ep.09 『偏屈ドワーフと変わり者のエルフ⑧』
「うむ! ちょうど足りたみたいだな!」
まるで自分の目論み通りだったと胸を張るリョウダンは空の手を腰に当て、豪快に笑ってみせた。
「おーい。生きてるかー」
心配しているのか、それとも揶揄っているのか。ガダンが満面の笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる。
「いやはや。流石ですね。あれだけのモンスターをこの短時間で、それもそれほどダメージを残さずに倒してみせるとは。素晴らしい腕ですね」
ラムセイは目を丸くし、俺の体を見回している。
「ま、まぁ、回復しながらだったから。それでも手持ちの回復薬はこれだけになったけどね」
ストレージから取り出した回復ポーションを口に咥えながらいう。
どこにでもある店売りのポーションは薄味のスポーツドリンクのようなもので、その独特な甘さは疲れた体に染み渡るように減っていたHPを回復させていく。
「それで、これでレベルは規定値に達したんだけどさ、ランク上げに行けばいいのか?」
「んん!? そんな面倒なことしなくてもよいぞ!」
「?」
「そのくらいのこと! 我が! この場で! してやろうぞ!」
地面に座り込んだまま休憩も兼ねて体力を回復させていた俺にリョウダンが声高々に告げた。
「えっと、リョウダンはこう見えても高僧なんですよ。それに一定の組織に属しているわけでもないですから、自分の意思で位階を上がることができるのですよ。もちろん様々な制約があることなのですけど」
「我の制約は我の貸した条件を突破すること! 今回は我の喚び出したモンスターを相手に規定のレベルに達すること! だ!」
リョウダンの課した条件と現在の問題が偶然にも一致したということだろうか。あるいはリョウダンが現状を鑑みてその条件を出したのかもしれない。ただ、どちらにしても、これで俺はランクを上げることができるということには変わらない。
「ほれ、さっさと上げてしまわんか。まだ《錬成》が残っているのだからな」
面倒臭そうにしっしっと手を振って俺をリョウダンの前に立たせる。
体に残る疲労を押して俺は自分よりも頭一つ分以上高いリョウダンの顔を見上げた。
「よろしく頼むよ」
「うむ! 任せよ!」
うまく聞き取れない呪文のようなものを唱えるリョウダンが俺の顔の前に手を広げて突き付けてきた。そこから感じる妙な圧迫感。じりっと後退りしそうになるのを堪えていると、不意に足元に赤く閃光が迸り見たこともない魔法陣が広がった。
一瞬大きく広がった魔法陣はゆっくりと縮小していき、そのまま地面を離れて浮かび上がる。
自分の足元から上昇し、頭の上を通り抜ける。俺の体に残るのは魔法陣と同じ色をした光。魔法陣が完全に俺の頭上を通り過ぎた後、一拍の間を置いて魔法陣は霧散した。
「終わったぞ!」
経験のあるランクアップの時とは異なり、リョウダンが行ったそれはどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
霧散した魔法陣の欠片のような光の粒は徐々に目に見えないほどに小さく大気に混ざって消えたのだった。
「それじゃあ、早速。《錬成》してみるんだ」
ランクアップしたのならばすぐにでも自分のパラメータを確認したいのだが、それよりも先にガダンが言ってきた。
「や、ちょっと待ってくれ。色々と確認したいのだけど」
「そんなことは後回しだ、後回し。今のおまえさんの武器は真っ新な状態なんだ。基礎となる【魔経路】を刻み込むにはこの最初の一回が肝心だからな」
「え?」
「《錬成》を使えないならおれも口を出さんが、おまえさんは違うだろう。ならば基礎は自らの手で刻むのが一番だ」
強引と言えばそれまでだが、この時のガダンは親切心100パーセント。悪戯してやろうなどという考えは微塵も持っていないように見えた。
「《錬成》は行った人の特徴が色濃く出ることは話しましたよね?」
「ああ」
「もう一度説明しますね。私ならば魔経路は葉脈のように広がり、師匠の場合は」
「こうなる」
どこからともなく取り出したナイフをガダンが見せつけてきた。柄にも鞘にも、当然刀身にも装飾一つ施されていないそれは先程のガンブレイズと同様に魔経路が視認できる状態になっていた。
