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ep.03 『忘れ去られし街の聲③』



 背後にあるはずの扉は既に消えている。

 目の前には広大な草原。到底美術館の敷地には収まりきらない広さがあると思えるそこは、驚いたことに天井すらなくあるのは白い雲が流れる青い空。



「これは…どうなっているんだ?」

「外に出たってわけじゃないはずだけど…」



 ハルが思わずに口にした疑問は当然のことであるように思えた。それもそうだろう。今自分達が立っているこの場所はそれまでとは全く違ってしまっているのだから。



「これ、本物だぞ」



 驚きながらも屈み摘んだ草がどこからか吹いた風乗ってにふわっと巻き上がった。



「土も本物。空も、雲も、風や太陽までも」



 大地を踏み締めて空を見上げるとハルは兜を外して素顔で風を感じているようだ。



「突然エリアが変わった、とか?」

「まさか。見てみろよ、マップ上は未だにシャムロックの美術館のままなんだぞ」

「え!?」



 コンソールを呼び出しそこに表示されているマップを見る。普段視界に表示している簡易マップは現在の階層、加えて足を踏み入れた場所のみを表示することができる。謂わば古き懐かしのオートマッピングってやつだ。それに対してコンソール上のマップは現在地近辺、建物の中ならばその全体図がある程度の鮮明さで表示されるのだ。

