ep.10 『忘れ去られし街の聲⑨』
再び夜の時間。活気に溢れているシャムロックの街の通りでは数多のNPC達が思い思いに夜の時間を満喫している風景が繰り広げられてた。それだけならば普通のことだが、ことシャムロックの街を思えば些か奇妙と感じてしまう。なんといっても昨日まではシャムロックの街の夜は誰も表に出ない、通りの店も軒並み閉ざされていることが常だったからだ。
【夜翼】が戻り夜の時間が正常に戻ったのだとしても誰も何も疑問を抱いた様子もなく、こうして夜の街に繰り出していることが普通であると言わんばかりに平然と生活していることが戸惑いを感じさせる。
「プレイヤーは何も思わないのかね」
そう言いながら夜の街を歩くハルの横を歩きながら俺も一変した街の様子を観察し続けた。
「それよりもさ。【悠久】ってのはどこにあるんだ?」
裏通りに続く細い道に目を凝らしながら問い掛けた俺にハルが何か言いたそうな表情を向けてきた。
「何だ?」
「いや、【夜翼】の時も似たようなこと言ってたなってさ」
「言ったはハルだろ」
「そうだったっけか」
「そうだよ」
「いや、確かユートの方だったような気が」
「二人とも言ってたってわけか」
「かもな」
気の向くまま、興味が引かれるまま進む二人は表通りを抜けてそのまま裏通りに入っていった。
活気が戻った表通りとは違い裏通りは多少影のイメージが強い。どことなく怪しい雰囲気が漂う店がいくつか並んでいたり、軒先に明かりが吊されているもののカーテンが閉ざされている店も。
行き交うNPCの装いも表通りとは異なり目深にフードを被ったローブ姿や物々しい鎧を纏い質の悪そうな剣を携えた人、果ては浅黒く変色した服を着ている人まで。それらは【夜翼】が戻る前には見られなかった人達だ。
「無さそうだな」
「ああ」
残念だと肩を落とすハルとは違い俺はとある一点から目を逸らすことが出来なくなっていた。
余程気のない返事をしてしまっていたのだろう。ハルが怪訝そうな目を此方に向けてきた。
「どうした?」
「あそこ」
何気なく訊ねてきたハルに俺は指をさして答えた。
「何かある…ように見えないか?」
「ん? 何かって何だ」
「や、はっきりと何だとは言えないんだけどさ。あそこだけ何か雰囲気が他とは違う気がするんだよ」
俺が指をさした先、そこには何もなかった。正確には長らく使われていないであろう小さな建物があった。けどそれだけだ。外観は古く今にも朽ち果ててしまいそうで、辛うじて形を保っているだけと言われても仕方ないようなその建物に明かりは無く、カーテンの隙間から窺える窓の中も完全に闇に閉ざされていた。
「まあ、行ってみれば分かるさ」
そう言って迷うこと無く近付いて行くハル。慌ててその後を追おうと一歩踏み出すとふと足が止まった。
何だ。いくつもの疑問が浮かぶ。だがそれを言語化することができない。明確にあれがおかしいと断言することができないでいるのだ。
「ユート? 行かないのか」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ」
ハルに声を掛けられると不思議と足が動いた。
「直ぐ行くよ」
件の建物のドアに手を伸ばしたハルがグッと力を込めて扉を押す。他の店や建物とは違い、この建物は押して開けるタイプの扉のようだ。
ガチャッと大した抵抗もなく開かれる扉。驚いたことに鍵は掛かっていないらしい。
「入るぞ」
「ああ」
完全に扉が開かれると内から独特な臭いが漂ってきた。埃とカビの混ざったような臭いが漂う空気は長く吸っていると体に悪影響を及ぼしそうだ。
「中は……案外普通だな」
埃の積もったテーブルがいくつも置かれているがその上には何もない。空のカゴや古ぼけた布が被せられている棚。曇ったガラスのショーケースの中身も空だった。
「誰もいないよな」
「そりゃあさ、これだけ埃を被っていればな」
「当然ってか」
「だろ」
「まあな」
被せられている布を捲ってみるもその下にはなにも無い。やはり使われなくなってからかなりの時間が経過しているようだ。
「奥があるみたいだぞ」
近くのテーブルや棚を見ていた俺とは違いハルは店の奥へと進んでいた。
「ユートもこっちに来てみろよ」
「わかった」
ハルの声がする方に向かう。
色褪せた暖簾が掛けられた番台の奥にある扉の前でハルが俺を待っていた。
「開けるぞ」
一言断ってからハルが扉を押す。建物の扉と同様に鍵の掛けられていないそれは大した抵抗もなく開きキイィっと錆びた蝶番が擦れる音が響き渡った。
「階段があるな」
「降りてみるか」
「勿論」
【悠久】の探索という大きな目的はあるものの目の前にある未知の探索は好奇心が掻き立てられる。
足下が暗く急で幅の狭い階段を慎重に降りていくと程なくして広い床に辿り着いた。
「一本道みたいだな」
「ぼんやり見える限りは。でもさ、さすがに暗すぎないか」
「そうは言ってもさ、ユートは明かりなんて持っているのか? ちなみにおれは持ってないぞ」
「ランプとか燭台なんてあるわけないよな」
「あったとしても使えないだろ。火種自体がないんだからさ」
「だよなあ。でもさ、こうも暗いと色々と見逃してしまいそうでさ」
「分からなくもないけどさ」
立ち止まったまま話し合いながらも手探りで何か明かりとして代用出来そうなものを探し続けた。
しかし残念なことに自分達が立っている通路にはそれらしいものは何もない。手持ちのアイテムで何かないかと考えてみるも、建物の中、地下で使えそうな道具は思い当たらなかった。
「あー、上に何か無かったかな」
「どうだったかな。全部見たわけじゃないけどさ、使えそうなアイテムは何も――」
無かった。そう言おうとして黙り込んだ。地下にいるはずなのに不意に冷たい風が吹いたのを感じたからだ。
