ep.12 『忘れ去られし街の聲⑪』
「…強い」
対峙している漆黒の月騎士の強さを一言で表わすのならば巧みの強さだろうか。
的確で堅固な防御は俺の攻撃を確実に防ぐ。
鋭い攻撃は大袈裟に避けたつもりでも紙一重になってしまう。
明確なダメージを受けることだけはどうにか避けられているが、それも何時まで続くかは分からない。
「それに…速い」
安全な距離まで離れようとしても月騎士の移動速度がそれを許さない。
多少余裕があればハルの様子を窺えるのだろうが、生憎とそんな余裕は作れなさそうだ。
切迫してくる月騎士を狙って剣形態のガンブレイズを振るう。
胸元を、腕を、足を、顔を、首を、月騎士のありとあらゆる所を狙う。しかしそれらは全て月騎士の盾と剣によって防がれてしまい届くことは無い。
突き、切り払い、斬り上げ、振り下ろし。ありとあらゆる方向に向けられた斬撃が月騎士の斬撃とぶつかり合う度に激しい火花が舞い散った。
「せいやあああああ」
足を止めて攻撃の速度を上げる。それに合わせるように月騎士もまた攻撃の速度を上げていた。
「これも合わせてくるか。それでも――!」
立ち止まったのはここで雌雄を決するという覚悟の現われ。例え思い通りの展開にならなくともここで引くわけにはいかないとガンブレイズを振り続ける。
「おおおおおおおっっっ」
咆吼を上げて気合いを込める。
感情など一切表に出ない風貌の月騎士は平然とした様子で的確にそれと打ち合っていた。
どんなに攻撃を繰り出しても事態に進展はない。それもそのはず、月騎士の攻撃は稀に俺に命中することはあっても基本的にガンブレイズを払うばかりで俺のHPを穿とうとはしてこなかったのだから。
それならばと敢えて危険を承知に意識を防御や回避よりも攻撃に向けることにした。
頬を掠める月騎士の剣。ガンブレイズの柄でそれを打ち上げてすかさず斬り付ける。
「<光刃>!!」
刀身が月騎士に触れたその瞬間を見計らい斬撃アーツを発動させた。
迸るライトエフェクトが流星の如く煌めく。月騎士の胴体に攻撃を受けた際に現われるダメージエフェクトが残り、直後にすうっと消えていく。斬撃アーツの攻撃を受けた月騎士の頭上に浮かぶHPゲージが僅かに減少したのだった。
「アーツを発動させてこのダメージ。十分とは言えないが、やむを得ないか」
攻撃をクリーンリットさせてなお平然としている月騎士に戦慄を覚えながらも、俺は月騎士が決して倒せない相手ではないことに安心していた。
「いいさ。それなら何度でも繰り返すだけさ」
交戦の合間に繰り返し呟かれるアーツの名前。攻撃の度に明滅を繰り返すガンブレイズの刃。切り結ぶは黒白の剣閃。
一度攻略の糸口を掴めれば後はそれを辿り寄せるだけ。
俺の攻撃を受けて身を仰け反らせた月騎士の隙を見逃さずに一気に攻める。
「はああっ」
いち、に、さん、と最初こそ数を数えて斬撃アーツを発動させて攻撃していたが次第にはただ無言でガンブレイズを振るい続けていた。
幾重にも重なり刻まれていく剣戟の跡。
ほんの僅かなダメージだっとしても繰り返すことではっきりと月騎士のHPゲージは減少を見せたのだった。
月騎士のHPから見ればたった三割程度。それでも着実に積み重ねられたそれは切り結んでいた剣戟に一つの変化を招いた。
月騎士の内側から溢れるように広がった波紋のような衝撃波。
近くに立ちガンブレイズを振るっていた俺はそれから逃れることが出来ずに正面から衝撃波を受けてしまう。
急に足が浮き、吹き飛ばされる俺。しかしそれを決定付けたのは衝撃波だけではなかった。月騎士が持つ盾による殴打、つまるところのシールドバッシュというやつが駄目押しとなったのだ。
強烈な殴打が俺の胸を穿つ。
「ぐっ」
籠もったような声が漏れ、俺は一瞬にして月騎士から離され地面に放り出されてしまった。
「ぐはっ、はっはっはっ」
受けた衝撃に溜め込んでいた空気を吐き出しながら、呼吸を整える。仮想の体だというのにそうしなければ動けない。そのような気がしたのだ。
胸のダメージエフェクトが消滅するのと同時に立ち居住まいを正す月騎士。漆黒の鎧に浮かぶ一対の瞳がこちらを見つめている。まるでこれから俺がどう動くのか試すかのように。
「回復する時間はくれるってか」
動きだす素振りの無い月騎士から目線を外さずにストレージから取り出した回復用のポーションを使う。
俺が月騎士にダメージを積み重ねていったように、月騎士もまた俺にダメージを積み重ね続けていた。加えて最後のシールドバッシュの攻撃だ。それにより俺のHPゲージは大きく減らされてしまっていたのだ。
