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迷宮突破 ♯.17

 この衝撃は何と表現したものか。


 大型トラックと正面衝突したというべきか、それとも何かしらの乗り物からもの凄い速さで投げ出されて壁と激突したと言うべきか。


 とにかく意識が飛んでしまいそうな衝撃が俺の全身を襲ったのだ。


「……っつ、はあッ」


 ようやく溜め込んでいた息を吐き出すと俺は自分のHPバーを確認した。


 あれほどの衝撃だったにもかかわらず俺のHPは未だ半分近く残っている。状態異常は引き起こしていない。


 身に纏っている防具の性能に感謝しつつも俺は再び駆け出した。


 走る度に全身を痛みが駆け抜ける。


 それでも次第に痛みが和らいでいくのはここがゲームの中だからこそだろう。もうしばらくすれば完全に痛みを感じることはなくなり、減ってしまったHPもポーションを飲めば即座に回復するはずだ。


 走る俺の横で戦っているハル達も先程の攻撃を多少なりとも受けたようで、左上にある皆のHPバーが一様に減少しているのが確認された。


「もう少しっ」


 フーカがいる柱の陰まで残り十メートルも無い。


 滑り込むように柱の陰に辿り着いた俺はそこで体を休ませるフーカに声をかけた。


「来たぞ。無事か?」

「ユウさん? 本当に来てくれたんだ」


 安堵した声を出すフーカに俺の知る元気な姿を見ることはなかった。


「ほら、HPポーションだ。飲んでくれ」


 ストレージから取り出したHPポーションは俺が上薬草を使って作り出した低級ハイポーションだ。通常のポーションより回復効果の高いこれが最大限役立つのはこの時を置いて他にはないだろう。


「どうだ? 動けそうか?」


 半分近く減少していたHPを回復させるために俺もポーションを飲んだ。


 ポーションを飲んでHPが回復しきるまでは多少のタイムラグがある。それは飲んですぐHPが回復するというとわけではなく、飲んだことで既定の回復数値まで順々に回復するというふうになっているからだ。


「ん、少しは」


 手を握ったり開いたりを繰り返すのは指の先まで力が込められるようになったことを確認しているようだ。


 瞬時に回復はしないといっても実際に回復に掛かる時間は十秒にも満たない。回復する量が増えれば増えるほど時間もかかるのだろうが、現状そこまでHPの総量が多いということはない。


 HPが回復しきるのを待っている俺の前でフーカが立ち上がった。


「ユウさん、ありがとう。助かった」


 何度か肩を回してみるフーカは俺の知るそれに戻ってきているようだ。


「よーし、反撃だ!」

「待てって」


 床に置かれていた直剣を拾い今にも飛び出して行きそうなフーカの手を掴んで止めた。


「何?」

「それで戦うつもりなのか?」


 拾い上げたフーカの直剣は刀身がちょうど半分になるように折られている。もはや剣としての性能は持っていないように見えた。


「貸してみろ」


 直剣を強引に取り上げるようにして見てみると刀身が折れているだけではなく、その柄に至るまで酷く歪んでいるようだった。折れたにもかかわらず鞘に戻すこともしていなかったのはこれが原因か。戻さなかったのではなく戻せなかったのだ。


「何でこんな事になったんだ?」


 余程無理な使い方をしない限り、武器がここまで変形することは稀だ。


 少なくともこのイベントが始まるまでは以前のような形をしていたはずだからこのイベントが始まって二日間フーカはどのような戦闘をくぐり抜けてきたというのだろう。


「さっきトロルの攻撃を剣でガードしたんだよ。そしたらこのありさまに……」


 地面を揺らす跳躍は一本目のHPバーが消失したことがきっかけで繰り出してきた攻撃だ。それまでの攻撃は地面を叩きつけるように拳を振り降ろすか、両の腕を広げ独楽のように回転して殴りかかることだけ。そのどれもが大きなダメージを与えてくるように思えるがそれでも武器をここまで破損させてくるとは俄かに信じられないことだった。


