ep.07 『偏屈ドワーフと変わり者のエルフ⑥』
ガダンの手によって修正が加えられたガンブレイズは一見しただけでは、いや、実際に手にしてみてもその以前と何がどう違うのかと問われれば分からないという答えしか浮かばないのだが、確かに良くなったということだけは感じ取れていた。
「どうだ?」
自信たっぷりに訊ねてくるガダンに俺は頷くことで応える。ただし分からないという思いを隠す曖昧な笑みを浮かべて、だったが。
「そんじゃ、ま、ついでにおれもやっておくか」
再び手を伸ばしてきて俺からガンブレイズを受け取るとラムセイが行ったのと同じ≪錬成≫を使用しのだった。やはり師と弟子。互いに持つ技量は高くともそこには未だに大きな隔たりがあるのか、ラムセイが施した≪錬成≫で行き渡らなかった所までその影響は浸透していく。
葉脈のような形で全体に行き渡っていた魔経路がもう一回り太く大きく変化していた。
「流石師匠ですね。ただ、これは――」
「そうだな」
感心すると共に困惑しているラムセイと自ら行った≪錬成≫の結果を見届けて唸るガダン。
「どうかした?」
「ユート。いいですか? 端的に言ってこの武器はこれ以上≪錬成≫を行っても明確な強化は望めないと思います」
「そんな――どうして――?」
武器の錬成強化はこのゲームのエンドコンテンツに位置している。だからこそ限界が設定されているなんて思いもしていなかった。実際自分で行ってきた錬成強化では効果の大小の違いこそあれどこれで限界だなどという印象は持たなかった。
だからといってラムセイの言葉が嘘であると断ずるつもりもなかった。恐らく自分よりも≪錬成≫に詳しいであろうこの人物の言葉の真偽を確かめる術を持たないからこそだったのかもしれないが。
「簡単に言えばこれで十分に魔経路が行き渡ったからだな」
ガダンが俺の問いに答えた。
「それでいて魔経路の太さもこの辺りが頭打ちだ。つまり限界ってことだな」
「どうにか出来ないのか? 正直もっと強化していきたいんだけどさ」
「ま、そりゃあそうだろうな。終わりがないのが≪錬成≫の道ってやつだ。そこでだ、正直に答えてくれ。おまえさんの階位はいくつなんだ?」
「階位? レベルってことか?」
「いや、確か、おまえさん等の言葉でいうとランクだったか」
「ああ、成る程。それなら――」
手元にコンソールを呼び出して自分のステータスを確認する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レベル【62】ランク【2】
HP【8250】
MP【1610】
ATK【B】
DEF【B】
INT【D】
MIND【C】
DEX【B】
AGI【B】
SPEED【A】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫
≪錬成≫
≪竜精の刻印≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪全状態異常耐性≫
≪HP強化≫
≪MP強化≫
≪ATK強化≫
≪DEF強化≫
≪INT強化≫
≪MIND強化≫
≪DEX強化≫
≪AGI強化≫
≪SPEED強化≫
残スキルポイント【22】
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
改めて観た自身のステータスは自分で想像していたよりも低かった。数値ではなくアルファベットで表せられるようになってからそれぞれの振れ幅は以前より大きくなったと言われているものの【A】に達しているものがSPEED、つまり素早さしかない。確か【A】の上に【S】があったはずだから俺のパラメータの最大値はそれよりも劣っているということになる。
「ほおお」
「うわっ」
手元のコンソールを覗き込むガダンに驚き思わず体を反らしてしまう。
「ちょっと、師匠。覗き込むのはマナー違反ですよ」
「弟子の能力値なんだ。把握しておくのが師匠ってもんだろうが。ラムセイのだっておれは把握しているぞ」
