ep.01 『忘れ去られし街の聲①』
今週から更新再開していきます。
お話も新しく始まりますので、今後も本作もよろしくお願いします。
夜の闇。街の灯り煌めく宵の頃。俺……ユートはハルと共に幻想郷・シャムロックにある封鎖された美術館のなかで息を潜めて物陰でしゃがみ込んでいる。
漂ってくるのはカビと埃が入り混じったような独特な臭い。
「その服もなかなか似合っているじゃないか」
ニヤリと笑いこちらを見てきたハルはいつもと違う格好をしている。普段は全身鎧をしっかりと纏っていて二回り近くゴツイ体格を見慣れているせいか今のハルの姿はどこか違和感すら覚えてしまう。
余計な装飾一つない、衣擦れの音を予防するかのような素材の襟付きロングコート。何故と言いたくなるくらい足音のしない革靴。コートの下も闇に紛れる黒一色だ。
そして、今。その服を俺も装備している。ハルのものと違うのはコートにリリィが入るスペースとなるフードが取り付けられていること。
「服はともかくとしてさ、どうして俺達はコソコソしてるんだ?」
「ん? そりゃ、ここは侵入禁止の場所だからだろ」
「はあ!? なんでそんなとこに入れてるんだよ」
「まてまてまて。当然、侵入禁止はそういう設定ってだけだからな。クエストを受ければ入れるようになるとこだからな」
「あ。いや。そりゃあそうだろうけどさ。ここって封鎖されているんだろ? だったら他の人なんていないんじゃないのか?
見た感じ美術品の類は持ち出されているみたいだしさ」
物陰から頭を出して辺りを見渡す。
広い美術館には本来様々な美術品が飾られていたであろう棚が過去の残滓として残されている。ただしそこにあるのは今や分厚い埃だけ。指で拭えば指先が白く染まり、息を吹き掛ければ風に舞う粉雪の如く舞い上がることだろう。
時間の経過を物語るそれらの要素を確認しつつ俺はハルが警戒している何かを探ることにしていた。
「いいんだよ。俺らが探しているのは忘れられた美術品なんだからさ」
「んん? 探しているのは『豊穣』ってやつなんじゃなかったか?」
「それがここに残されているはずなんだよ」
「ここに?」
思わずといった感じで目を凝らす。しかし、やはりとでも言うべきか。目に付く範囲にそれらしき物を見つけることはできなかった。
「ないぞ」
「そりゃすぐに見つかるような場所にはないだろうさ。でなきゃこうして俺らが来ることにはならなかったはずだからな」
「まあ、そうだよな」
「とりあえずロビー部分にはなにも無さそうだ。先に進もう」
ハルが隠れていた棚の陰から出てくる。
手招きをするハルに誘われるようにして、俺もまた隠れていた場所から離れてハルの隣に並んだ。
「ここは美術館だ」
「そうだな」
「進む道はやはり順番通りがセオリーだよな」
一体何がセオリーなのか。営業中ならまだしも、ここは封鎖されている美術館。受付にも人はなく、当然他に客もいない。順番など気にしないで好き勝手歩き回ったところでそれを諌める人などいるはずもないのに。
俺の返事を待つこともしないでハルは壁に掲げられている看板の指示通りに歩き出した。
周囲を警戒しつつも飾られる美術品のない棚を一瞥しながら進む。
棚や台座にはプレートが残っているが字が掠れ読めない。これではここに何があったのか推測することすら難しい。
「ここはどんな美術館だったんだ?」
「どうだったかな。確か歴史のある美術品や発掘された貴重な物じゃなくて、若手の美術家の作品が並べられていたはずだ」
「そんなところに探している美術品があるってのか?」
「人が作る物の中には魔力が宿っていると思わしき物がある。それは現実にも聞く話だろ」
「まあな」
「それがここではより真実となって現れるんだ」
「つまりその『豊穣』ってのには魔力がある、と」
「そう言うことだな」
今一つどういうことなのか解らないが、ハルが自信たっぷりに断言するからにはそうなのだろう。
一度本物を見れば理解できるかもしれないと自分に言い聞かせて歩を進めた。
「何もなかったな」
「そうだな」
「隠されている…んだよな?」
「それか忘れられているか、だな」
「どっちだと思う」
「ユートはどうだ?」
「俺は……隠されているんだと思う」
「ほう」
「忘れられているだけってんなら元の持ち主が何か言っているはずだろう。なのに今もこうしてここに残されているのならそれはやっぱり誰かが隠しているんじゃないかな」
順路通りに見てきたがそれらしき物は見つけられなかった。とはいえこの美術館にはまだ先がある。