「この剣じゃまともに戦うことは無理だ」


 剣で斬ろうとしてもその刀身自体が使い物にならない。この剣は打ち直すべき段階にまでなってしまっているのだ。


「どうする? 一度諦めて剣を打ち直すか」

「嫌だ。みんなの頑張りを無駄にしたくない」

「それなら別の方法で戦うしかないな」


 フーカがこういうだろうことは予想できていた。俺のストレージには代わりになる武器はないが、フーカに残された剣の柄と鞘を使えば簡易版の木刀のようなものが作れるかもしれない。


 折れ曲がってしまっている刀身を柄から離し、鞘と柄を一つに繋げていく。


 ここで使用できる接着剤のようなものはないから使用するのはストレージに眠っていた頑丈な紐。これを何重にも巻き付けることでしっかりと柄と鞘を固定できるはずだ。


 比較的真っ直ぐな部分を接続部の芯に使い巻き付けた紐を適度な所で切断すると俺の予測通り簡易版の木刀が出来あがった。


「耐久力はだいぶ落ちると思うけど、何も無いよりはマシだろ」


 そもそも鞘を刀身に使っているので剣と呼べるかすらも不明だが、素手で戦うことになるよりはいいはずと俺は出来あがった木刀をフーカに渡した。


 この木刀ではそれまでの直剣と同じように何度も斬りつけるというよりもタイミングを見計らい打ち付けていくという攻撃方法になりそうだ。


「無茶だけはするなよ」

「うん!」


 俺とフーカはトロルとの戦闘に参加するために、戦闘の中心地へと駆け出した。


 ハル達は見事なまでの連携を見せて早くもトロルの二本目のHPバーが三分の一を切りそうなくらいまで減少していた。


「ユウ、フーカも無事だったのか?」


 真っ先に俺たちに気付いたのはハルだった。


 助けを求めてきたフーカだけではなく俺にも同じように問い掛けるのは先程俺がトロルの攻撃をまともに受けた所を見ていたからだろう。


「ああ、大丈夫だ」

「ハルも助けに来てくれてありがとね」

「それじゃ、一気に倒してしまうぞ」


 トロルが跳躍からの衝撃を生み出す攻撃を仕掛けてきたのはHPバーが消失した時の一回だけ。後はそれまでと同じ攻撃をパターンを変えながら繰り出してきているだけだった。


 他の皆との足並みをそろえるために強化はスピードでは無く攻撃に発動させる。赤い光を宿した俺は剣銃を銃形態のままトロルの頭部を撃ち始めた。 


 俺とフーカが戦闘に参加したことによりトロルのHPの減少するスピードは一段と早くなった。


「来るよ!」


 二本目のHPバーが消えそうになる前にリタが叫ぶ。


 先程と同じように広範囲の攻撃を繰り出してこようとも、事前に心構えさえ出来ていればどうにか対処することができる。


 離れた場所から飛来するライラの魔法がトロルに当たるその瞬間に、俺たちは一歩戦闘範囲の外へと出た。


 突き刺さった氷の矢がトロルの二本目のHPバーを撃ち砕いた。


 再びトロルが雄叫びを上げる。


 次に見せた攻撃は先程と同じ跳躍からの衝撃波。それを二回繰り返しただけだった。この迷宮で最初に戦うボスモンスターなだけに攻撃パターンはそれほど多くないのだろう。最後のHPバーに突入した今もこれまで見せてきたものと違う行動は見せてこない。