「私は正式に師匠に弟子入りしていますし、その必要性も理解しているから構いませんが、ユートはまだそうではないでしょう」
「んん? そうだっけか?」
「そうですよ。その話をする前に武器の錬成を始めたのは師匠でしょうに」
呆れたと言わんばかりに言ってのけるが、ガダンの指示があったとはいえ最初に錬成を行ったのはラムセイだったはず。まるで自分の事を棚上げしたような言い方に俺は目を丸くして戸惑ってしまっていた。
「ま、いいか。おまえさんも別にかまわんだろう?」
「あ、ああ。下手に他言しないでくれるのなら」
「おう。約束するぜ」
「それなら見ても構わないよ」
一度見られているならと承諾するとガダンに続きラムセイも俺のステータスを覗き込んできた。
「ほうほう。なるほどなるほど」
「流石に高水準ですね」
「そうなのか?」
「これが一般的な能力値です」
と自分のパラメータを見せてくるラムセイ。HPは程々でMPが高い。他の能力値は【C】と【D】が多く並んでいる。以外だったのはその細腕に反してATKの値が【C】で魔法攻撃力を示すINTと同値だったことだ。
「俺とそう変わらないみたいだけど?」
「そう思うでしょう。ですが――私は階位が1。それに対してユートは2。同じ表記でもその意味は大きく違います」
「まあ、それはそうだろうけどさ」
にしても自分の値が低い気がする。決して楽をして経験値を溜めてきたつもりはなかったのだけど、これではレベルが上がったとしても能力値が増加しなかった時があったのではないかと疑いたくなるほどだ。
「不満か?」
「まあ、少しだけ」
平然と訊ねてくるガダンに正直に答える。
「何故だ」
「魔法攻撃をしてきたわけではないからINTが低いのは理解出来るんだけどさ、その他の数値の伸びが悪いような気がするんだよ。尤も今更言っても仕方ないことなんだけどさ」
「そんなことはないかもないかもしれんぞ」
「え!?」
「おまえさんの持つスキルを見るに能力値を底上げするやつも揃えているな」
「ああ」
「おそらくその性能が低いんだろう」
「えっ、でも」
「おまえさんの素の能力値はこう言っては悪いが常識の範囲内だ。となればそれで不満が残るとすればだ。それを補助するスキルに不備があるってこと以外に理由があるか?」
「そうかもしれないけさ」
納得できるような、したくないような、複雑な感情が脳裏を駆け巡った。
「見たところスキルポイントにも余裕があるみてえじゃないか。さくっと新しいスキルを覚えちまえ」
「わかったけどさ。どのスキルがお奨めなんだ?」
「能力値を底上げするとなるとやっぱりこのあたりだろう」
習得可能スキル一覧の画面を表示させてその中からガダンが指差したのは現在習得済みのパラメータ上昇系スキルの上位版。手堅い選択だともいえるが、それ以外無いようにも思える。しかし何故かしっくり来ない。それが現在に至るまでそれらを習得する気にはなれなかった理由だった。
「不満そうだな」
「ええ、まあ」
「とすれば、だ」
ニヤリとガダンが笑う。
「べつの方法をとるしかないな」
雑多にいくつかの素材アイテムが押し込まれている棚の奥からたんまりと埃を被っている一冊の古びた本を引き抜いた。やや強引に引っ張り出されたからだろうか、その表紙は所々が破れてしまっているものの、その中身は無事なようだった。
「そこには【竜に脈付く者】のことが記されている」
「竜に?」
「おまえさんの持つ≪竜精の刻印≫っていうスキルにその後ろにいるそいつ。どう見ても無関係ってわけではあるまいて」
「わたし?」とひょっこり顔を出したリリィを見てさらにガダンがニカッと笑った。
「ほうら、な」
「成る程。竜に関するスキルならばその能力は他のスキルとは一線を画す性能を持っていてもおかしくはありませんね」
ラムセイもリリィを見て頷いている。
「どっちにしてもだ。おまえさんが今のままの階位ではこれ以上≪錬成≫の効果を発揮させることはむずかしだろう。それを解消する手段はただひとつ。階位を上げることだ」