 コンソールを見たまま探索することはできない。正確には戦えない。武器を持つ代わりに地図を見ている。システムがそういうふうに認識しているのだそうだ。

 それにコンソールのマップに表示されているのはあくまでも大雑把なものでしかなく、結局は自ら足を踏み入れて調べなければ正確なマップにはならないのだ。



「でもさ、美術館の中にこの広さの草原はあり得ないだろう。空だってそうだしさ、太陽の光だって偽物とは思えないよ」

「まあな」



 釈然としないといった口調で答えながらハルは再び兜を被った。



「つまり、ここには何かあるってことだろ」

「……何か」



 オウム返しする俺を一瞥したハルは警戒心の表れか戦斧を手に取ったまま歩き出した。



「とりあえず見て回ろうぜ。まあ、この感じだと見当たる限り何かあるとは思えないけどさ」



 草原には遮蔽物になるようなものは一つとしてない。草原にありがちな木もなければ、それまでに必ずと言っていいくらいにあった棚だって見当たらないのだ。

 まるで果てがないようにすら感じられる広大な草原。

 どこまで歩けば壁があるのか。美術館という建物の中だという事実が変わっていないのだとすればそれは必ずあるはずなのだが。



「何もないな」

「何もないね」



 近場をぐるりと見て回って立ち止まった俺達は徐ろにそう呟いていた。



「こうなると入ったら出られない罠だったってことか?」

「えっ、そんなのあるの?」

「聞いたこともないな。第一進行不可になる罠なんて悪質もいいとこだろ」

「あー、クレームは来そうだよね」

「間違いないな」



 片手に戦斧を握ったまま、ハルが背伸びをした。



「さて。ユート。これからどうしようか」

「どうするって何がさ」

「このまま草原の探索を続けるか。どうにか元の場所に戻る方法を探すか。クエストリタイアになるけどログアウトして最後に訪れた町、シャムロックに戻るか」

「戻った場合はもう一度このクエストに挑めるのか?」

「わからない。再挑戦できるクエストってのもあるけどさ、多分このクエストは…」

「無理?」

「だと思う」



 兜の奥で顔を顰めてハルがいう。

 少しの間考えた後に俺は、



「それならもう少し探索を続けよう」



 と言ったのだった。



「そもそもさ、元の場所に出るための扉だってあるかわからないんだろ」



 ハルが頷く。



「だったら、探索するのが最善策だと思うんだ」

「当てもないのに?」

「探索ってそういうものだろ」



 ニヤリと笑って答える。

 初めて足を踏み入れる場所。それこそダンジョンの類はそうすることで踏破してきたはずだ。だから今回も同じ。そう思えば何も難しい話ではない。



「そうだな。どうする、おれとユートで別々に見て回るか?」

「いや、何があるか分からないからさ、一緒に行った方がいいだろ」

「オーケー」



 もう一度俺達は歩き出した。

 さっきよりも注意深く、何か異変がないか探しながら。

 ぐるぐると渦を描くように歩くこと数十分。遮蔽物のない一つの階層の探索としては長い時間を掛けての探索は残念なことにあまり意味を成さずに終わった。



「だー、どういうことだよ。なんっにもないぞ!」



 疲れたと手足を投げ出して草原の上に寝転がるハル。

 どれだけ歩き回っても手掛かり一つ見当たらない。精神的に疲弊した俺達は一度立ち止まって見逃したものがないかと考えることにしたのだ。



「ここまでとは」

「ん?」



 愕然としている俺にハルの疑問を抱いたような声が聞こえて来た。



「どうかした」

「この草さ、この長さだっけ」

「どういう意味だ?」

「さっきおれが草を引き千切ったのは覚えているだろ」

「そりゃな」

「その時は根本から引っこ抜くつもりで取ったんだよ。だからわかるんだけど、千切れた草の長さは根っこから引き抜いた時とそれほど変わらなかったはずだ。だからさ、気のせいじゃないと思うんだけどさ、この草…さっきよりも伸びてる気がする」



