表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
508/664

ep.02 『忘れ去られし街の聲②』



 地下の探索を終えるまでにリビングメイルとの戦闘は五回にも及んだ。この狭い倉庫。限られた空間では多く感じられる回数だ。

 出現したモンスターは全てリビングメイル。そしてそれらは全て最初は【???】という名の粘性の高い不定形モンスターとして現れていた。不定形の体に埋め込まれた仮面のような部位を破壊することでようやく正体を表し倒すことが可能となるという通常のモンスターに比べて一手間かかる仕様となっていた。



「何もなかったってわけじゃなくて良かったじゃないか」



 などと言うハルの手には半透明の黒色をした水晶玉が握られている。倉庫の最奥。元は何かの作業部屋らしき場所にある棚に唯一残されていたものだ。



「でもさ。使い道がわからないんだろ」

「ってもユートもさ、これがただの飾りだとは思わないよな」

「そりゃあな」

「つまり! これはこの美術館のどこかで使うアイテムなんだよ」

「だから、どうやって使うのさ」

「それは……これから分かるだろうさ」

「楽観的だなぁ」



 来た道を戻りながら話しているとようやく自分が壊した扉の前に着いた。



「次は上だな」



 二階へと続く階段を登っていく。

 階段を抜けた先の廊下には薄汚れた真紅のカーペットが歪むことなく敷かれている。



「ここにいるのも【???】なのか」



 廊下の曲がり角。その向こうに例のモンスターの背中が見えた。



「どうする?」

「単独ならそれもいいかもだけどさ。この先に別の個体が待ち構えているかもしれない。ここは逆の道を行こう」

「わかった」



 曇りガラスから差し込む光が真紅のカーペットに規則的な模様を作り出している。

 廊下を挟んで左右にある部屋には扉がない。元より美術館を訪れる客がスムーズに観覧できるように設計されているためだ。

 地下の倉庫とは違い部屋の中にある棚は展示用のもの。だからだろうか。そこに美術品が一つとして置かれていないのはどこか物悲しく見える。



「おーい。ちょっとこっちに来てくれ」



 二手に分かれてそれぞれ違う部屋の中を見ていると突然ハルの声がした。



「何かあったのか?」



 普段と変わらない調子の声だったために移動することなくその場で声を張り上げて返事をするに留めた。



「いいから。早くこっちに来てくれって」



 変わらず淡々とした口調で呼ぶハルに仕方ないと部屋の探索を切り上げて合流することにした。

 歩いて十数歩。狭いわけではないが広くもない。あくまでも小規模な展示がされていたであろう部屋から出ると廊下からハルが居るであろう部屋に向かう。



「ハル?」



 部屋を覗き込んでその姿を探す。廊下以上にくすんだ窓のせいで薄暗い部屋に佇む全身鎧姿のハルがいた。



「何をしてるんだ?」



 壁、あるいは何もない棚を見たままの格好で立つハルを訝しみ声をかける。

 どうしてだろう。目の前にいるハルはどこかいつもと雰囲気が違う。



「ハル?」



 再び名前を呼んでみる。しかし返事はおろか反応すらなかった。

 否応なく高まっていく警戒心。

 自然と右手が腰のガンブレイズへと伸びていた。



「ユート! そいつは俺じゃないっ」



 部屋の中とは違う。後ろの方からハルの声がした。

 まるで切羽詰まったようなその声に俺は振り返ることなく素早くガンブレイズを引き抜いた。



「……っ!」



 銃形態の銃口を向けるよりも早く、目の前にいる全身鎧の頭が落ちた。

 ガシャンと大きな音が部屋の中に響き渡る。

 外れた兜があった場所には黒く淀んだマネキンの頭部が残っていた。

 全身鎧の頭が百八十度振り返る。

 本来頭があったはずのその場所にあるのは先程の【???】と同じ仮面。

 躊躇なくそれを射抜く。

 ガラスが砕ける音が轟き、水風船が割れるように黒い粘性が高い液体がその胴体を飲み込んでいった。



「全く。俺じゃないと気付かないのではないかと思ったぞ」

「まさか。そこまで抜けてないさ」

「まぁ、全然躊躇わずに撃ったもんな」

「当然」



 駆け寄って横に並ぶハルの手には戦斧が握られている。

 臨戦態勢をとる俺たちの前で全身鎧はその存在を変貌させていく。



「ねえ、ハル」

「何だ?」

