ep.13 『忘れ去られし街の聲⑫』
足下から広がっていく爆風に飲み込まれながら俺と月騎士は互いに後方へと吹き飛ばされていた。
受けたダメージは最初に爆発を受けた一度だけ。しかしそれは本来俺は受けるはずの無いダメージだった。通常攻撃の際に発生する爆発などのエフェクトに付随するダメージ判定は攻撃を行った側には効果を発揮しない。故に俺が自らの攻撃によって引き起こした爆発によってダメージを受けることは無かったはずなのだ。しかし現実には俺のHPゲージも減っていた。
爆風に身を任せて後方にまで転がっていく最中、俺は自分が見たものを思い出していた。銃形態のガンブレイズの引き金を引く瞬間、それこそ撃ち出された射撃アーツが地面にぶつかるその刹那に俺の胸部に目掛けて盾を勢いよく突き付けたのだ。
まさに一瞬の攻防。爆発が月騎士を襲うのと同じタイミングで月騎士の盾もまた俺を襲ったというわけだった。
「くっぅうう」
転がっていく勢いを地面を掴もうとして必死に相殺させる。それでも俺が止まったのは壁の直ぐ傍。よもや壁と激突してしまうかと体を竦ませたギリギリの距離だった。
「月騎士は――」
自分と同じように吹き飛ばされた月騎士の様子を窺う。表情の見えない全身鎧を纏った月騎士が片膝を付く体勢からゆっくりと立ち上がっているのが見えた。
直ちにストレージから回復用のポーションを取り出して使う。これで受けたダメージの回復は問題無い。
「キリがない、か」
空になり微細なポリゴン片になって消えていくポーションの瓶を一瞥して呟く。自分の体力ならば回復アイテムがある限り一撃でやられでもしなければどうにかなるだろう。だからこそ問題なのは月騎士に与えられているダメージが期待していたほどではないことか。今の射撃アーツによって引き起こされた爆発ですら減らしたHPは精々全体の一割程度というくらいだった。
「そんなこと言ってもいられないかな」
月騎士と日騎士。二体の騎士を俺とハルがそれぞれ一対一で対応している。息を整え思考を巡らせていると聞こえてくる断続的な爆発音。それがハルが使うアーツによるものであることは想像に難くない。ハルが善戦していると信じて俺も再び目の前の月騎士に集中することにした。
俺が動き出すよりも先に月騎士が近付いてくる。
剣先を下げて、盾を構え、姿勢を正し、ゆっくりと。
反対に俺は駆け出した。
銃口を向けて、狙いを定め、獣のように前のめりになり、素早く動く。視界に浮かぶターゲットマーカーが月騎士を捉える度に「<琰砲>」と呟き射撃アーツを発動させながら。
地面に撃った時とは違い月騎士に命中した瞬間に広がるのは強力な衝撃。月騎士はそれを受ける度に僅かに身を仰け反らせ、同時にHPを少しずつ減らしていく。
それでも全体に比べればごく僅か。効果があると分かったとしていつまでも繰り返せることでもない。MPの残量という限界が確かに存在しているからだ。
「より大きいダメージを取れるのは光刃の方ってわけか」
反撃を受ける危険性は高いもののそれに比例して倒せる可能性も増していく。ある意味でいつも通りの戦闘だというように感じられて僅かに肩の力が抜けたような気がした。
「せいやッ。<光刃>!」
ガンブレイズを剣形態に変えたのと同時に一気に突き出した。当然斬撃アーツを発動させて。
流星の如く迸る光が描く軌跡が月騎士の喉元へと迫る。
威力を高めたその一撃は攻撃スピードまでも増加したわけじゃない。だからこそ月騎士は咄嗟に持っている盾でそれを防ぐことができたのだ。
光が弾け、月騎士が止まった。
その隙を逃さずに再び斬撃アーツを発動させる。
今度は突きではなく横薙ぎの一撃。盾を避けて狙うは盾を持つ手そのもの。肩から二の腕に掛けて斬り裂いた。
狙い通りに真っ赤なダメージエフェクトが月騎士に刻まれる。しかし威力が足りなかったのか盾を落とさせることは叶わなかった。
「くっ」
月騎士も俺と同じように攻撃後に生じる僅かな隙を逃さない。斬撃アーツこそ発動させることはなけれど、その威力は俺の斬撃アーツに匹敵する。
攻撃を防ぐよりも全力で回避することを即座に選択して実行する。
体を反らして眼前を通り過ぎる月騎士の剣を見送る。鋭い風が通り抜け、剣を振り抜いたことで空いた胴体に切り上げの一撃を叩き込む。
火花に似た閃光が舞い散り、漆黒の鎧の体に赤い傷が刻まれた。
「はあああっっ」
斬り上げからの振り下ろし、さらに斬り上げ。交互に行き交う斬撃を受けてもなお怯むことなく次の動作を取ろうする月騎士は剣ではなく盾を自身の体の前に構えた。
今度も盾を避けるべき。そう考える自分と、盾の上からでも連続して攻撃を叩き込むべしと訴える自分の直感が一瞬の間にせめぎ合う。
完全にガンブレイズを振り上げた格好のまま止まらず思考を巡らせつつ狙いを定める。
盾を避けるのではなく、盾ごと月騎士を斬るように。
「硬い…けどっ!」
ガンッガンッと鈍い音が鳴り響く。盾の上からでは大したダメージは与えられていない。けれどそれでも構わない。この時は何故かこうすることが正解のような気がしていた。
盾の表面に刻まれる赤いダメージエフェクト。獣が木々にマーキングするときに刻む爪痕のようにガンブレイズによって幾重にも重なった傷痕が出来上がっていく。
「まだ、まだだ……もっと、もっと――」
