを腰のホルダーに戻して体の緊張を解く。
ハルと合流しようと体の向きを変えたその時だ、足先にコツンとした小さく硬い感触が当たった。
「何だ?」
足下を見下ろして自分の足に当たったものを確認する。
屈んでそれに手を伸ばす。
地面に転がっていたものは赤く小さなガラス玉。その中心に炎が封じ込められているかのようにガラス玉そのものが仄かに輝き揺らめいて見える。
「【焔石】か」
手に取ったことで表示されるようになったその名称は球の内側に見られるものを思えばストレートだと感じられた。
ドロップアイテムの類はそのまま持っていることも出来るが大抵はストレージに収めて持ち歩く。いつもの流れで俺は【焔石】をストレージに入れようとして、それが叶わないことに気付いた。
「どういうことだ?」
意味がわからないと独り言ちる俺にハルが、
「どうした?」
と声を掛けてきた。
「これ、さ。さっきの月騎士のドロップアイテムだと思うんだけどさ、ストレージに入れられないんだよね」
「ほう。ユートも手に入れたのか」
「ということはハルもか?」
「まあな」
ハルが握っていた手を開く。そこには俺の手の中にある【焔石】によく似た石があった。
「まあ、おれのは【雷玉】っていうらしいけどな」
「こっちのは【焔石】だな」
「これとは違うのか。ユート。それを見せてくれないか?」
「いいぞ。ついでにそっちも見せてくれよ」
「勿論さ」
大きさこそ【焔石】と同じくらいだが【雷玉】は緑色の光を放っている石だった。【焔石】と同種のアイテムなのだとしたらその内側には雷が迸っているのだろう。そう思って覗き込むとやはり線香花火の火花に似た感じの緑色をした雷が見えた。
「これさ、何に使うアイテムなんだろうな」
「ストレージに入らないってことはそれ相応の理由があるはずだ」
「理由?」
「例えば、この先に進む為に使うとか。もしくはただの部屋のオブジェクトだから持ち出し厳禁ってだけだとか?」
「後者は嫌だな」
「全くだ」
【雷玉】をハルに返して、代わりに【焔石】が自分の元に戻ってきた。どっちがどっちを持つのか決めたわけではないが最初に手にした石を手にした人が持っていた方がいいと二人揃って無意識に思っていたようだ。
石を握り絞めたまま敵のいなくなった部屋の探索を始める。
しかしこの部屋には目立った建造物の類は見当たらない。障害物もなく広々と戦えていたのだから当然と言えば当然なのだろうが、行く先が不明な現状ではあまり喜ばしい事実ではなかった。
「ユート、こっちに来てくれ」
二手に別れて部屋を隅々まで調べていると突然ハルが俺を呼んだ。
俺が今いる場所とはちょうど反対側に立っているハルのもとに早足で駆け寄っていく。
「これってさ、入って来た扉じゃないよな」
「えっと」
振り返り記憶を呼び起こしながら考える。薄暗い部屋には当然自分達が入って来た扉というものが存在する。それは二体の騎士との戦闘が始まった頃に閉ざされ消失していたが、ハルが指差す場所をよくよく見てみれば確かに扉らしき形跡が窺えた。
「多分?」
「やっぱりユートも覚えてないか」
「俺もって、ハルも覚えていないの?」
「あれだけ動き回って日騎士と戦ったてたからな。さすがに目印でもあれば別だろうけどさ、この部屋は何処を見ても同じように見えるから」
「まあ、そうだよな」
もう少し明るければ違ったのだろうか。そう考えて即座に自分で自分の考えを否定した。この部屋は何処を取っても同じ壁と床、そして天井が広がっている。仮想の人工物にありがちだとはいえ、本来は迷うことを避けるためにも目印代わりになりそうな何らかのオブジェクトが置かれていたりするものだ。それが無い為にこの部屋では方角が分かりづらくなっていた。
「マップは――機能していない?!」
驚く俺にハルは肩を竦めてみせた。
どうやら俺よりも先に確認していたらしい。
「そうだな。一度反対側に行ってみてさ、扉の跡があるかどうか確認してみないか」
「いいぞ」
頷き俺と並んで歩き出したハル。
今度は他の場所に目もくれず真っ直ぐ反対側の壁へと近付いていった。
「どうだ? 何かあったか」
「あー、さっぱりわからない」
さっと壁を確認したハルは傍で同じように確認ししている俺に問い掛けてきた。俺が苦笑交じりでそれに答えると顎に手を添えたハルが、
「扉の形跡はさっきの場所だけと仮定して、どうすれば開くのか試してみたほうがいいかもな」
「だね」
再び先程の場所へと戻っていく。
扉の前に立ち僅かに見える隙間に指をなぞらせた。
「これただの溝ってわけじゃないよな」
「いやいや、さすがに他の手掛かりが見られない部屋でそれはないだろう。ないといいな――」
「おいおい」
最後自信が無さそうに声を小さくしたハルに俺は再び苦笑いを向けた。
「ここが扉だとしたら」
壁の溝をなぞりながら考える。
ドアノブも指を掛けるとっかりすらないこの壁の一部を扉だとするのならどうすれば開けられるのだろうか。ぐっと力を込めて押してみるも返ってくるのはただ石の壁を押しているという感触だけ。微塵も動く気配は感じられなかった。