「最後だよ。気を抜かないで!」


 フーカが声を大にして叫んだ。


 二つのパーティがトロルの周囲を囲むように並ぶ。


 各々の武器を構えタイミングを合わせるように攻撃を繰り出す。


 前後左右、三百六十度、四方八方からの攻撃を受けてトロルのHPバーがみるみる減っていく。


「倒しきるぞ」

「ああ!」


 最早がむしゃらに両腕を振り回すことしかできないトロルなど怖れるに足りず。


 ハルの声、そしてフーカの声に応えるように俺たちは持ち得る最高の技を発動させた。


 俺は攻撃強化の光を剣銃の刀身に纏わせた一撃を


 ハルは巨大な爆発を起こす斬撃を。


 リタは大地をも斬り裂く凄まじき斬撃を繰り出し、マオは高硬度を誇る岩をも砕く一撃をトロルの頭上へと叩き込んだ。


 フーカは白い閃光を伴う剣戟を、その後ろで二人のまだ名も知らぬプレイヤーが同程度の威力を持った赤と青の光を放つ突きを撃ち込んでいた。


 最後にライラがタイミングを微かに遅らせてトロルの全身を覆い付く程の冷気を含んだ竜巻を放つ。


 なす術無く全ての攻撃を受けたトロルは断末魔の叫びを上げることすらかなわず、その姿を一瞬の後に光の粒へと変え、この場から消えていった。


「ふう、どうにかなったかな?」


 静まりかえった第六階層の一室でその斧を肩に乗せ俺とフーカがいる方へと近づいてきた。


「ま、なんとかな」


 幸運にも持ってきたアイテムを使いきる前にトロルを倒しきれたようだ。離れた場所にいる他の仲間たちもそれぞれが嬉しそうな顔をして集まって来ている。


「お疲れさま。無事に助けられたみたいね」

「あれがフーカか? ずいぶん無茶したみたいだなぁ」

「あれって言うなよ。確かに無茶したようだけど、な」


 マオとハルが目線を送る先には俺が急ごしらえしたフーカの鞘剣を見ている。きつく結び簡単には解けないようにしたつもりだが、それでもフーカの技の反動に耐えきれなかったのか今にも鞘と柄が離れてしまいそうだ。


「ハルも助けに来てくれてありがと」

「間に合ってよかったよ」


 フーカを先頭にしてライラ達もここに集まって来ている。


「ライラ。俺たちにその二人を紹介してくれるか?」


 集合した二つのパーティで俺が知らない顔が二つ。


 まるであえて同じようになるようにキャラクターを作ったみたいにそっくりな二人はライラの後ろからひょっこり顔を出した。


「はいはーい。自分で自己紹介するよー」


 二人の見た目の違いはその髪の色だけ。その赤と青の髪はそれぞれ同じ長さで切り揃えられてられている。


 元気一杯に手を上げぴょんぴょん跳ねて主張して来たのは青い髪のほう。


「わたしの名前はアオイだよ。で、こっちが」

「アカネです」


 この二人は見た目だけでなく声もよく似ている。現実にいるプレイヤーも姉妹かなにかなのかもしれない。


「ユウだ」

「俺がハル。後ろにいるのがリタとマオ。これが今の俺の仲間だよ、フーカ」


 βでの経験を知っているフーカとライラだからこそ、ハルに新たな仲間が出来たことを喜んでいるようだ。


「とりあえずここを出ましょう。ね、あなた達もそれでいいかしら?」

「ええ。もちろん」


 ライラの提案にリタも乗った。


 ボスモンスターと戦ったこの階層で話をするよりも外に出て落ち着いた場所で話をしたい。なにより武器を失った状態のフーカをいつまでもここにいさせるのは得策とは言えない。


「話をするのは俺たちの拠点でいいか?」


 町で話すよりも幾分か機密性は保たれる。


 さらに言えば俺たちの拠点ではフーカの直剣を直すこともできる。現在の装備の状態を見る限りフーカ達は装備の修理を行ってきたようには思えない。使っているかどうかも分からない施設をあてにするよりも何度も使用して素材も残っている俺たちの拠点の方がいいはずだ。


 八人揃ってこの部屋から出た俺たちはそのまま真っ直ぐ下の階層に伸びる階段を下りていった。


 転送ポータルを使い町に戻ったその瞬間に俺の手の中にある砂時計の時間が止まる。


 この日の迷宮探索可能時間、残り約三時間。



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