「【リビングアーマー】ってさ、リビングメイルとどう違うんだ?」

「厳密にこれだってのはなかったはずだけど。そうだな。今回の場合はアーマーの方がごつい鎧ってイメージでいいんじゃないか」

「あー、なるほど」



 漠然とした違いを感じつつ、俺はガンブレイズを剣形態へと変えた。

 リビングメイルとは違いリビングアーマーは、自身の体である分厚い鎧に射撃が通用しないと感じたからだ。



「それじゃあ、始めますか」



 戦斧を構えたハルが前に出る。

 元の姿がハルと酷似していたためにリビングアーマーの武器も戦斧だ。

 二つの戦斧が打ち付け合う。

 轟音と火花が散り、互いに後ろに体を仰け反らせていた。



「せやぁっ」



 自ら回転して体勢を整えたハルの横を駆け抜けるようにして前に出た。

 すかさずにガンブレイズを突き出す。

 硬い鎧の体でも、それはプレイヤーが纏う防具とは根本が違う。リビングアーマーのそれはあくまでも肉体であり、若干ではあるが生物的でもあるのだ。

 ガンブレイズの刃とリビングアーマーの鎧がぶつかる。

 プレイヤーの纏う防具とは異なりガンブレイズの切っ先が僅かに食い込んだ。



「おおっ」



 攻撃が命中したその刹那、一歩深く踏み込んだ。



「そのまま抜けろ!」



 切り返しての追撃を考えていた僅か数秒の時間にハルが叫び告げた。



「せいやっ」



 返事代わりに気合いを込めて叫び、横一文字に斬り裂いた。

 リビングアーマーの横っ腹に刻まれた一筋の傷跡。それでもリビングアーマーのHPを削れたのは一割にも満たない。

 俺が駆け抜けた後、入れ替わるようにハルが戦斧を叩き付けていた。

 この時発動させていた攻撃アーツの〈爆斧〉による爆発と炎が部屋の中に巻き起こった。



「うおっ、びっくりした」



 ハルが地下では避け続けていたアーツの発動。それを解禁したのはこの部屋に炎が燃え移りそうなものか見当たらなかったからだろうか。



「使うなら使うって言えよ」

「使ったぞ」

「おい……大丈夫なんだろうな」

「地下でも確認はしていたさ。この棚とか落ちている紙切れは壊せないオブジェクトのようだからな。ちょっとやそっとじゃ火事にはならないさ」

「信じるぞ」



 繰り返し〈爆斧〉を発動し続けているハル。

 リビングアーマーは絶え間ない爆発に呑まれみるみるうちにHPゲージを減らしていった。



「これで、ラスト! 〈爆斧〉!!」



 リビングアーマーの脳天を叩き割るように上段から戦斧を振り下ろす。

 戦斧の刃の向く方向に起こる爆発がリビングアーマーに残された僅かなHPを奪い去った。



「ーーっ! 敵の増援。来るぞっ」



 背後に感じた嫌な足音。

 振り返るとそこには二体の【???】が迫っていた。



「ユート。奴らの正体を炙り出せ」

「わかっているさ」



 即座にガンブレイズを銃形態に変えて【???】に照準を向ける。



「ちょっとが遠いか。だったらこれだーー〈琰砲カノン〉」



 不定形な肉体にある仮面が大きな音を立てて砕ける。

 ドロっと溶けるようにカーペットの染みになった次の瞬間に【???】は新たなるリビングアーマーとなって起き上がった。



「あともう一体もだ。〈琰砲カノン〉」



 銃口から延びる光弾が正確に仮面を撃ち抜く。

 三度姿を現したリビングアーマーにハルが戦斧の刃を立たせて廊下まで押し出したのだ。



「ハル!?」

「こいつは引き受けた。だからそいつはーー」

「ああ、任された」



 部屋の中に残された俺は突撃槍ランスを携えたリビングアーマーと対峙した。

 剣形態に変えたガンブレイズを構えた俺と突撃槍を構えたリビングアーマーが激突するまでに要した時間は十秒にも満たない。

 それぞれの武器は得意とする距離も重量も異なる。より至近距離にまで近づけば俺が有利となり距離が開けはリビングアーマーの攻撃の方が有利となる。

 ならばここで後手に回るのは得策ではない。

 身動きが取れなくなるギリギリまで近づきガンブレイズを振るう。

 ハルが使うアーツ程ではないが着実にダメージを積み重ねていく。

 半ば一方的な展開が覆られることなくリビングアーマーは崩れ去った。



「廊下も静かになったな」



 ハルの戦闘も終わったようだ。

 ガンブレイズをホルダーに収めずに廊下へと出る。そこでは戦斧を掲げた格好でハルが息を整えていた。



「お疲れ様」

「おう。問題なく倒せたみたいだな」