ハルと簡単に目配せをして俺は先に進むことを決めた。
「上と下、どっちに行きたい?」
「上ってそんなに階層があったっけ?」
「建物的には地下一階、地上三階の計四階建てだな」
「まだ上に二階あるってことか。それなら地下から見たほうが戻って来るにしても楽そうだ」
「だな。まあ、すんなりと行ければの話だが」
「えっ?」
「ま、行って見ればわかるさ」
薄暗い廊下を進み地下に続く階段を探した。
「あの向こうに階段がありそうだぞ」
ハルが指差したのは廊下の最奥。
飾り気のない扉に蓋をされたその場所に立つとハルは躊躇うことなくドアノブを掴んだ。
「ダメだ。動きそうもない」
ハルがドアノブを回そうとする度ガチャガチャと音がした。
「鍵なんて持ってないよな」
「もちろん」
「そっか。ハル、ちょっと離れてくれ」
「何をする気だ?」
困惑するハルを横目に俺はガンブレイズに手を伸ばした。ホルダーに収められているままの形態、銃形態で鍵穴に銃口を向けた。
すかさず引き金を引く。
ダンッダンッと大きな音を立てて撃ち出された弾丸が鍵穴を穿った。
最後にもう一度引き金を引く。
完全に鍵が破壊され、扉はギイィっと重い音を伴って開かれた。
「これで行けるな」
「案外強引だよな、お前」
「鍵を探してもまだここにある保証はないからな」
開かれた扉の向こう。そこには地下と続く階段があった。慎重な足取りで階段を降りて出た地下は地上一階よりも更に暗く足元すら見通せない。
何か明かりの代わりに出来そうな物を探していると不意に隣からぼんやりとした光が自分達を照らした。
「準備がいいな」
ハルの手にある小型のカンテラ。その中にあるのは火ではなく何か光の塊のようなものだ。
「〈灯り(トーチ)〉の魔法が付与されているカンテラだ。そこまでレアというわけじゃないが、なかなか高級品なんだぞ」
「へえ」
「使い捨てってわけじゃないから、そう言う意味では安い買い物なのかもしれないけどな」
などと言っているハルを放って置いて俺は灯りの届く範囲で周囲を見渡した。
地上一階と地下では内部のレイアウトがまるで違う。地上一階があくまでも客を招くことを念頭に置かれた作りだったのに対して地下は無機質に棚が壁側に並べられているだけだった。
「倉庫…かな」
見たままの印象を口に出した。
「まだ先があるな。行くか」
「ああ」
カンテラを掲げたハルを先頭に俺達は地下の廊下を進んだ。
道すがら開かれた扉の向こうにある部屋を確認する。その殆どが美術品どころか棚すらなく、床に何かの資料らしき紙は何かの道具が散らばっているだけだった。
「ん?」
そんな部屋の一つ。他に比べても何も変哲の無いそこでハルが疑問の声を出している。
つられるように俺もその部屋に足を踏み入れた。
「んん?」
「何かあったのか?」
訝しみ唸っているハルに声を掛けたその瞬間、開かれたままだったドアが独りでにバタンと閉じた。
「扉が!」
一変する空気に緊張感が漂い始める。
カンテラの淡い灯りで周囲を照らしてハルが異変を炙り出そうとしていた。
光源がカンテラだからか、あるいは動き回っているために揺らめいて見えるのか、朧気に揺らめく自分達の影が際立って見えた。
「ハル! 下だ!」
一段と濃い影がハルの足元で揺らめいた。
途端ドロッとした液体が集まったような何かから手が生えて、その手がハルのカンテラを持つ手を掴もうとする。
突然呼ばれたにも関わらずハルは咄嗟にその場から飛び退いていた。
影から伸びて空を切る手が虚しく蠢いている。
「モンスターか」
「そうみたいだね」
「ハルはあれがどんなモンスターか分かるか?」
「いや。俺も初めて見る奴だ」
ハルと会話しながらガンブレイズの銃口を影のモンスターに向ける。そうすることで相手の名称とHPゲージが視認できるようになるからだ。
しかし俺の視界に飛び込んで来たのは【???】という名前と一本のHPゲージだけ。
残念ながら影のモンスターの正体は見抜けなかったようだ。
「どうした?」
余程怪訝な顔をしていたのだろう。ハルが心配そうに声を掛けてきた。
「あのモンスターの名前が表示されない」
「何!? ゲージはどうだ?」
「それは見えてるけどさ、もしかすると正確に表示されていないかもしれない」
「そうか」
そう言った俺を見てハルは何か思案した後、素早く戦斧を構えた。そしてそのまま影のモンスターへと近づいて行くと思いっきり戦斧を叩きつけたのだ。
「どうだ」