ナイフに刻まれている魔経路は幾つも折り畳まれたパイ生地、熟練の技術が光る多層のミルフィーユケーキを彷彿とさせた。
「どうだ?」
「なんというか、ラムセイとはかなり違うんだな」
「師匠は、そうですね。敢えて言い表すのならば地層でしょうか。一見繋がっていないように見えますが、これでも所々繋がっているのですよ」
「断絶してたらまともな魔経路とは言えんだろうが」
「言葉の綾ですよ」
「ま、見ての通りだ。誰がするかで大きく異なるのが魔経路ってやつだ。一つ目はおまえさんが自己流でやったんだろう。そして二つ目はそこからラムセイが整えて仕上げた。どちらにしても基礎はおまえさんの《錬成》だ。別段揃える事にメリットはないが、違えるメリットもまた存在しない。だが、おなじ《錬成》ならば強化の方向性はブレないからな。おまえさんの戦い方が決まっているのならばその方がいいだろう」
「と、言うことです。どうぞ、ユート。《錬成》を」
「わかった」
ストレージから【魔石】を一つ取り出す。
右手にはガンブレイズ。左手には魔石を握った俺は二人の真剣な、そしてリョウダンの興味津々といった視線を一身に浴びながら目を閉じて集中する。
《錬成》
スキル名を宣言してそれを発動させる。
眩いばかりの白い閃光が迸り魔石とガンブレイズに宿った。
普段は作業台の上で行われる工程だ。それが今は自分の手の中だけで繰り広げられている。ふと左手が軽くなった。気付けば魔石は消え、ガンブレイズの刀身から微細な欠片がパラパラと地面に落ちた。
「出来た」
生憎と錬成の出来を判断することは今の俺には出来ないこと。素材が消えて欠片が剥がれ落ちたのが錬成に成功した証なのだろうと思い、それが完了の合図だと考えているだけなのだ。
手を止めていつの間にか可視化できるようになっていた魔経路を浮かび上がらせる。
俺が施し、ガンブレイズに刻まれた最初の魔経路はまるで分岐の少ないあみだくじのようだった。
「二人とはかなり違うな」
「ま、及第点か。悪くはないが、良くもない。変な癖がないだけましってところか」
「厳しいな」
「はん。これでもあまいくらいだぞ」
「まじか」
「ははは。私も最初は似たようなことを言われましたよ」
慰めるように声をかけてきたラムセイも決して良い出来だとは言わなかった。
「魔経路の良し悪しはどれだけ武具全体に広がっているか。刻んだ他の経路を阻害していないか。綿密に刻まれているか。おまえさんのしたそれは経路を邪魔してはいないが、全体に行き渡ってもいないし、空白が大き過ぎる。重ね重ね《錬成》することで拡張していくのが原則とはいえ、土台がこれではな」
「そんなにか」
「うーん。まるで強化を繰り返すことが前提であると言ってるも同然ですからね」
ラムセイの言っていることは俺にすれば当然のことのように思えていた。エンドコンテンツである錬成強化は繰り返すことこそに意味がある。一度や二度で完成するような代物ならばエンドコンテンツとしてはそぐわないのだから。
「それだと、ダメなのか?」
「駄目、ということではないのですけどね。位階が上がることで何故錬成が一からになると思いますか?」
「考えたことも無かったな。そもそもランクアップしなくても錬成はし続けられると思っていたし」
「出来ないわけじゃないですよ。基本的に性能に差が生じるわけではありませんし。違いがあるとすれば、錬成の成功率くらいでしょうから」
「まあ、広げきった魔経路だとそれ以上拡張することは難しくなりそうだもんな」
「その通りだな。魔経路は武具の現実から外れた領域にある。ヒトでいうなら魂ってやつだな。位階が上がるってのはそこにもう一枚、外のガワができるってことなんだ。だからまた一からやれるってわけだ」
ガダンの言葉に俺は率直なイメージができてしまっていた。隙間なく塗り潰された塗り絵を思い浮かべると簡単だろう。言うなればこれまでの俺はただ綺麗に塗れればいいとだけ考えていた。それに比べてガダンとラムセイはその中にいかに綺麗な紋様を描くかを重視している。
遠目に見れば同じでも近づいて目を凝らせばその差は歴然。
用いられている技術に違いがありすぎるのだ。
「どうすればいい?」
どうせするのならば俺はガダン達の技術を選ぶ。
ただできれば良いと考えるにはそれ以上のことを知ってしまったのだから。
「ふっ、安心しろ。おれが叩き込んでやるからよ」
格好良く笑うガダンが俺を見て告げた。