「まあね。ハルだってそうだろ」

「ああ」

「どうした? 何か釈然としないのか?」

「そういうわけじゃないのだかな」



 妙に言葉を選んでいるようなハルに対して疑問符が浮かぶ。

 次の言葉を待っていると不意に【???】が蠢く時の粘性の高い液体が流れるような独特な音が聴こえてきた。



「やはり、終わってなかったか」

「予測していたみたいだな」

「あまりにも呆気なかったからな。それにこの場所はあまりにも戦うことに適し過ぎている」



 音が近づいて来るも未だに【???】の姿は見えてこない。それ故に全方向を警戒し続けている。



「どれだけ戦っても寄れることすらないカーペット。壊れることも燃えることもない壁や窓に棚。リビングメイルやリビングアーマーを相手にするだけならここまでの舞台は必要ないはずだ」



 ハルは二種のモンスターでは役不足だと感じているようだ。自分の考えを纏めるためにか独り言ちている。



「どうする? このまま待ち構えるか?」

「いや、それだけだと状況は変わらない気がする」

「なら多少強引でも先に進むか」

「賛成」



 音から離れるように素早くこの場から移動する。

 静かに、そして迅速に。

 目的地は三階か、それとも探索しきれていない二階の何処かか。

 移動途中の部屋は入ることなく覗き込むだけで済ませる。

 そうして走り続けることしばらく、それは自分達の目の前に現れた。



「扉…?」

「どうしてこんな所に」



 それは三階に移動すると決めて見つけた階段から外れた廊下の突き当たり。他の部屋もなく、袋小路となっている小さな空間だった。



「行ってみるか?」



 ハルに訊ねると浅く首肯する。

 後ろからは【???】の移動音。

 鍵が掛かっていないことを願い件の扉の前にまでやって来た。



「くそっ、鍵が掛かっている」



 願いも虚しく、ハルが掴むドアノブは固く動かない。



「ユート。さっきみたいに」

「わかった」



 鍵穴らしきドアノブの上のスリットに銃口を向ける。躊躇いなく引き金を引いて撃った。

 ダンっと銃声が轟いた。しかし、地下のドアとは違い目の前のドアは傷一つ付いていない。



「駄目だ」

「ここは正当な鍵が必要ってわけか」

「あるのは三階か?」

「それとも、これか、だ」



 ハルが取り出したのは黒色の水晶玉。手の中に収まるほどしかない大きさのそれが淡く光る。



「正解みたいだな」



 光る水晶玉を鍵穴に押し付けた。

 カチッと音を立ててドアノブが回る。

 開かれた扉を足を踏み入れる。硬い廊下から伝わってくる感触が一変した。

 ゆっくりと閉じた扉がすうっと消える。

 ハルと二人ならび眼前に広がる光景に驚いていると、不意にハルが呟いた。



「あり得ない」



 それもそうだろう。

 閉鎖された美術館だったはずが人工的な建物一つ見当たらない、広大な草原の上に立っているのだから。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【16】ランク【3】


HP【9550】

MP【2670】

ATK【D】

DEF【F】

INT【F】

MIND【G】

DEX【E】

AGI【D】

SPEED【C】


所持スキル

≪ガンブレイズ≫ーー武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。

〈光刃〉ーー威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。

〈琰砲〉ーー威力、射程が強化された砲撃を放つ。

〈ブレイジング・エッジ〉ーー極大の斬撃を放つ必殺技。

〈ブレイジング・ノヴァ〉ーー極大の砲撃を放つ必殺技。

≪錬成≫ーー錬成強化を行うことができる。

≪竜精の刻印≫ーー妖精猫との友誼の証。

≪自動回復・HP≫ーー戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。

≪自動回復・MP≫ーー戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。

≪全状態異常耐性≫ーー状態異常になる確率をかなり下げる。

≪憧憬≫ーー全パラメータが上昇する。


残スキルポイント【6】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