渾身の振り下ろしも戦斧は影のモンスターにダメージを与えることは出来なかったようだ。
まるで水溜まりに向かって振り下ろしたかのように影のモンスターはその表面に大きな波紋を広げはしたものの平然と腕を伸ばしてきた。
「くっ」
顔を顰め、戦斧を回転させる。
影のモンスターの手は戦斧に弾かれてハルを掴むことなく、いくつかの雫となって飛び散った。
「まるで効いてないな。だとすれば、俺らの攻撃が効くようにするための何か方法があるはずだ」
影のモンスターから離れ告げた一言に俺は淡い灯りのなか再び周囲を見渡した。だが目的はそれまでと違う。影のモンスター攻略に繋がる何かを探し求めたのだ。
「何もない。だとすれば……あのモンスター自身に何かヒントがあるはず」
粘性の高い水が集まったようなモンスターといえば【スライム】が一番に思い浮かぶ。しかし目の前のそれは漠然とだがスライムとは違うと感じられた。
「ユート! あれだ。モンスターの後頭部、仮面みたいな場所を撃て!」
不意にハルが影のモンスターを指して告げる。
その言葉を頼りに観察すると仮面というにはあまりにも雑な作りの、子供の粘土細工にも及ばない、目の部分だけに穴が開けられている仮面があった。それは液体状のモンスターの体で唯一硬質な部分だった。
「正体を見せてみろ!」
影のモンスターが背後を見せた一瞬を逃さずに俺は引き金を引いた。
撃ち出された弾丸が仮面を砕く。
仮面が割れて地面に落ちる。
液体状のモンスターの体が弾けるとその内部から到底その中には収まり切らない体躯をした別のモンスターが姿を現した。
「【リビングメイル】! これなら知っているモンスターだ」
リビングメイルというのは文字通りに動く鎧だ。動きは鈍重だが、使う武器で攻撃パターンが変わり、鎧であるが故に防御力は高い。
それでも既知のモンスターであるというのは大きい。
叫ぶように告げたハルがすかさず攻撃を仕掛けた。
重い戦斧による突き。堅い鎧の体であってもその衝撃は堪え切れるものではないらしくリビングメイルは大きく上半身を退け反らせている。
「よしっ。ダメージも通るみたいだ」
喜色いっぱいに言ったハルが続け様に戦斧を振るう。アーツを発動させていないのはハルの得意とするアーツが爆発と伴うものが多いからだろう。それでもみるみるうちにリビングメイルのHPゲージを減らしていくのは流石の熟練者といえる。
「ユート。撃て!」
連続して打ち付けることでハルはリビングメイルにダメージを蓄積させていくこともできているが、それ以上にその場に縫い付けている事に成功していた。このままハル一人でも押し切れることは間違いないだろうが、それでもハルは俺を呼んだ。
「〈琰砲〉!!」
ハルの声に応えるべく俺は射撃アーツを発動させる。
ガンブレイズの銃口から撃ち出された光がリビングメイルを貫いた。
一瞬の空白。
僅かな間を置いてリビングメイルが砕けて霧散した。
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レベル【10】ランク【3】
HP【9250】
MP【2610】
ATK【D】
DEF【F】
INT【F】
MIND【G】
DEX【E】
AGI【D】
SPEED【C】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫ーー武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。
〈光刃〉ーー威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。
〈琰砲〉ーー威力、射程が強化された砲撃を放つ。
〈ブレイジング・エッジ〉ーー極大の斬撃を放つ必殺技。
〈ブレイジング・ノヴァ〉ーー極大の砲撃を放つ必殺技。
≪錬成≫ーー錬成強化を行うことができる。
≪竜精の刻印≫ーー妖精猫との友誼の証。
≪自動回復・HP≫ーー戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。
≪自動回復・MP≫ーー戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。
≪全状態異常耐性≫ーー状態異常になる確率をかなり下げる。
≪憧憬≫ーー全パラメータが上昇する。
残スキルポイント【0】
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