「何かあるのか」
風が流れてくる先。この暗い通路の奥を見る。
音は無音。自分達の呼吸する音が微かに聞こえるくらいだ。一階にあったような埃とカビが混ざった臭いもしない。あの急な階段を降りたことで空気の層が変わったようだ。
「ユート、行けるか?」
「ああ。少し目も慣れてきた気がするよ」
「それは何より。慎重に進むぞ」
真っ暗闇だった視界が薄ぼんやりと見通せるようになってきたタイミングでハルが告げた。
自然と壁に手を付いて進む俺。ハルは普段よりもゆっくりとした足取りで歩いていく。
「横に部屋はないみたいだな」
「そうなのか?」
「これまで一度もドアっぽいものに触れないからさ。まあ、この先にあるのかも知れないし、反対側にあったのかもしれないけどさ」
俺が壁に付けているのは左手。右手はいざという時にガンブレイズを抜かなければならないから自由にしておきたいと思ったからだ。
指先に触れる冷たい壁の感触。途切れることなく感じられるそれはこの通路が長く続いていることを物語っていた。
「ってか、どこまで続いているんだ。この廊下」
辟易したようにハルが呟いた。
暗闇で正確なことは言えないが、上にあった建物の大きさを思えば地下の通路は明らかにそれよりも長い。これでは別の建物の地下までも通っているかのようだ。現実では出来ないこととはいえ、仮想世界ならば問題無いということでも無いような気がするが。これでは誰かが地下を作りたいと思ってもこの通路に繋がってしまうのは間違いないだろう。
「どこまで、というか、どこにかな」
「ん?」
「だってさ、どう考えても長過ぎるだろこの通路はさ。つまり誰かが意図的に作った通路で、通路ってことはどこかとあの店を繋いでいるってことだろ」
そう言った俺にハルは神妙な面持ちで「そうだな」と答えていた。
「普通に考えるなら倉庫って言えるんだけど」
妙に言い淀むハルはちらっと周囲を見渡していた。
警戒し続けることにも疲弊してしまいそうになるくらいに長い通路を進む。
次第に反響していく自分達の足音。
ふと足音の感じが変わった。最初は木の板が敷き詰められていた通路だったのが今は石畳が敷き詰められているのかより硬い感じになっていたのだ。
指先に触れる感触も変わっていた。冷たいざらりとした石壁みたいだったそれが剥き出しの土壁のように。指に何も付いていないことから何らかの舗装は施されているみたいだが。
「石畳に土壁。風は今もどこからともなく吹いている」
「どうしたんだよ、いきなり」
「いや、これだったら普通に松明でも問題無いかなって思ってさ」
地面も壁も湿っている感じはない。長く歩いていても体調に変化が無いということは使われなくなった通路に可燃性のガスが溜まっているわけでもなさそうだ。
「松明なんてもの持ってきているの?」
「前に洞窟の探索したときに使った物が残っていたはずだ。っと、ほら、あった」
ストレージを呼び出したハルの顔がコンソールの明かりに照らされて浮かび上がる。懐中電灯で顔を下から照らす子供の悪戯を思い出して驚くよりも苦笑してしまった。
「火種もないって言ってなかったか?」
「大丈夫。こういう松明ってのはな、ほら」
ハルが松明の先を壁に勢いよく擦り付けた。
「マッチみたいにして付けられるのさ」
ボウボウと燃えている松明。
オレンジ色をした炎に照らされてハルと俺の姿が浮かび上がり、揺らめく炎が周囲を照らしだしていた。
壁や天井がはっきりと見えてくる。思っていた通り煉瓦のような長方形の石が敷き詰められている地面。何かの薬剤でコーティングされた土壁。天井は木製の枠組みが剥き出しになっていて所々に金具で作られた小さな輪っかが見つかった。
「ここが使われていた頃は多分あそこにランタンが吊り下げられていたんだろうな」
等間隔で取り付けられた輪っかを見てハルが言った。
「だとすればここは使われなくなって久しいってことだよな」
「その割には壁も天井も綺麗だけどな。蜘蛛の巣一つ見当たらないんだぞ」
「虫一匹入り込むことが出来ない、なんてことは無いよな」
「風が通っている以上はそんなことはあり得ないと思うぞ」
「ってことはさ、昔ほど使われなくなっているけど、誰かが使っているかもしれないってことか」
「それが何なのか。残念だけど、答えはまだまだ先みたいだぞ」
果ての見えない通路を見る。
松明の明かりが届かない暗闇はまるで自分達を吸い込もうとしている冥府に続く廻廊であるかのように思えた。
「行こう」
今度は俺が言った。
直接【悠久】に繋がっているかはわからない。だけど全くの無関係でも無い。不思議とそう思えたのだ。
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レベル【17】ランク【3】
HP【9600】
MP【2680】
ATK【D】
DEF【F】
INT【F】
MIND【G】
DEX【E】
AGI【D】
SPEED【C】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。
〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。
〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。
≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。
≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。
残スキルポイント【7】
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