ep.08 『忘れ去られし街の聲⑦(後半)』
夜翼の動きが変わった。
単調かつ単純な攻撃が基本だったのが今は俺とハルそれぞれに最も適した距離と攻撃手段を選んでいるかのように感じられるのだ。
重い戦斧を使うハルはどうしても俺よりも攻撃速度で劣る。それが例えどんなにスキルやパラメータで補い武器を自在に操れるようになったとしても武器自体の違いは変えられないからだ。だからこそハルは一歩下がった場所から適宜効果的な攻撃を狙っていた。俺はより前に出て細かな攻撃とハルが攻撃するための隙を作り出すために攻め続けている。
ただ、問題なのは肝心の隙が全く見つけられないこと。
まるで剣戟のように爪を、牙を、刃のように鋭くさせた翼を振るう夜翼。
俺が行うのは回避、回避、回避、そして攻撃。防御などしている余裕はない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らしても集中は切らさない。
頬を夜翼の翼が掠める。
体勢を低くして滑り込むように回転斬りを繰り出す。
「せいやッ」
気合い一閃、夜翼の前足を斬り裂く。
赤い傷跡が夜翼の漆黒の身体に刻まれた。
「ハルッ!」
「おうよ!」
バランスを崩して前屈みになる夜翼。その後ろに戦斧を掲げ高く跳躍したハルの姿が見える。
「<大爆斧>」
叫び力強く戦斧を振り下ろす。
巨大な爆発と攻撃による衝撃波が広がったのは殆ど同時だった。
「俺も負けてられないな。<光刃>」
爆炎に押し潰されている夜翼に向かってガンブレイズを振り抜く。
白い斬撃が夜翼の胴体正面を斬り裂いた。
「もう一度ッ」
「ダメだ。いったん距離を取るぞ」
「どうして?」
「説明はあと。来るぞ!」
夜翼を回り込み近付いて来たハルが叫ぶ。
その背後で爆炎の残り火を黒い風が吹き飛ばしながら飛び出してきた夜翼が先を走るハルを追いかけてきた。
「ハルッ、後ろから来てる」
「わかってるけど、くそっ、追いつかれるっ」
「<光刃>!」
突き出すような格好で発動させた斬撃アーツを夜翼は盾のように折り畳んだ翼で正面から受け止めたのだ。火花のようなライトエフェクトが迸り夜のシャムロックの街を一瞬だけ照らし出す。この攻撃が夜翼の動きを止められたのは僅か一瞬、次の瞬間には夜翼がその巨体を以て俺と正面から衝突したのだった。
「――ッつ」
息が止まる。勿論錯覚だ。現実にそんなことは起きていない、起こらない。だが視界を塞ぐほどの漆黒は軽々と俺を吹き飛ばし強く地面に打ち付けていた。
「ユート!?」
「余所見するなッ」
ほんの一瞬俺の方を見たハルはほんの一瞬夜翼を見失ってしまった。だとしてもその時間は一秒にも満たなかったはずだ。文字通りにほんの一瞬。それだけだったはずなのに、夜翼にとっては十分すぎる時間だったということらしい。
俺の時とは異なり夜翼が行った攻撃は体当たりなどではない。黒い風を纏い、鋭く尖った爪を用いた斬り裂き。俺のガンブレイズやハルの戦斧と同様の、あるいはそれ以上の斬撃を繰り出してきたのだ。
戦斧を使い防御するハル。その上から爪を打ち付ける夜翼。二人の激突は夜翼の勝利で終わった。
「ぐあっ」
「ハル。回復を」
「わかってる」
ハルがストレージから回復ポーションを取り出して中身を飲み干す。そうすることで減ったHPが回復した。
「凄いな。一瞬か」
「高いやつだからな」
「だったら、まだ行けるよな」
「勿論」
起き上がり戦斧を構え直したハルは尚も闘志を鈍らせてはいない。
「それよりもさっきはどうして距離を取ろうって言ったんだ?」
「ああ、それは――っと」
落ち着いて会話しようにも夜翼がそれを邪魔する。爪で、翼で、咆吼で。
夜翼の攻撃を大きく回避をとりながら俺とハルは夜翼の周りを延々と走り回っていた。
「夜翼を倒さないと落ち着いて話もできないかもな」
「だとしても倒すのは用意じゃないぞ」
「わかってるさ」
変わらない夜翼の攻勢を必死に避けつつどうにか突破口を探る。夜翼の動きや攻撃のパターンを見極めながら。
「だったら、逃げながら話そう」
「それしかないか」
「もう一度聞くぞ。どうして距離を取ろうとしたんだ?」
「簡単なことさ。夜翼を倒すだけで【夜翼】が手に入るのかって思ってさ」
「どういうことだ? 【豊穣】のときは出現したモンスターを倒したら手に入ったよな」
「今回も同じとは限らないってことさ」
ハルの言葉に驚き動きを止めそうになってしまう。しかし夜翼の攻撃がそれを許さない。
「あの時は元々【豊穣】という絵画を見つけ、その中にある世界に飛び込んだ。あ、いや、正確には飲み込まれた、かな」
「どっちでもいいから」
「で、だ。今回は逆。夜翼というモンスターを先に見つけた。でも美術品としての【夜翼】は未だに見つかっていない。なのにだ。おれたちはあれを夜翼だと認識している」