「押して駄目なら引いてみなとはいうけど、ただの壁を引く方法なんてないよな」
溝のある壁を見渡しながら呟く。
そんな俺の横でコツコツと硬いもので硬い何かを叩く音が聞こえてきた。
「ハル?」
音のする方に目を向けるとハルが戦斧の柄で壁を叩いていた。じっと目を瞑り耳をすませて集中するハルの姿になんとなくその意図が伝わった俺は壁から一歩下がり息を殺して余計な音を立てないように動くことを止めた。
ハルと同じように音だけに集中していると不意に規則的な音の中に異音が混ざったのが聞こえてきたのだ。
「そこか」
「もう少し離れていろ。そおらっ、<爆斧>!」
言うよりも早くハルがアーツを発動させて戦斧を思い切り壁に叩きつけていた。
ドオンッと大きな音を立てて広がる爆発。
壁から離れていたとはいえ正面からの熱気は凄まじい。それでも大した影響を受けないのはパーティメンバーの攻撃だからこそだろう。
爆炎が収まり壁の溝に炎が駆け巡る。
長方形の溝の形が浮き彫りになった壁が次の瞬間に溝に囲まれた内側が一瞬にして燃え上がった。
「開いたっ!」
遙か彼方へと続く通路が姿を現わした。
「これ、使わなかったな」
「まだまだ。この先で使うってことだろ」
「そ、そうだよな」
手の中にある【焔石】が主張するように内部の炎が揺らめいた。
「行くか」
「ああ。この先に【悠久】があるかもしれないからな」
コツコツと二人の足音が反響する通路を進む。
進む度に壁に掛けられた松明に炎が灯り行く道を照らす。
歩くこと体感数分。いよいよ通路の出口が見えてきた。
通路を抜けると先程よりも広い部屋に出た。内装は汚れ一つ無い大理石の床に白磁の壁。天井からは降り注ぐ光がいくつもの光の柱を作っている。
「神秘的だな」
ハルの口から思わず出た感想を聞いて俺も小さく頷いていた。
「あれは――」
部屋の中を見回すと名付いたのは奥の壁に鎮座している一つの像。
「天使、か?」
そう呟いた俺にハルが「えっ!?」っと驚いたように声を出した。
「違うだろ。あれは巨人の騎士だ」
「ん?」
自信たっぷりにそう言い切ったハルに俺は疑問府を返していた。
互いの印象が食い違っている。それはまるでそれぞれ違うものを見ているかのように。
「どういうことだ?」
俺の目に映る像は巨大な三対の翼で自らの身体を包む天使の姿。目を瞑り慈愛に満ちた微笑みを浮かべているかのように見えるそれはハルが言うような騎士とは似ても似つかない。
「ユートにはあれが天使に見えているってのか?」
「ああ。翼もあるし、着ているのは立派なドレスだぞ。胸の前で手を組む祈りのポーズを取っているんだけど、それがハルには騎士に見えるのか?」
「それも巨人のな。おれみたいなフルプレートメイルを着て大剣を台座に突き立てているぞ」
「だったら天使には見えないよな」
「まあ、な」
どういうことなのだろう、と首を傾げていると不意に自分達とは違う足音が聞こえてきた。
勢いよく振り返り自分達が通ってきた通路を凝視する。無意識のうちにハルは背中の戦斧に、俺は腰のガンブレイズに手を伸ばしていた。
じっと息を殺して待ち構える。
「お二人の抱いた印象はどれも間違ってはいませんよ」
通路を抜けて現われたのは予想だにもしていなかった人物だった。
「「シャムロック!?」」
その名前を呼ぶ俺とハルの声が重なった。
「どうして此処に?」
「いや、どうやって此処に来たんだ?」
次いで浮かぶのは当然の疑問。しかしシャムロックはそれに答えることなく俺達の間を通り抜けて像に近付き、それを見上げた。
「私には台座に傲慢に腰掛ける悪魔に見えます」
「え?!」
「よく、これを見つけましたね」
振り返り感心したというようにシャムロックが言った。
「ってことはこれが【悠久】なのか?」
「ええ。ですがこれはまだ――」
どこから共なくシャムロックが小さな玉石を取り出した。シャムロックの手にある玉石。それは青く輝いており内側にはいくつもの気泡が浮かんでは消えている。
「その石は――」
「【滴珠】。おそらくお二人が持つものと同種の玉石です」
思わず自分の手の中にある【焔石】を見た。
「【雷玉】の使い方を知っているのか」
「ええ」
微塵も迷うことなく肯定してみせるシャムロック。
「ですが、それよりもお二人には【悠久】のことを語らなければならないでしょうね」
像から数歩離れそう口火を切ったシャムロックが俺達と向かい合う。
「お二人は騎士に見え、天使に見え、悪魔に見えるものを知っていますか?」
「騎士ってのが人に該当するのなら……文字通り【人間】だろ」
ハルが僅かな逡巡の後に答えた。
「正解です」
「だけど、それが街から失われたものってのになるのか? おれが知る限りシャムロックの街には大勢の人が居たはずだろう」
「だとしたら、それはある意味で反存在なのかも」
「反存在?」
「あの像は見た人で姿が変わるってことなら、本当に像が現わしてるのは見られている像じゃなくて見ている側なんじゃないか」