一つの回復用のポーションでは足りず、続けてもう一つ回復用のポーションを使用した。俺が常備して携帯しているのは比較的効果の高いポーション。効果が高いといっても一つで完全回復するポーションよりかは効果が劣るそれは二つ使う事でようやく俺のHPを完全回復させていた。
「いいぞ」
月騎士に告げるように呟く。
すると月騎士は剣を構えてその切っ先を此方に向けてきた。
四度目の開戦は俺一人が元の状態に戻ったタイミングで行われたのだった。
「動きが変わった――!?」
跳び出した俺の初撃に打ち合う月騎士の剣。そこまではこれまでと同じ。違うのはその次に繰り出された攻撃だ。
まずガンブレイズを防ぎ刀身を逸らした月騎士は先程と同じように盾を打ち付けてきた。
無防備になった俺の胸を叩きつけるもその威力はどういうわけか先程より低い。吹き飛ばされる程ではない代わりに続け様に二度三度と連続して盾を突き出してきたのだ。
殴打される度にバランスを崩しかける俺。それでもどうにか堪えて、突き出してくる盾にタイミングを合わせて蹴りを放った。
「――っ。どうにか抜け出せたみたいだな」
蹴りの反動を利用して離れ、地面を転がるようにして距離を作った俺は素早く立ち上がりガンブレイズを構える。
空いている左手でストレージからHP回復ポーションを取り出して咥えると中身を一気に飲み干した。
「数に余裕はあるとはいえ、だ。この繰り返しだとジリ貧だな」
どう足掻いても優勢に事を運べていない現実に奥歯を噛み、必死に思考を回転させていく。
ただ打ち合っていたのでは自分が不利。かといって逆転の切り札になりそうなものは持っていない。何か見落としているのかもしれないが、それすらも不明なまま。
「どうする? どうすればいい?」
自分が飛び込んでいかなければ月騎士もまた動かない。まるで鏡合わせのように動く月騎士だからこそ、俺には考える時間は与えられているのだった。
「倒す必要はない? ――いや、さすがにそれは無さそうだ。でなければ此処に俺達を閉じ込める意味は無い。だよな?」
問い掛けるように呟いても月騎士はそれに応えない。ただじっと動かずにこちらを見ているだけだ。
「倒し方に手順がある? そして俺はそれを踏んでいない? 違う。そうだとしたらこの部屋に入った段階で詰んでいるも同然だ」
ガンブレイズの切っ先を月騎士に向ける。
月騎士もまたその剣の切っ先を此方に向けてきた。
「考えても始まらない。まずは動くことから――」
それでは今までと変わらないと知りながらも結局は前に出ることしか浮かばなかったのだ。
身を屈めて駆け出す。
いつでも攻撃に移れる体勢で月騎士に近付き、ガンブレイズを突き出した。
ガンブレイズの切っ先が月騎士の剣とぶつかる。
極々小さな刃の先が激突し、互いに歩みを止めた。
「器用だな。態とだとするなら随分と味な真似をしてくれる」
ガンブレイズを引くことも、更に前に出すことも出来ずに動きを止めた俺は返ってこないと知りつつも月騎士を称賛するように呟いていた。
一瞬の停滞の後、微かに体重を後ろに掛けたその瞬間を見計らったかのように月騎士は剣でガンブレイズを巻き込んで逸らさせると、再び盾を突き出してきた。
「そう来ると思っていたよ」
切っ先を地面に向けさせられ体勢を崩させれた俺を狙う一撃はこれまでの月騎士の行動を考えれば一つに絞られる。
半ば賭けのようなものだったが、俺はそれに勝ったのだ。
「<琰砲>!!」
指先の操作でガンブレイズを銃形態に変えて即座に射撃アーツを放った。
俺と月騎士。二人が立つ狭間に生じる爆発。
立ち上がる爆炎が飲み込むのは俺だけでは無い。月騎士をも巻き込んで広がった炎は互いに大きなダメージを刻み込んだのだった。
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レベル【17】ランク【3】
HP【9600】
MP【2680】
ATK【D】
DEF【F】
INT【F】
MIND【G】
DEX【E】
AGI【D】
SPEED【C】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。
〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。
〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。
≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。
≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。
残スキルポイント【7】
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