MPの減りが早い。それもそうだろう。攻撃の度に<光刃>を発動させているのだから。
刻み付ける度に消えていく斬撃の痕。
もう何回斬り付けたのだろう。
立ち止まり攻勢に出る自分の攻撃を正面から受け止めている月騎士。その姿は自らがこの攻防を望んでいるかのように映った。
「もっと――砕けろッぉぉぉぉ!!!!」
ガンブレイズに宿る光が強くなる。
自分の思いに応えて、などというわけではない。単純に角度の問題なのだろう。それでもより強く見える光を宿した一撃が月騎士の盾の中心を捉えた。
無数の傷痕が刻まれた盾にガンブレイズの刃がめり込んだ感触を感じた。両足で踏ん張り、ガンブレイズの柄を両手で掴む。体重を乗せるようにぐっとガンブレイズを押し込んだ。
ピシッと亀裂が生じる音がする。
一気にガンブレイズを振り抜く。次の瞬間、ガラスが割れるように大小様々な破片になって月騎士の盾が砕けた。
盾が砕けた衝撃を間近で受けてよろめく月騎士。
追撃を行おうと僅かに体を前に出した俺に月騎士が剣を突きつけてきた。
「おっと。さすがに無理か」
冷静に月騎士の剣を避け、ワンステップ後ろに下がる。
盾を壊すことが出来たとしても所詮盾は装備品、本体ではない。つまり武装を壊すほどのダメージも月騎士には届いていないということだ。
それでも盾の破壊はこの攻防に多大な影響を及ぼす。
盾の防御という手段を失った月騎士と俺は際どい剣戟を繰り広げ始めた。
時に打ち付け、時に払い、避けて、避けられ。薄氷の上でダンスするような緊張感のある攻防の均衡を先に崩したのは月騎士の振るう剣。
俺の肩に月騎士の剣が突き立てられたのだ。
「ぐっ」
痛みはなく衝撃だけを感じた俺は咄嗟に肩に突き刺さっている月騎士の剣をガンブレイズで祓う。現実ならば痛みで到底出来そうも無い芸当だとしても、ここならばできる。
返す刀で月騎士の足を斬り裂く。
月騎士の両の太股に刻まれた一筋のダメージエフェクト。盾を失った瞬間から月騎士の防御力が低下しているらしく、それまで効果の薄かった斬撃がしっかりとしたダメージを与えられるようになっていた。
「よしっ。これなら、いけるッ!」
確かな手応えを感じて意気を取り戻した俺は残るMPを絞りきるように攻撃を仕掛けていく。絶えず光を宿すガンブレイズは的確に月騎士にダメージを積み重ねていく。時折受ける反撃すら気にすることもなくなっていたが自分のダメージもレッドラインを切らなければ問題無い。謂わばこれはどちらのHPが先に無くなるかのチキンレース。全快していたとはいえプレイヤーである俺のHPと減少していたとはいえ総量が多い月騎士のHP。同じHPゲージの表記でしか見られないことに加えて、確認しながらでは明らかに一手遅れてしまうことが確実のそれはどちらも引くことができない決死のものになってしまっていた。
頬を掠め、体を掠める度にダメージを受ける俺。
掠めるだけでは大したダメージにならないが、自分よりも確実に攻撃を受けている月騎士。
「はあっ!!」
牽制の意も含めて水平にガンブレイズを振り抜くと続け様に渾身の一撃を繰り出す準備としてガンブレイズを引いた。
奇遇にも月騎士も俺と同じように剣を振り、強い一撃を行う前段階の構えをとっていた。
「せいやッ!!」
気合いを込めて一歩踏み出す。
「<光刃>!」
斬撃アーツを発動させて斬り上げる。
月騎士は剣を垂直に振り下ろした。
上下別々の方向から繰り出される渾身の一撃は互いの胸の前でぶつかり合う。
激しい閃光と衝撃が広がり俺と月騎士の体を通り抜けた。
「くうぅっ」
剣が離れ、互いの間に一定の空間が生まれる。そして、一拍の静寂の後、俺と月騎士は互いに最後の一撃となる攻撃を繰り出した。
月騎士は再びその重さを最大限利用した振り下ろしの斬撃を。
「<ブレイジング・エッジ>!」
俺は自分の中で最大級の威力を誇る斬撃の必殺技を。
極大の斬撃が月騎士の剣を打ち砕く。通常の斬撃アーツよりも遙かに強く大きな光が月騎士をも飲み込んでいった。
光が収まり残されていた月騎士は一瞬にして砕け散る。
まるで最初から何もなかったかのように残滓すら残さず消えていった月騎士を見つめ、俺は溜め込んでいた空気を「ふぃ」と声と共に吐き出した。
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レベル【18】ランク【3】
HP【9650】
MP【2690】
ATK【D】
DEF【F】
INT【F】
MIND【G】
DEX【E】
AGI【D】
SPEED【C】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。
〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。
〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。
≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。
≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。
残スキルポイント【8】
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