「だったらさ、今から神殿に行けば良いんだよな」
「レベルが足らんだろうが」
「……あ」
ランクアップはコンソールを操作するだけでは出来ない。町にある神殿、あるいは教会といった施設でのみ行うことができる。その条件はただ一つ。規定のレベルに達していること。しかしそれは現在の自分では達成していないことだった。
ランク0から1に成るための規定レベルは60。ランク2になるにはそこから5プラスされて65。ランク3に成るためにはレベル70が最低ラインとなっていた。つまりあと8。レベルが足りないのだ。
「ま、もんだいないだろうな」
「それって、どういう……」
ことなのだろうと訊ねるよりも先にガダンの工房の扉が乱暴に開かれた。
「だ、誰?」
「ったく。もう少し静かに入ってこれんのか。おまえさんは」
ただ乱暴に開かれただけではない。扉は止めている金属から外れ地面に転がっている。
「連絡したのはついさっきだというのにお早い到着ですね。リョウダン」
「細かい前置きなどいらん! それよりも【竜に脈付く者】がいるというのは本当だろうな! どいつだ!」
「貴方の目の前にいるでしょう。そこにいるユートですよ」
「何! おまえか!」
ずんずん近付いてくるこの人物は、何というか本人と着ている物に統一感があまりない。
肉体は筋骨隆々。肌は浅黒く焼けており、綺麗に剃り上げられた頭はキラリと輝いている。纏っている衣服が僧侶風なのは趣味なのだろうか。
「あー、ラムセイ。ユートに紹介してやれ」
「はい。彼はリョウダン。見ての通り僧侶ですよ」
「大事なことが抜けているぞ! 我は竜の民だ!」
「竜の民って?」
「竜を祀り、竜の血脈を受け継ぐ者のことだ!」
リョウダンの言っていることがわからないとラムセイに助けを求める視線を向けた。
「えっと、リョウダンは間違い無く僧侶ですよ。ただし、この町にある寺院に所属しているというわけではありませんが」
「当然だ! 我は竜を祀らぬ所に属することなど決してありえないのだ!」
「つまりこの町にはそういう施設はない、と」
「というよりも大抵の町に竜を祀った施設なんてありませんよ。精々竜の民がいる地域くらいでしょうか」
「くっ! 大変に悔やまれることだ!」
「念のために聞くけどさ、自称とかいうわけじゃないんだよな」
「リョウダンは本物ですよ」
きっぱりと言い切るラムセイ。
ガバッと身を起こしたリョウダンが俺に顔を近付けてきた。
「其方か!」
声を張りながら声を潜めるという器用な業を披露したリョウダンは値踏みするように俺を見てきた。
「ハッタリなどではないようだな!」
「当然です。嘘など吐いたりしませんよ」
「付いて来い!」
「へっ!? ちょっと」
俺の手を掴み歩き出したリョウダン。掴まれた腕は解くことができずに俺はただその後ろを付いて行くしかなかった。
「さておれたちも追いかけるか」
「そうですね」
「おい、リョウダン。おまえさん今どこに居るんだ?」
「町の外れにある廃校舎の一角を借り受けている!」
「ということは目的地はそこですか?」
「その通りだ!」
ガダンとラムセイのおかげで初めて行く先が分かった。
「で、そこで何をするつもりなんです?」
「む! 我に対しても気軽に話してくれて構わんぞ!」
「そうですか? あ、いや、わかった」
「うむ!」
「そこで俺達は何をするんだ?」
「簡単なことよ! 其方のレベル上げだ!」
「はい?」
「聞いておったぞ! 階位を上げたいがレベルが足りていないのだろう」
「そうだけどさ。その話をしていたときはリョウダンいなかったよね」
「然り! だが、あの程度の距離はあってないようなものだ! この竜の耳にとってはな!」
開いている手で自らの耳を引っ張りながら断言するリョウダン。態とらしい話し方と言葉の端々に見受けられる嘘か誠か分からないような単語の数々。
リョウダンを訝しみながらも決して自由にならない左手。
それが開放されたのは結局目的地であるリョウダンが間借りしている廃校舎の校庭に到着してからのことだった。