「そりゃあ、名前がHPゲージの上に出てるからじゃ」
「覚えてないのか? おれたちはあれを一目見て夜翼だと思ったんだ」
そう断言されてハッとした。
自分でも感じてすらいなかった違和感に初めて気付いた、そんな気分だ。
「俺達はどこかで【夜翼】を見ている?」
「もしくは見続けている、か」
「どういう意味さ」
「本末転倒になるけどさ、あの夜翼が正真正銘の【夜翼】であるかもしれないってことさ」
「それだと問題がある」
「ああ。仮に倒したとして、その場合美術品である【夜翼】も壊れるかもしれない」
「どうすればいい?」
「夜翼を倒さずに【夜翼】手に入れる方法を考えるしかない」
「テイムなんて出来そうにないぞ」
「アイテム扱いも無理だな」
「やっぱり倒すしか無いってことか」
目の前を夜翼の爪が通り過ぎた。
地面に亀裂が走り、俺達は急旋回して再び走り続ける。
「わかった。それじゃあ別の可能性を考えよう」
「別? 例えば、目の前のあいつは夜翼であって【夜翼】ではない。あくまでもモンスターであるってのはどうだ?」
「それなら自分達の認識の件はどうなる?」
「気のせい。間違い。気の迷い」
「嘘だろ」
「そうだな」
軽口を叩き合いながらも思考は全開で脳裏を巡っている。
「既に俺達は【夜翼】を見つけてるってのはどうだ?」
「でも、覚えていないぞ」
「もしくはそれを【夜翼】だと気付けていない、とか」
「姿形はモンスターの夜翼と同じだと仮定して、そうだと気付かないほど異なるものか。だとすれば例えは色が違うってのはどうだ? 漆黒じゃなくて、透明だったら見ても分からないよな」
「硝子とか水晶で出来ている美術品ってことか」
「かもしれないってだけさ」
「他には?」
「大きさ!」
「とんでもなくでかいかも知れないってか」
「その逆もあるぞ」
「小さいと困るな。探し難い。せめてこう、片手で持てるくらいなら良いんだけど」
「確かに」
突然近くの建物が吹き飛んだ。
飛び散る瓦礫。砕け散る窓の硝子。
いくつもの破片を突き破り現われた夜翼が逃げ惑う俺達を捉えて大きく吠えた。
「くっ、回り込まれた」
「<琰砲>!」
刹那射撃アーツを発動させる。
光弾が夜翼の顔に当たって弾ける。瞬く閃光が夜翼の目を眩ませて、ほんの僅かに怯ませた。
「やるね、ユート」
「倒すことは不可能じゃないか」
「かもな」
これまでの攻撃によって夜翼のHPゲージは確実に減っていた。どんなモンスターであろうともHPが無くなれば倒れてしまう。だから思ってしまうのだ。不可能では無い、と。
「どうだ? やってみるか」
「そうだな」
ハルの問い掛けに慎重に考える。
先程の会話が無ければ即座に「やろう」と答えていたと思う。けれど一度浮かんできた疑問は答えが出ない限り頭に残り続けるものだ。それを無視してしまおうとは俺には言えなかった。
「もし、そう、仮にだ。仮に美術品の【夜翼】があるとしてだ。ハルはどこにあると思う?」
「この夜の時間。シャムロックの街は普段とは違う場所になっている。だからこそ」
「この街の中にあるってことか」
「今の街は普段のシャムロックの街を正確に写したもの。普段にないものは此処にもないし、その反対に普段からあるものはここにもある。唯一の例外を除いて」
「例外?」
「人さ。それもNPC。プレイヤーも多分だけど今はおれたち以外はいないんじゃないかな」
どれだけ派手に戦闘していても野次馬をする人は現われない。まるでこの街にいるのは夜翼と俺とハルだけ。そう物語っているかのように。
「誰かが手にすることはないんだな」
「おれたちもまだ手に入れていないけどな」
「だとすれば、別に人目に付かない場所に置いておく必要もないってことだろ」
「まあ、そうなるかな」
夜翼に追われ進路を何度も変えながら言葉を交わして美術品の【夜翼】を見つけ出そうと試みる。
視線を周囲に巡らせてみるも家屋の中は窓越しにチラ見する程度しか出来ないし、そもそも軒先に商品を並べている露店のような場所に置かれているとも思えない。でなければ夜翼が何のお構いもなしに暴れ回ったりはしないだろう。
つまりはこの街のどこか。派手に戦っても問題が無いような場所。
「ハル、街に地下はあるか?」
「地下水道とかはあるだろうけど、なにか違う気がする」
「根拠は?」
「ない!」
きっぱりと言い切られるもハルの勘を信じるかは迷う。とはいえ違う場所の可能性はまだまだ残っているのだ。考えるのはそっちが先だろう。
「地下じゃないとすると、大きな建物の中は?」
「建物の中だと夜翼が突っ込んで壊れる危険性があるんじゃないか」
「確かにな。だったら、そう。空、高い場所はどうだ? 俺達は空なんか飛べないし、夜翼も翼があっても飛び立つ雰囲気はないよな」
「高い所、か」
夜翼に追われながら周囲を見回す。
「この街にあるのはあの時計塔だけだ」