「人にとって時には騎士に見えたり、天使に見えたり、悪魔に見えたりするってことか」
俺の思いつきに納得したような素振りを見せるハル。シャムロックはただ黙って俺達の言葉を聞いている。
「騎士は護ってくれるものの象徴」
「天使は救ってくれるもの」
「そして悪魔は災いとなるもの」
二人の言葉をシャムロックが締めくくった。
「人にとってそれらは事象。だけどそれを象徴させるならば暮らしている場所ってことになるのか」
「この場合はシャムロックの街そのもの」
今ひとつ釈然としないが、なんとなく正解のような気がした。
「ちょっと待ってくれ。そうだとするとさ、街が失われているってことになるのか」
「意味が分からないぞ」
「だよな」
自分の言ったことに自分で驚き、ハルが大量の疑問府を頭に浮かべていた。
「街が失われているのならさ、俺達が、いや、俺達だけじゃない。大勢のプレイヤーやNPCが居たのはシャムロックの街じゃなかったってことになるのか!?」
「そうではありませんよ」
穏やかに、そして悲壮感が滲む瞳をシャムロックが俺達に向ける。
「街は今も在り続けています。ただし、その在り方が歪められているのです」
「どういう意味だ」
「街というのは入れ物、器です。本来その形は歪むことはない。何故ならば――」
「街というのはあくまでも概念でしかないから、か」
「はい。ですが、街には人がいます。人がいれば街を支配しようとする人も出てくるでしょう。その人の欲望と願望が果たされるように。そうなれば本来の形とは異なってしまう。誰にとっての騎士なのか、誰にとっての天使なのか、誰にとっての悪魔なのか」
もう一度振り返りシャムロックは像を見上げる。
「歪みもまた正しい道程なのかもしれません。ですが、私はそれを……拒みます」
強い意思が秘められた瞳で俺達を見据えるシャムロック。
「歪みは一度絶つことで正道に戻ります。それが例え同じ道を歩むことになろうとも」
「同じ道、か」
「意味が無いと笑いますか?」
「まさか。それを決めるのは俺じゃないさ。それに直ぐってわけじゃないんだろう」
「そうですね。およそ数百年は問題無いかと」
「だったらなおさら。この街で生きている人が気を付ければいいだけさ。例え知らずとも自身に恥じないようにさ」
何事も内容に言って退けた俺にシャムロックは驚いた目を向けてきた。隣に立つハルにも視線を向けるが、ハルも平然と「そうだな」とだけ答えていた。
「では【雷玉】と【焔石】をこちらに」
手を差し伸ばしてくるシャムロック。俺は【焔石】を、ハルは【雷玉】をシャムロックに渡した。
三つの輝きがシャムロックの手の中に揃う。
そしてシャムロックはそれを一気に――握り潰した。
「何を――」
シャムロックが手を開く。すると手の中から赤い炎が広がり、雷が迸り、大量の水が滝のように地面へと吸い込まれていった。
間近で見ても奇妙な光景。
しかしそれは全て一体の像へと集約していく。
「歪みを絶つってことはさ、戦うってことだよな」
「これまでのことを思えば間違いは無いだろうさ」
大樹が水を吸い上げるように。
黒雲を駆け巡る稲妻のように。
地獄をも焦がす業火のように。
それら全てが像に命を吹き込んだ。
「後はお願いします」
そう言い残しシャムロックは姿を消した。まるで最初からここになどいなかったかのように、跡形もなく。
その代わりとでもいうのだろうか。
部屋の奥に鎮座していた一体の像にノイズのようなものが走った。
硬い石像だったそれが今や一体の巨人へと姿を変えた。
肉体は悪魔。纏っている鎧は騎士。翼は天使。
聖と邪、そして人。三つの要素がバランスを崩して混ざり合う。
出来上がったのは醜悪な存在。歪められた存在に与えられた名は【悠久】。俺達が戦うべき相手はこうして姿を現わしたのだった。
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レベル【18】ランク【3】
HP【9650】
MP【2690】
ATK【D】
DEF【F】
INT【F】
MIND【G】
DEX【E】
AGI【D】
SPEED【C】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。
〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。
〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。
≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。
≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。
残スキルポイント【8】
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