 植物の成長は早いというが、数十分ではっきりとわかるほど成長することはない。

 初めて気付いた異変。

 だから何がどうなのかまでは分からないが、この場所がただ閉ざされていて、時間が停止した場所なんかじゃないことは間違いなさそうだ。



「ん? 影?」



 ふと、自分達に差し込んだそれを見て言った。

 身を起こして目を凝らす。



「上か!」



 声を荒らげてハルが空を見上げる。

 そこには眩い太陽があった。ゲームとはいえ太陽を直視することは憚られるが、ちょうどそのタイミングで雲が流れて太陽を覆い隠した。

 そして再び雲が流れると何かのフィルターがかけられたように太陽が見られるようになっていた。



「鳥?」



 太陽の中心に見える影の形は翼を大きく広げた鳥のようであった。



「足はともかく鳥に手はないだろ」

「そうだよな」

「つまりあれはモンスターってことだ」



 冷静につっこんでいた俺もハルに倣い空を見上げた。

 遮光性の高いサングラス越しに見た太陽のように見えるそれに浮かぶ影がゆっくりと大きくなっていく。



「なるほど。あれを倒せばいいってことか」

「いやいや、そんな簡単なことじゃないだろ」

「そうでもないさ。ゲームってのは大概、単純だ」



 なんとも言い難い発言をするハルを無視して近付いて来る影を見た。

 影が近づいて来るほどにそれが鳥ではないことが分かる。

 ゆっくりと羽ばたく翼はコウモリのようでまだ鳥に近しいが、その体はあからさまに別物だ。

 異様な程に長い手足。

 捻れた角が生えたトカゲのような頭。

 全身灰色のモンスターにガンブレイズの銃口を向けることで見えるその名称は【トワイライト・ガーゴイル】。動く石像と名高いモンスターの一種が黄昏色の瞳を開いた。



「来るぞっ」



 ハルの言葉を開始の鐘として戦闘が始まった。

 先制攻撃は空を飛ぶトワイライト・ガーゴイル。滑空してからの爪による切り裂き攻撃が戦斧を構えるハルに迫る。



「ぐっ、効かねえよ」



 しっかりと戦斧で防御したハルは余裕のある声でいう。

 自分を通り過ぎて再び高度を上げようとするトワイライト・ガーゴイルに返す刀で戦斧を振り上げた。

 ギャアッと叫びよろめくトワイライト・ガーゴイル。

 しかしダメージはごく僅かだった。



「撃ち落とす!」



 銃形態のガンブレイズにとって最適となる距離に立って狙いを定めて引き金を引く。

 素早く撃ち出された弾丸がトワイライト・ガーゴイルの翼に命中した。



「ダメージはあるけど壊せはしないか。ただ硬いだけか、それとも…」

「考察はあとだ! 届かなくなる前に攻撃出来るだけ攻撃するぞ」

「了解」



 一瞬手を止めた俺を叱責してハルが前に出た。

 ダメージを受けて今ひとつ高度を上げきられていないトワイライト・ガーゴイルにハルの追撃が繰り出される。

 俺はハルの後ろから撃ち続けた。

 するとトワイライト・ガーゴイルは上昇することを中断して翼をマントのようにして体を覆い防御した。



「その体勢だとダメージがかなり軽減されるのか」

「だとしてもここに縫い付けた方がーー」



 接近して戦斧を振るい続けているハルが不意に息を飲んだ。トワイライト・ガーゴイルが翼でハルの戦斧を跳ね返したのだ。

 巨きく仰け反り隙を晒すハル。トワイライト・ガーゴイルはまるでその時を待っていたというようにその場で両手を広げ回転して反撃したのだった。

 その様はまるで竜巻。

 至近距離に立つハルは竜巻から逃れる術なくまともに正面からそれを受けた。



「うおおおおっっっ、あっっつぅ」

「ハル!?」



 回転するトワイライト・ガーゴイルは撃ち出した弾丸をも容易く弾く。



「〈琰砲カノン〉!!」



 普通の攻撃が通らないのならより威力の高いアーツを使うだけだ。

 銃口から放たれた真紅の光弾がトワイライト・ガーゴイルの竜巻を穿つ。

 バンッと弾ける光が竜巻を吹き飛ばす。

 回転しながら急上昇するトワイライト・ガーゴイルがいた場所には戦斧を構えたまま動かないハルが立っていた。



「無事か?」

「そう…見える、か?」

「うん、良かった。無事そうだな。早く回復しろよ」

「お前……はぁ、わかってるさ」



 ストレージからHPポーションを取り出したハルは一気にその中身を飲み干した。

 軽口を叩きながらもハルは自身のHPを半分近く減らしていた。俺が竜巻を止めたからそのダメージなのか、あるいは関係ないのか。どちらにしても十分に警戒しなければならない攻撃なのは間違いなさそうだ。



「ったく。それでどうだ? 届きそうか?」

「無理だと思う。トワイライト・ガーゴイルの位置が高過ぎるし遠過ぎる。射撃アーツを使ったとしても届かなそうだ」

「だとすれば待つしかないってことか」

「いや、そんな必要はなさそうだ」

「なに?」



 トワイライト・ガーゴイルに現れた初めての挙動。滞空したまま翼を大きく広げて若干前屈みになったのだ。次の瞬間、黄昏色の瞳が輝く。

 ガンブレイズから放たれた射撃アーツのお返しだと言わんばかりにトワイライト・ガーゴイルの瞳から大地を焦がし、緑の草原を焼きつける熱線が放たれた。



「回避ッ」

「避けろ、ユート!」



 言うよりも早く俺とハルは迫る熱線から逃れるべく駆け出した。

 背後で爆発が起こり、炎が周囲を飲み込んでいく。

 草原を燃やす炎が揺らめく大地。

 直接のダメージを受けてないとはいえ、視界は埋め尽くす炎は俺達の足を竦ませる効果を発揮していた。



「くそっ、炎が邪魔だ」



 苦々しくハルが言った。

 事実大地を焼く炎によって自分達の行動は制限されている。

 空を飛び回るトワイライト・ガーゴイルが相手だと自由に動き回れないことは確実なデメリットとなってしまう。



「どうする?」



 それ程時間が与えられていないなか思考を巡らせる。

 どうにか炎を掻い潜る方法。そして空を飛ぶトワイライト・ガーゴイルに攻撃を届かせる方法。少なくともこの二つが分からなければ自分達は不利なままだ。

 そんな心配は余所に炎は自然と消えていった。

 炎が消えた後、そこに残されていたのはより成長した草の絨毯だった。



「なんだ、これ……」



 プレイヤーにとっては攻撃。だがその炎は燃えてしまった草原に息吹を吹き込む祝砲も同然。

 元通りになった草原に立つ俺達に向かって再びトワイライト・ガーゴイルが急降下してきた。



 

 




 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【16】ランク【3】


HP【9550】

MP【2670】

ATK【D】

DEF【F】

INT【F】

MIND【G】

DEX【E】

AGI【D】

SPEED【C】


所持スキル

≪ガンブレイズ≫ーー武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。

〈光刃〉ーー威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。

〈琰砲〉ーー威力、射程が強化された砲撃を放つ。

〈ブレイジング・エッジ〉ーー極大の斬撃を放つ必殺技。

〈ブレイジング・ノヴァ〉ーー極大の砲撃を放つ必殺技。

≪錬成≫ーー錬成強化を行うことができる。

≪竜精の刻印≫ーー妖精猫との友誼の証。

≪自動回復・HP≫ーー戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。

≪自動回復・MP≫ーー戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。

≪全状態異常耐性≫ーー状態異常になる確率をかなり下げる。

≪憧憬≫ーー全パラメータが上昇する。


残スキルポイント【6】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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