シャムロックの街の中心から少しだけ外れた場所にある時計塔。昼間にも見たそれが夜の闇の中、明かりもなく聳え立っている。
「どう思う?」
「行ってみるか。どっちにしても逃げ回っているだけだしな」
アイコンタクトをして目的の場所を目指して駆け出す。夜翼の気を引かずとも追いかけてくるだろうと敢えて気を引くことをしないままに走り続けた。
緊迫する夜翼が道すがら数多の建物を破壊していく。
どんどん崩壊していくシャムロックの街。
足下に散らばる瓦礫を避けながら時計塔の傍までやってきた。
「ありそうか?」
「いや、見えるわけないだろ」
「だよね」
「どうする?」
「ハルに名案は?」
「時計塔の中にあると仮定して――」
「して?」
「ユートが足で探すとか」
「マジか」
「半分な」
時計塔を前にして夜翼が足を止めた。時計塔と夜翼に挟まれる形で立ち止まった俺はもしかするとという気持ちが強くなってきていた。
ジリジリと詰め寄ってくる夜翼。夜翼ならば時計塔を壊さないようにしながらも俺達に攻撃を加えてくることは可能なはずだ。
声を顰めることもしないで話す。ただし視線は夜翼から外さない。
「こういう塔にあるお宝ってのは大抵一番高い場所なのさ」
「一番高い場所ってことは時計の文字盤がある辺りか」
「その上さ。この時計塔には釣り鐘があっただろ。そこなら窓がないから外からでも行けるはずだ」
「外から?」
「時計塔で気付かないままでも夜翼と認識できるものが置かれているような場所はそこしかないのさ」
「あ、いや、外からってのが気になるんだけど」
「ふっふっふ。ユート」
「な、何だよ」
「飛ぶぞ」
「誰が」
「ユートが」
「どうやってさ」
「こうやってだ!」
ハルが戦斧を振り上げる。
「<大爆斧>!」
俺の足下目掛けて勢いよく振り下ろす。戦斧の切っ先が地面に触れた瞬間、凄まじい爆発が巻き起こった。
通常、プレイヤー同士ではどんな攻撃であってもダメージにはならない。しかしその攻撃が生む影響は別だ。強い風が吹けば飛ばされそうになるし、炎であれば熱く、氷ならば冷たく感じる。その為にハルの斬撃アーツが生み出した爆風は地面を吹き飛ばし、俺までをも天高く吹き飛ばした。
「掴め!」
「くっ、無茶言うなッ!」
時計塔の外壁に掴めるような取っかかりは見当たらない。それでも爆風の威力が弱まり上昇が止まる前に落下を防ぐ手段を講じなければならないのだ。
「刺されッ」
逆手に持ち替えたガンブレイズを思いっきり時計塔に突き立てた。
本来家屋などは破壊できない。出来るのはモンスターとかプレイヤー以外のなにかだけ。それでもガンブレイズの刃が通ったということは、自分達が選んだ道は間違っていなかったことだろう。
「そのまま昇れ。ユート!」
奥歯を噛み締めて時計塔を駆け上る。
目指す釣り鐘がある場所まではもうすぐだ。
「――ッ、何だ!?」
不意に大きな音がした。
地上を見下ろすと夜翼がハルに攻撃を仕掛けている様子が窺える。
「急げ。俺ッ」
自分を鼓舞して時計塔を昇っていく。
「と、届いた――ッ」
手を伸ばし遮蔽物のない窓に手を掛ける。
ガンブレイズを腰のホルダーに戻して両手で自分の体を押し上げた。
「どこにある――?」
顔を上げて探す。
「あれか――!」
釣り鐘の真下。
小さな夜翼を象った置物が鎮座している。
咄嗟に駆け出しそれを掴む。
指先に硬い感触が当たったその瞬間、世界が切り替わった。
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レベル【17】ランク【3】
HP【9600】
MP【2680】
ATK【D】
DEF【F】
INT【F】
MIND【G】
DEX【E】
AGI【D】
SPEED【C】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。
〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。
〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。
〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。
≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。
≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。
≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。
残スキルポイント【7】
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